60年越しのリムパック
第5部のエピローグから13年前の話です。
2087年5月3日 太平洋 パラオ共和国 マラカル島 パラオ港 沿岸部
時は21世紀末、地球は「中華人民共和国」の没落と「日本国」の消失という未曾有の大惨事によって、世界経済とあらゆる秩序が混沌の中へ消え去り、世界中で民族紛争が頻発する荒れ果てた世界となっていた。世界人類の大部分が紛争と民族対立に身を投じ、貧困と飢えの中で欲望に駆られたまま生きる生活を余儀なくされている。その中で政府が力を持ち、正しく機能している国は日本を含めて数えられる程しかない。
そんな荒廃した地球の海に1隻の巨大な艦が浮かんでいる。艦尾に旭日旗を掲げるその艦の名は「扶桑」、日本皇国海軍が所有する世界で唯一無二の「大気圏宇宙航行用飛行戦艦」だ。その「扶桑」は今、オセアニアの一国である「パラオ共和国」の領海に停泊していた。
「この時代にリムパックか・・・それにしても美しい場所だな、此処は」
「扶桑」艦長の鈴木悟大佐は第1艦橋の窓から見えるコバルトブルーの海に見とれていた。混沌の時代となった21世紀末においても、パラオの海はその事実を感じさせない美しさを湛えていたのである。
およそ50年前、傲慢な魔法文明の残渣との戦いで第3護衛隊群を喪失し、加えてF−15JやF−2、F−35Cなどの戦闘機を多数失う等、多大な損害を受けていた自衛隊は、欠けた国防の穴に28世紀の飛行戦艦「扶桑」とその艦載機を充てることで国防を補っていた。
その後、日本国は“2040年の帰還”によって荒廃した地球へと帰還し、世界は日出る国の復活を衝撃を以て迎えることになる。そして28世紀のオーバーテクノロジーの結晶である「扶桑」の存在は、日本国内の大使館などを経由してたちまち世界へばれてしまった。「国際連合」に代わる新たな国際機関の「国際連邦」は、これを大量破壊兵器に匹敵するものだとして日本政府に対して提出を要求、その上で日本の国際連邦への加盟を要請した。だが当然、日本政府は「扶桑」提出を拒否した。
だが、日本政府としても新たな国家間秩序を無視する訳には行かず、連邦側としても秩序崩壊と紛争の余波を全く受けず、国力を維持していた日本を味方としないことは不利益でしか無い為、結局、連邦側が折れる形で、日本国は国際社会に迎え入れられることになったのである。
その後、2051年に「日本国憲法」が大きく改正され、さらに日本政府が文書上の国号を“日本皇国”として以降、自衛隊は「日本皇国軍」とその名を変えた。「扶桑」はそれ以降、「日本皇国海軍自衛艦隊隷下・特殊機動隊」として国防の一翼を担い続けている。当然ながら、「扶桑」が有する28世紀の技術の解析と研究、そしてその利用は着々と進められており、核融合発電の実用化や再使用型宇宙往還機の自主開発の他、2068年には世界で初めて“核融合炉”を用いた原子力空母である「鳳翔」が、2076年には初の自主開発による大気圏宇宙両用戦闘機が制式採用され、「UF−3・ユニバースゼロ」と名付けられた。さらに2075年には月面へ進出している。
マラカル島の港では集結する各国海軍の様子を見ようと、現地の市民たちが集まっていた。日本海軍の他、朝鮮民国海軍、中華民国台湾海軍、ASEAN統合海軍、ブラジル海軍、インド海軍の軍艦がすでに集結している。
「・・・ロシア海軍のお目見えだ」
鈴木大佐は水平線の向こうに軍艦の姿を見つける。彼の視線の先では、原子力ミサイル巡洋艦の「クラースヌィイ・クルィーム」が、白・青・赤のトリコロール旗と白地に青のクロス旗をはためかせてコロールに向かっていた。その付近には同じ旗を掲げる3隻の駆逐艦と、1隻の原子力潜水艦の姿もある。
『EU統合海軍、駆逐艦2隻、フリゲート1隻、コルベット1隻、補給艦1隻、哨戒艇1隻、航空母艦1隻、到着しました』
『オーストラリア海軍、強襲揚陸艦1隻、フリゲート1隻、潜水艦1隻、到着しました。また、ロマン・トメトゥチェル国際空港にて哨戒機1機が駐機しています』
『カナダ海軍、フリゲート2隻、補給艦1隻、潜水艦1隻、到着しました』
合同演習の参加国の軍艦が続々と到着する。尚、21世紀中盤以降に建造された軍艦は、21世紀初頭のそれと比較すると極端に突起物が少なく、ズムウォルト級ミサイル駆逐艦に始まるタンブルボーム船形と波浪貫通型船首が基本設計としてデザインされており、さらに艦体にレーダー波吸収材を用いるなど、高いステルス性を主眼に置いた設計となっていた。
そして最後に11カ国目の参加国が現れる。それは水上艦11隻、原子力潜水艦4隻からなる15隻の艦隊であった。それぞれの艦には50の星と13本のストライプがあしらわれた星条旗、そしてガラガラヘビの絵と赤白のストライブからなる国籍旗が掲げられている。
『原子力空母『インディペンデンス』以下、ミサイル巡洋艦2隻、ミサイル駆逐艦4隻、強襲揚陸艦1隻、ドック型揚陸艦1隻、補給艦2隻、潜水艦4隻』
「アメリカ海軍のお出ましか・・・」
「扶桑」艦長の鈴木大佐は複雑な感情でその艦隊を眺めていた。「アメリカ合衆国」・・・この混沌とした世界にあって、未だに世界に対して多大な影響力を持つ国である。とは言っても、世界経済と秩序の崩壊はかつての”世界の警察”をも容赦無く蝕んでおり、アメリカに以前の栄光は無い。
「60年以上経って今更リムパックをやろうなんて、アメリカ政府は何を考えているんだろうな。その提案に乗った日本政府も日本政府だが・・・」
「力を誇示する良い機会だからですよ。我が国は海外との交流を極端に制限している謎の国なのですから・・・」
鈴木大佐は政府の決定に呆れた表情を見せる。だが、船務長であり副艦長を兼任する秋元健三中佐は、政府の意向に理解を示していた。
「東亜戦争」の終結からおよそ15年後の2039年、世界的な民族紛争の激化と核兵器の使用によって経済と秩序が崩壊した世界において、多国間の”経済復興協力”と”治安維持協力”を目的として「国際連合」に替わる新たな国際組織が樹立された。それが「国際連邦」である。
アメリカ、カナダ、ロシア、インド、ブラジルを中心にして作り上げられたその組織の加盟国は、加盟国同士で軍事力を共有し、世界各地の紛争地域・暴動に対して適切に兵士を配置することで世界の治安回復を図った。さらにそれまでに締結していた貿易協定等を全て破棄し、加盟国内で関税特恵を形成するという“ブロック経済”を敢行し、経済の建て直しを画策した。治安と経済の回復が急務であった各国は、国際連邦の貿易圏から弾き出されることへの危機感、またアメリカやロシアの軍事力を利用して国内の暴動や紛争を鎮圧することを目論んで、連邦への加盟に次々と手を上げた。
「国際連邦」の正式な一員として加盟するには厳格な基準が設けられていた。それは”連邦に軍事力を供出すること”と”運営分担金の滞納無き支払い”である。しかし、原加盟国は”人道的措置”と称してこれらの義務を果たせない国々も快く連邦へ受け入れ、彼らの為に軍事力を派遣し、その紛争・内乱鎮圧に力を貸した。
そして彼らは、加盟国としての義務を果たさないまま連邦の力を借りた国々に対し、その代償として片務的な関税自主権の喪失、資源採掘権などの権益の提供や領土・領海の租借を堂々と迫ったのである。
これらを拒否すると連邦から容赦無く除名され、その内部で形成された貿易圏から閉め出されて、経済制裁を受けているに等しい状態となる。尚且つ、連邦の軍事力を借りなければ、国内の治安維持すらままならない。故に力を持たない国々は泣く泣く屈辱的な条件を飲まざるを得なかった。国際連邦の本態は、まさに現代に蘇った”帝国主義”であったのだ。
尚、「国際連邦」の一国でありながらもこの政策に反発していた日本は、東南アジアや中国大陸、南米諸国との外交交渉、勢力の拡大を行い、独自の交易関係を構築している。また排他的経済水域内の海底資源の開発や、地球近傍小惑星や月面での資源採掘事業、さらに火星への進出事業を進め、何時起こるやも知れない連邦による禁輸制裁に備えて、各種資源の自給体制を整えていた。
「半鎖国は海外の紛争の余波を食い止める為に必要なことさ。そうしなきゃ、馬鹿みたいな数の難民が日本に押し寄せることになるだろう」
日本皇国は現在、外国人の入国をかなり厳しく制限している。入国が許可されるのは外交やビジネス、また国際的イベントの開催時に限られ、一般的な外国人観光客は普段はほとんど存在しない。地球への帰還直後、観光目的と偽って入国し、難民として居座ろうとする者、また他国のスパイの侵入が後を絶たなかったからだ。
さらに船舶での違法入国を企む難民やテロリスト、工作員対策の為に、日本本土から12海里の海域は遠隔操舵された日本皇国海軍の無人フリゲートが巡回している。日本の領海内を航行する不審船はこれらの無人艦によって、発見され次第排除される。
尚、不審船と区別する為、日本国籍の船はコンテナ船から漁船、個人所有のクルーザーまで、特定の信号を発する”識別装置”の装備が義務づけられている。また、外国籍の貿易船は領海と経済水域の境界に建設された”海上関門”を通過することで、無人艇の警戒対象から外れることが出来るという仕組みになっていた。関門を通らず日本の領海に侵入した船は監視衛星にたちまち弾き出されてしまうのだ。
・・・
2087年環太平洋合同演習 開催地 パラオ共和国・フィリピン共和国
参加国 9カ国2団体
日本皇国海軍
大気圏宇宙航行用飛行戦艦「扶桑」
原子力航空母艦「鳳翔」
汎用護衛艦「睦月」「薄氷」
巡洋護衛艦「阿賀野」
防空護衛艦「対馬」
フリゲート「春風」「江風」
沿岸フリゲート(無人)「隼」「鷹」
戦闘護衛艦「大和」
強襲揚陸艦「鶴見」
輸送艦「知床」「房総」
補給艦「洞爺」「風蓮」
F−3N「烈風改」10機
F−5N「流星」5機
E−3B「彩雲」1機
UF−1「ゼロファイター」1機
UF/I−2「サンダーボルト」1機
その他回転翼航空機多数
日本皇国航空宇宙軍
F−4「秋水」4機
F−5A「流星」4機
F/A−6「紫電」4機
UF−3「ユニバースゼロ」2機
その他固定翼航空機多数
日本皇国陸軍
回転翼航空機多数
地上部隊
ASEAN統合海軍
航空母艦「チャオプラヤ」(旧航空母艦「かつらぎ」)
ミサイル巡洋艦「トンブリ」(旧さつま型ミサイル護衛艦「いわみ」)
フリゲート「シーウルフ」
地上部隊
アメリカ合衆国海軍
原子力航空母艦「インディペンデンス」
ミサイル巡洋艦「ミシシッピ」「レキシントン」
ミサイル駆逐艦「ダグラス・マッカーサー」「トゥルーリー」「アームストロング」「サダオ・ムネモリ」
強襲揚陸艦「ラプストリー」
ドック型揚陸艦「パールハーバー」
補給艦2隻
潜水艦4隻
F−40「ゴールデンファルコン」10機
その他航空機多数
アメリカ海兵隊
カナダ海軍
ロシア連邦海軍
EU統合海軍
ブラジル連邦共和国海軍
オーストラリア連邦海軍
ニュージーランド海軍
インド海軍
中華民国台湾海軍
朝鮮民国海軍
・・・
航空母艦「鳳翔」 大会議室
今回の環太平洋合同演習の主催は、あくまで今まで通りアメリカ軍である。しかし今回は地理的要因も相まって、最多数の艦艇を派遣していたのは日本軍であった。その中の1隻である空母「鳳翔」の大会議室では、この後の日程についての再確認が行われている。
「本日、全ての参加艦艇がこのパラオに集結しました。今は各軍共に訓練への準備を進めています。そして2日後にこの『鳳翔』にて、各国海軍の交流を兼ねた”意見交換会”と”机上演習”が催された後、4日後に実働訓練が開始となります。
まずは退役した護衛艦『むらくも』と『あきぐも』『ちとせ』『くろべ』を標的にした射撃訓練です。旗艦をアメリカ海軍の空母『インディペンデンス』とし、各国の艦艇で艦隊を形成します。ウチからは『睦月』『春風』『阿賀野』が出ます。この『鳳翔』はしばらくは静観に留まることになりますね。それから・・・」
「鳳翔」の船務長である琉川彩司中佐が、集まっている幹部たちに向かって環太平洋合同演習の日程を説明する。因みに日本海軍の艦艇の名称は、日本政府が”皇国”の国号を使い始めた2050年代頃に、平仮名表記から漢字表記へ変わっていた。
「あら・・・『扶桑』の荷電粒子砲は使わないのですね?」
「・・・使う訳無いでしょう。小さな小惑星なら破壊出来るほどの代物ですよ」
「残念・・・面白く無いわね」
真面目な会議に茶々を入れる様な質問が飛び出して来る。その声の主は紺色のスーツに身を包む女性であった。明らかに軍人とは異なるその服装は、彼女が軍人では無いことを示している。彼女の名は亀山花蓮、警察庁から派遣された公安の警察官僚だ。
「・・・いやねぇ。私もそれくらい分かっているわ、冗談ですよ。冗談」
亀山はくすくすと笑う。幹部軍人たちは公安警察の飄々とした態度に、少なからず嫌悪感を抱いた。この「鳳翔」には彼女の他に数人、スパイ対策として公安警察が乗艦していたのである。
「ゴホンッ・・・演習の期間は5月7日から6月10日までのおよそ1ヶ月です。レーザーによる対空戦闘やレールガンによる対地支援砲撃など、日本国内では中々行えないものも、訓練として組み込まれていますし、何より我が国にとって、これほど大規模な合同軍事演習はおよそ60年振りのことです。他国の海軍との交流を深める良い機会です・・・」
琉川中佐は軽く咳払いをすると、幹部たちに向かって言葉を続ける。21世紀後半というこの時代、日本やアメリカ、ロシアなどの軍では既に、レーザーやレールガンが実戦兵器として採用されていた。
「・・・ここまでで、何か質問はありますか?」
琉川中佐は聴衆に質問の有無を尋ねる。
「では・・・本日の会議を終了します。お疲れ様でした」
彼は誰も手を上げないことを確認すると、会議の終了を告げた。幹部たちは続々と立ち上がり、会議室を後にする。
航空母艦「鳳翔」 飛行甲板
会議が終わった後、琉川中佐は「鳳翔」の飛行甲板に足を運んでいた。甲板上には十数機の艦上戦闘機「F−3N・烈風改」と「F−5N・流星」、そして早期警戒機の「E−3B・彩雲」が駐機している。離陸用滑走路では整備員たちが4基のリニアカタパルトの最終チェックを行っていた。
アメリカやヨーロッパからの兵器輸入が見込めなくなった日本は、各種兵器を独自開発せざるを得なくなっている。地球へ帰還した日本政府はまず、エルメランドとの戦いで多くを喪失した「F−35C・ライトニングⅡ」の後継機の開発に着手した。そして「F−3・烈風」を再設計した艦上戦闘機「F−3N・烈風改」を開発し、2044年の制式採用に漕ぎ着けたのである。その後、日本はF−3Nの後継機として「F−5N・流星」を開発し、2071年に制式採用している。
「それはそれとして・・・アメリカの主催であるにも関わらず、場所も日時も・・・日本政府の要望が何もかも通るなんてね。政府は気をよくしてあらゆる艦を出して、UF−3まで持って来たけど、上手く乗せられすぎじゃない?」
「・・・?」
琉川中佐は背後から聞こえて来る声に気付き、後ろへ振り返る。そこには先程の会議に出席していた女性公安警察官、亀山の姿があった。彼女は数多の他国の目が光るこの合同演習という場に、大気圏宇宙両用戦闘機という機密の塊とも言うべき兵器を持って来たことを不安視していた。
かつて強固な同盟関係を築いていた日本とアメリカだが、2042年に日米安全保障条約がアメリカ側からの通達で終了したことで、現在の両国は中立関係にある。それならばまだ良いが、アメリカ側は力を得た日本を一方的に”仮想敵国”として捉えている節があるのだ。
「ある程度の情報収集を行われるであろうことは、軍も政府も分かっていることです。その上で見せつけてやるんですよ。我々が世界一だと」
「軍人は剛胆で良いわね。まあ、私たちも上から与えられた任務をこなすだけだけど・・・技術の盗人が紛れ込まない様に、国を売る賊を逃がさない様に・・・」
「・・・」
琉川は亀山の言葉を聞いて片眉を釣り上げた。彼女ら公安警察は、外から入ってくるスパイだけでなく、内部からの情報漏洩にも神経を張り巡らせていた。それは琉川ら軍人を警戒対象としているという意味に他ならない。公安の立場からすれば当然のことではあるのだが、面と向かって言われて気持ちの良いものではなかった。
「そう言えば、あの会議で紹介したい人が居るのをすっかり忘れていましたの。いきなりで申し訳無いけれど、会って貰えますか?」
「え、ええ・・・構いませんが」
琉川中佐は苦笑いを浮かべながら答える。彼はころころと話を変える亀山の言動に少し辟易としていた。
「リリー! 出ておいで!」
亀山は突如、虚空に向かって大声を上げる。まるで遠くに行ってしまった犬を呼び出す飼い主のようだった。するとその直後、亀山の左隣にパッと人影が現れる。冷静沈着な琉川も声を漏らさずにはいられなかった。
「・・・なっ!?」
「・・・」
現れたのは1人の少女であった。金色の髪に翡翠の瞳、そして透き通る様に白い肌と現実離れした美しい容姿をしている。そして何よりも目についたのは、外に向かって尖った両耳だ。その身体的特徴は少女が”エルフ族”であることを示していた。
「見たら分かるとは思うけど、彼女は日本国内に5人しか居ない純血の”エルフ族”の1人、名をリリーと言います。そして私の”協力者”の1人、此度のリムパックにおけるスパイ対策として乗艦して頂きました」
「は、初めまして・・・リリアーヌ=ウィルソー・キンメルスティールと申します」
見目麗しい少女は少しばかり緊張した様子で挨拶をする。
「聞いた事があります。彼女が”光学迷彩のエルフ”ですね。初めまして、皇国海軍中佐、琉川彩司と言います。宜しくお願いします」
琉川中佐は微笑みかけながら挨拶を返した。自分の存在を受け入れた彼の態度を見て、リリーの緊張がほぐれる。
「しかし・・・他国の目が触れかねない場所へエルフを連れて来るなんて、貴方方”公安”も人のことを言えませんね」
琉川はそう言うと、リリーの隣に立つ亀山を睨みつける。亀山の言葉通り、純粋な”エルフ族”は日本国内に5人しか居らず、彼女らは日本政府にとって庇護の対象だったのだ。
2040年の帰還の時、飛行戦艦「扶桑」の情報と共に、魔法や亜人種の情報も外部に漏れていた。世界各国は科学では度し難い”魔法”という新たな概念の登場に脅威を抱き、同時に人と同等の知能を持つ人成らざる種族に興味を抱くことになる。特に2000年を越える寿命を持つと言われる“エルフ族”の存在は、死の恐怖に苦しむ人々にとって垂涎の的になり、不老長寿の研究のための実験体として、”エルフ族”の捕獲を企む機関が日本国内へ侵入したこともあった。
よって日本政府はそういった長命種族とその子孫の所在について調査し、彼らの身に危険が及ばない様に庇護下に置いているのである。
「協力者になって40年以上経つ彼女に、捕まるかも・・・なんて心配は不要です。正確には公安の人間ではありませんが、優秀な諜報員ですよ。目標を音も無く消すことが出来ますからね」
「・・・」
目標を音も無く消す、その言葉を聞いて琉川中佐は思わず生唾を飲み込んだ。
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5月7日 太平洋 パラオ共和国 付近の海域 巡洋護衛艦「阿賀野」
4日後、机上演習を経てついに実働軍事演習が始まった。米国の原子力空母「インディペンデンス」から飛び立った艦上戦闘機「F−40」が、多数の空対艦ミサイルを標的艦に向かって発射する。その後、各国の戦闘艦が艦砲射撃を開始した。
「F−40の空対艦ミサイル攻撃、『むらくも』『あきぐも』に命中。『ミシシッピ』『トゥルーリー』『睦月』、通常艦砲射撃開始」
「『シーウルフ』艦砲射撃開始。『ちとせ』に命中」
「『クラースヌィイ・クルィーム』、レールガン発射。『くろべ』を貫通・・・」
標的艦に向かって各艦の攻撃が繰り出される。「睦月」と並んでこの訓練に参加していた巡洋護衛艦「阿賀野」の戦闘指揮所では、訓練の様子がリアルタイムで逐一報告されていた。
「対水上戦闘用意! レールガン発射準備!」
艦長である仲月中佐の命令を受けて、「阿賀野」の艦前方に位置する2つの砲塔のうち、艦橋の真正面に位置する”第2砲塔”が標的艦に向かって旋回を始める。この「阿賀野」をはじめとする「巡洋護衛艦」と呼ばれる艦種は2つの砲塔を有しており、前方に位置する第1砲塔は通常砲弾による艦砲、第2砲塔はレールガンになっていた。
その他、個艦防空用の艦対空ミサイルとレーザー兵器システム、その他、対潜ミサイルや巡航ミサイルなどを収めるミサイル・セルなどは、他の艦と同様に標準装備している。
「レールガン発射用意完了、弾種は無誘導砲弾」
「・・・撃ちぃ方、始め!」
砲術士が発射スイッチを押し込む。その瞬間、「阿賀野」の第2砲塔から伸びる砲身に膨大な電流が流れ込み、ローレンツ力によって超高速の砲弾が発射された。マッハ7を越えるその砲弾は、標的艦である「あきぐも」の艦体を貫く。同時にその隣に居た「むらくも」へも、アメリカ軍の潜水艦が放った魚雷が命中していた。
「・・・『むらくも』轟沈を確認」
「『ちとせ』『くろべ』炎上、沈没を確認」
「『あきぐも』、沈没を確認」
各国海軍の攻撃に晒された4隻の標的艦はあっという間に沈んで行く。この日の訓練はこれで終わりを迎えた。
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5月21日 フィリピン共和国 ミンダナオ島東部沖合 戦闘護衛艦「大和」
訓練開始から18日後、この日は舞台をパラオからフィリピンに移し、ミンダナオ島東部の沖合に各国の揚陸艦艇と軍艦が集結していた。
今回の訓練は敵に占領された沿岸部及び離島の奪還を想定している。大まかな訓練内容としては、まず始めに敵軍の陣地が形成されている沿岸部の掃討、次に陸上部隊の上陸、最後に重要拠点の奪還といった流れになっており、これらの訓練を実戦形式で、数日間に渡って行うことになっていた。
そして今、上陸訓練の舞台となる海岸より100kmほど離れた場所に数隻の艦が停泊している。ロシア海軍やアメリカ海軍の原子力巡洋艦や駆逐艦などに混じり、日本海軍の”戦闘護衛艦”の姿があった。その艦の名は「大和」といい、第2次世界大戦の末期、国民に知られることなく沈んだ悲劇の戦艦「大和」から艦名を受け継いでいる。尚、大和の名を関する艦としては3代目である。
「揚陸部隊の上陸に先立ち、艦砲射撃にて沿岸部に展開する敵陣地及び敵艦艇を掃討する。攻撃はレールガンを用いた超遠距離砲撃を行い、弾種は誘導砲弾『一一式砲弾』を使用する」
艦長の有馬定義大佐は艦内部の戦闘指揮所に集まる隊員たちに向けて、今回の訓練内容について説明を行う。「一一式砲弾」とは2051年に制式採用されたレールガン用の誘導砲弾のことで、主砲をレールガンに置換した「さつま型ミサイル護衛艦」で運用することを目的にして、日本が独自開発したものである。
誘導方式は終末誘導にセミアクティブ・レーダー・ホーミングが採用されており、先行させた無人機または人工衛星から目標に放たれたレーダーの反射波を、砲弾のシーカーが捉えることによって目標へ誘導される。中間誘導は慣性誘導、または「準天頂衛星システム」を発展させた日本独自の全地球航法衛星システム「イワト」によって行われる。
「既に空母『鳳翔』から無人機『TACOM改二』が飛び立ち、目標地点を捉えている。我々はTACOM改二によるレーダー照射を頼りに、奪還すべき沿岸地域に展開する敵兵器及び敵艦に攻撃を加え、陸上部隊の上陸に先立ち、これらを排除する」
「TACOM改二」とはF−3以降の戦闘機、または全通式飛行甲板を持つ艦艇などから発進する無人機で、21世紀初頭に日本が独自開発した「TACOMシリーズ」の最新機である。映像による敵情視察だけでなく、レーザーやレーダーの照射、または映像を観る操縦者の指令誘導によって、ミサイルや誘導砲弾などの誘導・補助が可能で、連続飛行時間も24時間と前型の”改”と比較して3倍になっているのだ。また機体にはステルス性が付与されている。
「旗艦『インディペンデンス』より指令発信。敵軍に占拠された島嶼の奪還作戦を開始する!」
艦隊旗艦を勤めるアメリカ海軍空母の「インディペンデンス」から、訓練に参加している各艦に命令が発せられる。同時に「大和」艦内に緊張が走った。
「揚陸艦『鶴見』より支援射撃要請、対地戦闘用意!」
「大和」艦長である有馬大佐のアナウンスが艦内全域に通達される。その直後、別の地点に停泊している「鳳翔」から無線が入った。
『こちら『TACOM改二』発射母艦『鳳翔』。火力支援要請、目標は戦車含む装甲戦闘車輌複数、揚陸艇複数、目標振り分け完了。目標の位置を送る』
「『TACOM改二』より攻撃要請、目標は戦車含む装甲戦闘車輌3、揚陸艇4、対空兵器4」
「位置情報届きました。砲術班へ送ります」
対地支援砲撃を行うのは「大和」を含んで5隻であり、各々が狙うべき目標がコンピュータによって的確に振り分けられていく。インカムを装着した通信員たちが、次々と届けられる情報を的確に捌いていた。狙うべき敵の位置情報を受け取った砲術班は、ただちに砲撃の準備に移る。
「本艦より目標群までの距離、およそ103km」
「初目標は敵戦車2。目標位置情報入力完了。砲塔稼働開始。第1砲塔、方位2−7−0。第2砲塔、方位2−7−1。第3砲塔、方位2−7−3。第1砲塔、発射角48.5度。第2砲塔、発射角・・・」
目標の位置情報を受け取った「大和」の艦砲は、日本独自の全地球航法衛星システム「イワト」とリンクして自動的に砲身の方位と角度を設定していく。
「測的、発射準備完了」
「誤差修正、第2砲塔発射角+0.3度」
「全砲塔、発射準備完了!」
コンピュータ制御によって、直ちに発射準備が整う。後は砲術士が発射スイッチを押すだけの状態となっていた。
『こちら『鳳翔』、目標は敵戦車2。射撃認証』
「目標は敵戦車2。射撃認証」
『こちら『鳳翔』発射!』
TACOM改二を介して地上を監視している「鳳翔」の通信班から射撃命令が下る。それを確認した艦長の有馬大佐が砲術班へ命令を下した。
「撃ちぃ方始め!」
「了解! 撃ち方始め!」
艦長の命令を受けて、砲術士が発射スイッチを押し込む。その直後、第1砲塔から伸びる砲身の内部に膨大な電流が流れ込み、砲身内に込められていた「一一式砲弾」がローレンツ力によって押し出され、マッハ7を越える速度で発射された。その直後、第2砲塔と第3砲塔からも続けてレールガンが発射される。
「砲身冷却、異常無し」
高熱を帯びた砲身の水冷ジャケットから冷却水が放出されている。一部の冷却水は白い蒸気となって砲身の周りを漂っていた。
この「大和」をはじめとする「大和型戦闘護衛艦」は、日本独自の艦隊防空システム「ADSS」に加え、主砲としてレールガン砲塔を3基、副砲として通常砲弾砲塔を2基有しており、艦砲による火力支援を主眼にして設計されている。平たく言えば、”ハリネズミのような防空装備で迫り来る敵をバッタバッタとなぎ倒しながら、運動エネルギーの塊であるレールガンをしこたま陸上にたたき込む”というコンセプトの下に作られた護衛艦なのだ。
膨大な電力需要をクリアする為、「鳳翔型航空母艦」と並んで、機関に”小型核融合炉”が用いられている。その設計思想は正に”現代に蘇った戦艦”と言って相応しいものであった。
「一一式砲弾」は安定翼を展開し、最高到達点に達したところで操舵翼が開く。「イワト」による中間誘導で目的地へ滑空する3発のスマート砲弾は、ある一定の距離まで進むと終末誘導に移行し、TACOM改二から目標に照射されたレーダーの反射波を砲弾の先端部に位置するシーカーで捉えると、それぞれの目標に向かって落下していった。
「『鳳翔』より通信、弾着確認!」
「第1、第2射撃命中。第3射撃挟叉!」
「大和」から放たれた3発の「一一式砲弾」は、敵戦車を模した2つの隣接する移動目標物に命中または狭叉し、それらの動きを停止させる。100kmオーバーの超長距離砲撃であるにも関わらず、3発中2発が初弾命中という驚異的な記録を示したのだ。
「砲撃を継続する。目標、敵装甲戦闘車1・・・」
その後も砲撃訓練は続けられる。数時間後、日本海軍の「大和」と「阿賀野」の他、アメリカ海軍のミサイル巡洋艦「ミシシッピ」と「レキシントン」、ロシア海軍の原子力巡洋艦「クラースヌィイ・クルィーム」といった、レールガンを有する各国の艦の活躍によって、脅威となる目標物が排除された。
航空母艦「鳳翔」
ちょうどその頃、別の場所では日本海軍の空母「鳳翔」とアメリカ海軍の空母「インディペンデンス」、ASEAN統合海軍の空母「チャオプラヤ(旧かつらぎ)」が、艦載機となる戦闘機の発艦準備を進めていた。
「各機、発艦準備!」
「鳳翔」の飛行甲板に位置する4基のリニアカタパルトには、日本海軍の艦上戦闘機である「F−3N・烈風改」と「F−5N・流星」の前輪がそれぞれセットされていた。上陸地点の掃討が終わり、脅威となる対空兵器が排除されたことを確認したところで、艦載機にも対地攻撃への出撃が命じられたのだ。
「・・・」
整備員は各戦闘機の前輪が間違い無くカタパルトのシャトルにセットされたことを確認し、飛行甲板の脇に控えるカタパルトの操作員にサムズアップを送る。操作員は整備員が戦闘機から離れたことを確認して、シャトルの発射スイッチを押し込んだ。因みにこの時代のカタパルトはリニアカタパルトが主流となっている。
「1号機、2号機・・・発艦!」
「3号機、4号機・・・発艦!」
4基のリニアカタパルトは蒸気カタパルトとは異なる軽快な駆動音を発しながら、戦闘機を大空へと飛び立たせる。「鳳翔」からは10機のF−3Nと5機のF−5N、そして早期警戒機である1機の「E−3B・彩雲」が、「インディペンデンス」からは10機の「F−40・ゴールデンファルコン」が、「チャオプラヤ」からは5機の「F−35C・ライトニングⅡ」が飛び立っていた。
各機は空中で合流して隊形を整える。これら航空部隊の目的は、敵の補給物資と非装甲目標に対して攻撃を加えることである。各戦闘機の翼下には精密誘導装置を装着した爆弾が取り付けられていた。飛行編隊の最後尾を彩雲が飛び、周辺空域の監視を行っている。編隊は程なくして目標地点の上空付近に到達した。
『周囲に脅威となる敵影無し。攻撃開始せよ』
各機のウェポンベイから爆弾が投下される。それらに取り付けられた精密誘導装置のシーカーは、発射母機のイルミネーターから目標へ発射されるレーザーの反射波を捉え、爆弾を目標物へ向かって誘導し、落ちて行った。
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5月22日 フィリピン共和国 ミンダナオ島東部沖合 強襲揚陸艦「鶴見」
翌日、訓練は陸上部隊を上陸させる段階へと進む。沖合では「しまばら型強襲揚陸艦」の後継である「烏丸型強襲揚陸艦」の2番艦「鶴見」を初めとして、各軍の揚陸艦が本番さながらの上陸作戦の準備を進めていた。各艦では既にウェルドックへの注水が開始されている。
各艦のウェルドック内部では、揚陸艇や水陸両用車が出撃の準備を進めている。そこには兵士や各種装甲車輌の他、そして機関銃を装着した”戦闘用ロボット”の姿もあった。
21世紀以降、兵器の無人化は各国政府が推し進めていた事業であり、アメリカを中心として無人航空機や無人戦闘機、無人自走砲、戦闘用ロボットなどの研究開発が進んでいた。
だが、彼我識別のシステムの信用性の問題、無人航空機の発達に伴ってデータリンクの切断を目的とした電子攻撃が発達したこと、また、国際連邦にて無人兵器を規制する動きが現れたことも相まって、無人兵器は有人兵器を駆逐する段階に至って居らず、人間の”補助”という領域から抜け出せていない。
揚陸艇に積載された戦闘用ロボットも、日本の領海を巡回する無人フリゲートも、攻撃の可不可は遠隔操作を行う人間によって判断される。人工知能による自己判断で索敵から攻撃までを行う完全自律式の無人兵器は、信用性の問題から未だほとんど実用化されていないのだ。
『水陸機動団出撃せよ!』
「鶴見」の艦尾門扉が開き、その中から戦闘用ロボットと人員輸送用モジュールが積載された揚陸艇、そして「二一式水陸両用車」が出撃する。水陸両用車の上部ハッチからは皇国陸軍兵士が顔を出していた。
『我々はこれより敵軍により占拠された離島の奪還に向かう。訓練だと思って気を抜くな!』
数十年ぶりの多国間の大規模演習ということもあって、日本軍兵士たちの間にも気合いが入っていた。
フィリピン共和国 ミンダナオ島東部 海岸
程なくして各軍の揚陸艇と水陸両用車がミンダナオ島の海岸に上陸する。揚陸艇から先行して戦闘用ロボットが上陸し、それらを盾にするような恰好で、各軍の兵士たちが人員輸送用モジュールの中から降りて来る。
今回、揚陸艦を持って演習に参加したのはアメリカと日本だけであった為、「鶴見」から発進した揚陸艇には日本陸軍兵士だけでなく、各国の陸上部隊が乗船していた。
「上陸!」
各国の兵士たちが続々と海浜に上陸し、二一式水陸両用車をはじめとする各軍の水陸両用車輌も次々と陸へ昇ってくる。中でも身体能力を向上させる”パワードスーツ”に身を包むアメリカ海兵隊員の姿が最も目立っていた。
各軍の兵士たちは互いに無線機で通信を取り合い、小銃を構えながら内陸へと進んで行く。周りを見てみれば、海からの艦砲射撃や航空爆撃によって破壊された目標物の残骸があちこちに散乱していた。
他軍の兵士と共に上陸した「日本皇国陸軍・水陸機動団」のおよそ50名は、指揮官である安浦奥宏中佐の指示に従って、敵に占拠された重要拠点の奪還へ向かう。彼らの前方を日本企業製の戦闘用ロボットが進んでいた。尚、ロボットの容姿は機関砲に二本脚が着いただけの、兵器として無駄の無い姿をしている。これらは「鶴見」の戦闘指揮所から手動で遠隔操作されており、それぞれのロボットが見ている映像は「鶴見」に乗艦しているパイロットのもとへ逐一届けられているのだ。
『我々はASEAN陸上部隊と共に敵に占拠された空港の奪還に向かう!』
砂浜から内陸へ進む皇国陸軍兵士とASEANの兵士たちは海浜の付近に位置する飛行場へと向かう。彼らは天然の段差や草むらに身を隠し、周囲に警戒しながら進んで行く。
そして歩兵や戦闘用ロボットと共に、数台の戦車を含む各種装甲戦闘車輌や自走式機関砲、自走式迫撃砲なども揚陸されていく。それらは隊列を整えると、内陸の方から襲来する敵軍やその拠点を排除するという想定のもと、火力攻撃指揮統制システムの管制や無人偵察機のデータリンクを受けながら、各々の砲身をそれぞれの目標へと向けていく。尚、実際の砲撃は行わないことになっていた。
『αより通信、港湾を奪還』
『β、目標地点Aを確保』
ロシア軍、朝鮮民国軍、中華民国台湾軍の陸軍兵士からなる混成部隊が、予め定められた確保目標地点に到達・占拠していく。そして上陸開始からおよそ5時間後、敵軍に占領された島嶼への揚陸訓練は、予定されていた全ての過程を終了したのだった。
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6月6日 パラオ共和国 バベルダオブ島 ロマン・トメトゥチェル国際空港
合同演習の最終日が近づいていたこの日、各軍の空母やヘリ空母、強襲揚陸艦などに属する航空要員たちは、パラオ共和国のロマン・トメトゥチェル国際空港に集まっていた。
そこには日本皇国空軍・海軍、アメリカ海軍、オーストラリア海軍、EU統合海軍、ASEAN統合空軍・海軍の戦闘機や哨戒機、回転翼機などが集まり、駐機されていた。各国のメディアの目も触れる中、この太平洋の孤島にて航空ショーが開かれようとしてたのである。
日本からは、「F−15J/DJ・MSIP機」の後継機として独自開発した「F−4・秋水」と、「F−3・烈風」及び「F−35」の後継機として開発された「F−5・流星」、世界初の大気圏宇宙両用戦闘機として開発された「UF−3・ユニバースゼロ」、そして「F−4・秋水」の後継機として2090年の量産機納入が予定されている「F/A−6・紫電」が駐機されている。
そしてその「F/A−6」のコクピットに、インド空軍のテストパイロットが乗り込んでいた。パイロットは整備員が機体から離れ、キャノピーが閉じられたことを確認すると、エンジンを点火させ、滑走路を一機に駆け抜け、空へ飛び立って行く。
『How is flying of that fighter?』
『There are no problems in particular.』
管制塔から「飛行の具合」を尋ねられたテストパイロットは「特に問題無い」と答えた。その後、一頻り空を飛んだ「F/A−6」は、ロマン・トメトゥチェル国際空港の滑走路へと戻ってくる。
今回のテスト飛行は、次期国産戦闘機である「F/A−6」の海外への売り込みを狙う日本政府から、インド政府へ持ちかけた企画であった。量産・小型化を意識する余り失敗機と評された「F−4・秋水」や、希代の高性能機となって輸出が憚られた「F−5・流星」と異なり、当初から海外輸出を視野に入れて開発された「F/A−6・紫電」について、日本政府はこうしてASEAN加盟国やアジアの内陸諸国、オーストラリア、インド、朝鮮、台湾などに精力的な売り込みを行っているのである。
海外との交流を必要最低限に留める半鎖国体制を執っている日本にとって、戦闘機の輸出は初の試みであった。
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6月10日 パラオ共和国 コロール島 コロール市 市民会館
パラオとフィリピンを舞台にして、およそ60年振りに開催された環太平洋合同演習は、いよいよ最後の日を迎えていた。退役艦を使った対水上射撃訓練に始まり、米海軍の潜水艦を用いた対潜戦闘演習、退役済みの「F−3・烈風」や「F−35」を遠隔操縦し、それを敵飛行隊に見立てた対空戦闘演習、海難救助訓練、輸送訓練、テロ対策訓練、そして揚陸訓練などが1ヶ月に渡って行われて来た。
そして全ての訓練が終了した今、パラオ共和国最大の都市コロールの市民会館にて閉会式が開かれている。日本からは桂沢拓人防衛副大臣が2日前からパラオに赴いており、訓練の様子を視察していた。桂沢防衛副大臣は演台に立つと、集まっていた各国の士官たちに向けて言葉を発する。
『多国間での軍事演習を行い、有事や海難救助における連携を確認し合えたことは、我が国の軍にとっても大変有意義な経験となりました。このような貴重な機会を設けて頂いたことについてアメリカ政府に、そして場所を提供して頂いたフィリピン、パラオの両政府には感謝の意を示します。そして・・・』
各軍の士官たちは演説を行う桂沢に注目していた。その中には「大和」艦長の有馬大佐や「鳳翔」の副艦長である琉川中佐、そして公安の派遣員である亀山の姿もある。彼女はホール内にずらっと並べられた椅子の中で、最後尾の端にある椅子に座っていた。両脚を揃え、両手を重ねて膝の上に置き、さも淑やかな様子で演説を聞いている。
「・・・」
そんな彼女の背後にスーツの男が現れる。彼は亀山の耳元に口を近づけると、何やら報告を告げた。
「・・・やっぱりね」
その男は亀山と同じく公安から派遣された公安警察官であった。部下であるその男からある知らせを聞かされた亀山は、小さなため息をつくとゆっくり椅子から立ち上がり、防衛副大臣の演説が続く市民会館から退出して行った。
コロール市内 レストランの廃墟
合同演習の閉会式が催されている今、コロール市内に位置する廃業したレストランの中に2人の人間が居た。1人はアメリカ人であり、もう1人は日本人である。日本人の方は海軍の礼服を身に纏っており、彼が日本皇国海軍に属する人物であることを示していた。
「・・・これを」
その日本人は「鳳翔」に乗艦していた海軍医官の1人である笹川丈章中佐であった。彼はUSBメモリと液体が入った試験管をアメリカ人に手渡す。
「・・・貴方の英断に感謝します。これで人工臓器の開発研究がまた一段先へ進める。臓器提供を待つ多くの子供達の命が救われるのです」
「・・・」
そのアメリカ人は屈託の無い満面の笑みで、笹川中佐が差し出したUSBメモリと試験管を手に取る。だがその時、2人は互いに腕を強く掴まれる感覚を覚えた。
「だ、誰だ!?」
笹川中佐は咄嗟に声を上げる。だが、掴まれていると感じる腕には何も無い。2人はただ見えない何かに掴まれている感覚だけを感じていたのである。
「・・・ごめん」
「!!?」
その直後、虚空から謝罪の言葉を告げる”少女の声”が聞こえて来た。2人は首を左右に振って辺りを見渡す。だが、やはり自分たち以外には人間の姿は無い。
「一体何だっていうん・・・がはっ!!」
笹川中佐は自分の身体に衝撃が走るのを感じた。彼は非致死性武器のテーザー銃による攻撃を受けていたのだ。笹川は電流によって身体中の筋肉が硬直したようになり、床の上に転倒してしまう。
その様子を見ていたアメリカ人は咄嗟にその場から逃げだそうとしたが、彼も笹川が倒れた直後に見えないところからテーザー銃による攻撃を受けて倒れてしまう。その拍子に笹川から受け取ったものを手から離してしまった。
「・・・確保!」
その瞬間、レストラン内にスーツ姿の男たちが突入してきた。同時に密会していた2人をテーザー銃で制圧した存在の正体が明らかになる。エルフ族の少女が光学迷彩の魔法を解き、人々の視界に姿を現したのだ。公安の協力者である彼女、リリアーヌの手には2丁のテーザー銃が握られている。
そしてレストランに突入した日本の公安警察官らは2人の身柄を押さえつけると、その中の1人が床に落ちていたUSBメモリと試験管を拾い上げる。彼は持参したノートパソコンにUSBメモリを差し込み、その内容を確認する。
「吸血鬼族より採取した凍結細胞と遺伝子情報か。国防医科大学校の研究室に保管されている特定秘密だな」
笹川中佐が密会したアメリカ人は「中央情報局」に所属する人物であった。そして笹川は日本政府によって特定秘密と定められていた、”吸血鬼族のゲノム解析結果とその特性”の情報をCIAに手渡そうとしていたのである。
「吸血鬼族」とは日本列島が15年間にわたって転移していた「異世界テラルス」における最強の種族である。他生物の血を糧とし、一説には5000年を越えるとも言われる寿命と、あらゆる形態・性質に変化する肉体を兼ね備え、そして脳を破壊されない限りはほぼ不死身を誇ると言われていた。日本政府は公式に来日した吸血鬼族の女性の毛髪、すなわち細胞をこっそり採取し、その性質と遺伝情報を解析していたのである。
あらゆる形態・性質に変化可能で人間の限界を遙かに超える細胞分裂が可能な細胞とは、すなわち多様な分化能力と長大な寿命を持つということを示している。故にこれを再生医療に活用出来ると考えた日本政府は、秘密裏に吸血鬼細胞の培養とゲノム解析を進めていた。
しかし、研究を進める中で、人間の手には御しきれない事象が度々起こり、またこれを悪用した場合に、”不死身の生物兵器”を生み出すことができる可能性が示唆された為、政府はこれを特定秘密に指定し、研究を事実上凍結したのである。
「日本皇国海軍軍医、笹川丈章中佐。貴方を『スパイ防止法』第5条に違反した現行犯と断定し、同法第13条、国外犯に関する規程に基づいて拘束させて頂く」
亀山はそう言うと懐から手錠を取り出し、それを笹川の手首へ掛ける。笹川も観念した様子で抵抗する素振りは全く見せなかった。
「貴方の事情は知っている。iPS細胞を遙かに凌ぐ分化能と増殖能を持つ吸血鬼細胞を再生医療に使う夢を捨てきれなかったのですね。確かにこの細胞のコピーが出来れば、多くの人々の命を救うことが出来るでしょうから・・・。でも同時に、悪用すれば不死身の兵士をも生み出し得る悪魔の囁きでもあります」
「・・・」
笹川の拘束を終えた亀山はそう言うと、床にねじ伏せられているCIAの男を見下ろした。男は一瞬だけ彼女に視線を合わせたが、すぐにそっぽを向いてしまう。
「吸血鬼細胞の再生医療への利用」・・・日本政府が特定秘密という名の下に蓋を閉じてしまったことで、中断を余儀なくされたその研究を、アメリカでなら引き継ぐことが出来る。CIAの男はそう言って笹川に近づき、言葉巧みに彼の心に入り込んだのだ。
「・・・本当に上手く乗せられてたのね。まあ、後は政府同士で決めることか」
笹川中佐とCIA職員を拘束した公安警察官たちは、彼らの身柄と共に士官室を後にする。斯くして、60年振りの環太平洋合同演習は、日米関係に大きな禍根を生みかねない火種を残して終了した。
後に日本政府はアメリカ政府に対して、この一件を重大な外交問題として提起したが、アメリカ政府はCIAスパイの存在を認めることはなかった。その後、このCIA職員は日本国軍人から機密情報を受け取った”身元不明のアメリカ人”として、笹川中佐と共にスパイ防止法に基づいて裁かれることとなったのである。
日本皇国 首都東京
天皇を国家元首とする立憲君主制国家。2050年頃から現在の国号を使い始め、今に至る。転移によって地球との関わりを物理的に絶たれた為、2025年頃に始まった世界的な経済不況と民族紛争・暴動の激化、政情不安の影響を全く受けていない。さらに28世紀の技術力を得たことでアメリカに並ぶ大国としての地位を確立した。難民の流入を防ぐ為に半鎖国体制を敷いており、国際的イベントの開催時を除いて観光客を殆ど受け入れていない。「国際連邦」の一国ではあるが、東南アジアや中国大陸、南米に勢力を拡げ、独自の交易関係を構築している。また地球近傍小惑星や月面での資源採掘事業を進めている。
中華人民共和国 首都重慶
20世紀中頃に中国共産党によって統一された中国は、東亜戦争以降は各地で軍閥や少数民族が独立し、周辺諸国からの圧迫を受ける群雄割拠の状態に陥っている。日本政府は新たな独立国として東トルキスタン共和国、チベット国、香港共和国、中華民国台湾を承認し、これらの国々を中国とは別のものとして交易を行っている。中国共産党の勢力が及ぶのは重慶周辺の内陸部に限られ、その他の地域と交流を持つときはその場を支配する軍閥と交渉を行うのが慣例である。
中華民国台湾 首都台北
国際的には長らく中国の一地方として扱われていたが、2024年に終結した東亜戦争以降、”1つの中国”を維持できなくなった中華人民共和国から名実共に独立を果たした。日本の転移以降は親米路線を進み、アメリカの影響を強く受けていたが、日本の帰還後は外交政策を親日路線に切り替えつつある。
朝鮮民国 首都ソウル・平壌
東亜戦争終結から3年後の2027年に、大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国が統一国家となって誕生した。名目上は韓国主導の統一であったが、東亜戦争で疲弊したのはどちらかと言えば韓国の方であり、戦後は旧北朝鮮領内の資源開発で持ち直した経緯がある為、統一政府内部では”北閥”が幅をきかせている。故に金氏の力と影響力は未だに根強い。旧満州を支配する軍閥との軋轢に悩まされている。外交政策については親露路線をとっている。
アメリカ合衆国 首都ワシントンD.C
大統領を国家元首とする連邦共和国。東亜戦争による中国の没落と2025年の日本の消失によって多大な経済的打撃を受け、世界恐慌を引き起こした。アメリカ国内でも失業者や移民による暴動が多発し、治安が急激に悪化した。連邦政府は自国の生存の為、2039年にカナダやブラジル、ロシア、インドと共に、限られた大国のみが生き残る為の国際機関「国際連邦」を設立した。それ以降、アメリカはその常任理事国として国際的な影響力を保持し続けている。かつては日本と強固な同盟関係を築いていたが、アメリカ連邦政府は2042年に日米安全保障条約の終了を日本政府へ通告した。それ以降は密かに日本を仮想敵国と捉えている。東亜戦争後に締結した「米中安全保障条約」によって中国大陸の各地に在外基地を有しており、それはグアム基地等を含めて日本国土を取り囲むように存在している。
ヨーロッパ連合(EU)
かつては多くの先進国が位置していたヨーロッパだが、世界経済の崩壊による政情不安の最中で白人とイスラム教徒との争いが激化し、今や地球で有数の紛争地帯となっている。かつて先進国と呼ばれた国々の多くは事実上の内乱状態に陥っており、特に東欧の国々は国家そのものが崩壊しているという。




