一癖も二癖もある客人たち
ちょっと短めですが、投稿します。
7月12日 中部地方 新潟市 新潟西港
かつて「日本海」と呼ばれていた海を望み、かつて古き時代より貿易港として栄え、現代に入ってからも国際拠点湾港の1つに指定されており、新世界に来てからは諸外国との貿易港として解放されている「本土7港・外地1港」の内の1つである「新潟港」の港湾に、日本政府によって借用されているクルーズ客船「岩戸丸」が入港していた。県警のガードが敷かれた規制線の外側では、報道陣がカメラを構えて集まっていた。そして来賓たちが姿を現したその瞬間、一斉にシャッター音とフラッシュライトが放たれる。
先頭を歩いていた「アルティーア帝国選挙視察団」の面々は少し驚く素振りを見せたが、報道陣の存在については案内役の官僚から前もって説明を受けていた為、彼らは自分たちの方を向くカメラに向かって微笑みを浮かべたり、手を振り返したりしていた。
先頭を行く彼らの後を、ロトム亜大陸の「セイラ王国」、そしてノーザロイア島の「イラマニア王国」「ミスタニア王国」「キサン王国」からやって来た視察団の面々が順番に続く。
船に伸びたタラップから降りて来る来賓たちを、新潟県知事である浦島竹嗣と新潟市長の真島兼人をはじめとする県庁職員や市役所職員、総勢30名近くが出迎えていた。
「アルティーア帝国、セイラ王国、イラマニア王国、ミスタニア王国、そしてキサン王国の選挙視察団の皆様・・・ようこそ、新潟市・・・そして『日本国』へ! 私は当県の知事を勤めています、浦島竹嗣と申します」
横一列に並んだ各視察団の代表者たちに対して、浦島は順に握手をしながら歓迎の言葉を述べる。彼は近くに停車していた5台のバスを指し示しながら、今後の予定を説明する。
「あのバスで皆様を宿までご案内致します。長旅でお疲れになられたでしょう。首都東京へは、翌日の日本時間午前11時32分に新潟駅より新幹線で向かう予定になっておりますので、今宵はこの新潟県で、旅の疲れを癒して頂ければと存じます」
浦島はそう言うと、各国から訪れた視察団の面々に対して、バスへ乗り込む様に促す。ある者は慣れた様子で、またある者は大いに戸惑いながら、日本国が用意した移動手段へと乗り込んで行った。
(何度見ても凄いわね、これで首都じゃ無いって言うんだから・・・)
アルティーア帝国選挙視察団の代表である“女帝”サヴィーア1世は、港から見える新潟市の街並みを見て、圧倒されながらため息をついた。幾度と日本へ足を運んでいる彼女にとっても、その都市の街並みはあらゆる意味で心を躍らせる様である。
翌日、ホテルで一泊した彼女たちは、日本政府が貸し切った上越新幹線「E4系」に乗って、首都である東京へと出発した。
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7月14日 九州地方 鹿児島市 鹿児島港
アルティーア帝国をはじめとする5カ国の視察団を乗せた「岩戸丸」の来航を皮切りにして、各国の視察団が次々と日本へ到着しており、現在までで既に16カ国の視察団が東京へ向かい、または到着している。
そして此処、鹿児島市にも異世界からの来賓たちを乗せたクルーズ客船「駿河」が入港していた。世界的な活火山だった「桜島」は、転移に伴って地下のマントルからのマグマの供給が絶たれた為、転移が発生した6年前から完全に沈黙しており、そんな少し寂しくなった“シンボル”を望む港に、最後の客人たちが脚を降ろしている。
「・・・」
タラップを降りて最初に港へ現れたのは、エルムスタシア帝国選挙視察団の代表であるエルジェベート=ツェペーシュ皇帝だった。若き国家元首である彼女の姿を見て、視察団の出迎えに赴いていた鹿児島県知事の伊川聡を含め、県や市の役人たちは得も言われぬ緊張に囚われる。
(あの人が・・・“世界最強の種族”・・・!)
(・・・“吸血鬼族”ですね。でも人間と変わらない様に見えますよ?)
エルジェベートの姿を見ながら、2人の県庁職員がひそひそと話していた。その時、偶然か否か、彼女の視線がその2人の方へ向いた。
「・・・っ!!」
吸血鬼に視線を向けられ、彼らは不自然に目を背けてしまう。直立不動の体勢で冷や汗を流す2人の人間を見て、エルジェベートは一瞬だけ微笑みを浮かべるが、すぐに自分たちの前に立っている伊川知事の方へ顔を向けた。
「日本国へようこそ! 鹿児島県知事の伊川聡と申します」
「エルムスタシア帝国選挙視察団代表、エルジェベート=ツェペーシュと申します。今回は宜しくお願いしますね」
互いに名を述べた両者は、直後に固い握手を交わす。伊川は他の視察団の代表者にも挨拶をして回った後、城山の上にあるホテルへと彼らを案内するのだった。
鎌倉時代より島津家によって治められ、幕末において数多の名士を生み出した維新の地に、エルムスタシア帝国以下5つの視察団を乗せた「駿河」が来航したことよって、衆参両院選挙の視察を申し出ていた21の勢力より派遣されている“視察団”が遂に出揃う。彼らは各々の船が入港した街にて一泊した後、日本国の首都である東京へと向かった。
・・・
<各国選挙視察団 内容>
・アルティーア帝国選挙視察団
代表 サヴィーア=イリアム1世皇帝 以下14名
・セイラ王国選挙視察団
代表 チェスコ=ルジャンスキー第2王子 以下10名
・イラマニア王国選挙視察団
代表 ミヒラ=スケレタル外務局長官 以下12名
・ミスタニア王国選挙視察団
代表 ドモン=パスチャー外務局長官 以下12名
・キサン王国選挙視察団
代表 コスタ=クロウ第3王子 以下9名
・ショーテーリア=サン帝国選挙視察団
代表 エディンガー=ウェストファルス外務卿 以下13名
・クロスネルヤード帝国・皇帝領政府選挙視察団
代表 フィロース=ホーエルツェレール宰相 以下12名
・ニアリア共和国選挙視察団
代表 シルヴェストル=バルトゥーニェク外務局長 以下8名
・レーバメノ連邦選挙視察団
代表 エフセイ=クランチコフ外交庁大臣 以下10名
・アッティア王国選挙視察団
代表 ホジキン=リードステルンベルグ宰相 以下7名
・リャック王国選挙視察団
代表 フレッドリク=ラーゲルゲルト外交担当官 以下9名
・ピア王国選挙視察団
代表 ルル=マウーヌ第2王子 以下6名
・クロスネルヤード帝国・南部3地方連合選挙視察団
代表 ヴィルド=フォレイメン辺境伯家第一子息 以下12名
・ヨハン共和国選挙視察団
代表 レオンツィオ=スカヴォリーニ外務部長 以下15名
・アテリカ帝国選挙視察団
代表 サリード=トローアス第1皇子(皇太子) 以下11名
・アナン亜人諸国連合選挙視察団
代表 トナスミ=ハクヒズイ連合委員会委員長 以下12名
・エルムスタシア帝国選挙視察団
代表 エルジェベート=ツェペーシュ皇帝(皇妹) 以下15名
・トミノ王国選挙視察団
代表 シュトゥアラ=ミッタンニー第1王子(王太子) 以下7名
・ロワッフ王国選挙視察団
代表 ゲルストマン=ロンベルク公爵 以下9名
・ロバーニア王国選挙視察団
代表 アメキハ=カナコクア国王 以下10名
・極東海洋諸国連合選挙視察団
代表 ウルナ=アラウナニ理事(ラーラニカ王国出身) 以下8名
以上18カ国3団体、計21の視察団が日本へ来航。
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7月15日 日本国 首都東京 東京駅
大正3年に赤煉瓦で建設された姿を現代に再現する丸の内駅舎のロータリーに、数台の大型バスが停車している。その周辺には報道陣が詰めかけていた。加えて数多の野次馬が視線を向ける中、新幹線「ひかり」に乗って横浜からやって来たクロスネルヤード帝国・皇帝領政府選挙視察団をはじめとする6カ国の視察団が駅舎の中から現れる。
外務省官僚によって案内される彼らに向かって、一斉にフラッシュライトが焚かれた。視察団の面々も最早慣れた様子で、報道陣に向かって会釈したり手を振ったりしている。その中には、今回来日した者たちの中で最年少であるクロスネルヤード帝国皇女、テオファ=レー=アングレムの姿もあった。
「殿下はこの国を訪れるのは2度目ですよね、いやはや・・・あのヨコハマという街もそうだが、本当に凄まじいですな、この国は・・・」
クロスネルヤード帝国・皇帝領政府選挙視察団の代表を務めるフィロース=ホーエルツェレール公爵は、東京駅の周辺に建つビル群を眺めながら、テオファに話しかける。
彼女は2年程前に勃発した日本=クロスネルヤード戦争の当初、日本人医療団の手引きによって日本へ亡命していた期間があったのだ。
「私も以前はずっと病院に居たので、あまり街の様子を見ることが出来なかったのです。なので本当に楽しみなんですよ!」
テオファはそう言うと、満面の笑みを浮かべていた。彼女の脳裏には、かつて一瞬だけ気持ちを寄せ合った日本人医師の姿が浮かんでいた。
だが、和気藹々とする彼らの様子を、冷めた目つきで眺める者が居た。「ニアリア共和国」の代表であるシルヴェストル=バルトゥーニェクは、辺りを見回しながら笑顔で語らいあう隣国の視察団を見て、冷たいため息をついた。
(おいおい、クロスネルは蒼々たるメンバーが集まって旅行気分か? 今回の視察の目的はニホン国の政治体系を学び、自国の利益に還元することではないのか・・・全く、呑気なものよ)
列強も含めた強国の中では、世界で最も民主的な政治体系を持つ共和政国家の出自である彼は、謎の国の政治体系を観察するという今回の目的に、人一倍熱心な様子である。
今回、彼らと共に東京駅に現れたのは、クロスネルヤードとニアリアに加えて「レーバメノ連邦」「アッティア王国」「ショーテーリア=サン帝国」「リャック王国」の6カ国からやって来た視察団だ。耳に携帯無線機のイヤホンを装着している官僚たちが、バスへと向かう彼らを眺めながら連絡を取り合っている。
「ホテルニュータニモト東京に連絡を・・・。それと、この後に鹿児島からの視察団も東京へ到着する。ホテルオーカワ東京に到着予定時刻を伝えておいてくれ・・・」
その中の1人である外務官僚の壱川は、仲間への無線を切った後に大きく深呼吸をした。
(視察団の来航に備えたJRを含む各交通機関への根回し、宿泊場所の確保、警備計画の策定・・・やること多すぎてマジでこの1ヶ月は死ぬかと思ったよ・・・)
彼はこの一大イベントに向けての準備に追われた日々を思い返す。政治家たちがやること成すことは、官僚たちの激務によって支えられているのである。




