終結、決戦投票日
7月24日 東京都千代田区 自由国民党本部
衆参で最多議席を有する与党「自由国民党」の本部にある幹事長室に、1人の男がいる。彼の名は谷山禎春、自国党の幹事長だ。彼は今、選挙の投票先を問う各紙の世論調査の結果を見ていた。
(衆議院の公示から2日、どの新聞社の世論調査でも、我が党は5割を超える支持率を集めている。何か・・・私も知らない様な不祥事でも露呈しない限り、今回も大勝は固いだろう)
谷山は自身が属する党の大勝を疑わない。それどころか、国会にしぶとく残っている野党の存在を疎ましく思っていた。そして彼は1週間以上先である投票日の光景を思い浮かべ、勝利のイメージを瞼の裏に映し出す。
その時、党本部の職員が焦燥した様子で部屋の中へ入って来た。
「どうした 一体、そんなに急いで?」
息を切らしながら幹事長室に現れた職員に、谷山は何があったのかを尋ねる。職員は呼吸を整えると、右手に持っていた薄い冊子本を開いて見せた。
「これは今朝、『皇民党』がようやく公開したマニフェストなのですが、前回の参議院選挙と比較して大幅にその内容が変更されているようで、一言ご報告をと思いまして・・・!」
「・・・ん?」
谷山はその職員が持って来た、右派系野党である「皇民党」のマニフェストを手に取ると、その冊子を開いて内容を眺める。
かつて中国との戦端が開かれた頃、“日本国憲法破棄”、“帝国軍復活”、“非核三原則破棄”、そして“華族制度復活”の4大理念を掲げて結党した極右政党「皇民党」は、今ではその過激さは落ち着きを見せ始めており、マニフェストの内容は“他の右派系野党が掲げている政策を少し右よりにした”程度に落ち着いていた。
だが、結党時のしがらみによって、“華族制度復活”だけは中々撤廃出来なかった為に一般大衆の支持を掴むことが出来ず、当初の勢いと注目度に反して長らく第5党の座にくすぶり続けている。
それ故に与党からは、取るに足らない勢力と見なされており、自国党は彼の党から寄せられている連立政権参加へのラブコールを黙殺し続けていた。
「・・・華族に関する記述が消えている」
ライバル政党のマニフェストに一通り目を通した谷山は、その内容が以前の選挙と大きく変わっていることに気付く。彼の党が一般大衆からの支持を得られない最大の要因が削除されていたのだ。
「・・・自衛隊の軍備強化に関してはそのままだが、その他は大分真面目な内容になっている。そうまでしてウチと連立したいかねぇ・・・」
谷山は皇民党の目論見を悟る。この一件はその後、党の総裁である泉川の耳にも届けられることとなった。
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7月26日 東京都杉並区 高円寺駅前
選挙が始まって既に1週間以上が経過し、国内における報道の熱は相変わらず昂ぶっている。皇民党の指針変更は各種メディアによってたちまち国民へ周知され、それに対する反応は様々なものであった。
そして今、東京23区の1つ「杉並区」にある高円寺駅の前で、街頭演説が行われている。周りには皇民党の名が書かれた幟が並んでおり、レンタル品である選挙カーの上には、党首である由神洋宣の姿があった。
支持者でなかった人々も彼の党の指針変更を知って、彼の演説を一度聞いてみようと、街頭演説の場に集まっていた。
『1年前、この世界で最強と謳われる国との戦に勝利し、我が国はこの世界で台風の目とも言うべき存在になっています。東亜戦争の経験も含めて、此処に居る皆さんも力無き正義は正しくとも状況を変えられないということを実感したでしょう。特に・・・この世界では力こそが全てであり、幻想的な平和主義に酔い続けている者たちは国会から追放しなければなりません!』
集まっている聴衆は、左派系野党を弾劾する由神の演説を無言のまま聞いていた。大げさな身振り手振りを交えながら、由神は言葉を続ける。
『ですが・・・与党も与党で改めなければならないことがあります。現在、我が国は経済の復活の為、海外に商業圏を求めて世界の各地に拠点を置き、また自衛隊を派遣しています。ですが、自衛隊は今のままでは、人員や装備がいずれ足りなくなるのは明白・・・いえ、もう既に足りなくなっています。
この世界で活動圏を広げる為には、邦人を護る為に自衛隊の海外派遣・駐屯は必須です。ですが、長年本土防衛のみを基軸にしてきた故に、集団的自衛権が認められてから15年程経った今も、中途半端な外征能力しか持たない現在の自衛隊では、明らかに手数が足りなくなっている。この状況は国防の観点からは良くありません。例えこの世界と我が国の間にどんな技術的格差があろうともです!』
由神は力量に見合わない拠点の拡大を行っている今の自衛隊の状況について、危機感をあらわにしていた。
『現在の状況を改善する為には、より一層の自衛隊の規模拡充が必要だと思われます。海外に拠点を置く彼らの力が高まれば、国外で活動する邦人の安全もより強固なものになり、経済活動もより活発になります。力を蓄えるということは、より確かな安全を手に入れることに他なりません!』
由神は自衛隊の強化が、将来的な国益に繋がることを主張する。
『加えて、我々はこの世界についてより知らなければならない! 現在、日本政府は魔法に関する研究を申し訳程度にしか行っていませんが、科学の対極に位置するこの概念については、より一層深い研究を行う必要があります。その為に我が党では、この世界で“魔法の学府”と名高い「レーバメノ連邦」の魔法技術者たちを招へいし、互いに魔法に関する深い研究を行うことを提案しています』
日本人は魔法を使えない、その為に魔法について詳しく知らなければならない。そう訴える由神の発言に、聴衆は成る程と頷いていた。
『この日本という国をより現実的に、且つ危機感を持った視線で護りたいと思うなら、是非その意志を我々に託してください!』
自党への投票を訴える由神の言葉に、聴衆から拍手が送られる。その後、街頭演説は非常に落ち着いた雰囲気で終了した。
後に、彼の演説の内容を収めた動画がネットで活発に配信されたこともあり、時代錯誤な指針を捨てた皇民党に対する国民の関心は徐々に高まりつつあった。
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8月3日 第52回衆議院議員総選挙/第29回参議院議員通常選挙 投票日
7月17日の参議院選挙公示に端を発し、「自由国民党」「正善党」「変革の会」「民生党」「労働党」「革新党」、そして「皇民党」、加えてその他様々な政治勢力が熾烈な選挙戦を繰り広げた「衆参同時選挙」も、約2週間半の選挙期間を経てついに終わりを迎えようとしている。
世界最強の列強国の政治指針が決まるとあって、視察団を派遣した国々に留まらず、セーレン王国や神聖ロバンス教皇国など、日本との関係を持つ全ての国がこの選挙の結果に注目していた。
『こんばんは、泉川内閣の異世界政策、その真価が問われる今回の衆参同時選挙、17日間に渡る激しい論戦の末にどの様な結果が訪れるのか、この番組では午後8時から開票結果に関する最新情報をお送りします』
各局が一斉に選挙特番の放映を開始する。東京と大阪に支部を構えている「世界魔法逓信社」の記者たちも、日本の各報道局が放映している選挙特番に釘付けになっていた。
東京へ訪れていた各国の視察団の面々も、総務省の多目的室にて一同に会し、大スクリーンに映し出されているNHKの報道特番に熱い視線を向けている。
「選挙の投票は全国各地に設置されている無数の投票所で一斉に行われます。そして投票が締め切られる午後8時を迎えると、不正を監視する開票立会人の立ち会いの下で投票箱が一斉に開票されるのです。その結果は各報道機関による出口調査の結果も合わせて、国民に随時発表されます」
総務官僚である中森敦子は、投票日の大まかな流れについて説明する。そして時刻はいよいよ午後8時を回り、開票に関する情報が舞い込み始める。
『早速ですが速報が入って来ました。まずは衆議院選挙からです。自国党の勝利、単独過半数は確実と言える状況になっています。野党第1党を民生党と変革の会で争う情勢、それに皇民党が追随する状況になっており・・・』
キャスターが速報を伝える傍らで、画面下に流れるテロップでは、島根1区、自国党の現職、西川宏勝が小選挙区で当選確実、滋賀3区、自国党の現職、吉村賢治が小選挙区で当選確実・・・といった具合に各選挙区の投票結果が流れていた。各党の獲得議席数を表示している数字を見ると、既に自国党が150を超える議席を確保していることが分かる。
『ここで各選挙区の情勢を見てみましょう。泉川総理のお膝元である神奈川11区では、他の候補者に圧倒的な大差を付けて泉川総理が当確となりました。東京の様子を見ると、東京7区では自国の吾川太郎さんと変革の仁科弘樹さんが争う形となっています。東京9区です。此処では自国の田川元さんと民生の湖西和沖さんの接戦となっています。東京22区です・・・』
(・・・コウジロウ宰相の党が圧倒的な様子だな)
(ええ、ですがまだ150議席以上が残っています。此処からどうなるか・・・)
アルティーア帝国視察団の代表であるサヴィーア1世と、同視察団に属する外務大臣のテマ=シンパセティックは、報道が伝える選挙結果の行方を注視していた。
・・・
同時刻 千代田区 自由国民党本部
自由国民党本部の開票速報センターでは、選挙結果の速報を受けて、恒例行事である「薔薇付け」が開始されていた。数多のメディアのカメラが向けられている中、党の総裁である泉川首相は全候補者の名前が書かれた巨大なボードの前に立ち、当確となった候補者の名前の上に薔薇を付けている。
(単独3分の2は今回も厳しいか・・・)
カメラに視線を向けている泉川は、自党が数多の当選者を出しているにも関わらず、やや固い表情を浮かべていた。
それから1時間ほど経った後、ボードに咲いた紅い薔薇の数は200を超える。衆議院議員の定数である465の過半数に迫り、大方の予想通り与党の大勝という形に収まりつつあった。
だがその時、泉川は不思議な違和感を抱いていた。
(・・・何だ? 思いの外、議席数の伸びが滞ったな)
・・・
港区六本木 テレビ首都本社 選挙特番スタジオ
東京都に本拠を持つ5大キー局の内の1つである「テレビ首都」の本社では、他のテレビ局と同様に選挙特番が生放送されている。“我が道を行くテレビ局”という風にネタにされているこの局も、国会議員選挙とあっては流石に他局と同じく、選挙特番の放映に奔走していた。
「衆議院における比例復活当選の結果、そして参議院の結果の方も入って来ました」
出演者席に座るキャスターが、同時選挙の更なる動きを伝える。
「参議院も与党の勝利、自国党の単独過半数が確実となっています。一方で衆議院の比例当選については、皇民党の躍進が見られている様です。ではまず始めに、衆議院の比例当選の様子を見ていきましょう」
キャスターの言葉を合図に、視聴者に向けた画面が文字情報で選挙結果を伝えるものに切り替わる。
「比例北関東ブロック、自由国民党の候補者9名が当選確実、次いで皇民党が民生党を凌ぎ、候補者5名が当確となっています。比例九州ブロック、こちらも自由国民党の候補者5名が当確、次いで皇民党の候補者3名が当確となっております・・・」
キャスターのナレーションの下、当選確実となった候補者たちの顔触れが紹介される。その後、再び画面が切り替わり、カメラはスタジオの様子を映し出した。
「皇民党は既に選挙前の12議席を倍以上に伸ばしていることになりますが、石上さん、この結果をどうご覧になりますか?」
キャスターは、コメンテーターとして番組に出演している政治評論家の石上隼に解説を求める。
「そうですねぇ・・・皇民党は衆議院選挙の開幕とほぼ同時に、党の指針を大きく変更するというサプライズをしましたよね。党の指針から華族制度復活を削除したことは大きく報道されましたし、ネット上でも話題になりました。
故に・・・この何れのブロックも保守王国と呼ばれる小選挙区を多く有す地域ですから、小選挙区では自国に、でも比例の方ではちょっと皇民に期待してみようかという風に、投票者の真理が働いたのではないでしょうか」
「成る程・・・皇民党の土壇場での決断は、結果的にプラスに働いたということですね。では続いての比例区です。比例北海道ブロックでは自国党の候補者3名が当選確実、次いで民生党の候補者1名が・・・」
コメンテーターの解説を聞いた後、キャスターは再び視線をカメラに向けて、選挙の続報を視聴者に説明していった。
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8月4日 午前3時頃 東京都羽村市 世界魔法逓信社・東京支部
23区から少し離れた場所にある此処「羽村市」には、この世界で唯一無二の国際報道機関である「世界魔法逓信社」の支部が置かれている。支部長であるグルコー=インシュリンは、各テレビ局が伝える報道特番にかれこれ7時間もの間、釘付けになっていた。
『衆議院最後の小選挙区の開票結果が出ました、青森3区、自国党の現職、小野上新太さんが当選です』
キャスターの口から最後の選挙区の結果が示され、遂に衆議院465名の議員と参議院121名の議員が出揃う。
『ではもう一度、衆参の議席の内訳を確認していきましょう。両院とも与党で3分の2以上を達成、ほぼ選挙前の議席数を維持していますが、両党とも選挙前と比較して微減しています。
大敗というべき結果になったのが民生党、比例代表を取りこぼし、選挙前と比べて両院共に大きく議席を減らしてしまいました。一方で躍進が目立ったのが皇民党で、衆議院では38議席、参議院では9議席を獲得し、その議席数を大きく増やしました。
今回の選挙の結果、変革の会は辛うじて両院共に野党第1党の座を死守、皇民党がそれに続き、民生党は野党第3党へと転落しています』
キャスターが当選者の名前を表示する映像と共に伝えている選挙結果を、東京支部の記者たちは頷きながら聞いていた。
「いよいよ大勢が決まったか、すぐにこの内容を総本部へ報告しよう!」
「はいっ!」
支部長であるグルコーの指示を受けて、記者たちが動き出す。その後、彼らが作成した紙面案は総本部へと送られ、世界各国で印刷される流れとなった。
因みに彼らが作成した見出しには、『ニホン国国政議員選挙、現政権が大勢を維持。一方で軍事強化派勢力が躍進』と書かれていた。大勢が何も変わらなかったという結果を耳にして、世界各地に散らばる日本の友好国は胸を撫で下ろしたが、一方で日本を警戒する国々、特に神聖ロバンス教皇国などは“軍事強化派勢力が躍進”という何気無い一文に震え上がったという。
また、今回の衆参同時選挙は日本政府、及び世界魔法逓信社によって世界に向けて大々的に宣伝されており、その存在を知った一部の政治学者が、自国政府に普通選挙を求めるという運動が世界各地で散発的に起こることとなったが、すぐに下火になって沈静していった。
斯くして、日本が進むべき指針を全国民が決める一大政治イベント「衆参同時選挙」は、世界的な注目が集まる中、与党の大勝という結果で幕を下ろしたのである。
・・・
<第52回衆議院議員総選挙 結果>
与党
自由国民党 307議席(選挙前308議席)
正善党 28議席(選挙前30議席)
野党
民生党 26議席(選挙前41議席)
変革の会 41議席(選挙前46議席)
労働党 3議席(選挙前3議席)
革新党 2議席(選挙前4議席)
皇民党 38議席(選挙前12議席)
その他 11議席(選挙前11議席)
無所属 9議席(選挙前9議席)
合計 465議席
<第29回参議院議員通常選挙 結果>
与党
自由国民党 69議席(選挙前70議席)
正善党 11議席(選挙前11議席)
野党
民生党 8議席(選挙前13議席)
変革の会 10議席(選挙前14議席)
労働党 2議席(選挙前2議席)
革新党 2議席(選挙前2議席)
皇民党 9議席(選挙前2議席)
その他 5議席(選挙前5議席)
無所属 2議席(選挙前2議席)
合計 121議席(半数改選)
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8月4日 午後6時 ホテルニュータニモト東京
東京を代表する「ホテル御三家」の一角である「ホテルニュータニモト東京」の大宴会場に、世界各国の視察団の面々、合わせて221名と100名近い日本国側の出席者、合計して300名ほどの要人たちが集まっている。
選挙前に催された“歓迎晩餐会”と同じ様な面子が集まっていたが、今回は日本から祖国へ帰っていく視察団を見送る為の送別会と、与党の勝利を祝う祝賀会を兼ねたイベントとなっており、“政府”では無く与党の議員たちが主催者となっている。
『今回の選挙で議席を得た議員の皆さん、そして今回の選挙の為に各国からいらして頂いた視察団の皆さん、今回の衆参同時選挙では非常に骨を折ったと思います。本当にお疲れ様でした。私も若輩者の身ながら、今回参議院議員として当選を果たすことが出来、嬉しく思います』
壇上に立って参加者たちに挨拶をするのは、今回の選挙で初当選した新人の参議院議員である加藤一だ。右胸に当選を表す紅い薔薇を付けている彼の言葉を、人々はシャンパングラスを片手に聞いている。
『これ程・・・世界各国の人々が一同に会す機会はこの先そうそうありません。皆様には是非、この最後の晩餐となるこの場にて、親睦を深めて頂けたらと思います。また各国の皆様にとって、今回の選挙が何らかの糧になったことを願いつつ、開会の挨拶に代えさせて頂きます。
では・・・不肖、加藤一が乾杯の音頭を取らせて頂きます・・・乾杯!』
加藤の乾杯の挨拶と共に、数多のシャンパングラスが天井に向かって掲げられた。その後、世界各国から集まった参加者たちは、普段中々相まみえることの無い者たちとの歓談を花を咲かせ、この最後の晩餐を大いに楽しんでいた。
(さて・・・今回の選挙は世界に影響を与えることは出来たのかな)
第2次泉川内閣に引き続き、外務大臣を続投する予定となっている峰岸孝介は、参加者たちの様子を見ながら、今回、日本政府が総力を挙げて行った選挙視察団の誘致が、このテラルス世界に何らかの変化をもたらすことを願っていた。
翌日、東京へ集っていた各国の視察団は、日本国内に点在する各湾港都市へと散らばって行き、行きの時と同じ客船に乗り込んで各々の故国へと帰って行った。
現代的な選挙の仕組みやノウハウについて学んできた彼らは、今回の視察で得た知識を余す所無く、本国の政府へと伝えた。特に、元老院議員の制限選挙を建国以来初めて行う予定になっているアルティーア帝国政府は、早速、選挙管理委員会の組織と配置、及び簡単な選挙区の制定に動いたという。
他の国々でも、(ほとんどが制限選挙だが)選挙制度の導入に前向きに動く国が現れ始めるようになる。日本で行われた衆参同時選挙は、世界各国が有する政治制度とこの世界の歴史に、わずかではあるが確実な変化をもたらしたのだった。
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8月7日 東京都港区 品川プリンセスホテル 宴会場
港区にある大手ホテルの宴会場にて、今回の選挙で1番の躍進を果たした「皇民党」による、選挙戦の勝利を祝う祝勝会が催されていた。
「一世一代の大博打だったが、古き枷を外して選挙戦に臨むことで、我々は大勝を掴むことが出来た。この17日間、この党の為に奔走し、尽力した党員の皆には心からお礼を言いたい。本当にありがとう!」
党首である由神洋宣は、日本酒が入った杯を掲げながら、その場に居る者たちに頭を下げる。宴会場に居るのは当選した議員47名だけでなく、落選してしまった議員、議員たちの秘書、そして党本部に勤める事務員など、今回の選挙戦の為に戦った全ての人々が集まっていた。
「しかし考えましたね・・・日本に本格的な魔法研究機関を国家として設立するという公約を掲げることで、魔法の研究に手を出しつつある企業の献金を得るとは。お陰で我々は過去のしがらみに囚われる必要は無くなり、党の拡大に比例して必要となっていく政治資金の獲得も容易となったのですから。そして今回の大勝! 全て貴方の手腕の賜物ですよ、由神さん」
当選議員である杉田蔵之介は、党首の采配に讃辞の言葉を捧げる。彼の言葉を聞いていた他の参加者たちも、うんうんと頷いていた。
「・・・私が決断をしたのは確かに党の為だ、だが党の為だけではない。今の日本政府は・・・やはり魔法に対して関心が薄すぎると思うんだ」
由神はフンと短い鼻息を放つと、自身の考えを述べ始めた。
「成る程・・・今までの様なパフォーマンス的なものではなく、魔法を本格的に研究する機関を設けることは、貴方自身の悲願であると・・・?」
「そうだ、我々日本人は魔法を使えない。だからこそ国防の為、この世界の魔法について深く知る必要がある。それは将来的に絶対に国の為になると、私は考えているのだ。
今は自国党から返事を得られていないが、いずれ与党に組み入った暁には、文科省に魔法研究機関を設置して、民間企業や国外の魔術師たちと共に魔法の研究を行うネットワークを構築して見せる」
「・・・!」
由神はそう言うと、杯に入っていた日本酒を一気に口の中へ流し込む。党首が密かに抱いていた将来の構想を初めて耳にした杉田は、その内容に驚くと共に、何故彼がそこまで魔法に拘るのかと疑問を抱かずにはいられなかった。
この世界の魔法は、何が出来るかは個々の個体が持つ“魔力”の量に依存しており、この世界に住む全種族の85%を占める“一般の人間”であれば、そこまで大したことは出来ないと聞いている。
勿論、リヴァイアサンの様なごく一部の例外は有るが、基本的に射程が短い魔法は現代兵器の敵ではない、それ故に大切なのは、現代兵器の生産と新規開発であるというのが、日本政府内における共通認識であり、杉田もそう思っていたのである。
「そう言えば防衛省の発表によると、『F−3戦闘機』の開発事業再開の目処が立った様ですね。上手く行けば4年後に量産型の納入が始まるとか」
杉田は話題を変えようと、少し前に世間を騒がせた「F−3戦闘機」開発事業再開のニュースについて口にする。
試作機の飛行までこぎ着けながら、共同開発国であるイギリスとの連携が絶たれた為に、開発中断を余儀なくされたそれの開発事業が再開されたというニュースは、極一部から税金の無駄遣いだと非難されながらも、多くの国民から歓喜の声が寄せられていた。
「ああ、確かにそんなことを聞いたな」
由神は適当な相づちをうちながら、杉田の話を聞いていた。あまり興味がなさそうな彼の様子を見て、杉田は思わずため息をつく。その後、祝勝会はつつがなく終了し、参加者たちは各々の家へと戻って行った。
しかしこの時、由神党首が抱えていた“懸念”が数年後に“現実”のものになろうとは、この場に居た誰もが予想すらしていなかったのである。
それはまだ、誰も知らない物語。




