横浜カジノリゾートの冒険 弐
2032年5月8日 ヨコハマ・ベイ・エンターテインメント・シティー(山下埠頭)
かつて「山下埠頭」と呼ばれ、無機質なオフィスと倉庫が並ぶだけであったその場所は、ホテルやショッピングモール、高級レストラン、映画館や劇場などのアミューズメント施設、そしてカジノが建ち並び、色鮮やかな夜景に彩られた世界へと変貌を遂げていた。
カジノの営業は午後4時からと定められており、その開業時刻に合わせてリゾート内、または付近のホテルや横浜駅から、カジノを目当てにした観光客が続々と現れる。娯楽の園を楽しもうと、日本人の富裕層の他、世界各地からこの国を訪れている王族や貴族など、数多の人々がカジノへ繰り出していた。
「安い宿って言ってたからどんなものかと思ったけど・・・」
「至れり尽くせりじゃないか、タオルと寝間着は無料で貸してくれるし、寝床と厠は清潔だし、石鹸は貰えるし・・・あんな大浴場を俺たちみたいな庶民が使えるとは思わなかった」
ラルヴァンとミケーラはカジノへ向かうバスの中でカプセルホテルについて話している。彼らは“安い宿”と聞かされていたカプセルホテルの過ごしやすさに感激していた。因みに宿代は前払いで済ませてあり、日程は4泊5日の予定である。
「さあ・・・いよいよ入るぞ!」
彼らが乗るバスはいよいよカジノリゾート「ヨコハマ・ベイ・エンターテインメント・シティー」の中へと入っていく。ラルヴァンは昂ぶる気持ちを抑え切れない。そしてバスはリゾートの中に設置されたバス停に停車し、降車した2人は遂にカジノの楽園へ足を付ける。
「こりゃ・・・凄い!」
「・・・!」
ラルヴァンは思ったままを言葉として漏らす。ミケーラに至っては言葉を失っていた。彼らの視界には、金色のラインに彩られた建造物、そして色とりどりの街灯とイルミネーションによって煌々と輝く、市街地とは一線を画す世界が広がっていたのである。
かつて、日本と戦火を交えたアルティーア帝国の貴族が2029年頃に此処を訪れた際、以下の様な手記を記した。
“私は今、余暇と金を得たこの国の人々が訪れるという“カジノリゾート”と呼ばれる場所に来ている。享楽の為だけに造られたこの場所は、色とりどりの光と黄金の輝きによって彩られており、来訪者を楽しませる遊戯場や賭博場、皇城が霞む程の宿泊施設が建ち並んでいる。さらに此処を訪れる者たちが遊ぶ以外のことを考えないで済む様に、皇城でも手が届かないあらゆるサービスが用意されている。正に夢の都という言葉が相応しい場所なのだ。
我が国はニホンとの戦いに対して、ほぼ全ての軍事力を注ぎ込んで臨んだ。結果として我が国は国力と国庫を疲弊させ、国民に大きな負担を掛けることになり、敵であったニホン国の助けを借りなくては国を運営させることもままならなくなった。だがその間、ニホン国民は何時も通りの日常を過ごしていたという。列強国たる我が国を相手にしていたにも関わらず、人々は何時もと変わらぬ顔で仕事に行き、学院に通い、ものを食べ、寝ていたのだ。その間、この遊技場も運営されていたらしい。
我が国との戦についてニホン人に聞くと、「始まった時にこそ世論は緊張したが、いつの間にか終わっていた感じだ」と答えた。ニホン国民にとって、我が国との戦は遠き対岸での出来事だった。我々はニホン国に対して文字通り1つの爪痕も残せなかったのだから、それは当然だと言える。だが、私は我が国とニホン国の間にある意識の隔たりを実感した時、そしてこの享楽の都を目の当たりにした時、この島国の底知れない巨大さと深さを感じずにはいられなかった”
「・・・宿代で大体1万エンくらいの出費になった。さらに食費やその他の雑費を考慮して・・・軍資金は2人で12万エン、でいこうと思う」
ラルヴァンとミケーラは光輝く街の一画にポツンと佇むベンチの上に座る。ラルヴァンはカジノで使う軍資金について今一度説明した。
「帰りの船代もあるからなあ・・・目標は15倍、180万だ。それだけあれば、おおよそ1年は故郷で遊んで暮らせる。また金が底を突きそうになったらニホンに渡航して・・・を繰り返せば、永遠に遊んで暮らせるなぁ!」
「そう上手く行くものだっけ、人生って・・・」
「祖国の・・・俺たちが入れる様なしがない賭場じゃあ、こんな大金のやりとりはそうそう出来ねェ。精々稼がせて貰うさ」
取らぬ狸の皮算用を建てるラルヴァンの思考に、ミケーラは一抹の不安を感じていた。だが、此処に来て何もせずに帰るという選択肢は無い。2人は意を決した表情を浮かべると、観光案内所で貰ったノーザロイア語版パンフレットを片手に歩みを進める。
かつて「山下埠頭」と呼ばれていたこの場所は、2020年頃までは普通の無機質な埠頭であったが、IR実施法案が可決されて以降は日本初の統合型リゾートとして再開発が進められた。そして2022年に「ヨコハマ・ベイ・エンターテインメント・シティー」として再出発を果たした時には以前の面影は無く、ドーム球場と3つのホテル、6つのカジノ、巨大ショッピングモール、MICE施設、ミニレジャーランドが並ぶ一大リゾート施設へと姿を変えたのだ。
ラルヴァンとミケーラが入場したのは、外資系企業が運営するカジノであった。2人は昂ぶる心臓の鼓動を感じながら、入場ゲートで査証を提示し、訪日外国人である事を示すネームプレートを受け取ると、その中へと入っていく。因みに、日本人と日本に居住する外国人は入場料として6000円を取られることになっているが、2人の様な訪日外国人観光客については入場料は無料である。
ディティールに凝った内装が施された店内には、日本国内の富裕層、アルティーア帝国やノーザロイア5王国から来た貴族や豪商たち、その他、一般観光客の姿があった。スロットマシンの音と雑談の声があちこちから聞こえて来る。
「うわ・・・広い・・・」
ミケーラは目を見開きながら、周りをきょろきょろと見渡す。同時に周りの人々と比較して、身に纏っている衣服が異常に薄汚いことに気づき、羞恥心を覚えた。
(あの宿屋で洗濯でもしておくんだった・・・)
ミケーラは軽く後悔していたが、今更そんなことを考えても遅い。一方でラルヴァンは何かを探して、相変わらず周りを見渡していた。その途中、彼は目の前を横切ろうとした女性従業員に声を掛ける。胸部と脚を露出したやや扇情的な衣装に身を包む彼女らは、カクテルウェイトレスと呼ばれる、客にドリンクのサービスをする従業員だ。
「すまない・・・1つ聞きたいんだが、“ブラックジャック”ができる場所って何処だ?」
「・・・ご案内します」
そのカクテルウェイトレスは笑みを浮かべると、ラルヴァンを引き連れて“ブラックジャック”の台へ向かう。ミケーラも慌ててその後に付いて行った。
ウェイトレスが案内したのは、トランプや花札などのカードを用いるゲームやルーレットが行えるブースである。その中の一画に、ラルヴァンが目当てとしていた“ブラックジャック”を行っているテーブルがあった。ウェイトレスはテーブルを仕切っていたディーラーに声を掛ける。
「こちらのお客様がブラックジャックをご所望とのことです」
「そうですか、どうぞ此方へ・・・」
ディーラーはそう言うと、ラルヴァンに空いている席に座るように薦める。ラルヴァンは緊張しながら椅子に座った。ルールが分からないミケーラはその近くに立つ他無かった。その場には彼の他に3人の客の姿がある。彼らは皆、高級そうなスーツに身を包んでいた。
「お飲み物は何になさいますか?」
ウェイトレスはラルヴァンとミケーラにドリンクメニューを差し出す。それは2人の故郷であるノーザロイアの言語と日本語の二カ国語表記で書かれていた。メニューには生ビールやワイン、日本酒、焼酎、カクテルなどの酒類から、紅茶、コーヒー、コーラ、ウーロン茶などのソフトドリンクまで、大概の飲料物が記載されている。
「い、いや・・・余計な金は使えないから」
「これは全品無料のサービスですよ」
「・・・え!? 酒も!? ・・・じゃ、じゃあこれを」
「ニホン酒ですね・・・かしこまりました」
ミケーラは頓狂な声を上げるが、すぐに気を取り直してメニュー表の項目を指差す。ミケーラは日本独自の酒に興味を持っていた。その後、ラルヴァンも注文を終え、ウェイトレスはテーブルから去って行った。
「では、新たなお客様も交えて、改めてゲームスタートです。その前にカジノチップの交換を致しましょう。幾ら交換しますか?」
「あ・・・ああ、これを!」
ラルヴァンは軍資金と決めた12万をテーブルの上に置いた。ディーラーはそれを手に取って枚数を確認すると、12万円分のカジノチップをテーブルの下から取り出してラルヴァンに手渡す。
「こちらのチップはこのカジノ内であれば共通で使用できます。ではベットをお願いします」
「・・・」
高級そうなスーツに身を包む客たちはディーラーに促され、手持ちのチップを所定の場所に置いていく。
(最初は・・・これくらいかな)
ラルヴァンも彼らに続いて、2万円分のチップを場に置いた。そしてディーラーはラルヴァンを含むプレイヤーたちに2枚のトランプを表向きで配っていく(ディール)。
「ブラックジャック」とは、プレイヤーとディーラーの間で勝負を行うゲームである。目的はトランプの数の合計をディーラーより21に近い数字にすることで、自分が21を越えないこと、ディーラーに21を越えさせることが重要となるのだ。因みにトランプの数は2〜10は数字通りの数で、J〜Kは10と数え、Aは1か11のどちらかを選べる。
手順としては、まず始めにプレイヤーに表向きで2枚ずつ、ディーラーに表向きで1枚、裏向きで1枚のカードが配られる。プレイヤーは最初の手札を見て、もう1枚引く(ヒット)か、勝負する(スタンド)か、1枚だけ引くと決めて賭け金を2倍にする(ダブルダウン)か、勝負を降りる(サレンダー)かを決める。双方の手札によっては、他にもスプリット、インシュランス、イーブンマネーと呼ばれるアクションが存在する。この時、プレイヤーは手札の合計数が21を越えた時点でブタ(バースト)となり、その時点で負けとなる。
そしてプレイヤー全員がアクションを終えた後、ディーラーは裏向きになっていた自分の手札を表向きに返す。その時の数を見て、プレイヤーとディーラーは勝負を付けるのだ。因みに裏向きのカードをめくった時点で、ディーラーの手札の合計数が16以下であった場合、ディーラーは自らの合計数が17以上になるまで山からカードを取らなくてはいけない。その時に合計数が22以上になってしまったら、ディーラーのバーストとなり、プレイヤー側の勝利となる。
プレイヤーのカードが最初の段階でブラックジャックとなった場合の配当は3対2、すなわち賭け金の2.5倍がプレイヤーに支払われる。それ以外ならば賭け金の2倍だ。
「ヒット」
「スタンド」
「ヒット」
ラルヴァンを除く3人の客たちは、さっさと次のアクションを決めていく。ディーラーはヒットを宣言したプレイヤーに1枚ずつ追加のカードを配っていった。
ブラックジャックには“ベーシックストラテジー”と呼ばれる、プレイヤーにとって最善のアクションを導くセオリーが存在する。プレイヤーの手札の合計数と、ディーラーの表向きの手札の数を見て、次に何をすれば確率的に最も利益を得られるのかをまとめたものだ。中級者以上を目指すのであれば確実にマスターするべき基本事項であるが、ブラックジャックのルールを調べていたラルヴァンも、流石にそれの存在までは知らなかった。
「ああ・・・しまった」
ヒットを選択した客の1人が後悔の声を漏らす。更なるカードを引いたことで手札の合計数が21を越えてしまったのだ。この時点で彼はこのゲームは負けとなり、賭け金は没収となる。
「・・・スタンド」
ラルヴァンの手札は9とK、すなわち合計数は19である。この場面で選ぶべき選択肢は勝負一択だ。
「・・・」
プレイヤー全員の意思表示を確認したディーラーは、裏向きに置かれている自身の手札を表に返す。カードの数字はJ、すなわち10であった。表向きのカードがスペードの6であった為に、ディーラーはさらにカードを引かなければならない。
「・・・!」
ディーラーが掴んだカードはダイヤの9であった。よってディーラーが持つ手札の合計数は25となり、この瞬間にプレイヤー側の勝利が決まった。
「おめでとうございます」
ディーラーは微笑みを浮かべながらそう言うと、勝者となったプレイヤーたちに配当となるチップを配っていく。ラルヴァンの目の前にも2万円分のカジノチップが積み重ねられた。
(良し・・・! この調子で行くぞ!)
ゲームの要領を覚えたラルヴァンはゲームを続けて行く。その後、扇情的なウェイトレスと彼女らが無料で持って来てくれる酒類に酔いしれ、気分を良くした彼は、景気よくベットを積んでいった。そして一時は元金のおよそ3倍となる36万まで増やすことに成功したのである。
だが、そこから先は中々金額が伸びなかった。そして8ゲーム目を過ぎたあたりで27万ほどにまで減らしてしまう。
(くそ・・・! 何とか取り戻さないと!)
このブラックジャックというゲームはプレイヤー側に多くの選択肢が用意されている為、一見するとプレイヤー側が非常に有利に見える。だが、どのカジノゲームもそうである様に、長期的に続けるといずれはプラスマイナスゼロに、さらにはカジノ側に利するようになっていく。だが、一度高額の配当を得た者は、何とかそこまで戻そうと躍起になってしまう。
結果として、今日という日の引き際を見誤ったラルヴァンが最終的に得た金額は、元金を合わせて15万であった。結果だけ見れば6万円の“勝ち”だが、ビーク時の金額の半分以下にまで減らしてしまったのである。
「ラルヴァン・・・お前の悪い癖だぜ? 引き際を見誤るのは・・・」
「うるせぇ! 分かってるよ・・・。だが、3万エンのプラスだ。損した訳じゃない」
カジノから出た2人はミケーラはラルヴァンの悪癖に苦言を呈した。ラルヴァンは眉間にしわを寄せ、悔しそうな表情を浮かべていたが、反省する素振りは無い。
「明日だ明日! まだ明日がある!」
「まあ・・・そうか、明日だな、明日・・・」
時刻は午前2時を回っている。あと2時間経てばカジノの終業と定められている時間だ。富裕層の観光客は各々が泊まっているホテルへと戻っているが、生粋のギァンブラーたちは未だゲームに齧り付いており、羽目を外した若者たちはあちらこちらで大騒ぎをしている。道端で寝転がる者、トラプルを起こす者、様々な者たちがいる中を、ラルヴァンとミケーラは歩いていた。
その後、2人はシャトルバスを使って横浜駅まで戻り、宿泊しているカプセルホテルへ帰った。旅の疲れと賭場での疲れが合わさり、泥の様に眠った2人が翌日に目を醒ましたのは、昼の1時を過ぎたあたりであった。
〜〜〜〜〜
5月11日 ヨコハマ・ベイ・エンターテインメント・シティー
それから3日間、ラルヴァンとミケーラの2人はホテルとカジノの往復を繰り返した。ブラックジャックだけでなく、スロット、ポーカー、ルーレット、こいこい・・・彼らが出来る限りの全ての賭博に手を出したのである。しかし、初日の様な大ツキを出すことは出来ず、時間と金だけを浪費していった。
そして今、彼らはリゾート内のメインストリートに設置されているベンチに腰掛けていた。街を行き交う人々の笑顔と歓声とは対照的に、2人の表情はとても暗い。
「・・・いくら残ってる?」
「・・・6510エン」
ラルヴァンの右手には1枚の5000円札と1000円札、そしていくつかの小銭が握られている。それは4日間に渡るギャンブルの結果であった。
「・・・」
「そんな目で俺を見るな。お前もスロットとか言うのでかなり散財しただろうが」
ミケーラは恨み辛みの視線を相棒に向けるが、大負けを喫したのはラルヴァンだけでなく彼も同様であった。
「はぁ〜あ、でもどうする? これじゃあ国に帰れないぞ?」
「この国は人間の出入国を厳しく管理しているからな、短期在留の期限が過ぎる3ヶ月後までに何とかせにゃあならないんだよ」
ミケーラは大きくため息をつきながら空を見上げる。ラルヴァンも今の状況については焦りを感じていた。彼らの様な観光客に与えられる在留資格では最大で3ヶ月までの滞在が限度である。それを越えると不法滞在になってしまう。
「おい、“セントラルハーバー”でショーが始まるって」
「あまり時間無いぞ、ちょっと急ごう」
ふと通りを見てみれば、多くの人波が一方向に向かって行く様子が見える。彼らは“セントラルハーバー”と呼ばれる海岸沿いのショースペースに向かっていた。午後20時30分より、そこで水上ショーが行われる予定になっていたのである。主催者は6つのカジノのうちの1つ、「ディナーズ」を運営する日本企業だ。
「・・・行き掛けの駄賃だ。折角だからこの国のショーとやらを見ていこう」
「・・・」
ラルヴァンはそう言って立ち上がると、ミケーラの顔を見下ろした。ミケーラは無言のまま立ち上がると、小さくため息をついた後にこくりと頷く。その後、彼らは人波に混じってショーが行われるという“セントラルハーバー”へ向かった。
“セントラルハーバー”とは現在地である旧山下埠頭の中心部に造成された人工の小さな港湾のことである。正方形状に形作られており、周りにはテラスや遊歩道、ヤシの木が整備されている。そして夜になると、このカジノ特区でカジノやホテルを経営する企業がショーを行い、それを見る為に多くの人々がこの場所に集うのだ。
「うひゃー! 凄い人だかりだ」
ラルヴァンはショー会場に集まっている人の群れを見て感嘆の声を上げる。時刻は午後20時29分を回っていた。そしてその直後、湾の周囲の照明が落ちて辺り一帯が暗闇に包まれる。そして一筋のスポットライトが湾の中央にぽつんと浮かぶ浮き船を照らし出した。
『Ladies and Gentleman!! 世界最大の享楽の都『ヨコハマ・ベイ・エンターテインメント・シティー』へ・・・ようこそ!』
その浮き船には金色のステージ衣装に身を包む初老と思しき男が立っていた。彼はマイクを介して見物客たちに挨拶の言葉を述べる。その直後、スポットライトは消え、代わりに湾の周囲の照明が明転する。すると目の前の海上に何処からか巨大なステージが現れていた。
至る所に設置されている大型スピーカーからは、壮大な雰囲気を感じさせるクラッシック調の音楽が聞こえて来る。電飾で彩られた水上ステージの上では、鳥やうさぎを模した色とりどりのコスチュームを着た女性パフォーマーたちが舞いを繰り広げており、くみ上げられた海水が水流のアーチを形作っていた。そして陸地から照らされるレーザー光が、水面に虹色の輝きを映し出している。
「オオーッ!!」
すると今度は海の方からモーターボートが現れた。その後ろでは特殊な衣装に身を包むダイバーたちが、ボートの後方から伸びるロープを掴んで水上スキーをしている。彼らは縦横無尽に湾内を走るボートに翻弄されることなく、湾内の至る所に設置されたジャンプ台を駆使して回転ジャンプを披露し、そのたびに観客からは歓声が沸き起こっていた。
「凄い・・・! 凄いショーだ! こんなもの、我が国では貴族様や王様でも見ることはできないだろうよ!」
人と金を惜しみなく使ったショーに、ミケーラは興奮を隠し切れない。ラルヴァンも同じ気持ちであった。その後もパフォーマーによる演舞やダイバーによる水上スキーの披露は続く。
その後しばらくして、ダイバーたちが観衆に手を振りながら会場を後にすると、水上ステージの後ろ側で海水が壁状に噴出され、その水面にプロジェクションマッピングの映像が映し出された。その様子は空中に描かれた立体映像とも言うべきものであり、日本の自然を象徴する桜吹雪、巨大なクジラ、そして光輝く銀河が”水の壁”の中で躍動している。
「これは”魔法”か・・・?」
ミケーラは生まれて初めて見る映像技術に釘付けになる。ほどなくして水面を利用したプロジェクションマッピングの実演は終わり、観客からは惜しみない拍手が送られた。ミケーラとラルヴァンも既に大負けの悔しさを忘れ、異国のショーに夢中になっていた。
「いや、この国に魔法は存在しない。信じられないな・・・俺たちが見ているものが全て”からくり仕掛け”の発展に過ぎないものだなんてね」
日本には魔法が存在しないことを知っていたラルヴァンは、ミケーラの推測を否定する。そして水の壁がおさまった後、今度は海中から巨大な円柱が水しぶきを上げて飛び出して来た。そのてっぺんには大きな四角錐の物体が乗っており、その姿はまるで巨大な鉛筆の様であった。同時にBGMの曲が変わり、クラッシックからジャズ調の音楽となる。
それは1994年にアメリカで公開された、ある有名なスラップスティック・コメディ映画の劇中で使われた曲のイントロであった。
「こ、今度は何が始まるんだ?」
多くの観衆がその円柱に釘付けになる中、つぼみが咲く様に開いた四角錐の中から1人の女性が現れた。ステージで舞っていた他の女性パフォーマーたちとは明らかに扱いが異なり、銀色のドレスに加えて金色に輝く羽根を背中に付けている。
「このショーの舞姫か・・・!」
周辺の建物から照らされたスポットライトが舞姫に集中する。ラルヴァンは可憐な彼女の姿に見取れていた。そして円柱の下からもう1つの人影が迫り上がってくる。それはショーの冒頭で観衆に挨拶をした初老の男であった。舞姫と男は手を取ると、BGMとなっているジャズ音楽に合わせて息を合わせたダンスを始める。
「Hey・・・! Hey・・・!」
先程までパフォーマーたちが舞いを披露していた水上ステージの上で、白いスーツに身を包んだ男がマイクを片手に歌を歌っている。観衆は彼の歌に合わせて合いの手を叫んだ。
「凄いなあ・・・」
舞姫と初老の男が披露しているダンスは、回転や一方が一方の身体を担ぎ上げるパフォーマンスを組み入れた激しいものである。狭い足場で激しいダンスを披露する2人の様子は、落下する危険性など考えてもいない様に見えた。BGMの曲調も相まって、観衆のボルテージも上がって行く。だが夢のような時間は程なくして終わりを迎え、曲の終了と同時にメインダンサーの舞いも終わった。
「ワアアアァ!!」
ショーの終了と同時に観衆から割れんばかりの拍手が沸き上がる。パフォーマーたちはそんな観客たちに向かって笑顔で頭を下げた。すると拍手の音量がさらに上がる。その直後、スポットライトや周囲の灯りが暗転して湾は暗闇に包まれた。再び明転した時には、ショーを彩ったパフォーマーも水上ステージも海上から消えており、まるで今までのことが夢だったのではないかという錯覚を起こす。
「夢の様な時間だった・・・」
ラルヴァンは興奮の余韻に浸る。周りを見れば、湾の周囲に集まっていた観衆がゾロゾロと動き出し、帰途に就こうとしていた。
「俺たちも帰ろう・・・」
ミケーラはそう言うと、植樹の縁石に腰掛けていたラルヴァンに手を伸ばす。
「ああ・・・だがその前に」
「・・・?」
ラルヴァンは相棒の手を取ってゆっくり立ち上がる。その後、2人はまだまだ眠らないギャンブルの街の中へと消えて行った。
〜〜〜〜〜
5月15日 横浜市 大黒埠頭
それからさらに4日後、ラルヴァンとミケーラはノーザロイア島へ向かう貨客船の中に居た。2人は船窓から横浜市の姿を眺めている。
「いよいよこの街ともお別れか・・・。また来たいもんだな」
「そう? 俺はもう嫌だぜ、入国と滞在だけでこんなに金がかかる国は」
日本国との別れを惜しむラルヴァンとは対照的に、ミケーラはその顔に疲れの色を見せていた。
「でも良かったなあ、何とか帰国の為の交通費だけは取り戻せて」
ミケーラはそう言うと大きなため息をついた。2人はあのショーの後、手元に残っていた6000円ちょっとを元手にして、再びギャンブルに挑戦し、どうにか帰りの船代を調達することに成功していたのである。
「お前は嫌でも・・・俺はまたこの国へ来たい。この国にはまだ見ぬ夢がある」
彼らが今回の旅で見たものは日本のごく一部に過ぎない。ラルヴァンはその事を理解し、また日本国へ来ることを夢見ていた。
「お前が行きたいのなら、俺も行くしか無いじゃないか。何年一緒に旅してきたと思っている」
ミケーラは一心同体の相棒であるラルヴァンに付き合うことを決めていた。そして数分後、出航を告げる汽笛が鳴り響き、2人が乗る貨客船はゆっくりと離岸していく。徐々に遠ざかって行く横浜の街並みを、ラルヴァンとミケーラは何処か口惜しそうに眺めていた。こうしてわずか10日足らずの大冒険は終わりを告げたのである。




