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旭日の西漸 第4部 ティルフィング・選挙篇  作者: 僕突全卯
第6章 アラバンヌ帝国
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さらば愛しき惹優よ

 我を失ったリリーは、開井手の忠告も空しく神藤の身体から左腕を抜いてしまう。言わば“栓”の役割をしていた彼女の腕が無くなったことで、神藤の腹に空いた風穴から一気に血が噴き出した。


「クソッ・・・血が止まらない!」


 神藤の下へ駆け寄った崔川は、その穴を両手で必死に塞ごうとするも、到底出血を止めることなど出来ず、血溜まりはどんどん拡がっていく。


「・・・ア、ア、アァ!」


 想い人が目の前で息絶えている“光景”と、その想い人を手に掛けたのが自分だという“現実”に苛まれ、リリーは発狂寸前の状態に陥っていた。


「大丈夫・・・貴方の所為じゃない! だから落ち着いて!」


 精神が不安定になっている少女を落ち着かせる為、利能はガタガタと震える彼女の身体を抱き寄せる。だが、リリーの左腕は血の赤で染まっており、彼女が現実から目を反らすことを許さなかった。


「・・・」


 言い聞かせられたことで、少し落ち着いた様子のリリーを抱えながら、利能は安らかな表情を浮かべて地に臥す上司に向かって敬礼を捧げる。彼女に続き、崔川も敬礼をした。


 彼女たちが上司の死を悼む傍らで、開井手は4人の魔術師たちに睨み付けられている。彼らの足下には、5発の凶弾によって粉々に砕かれた刃の欠片が転がっていた。


「・・・よ、よくも!」


 「イフ」を名乗る魔術師であるハッサムドやバナードたちは「ティルフィングの剣」の残骸をかき集め、怒りで声を震わせる。彼らが幾らそれらの残骸に魔力を送り込んでも、破壊された聖剣が再び輝きを発することは無かった。


「・・・くそ! 貴様だけは許さねェ! 此処で殺してやる!!」


 やり場の無い怒りと憤りに駆られ、ハッサムドは今までの飄々とした風体から想像出来ない様な雑言を放つ。彼は杖を振り上げると、弾切れのコルト・ローマンしか持たず、右手も使えない丸腰同然の開井手に襲いかかって行った。


「・・・っ!」


 見境を無くした魔術師の物理攻撃に対して開井手は身構える。だが、ハッサムドの怒りが彼を襲おうとしていた直前、地響きと地揺れが突如として起こり、彼らの脚を怯ませた。大空洞が突如として崩落し始めたのである。


「・・・な、なんだ!」

「・・・逃げるぞ!」


 天井からパラパラと小石や土煙が落ちてくる。危機を察知したハッサムドたち4人は、すぐさま杖に乗って飛び上がると、崩落を開始した大空洞から逃れる為、利能たちが通ってきた出入り口へ一直線に飛んで行った。開井手はそれを目で追うことしか出来ない。

 そしてハッサムドたちが大空洞から去った直後、天井から落下して来た巨大な岩石が出入り口を塞いでしまったのだ。


「ああっ!?」


 開井手は堪らず叫び声を上げる。崩落する大空洞から逃げ出す退路が無くなってしまったのだ。地に臥す神藤の周りに集まっていた利能、崔川、リリー、桐岡、そして“岩の台座”の下に放置されたままになっていたエスルーグの5人も、突然の事態に動揺を隠し切れない。


「・・・何故? 何故、いきなり崩落を!」


「まさか・・・リリーさんの熱線が原因では? 5〜6発は派手に岩肌を抉ってましたから・・・」


 狼狽する利能に対して、崔川は大空洞が崩落を始めた原因について述べる。だが、今はそんなことを気にしている暇は無く、一刻も早くこの場から逃げる手立てを考えなければならない。


「・・・あの出入り口を塞いでいる岩、皆で動かせないか!?」

「希望が有るとすれば其れしかない! やってみましょう!」


 開井手の提案に利能が頷く。出入り口が1つしか無い以上、方法はそれ以外には無かった。

 そしてこの場から生き残る為、各々が行動に移ろうとしていた時、彼らの背後から“聞こえる筈のない声”が聞こえて来たのである。


「・・・ま、待ってくれ」


「!!?」


 利能や開井手は、寒気と喜びが同時に沸き上がる様な奇妙な感覚に囚われる。そんな彼らを余所に、その声は言葉を続けた。


「お・・・俺が入って来た“もう1つの入口”がある。この崩落の中でも、あの道なら・・・あるいは・・・」


「神藤!」

「神藤さん!」


 その場に居た全員が、驚きと共に振り返った。腹を貫かれて死んでいた筈の神藤が、息を吹き返して立ち上がっていたからだ。リリーや桐岡も驚きの余り絶句している。


「・・・時間が無いんだ、今は早く此処を抜けだそう。先輩は台座の下にいるルーグを背負ってくれないか?」


「・・・分かった!」


 彼は風穴が空いている筈の腹部を左手で押さえながら、少し離れたところに立っている開井手に指示を出す。上司の指示を受けた彼は、2つ返事を返すと台座の下に避難していたエスルーグの下へ向かう。

 神藤は開井手を見送った後、剣が封印されていた岩の側で生気無く項垂れている「アル・ラサラム」首領のビル・アワード=アブドラフマンの下へ近づく。地揺れの為かそれとも負傷の為か、足下がかなりおぼつかない様子で、居ても立ってもいられなくなった崔川はすかさず肩を貸した。


(・・・冷たい)


 神藤の右手からは血潮の流れがもたらす体温が全く感じられなかった。だが、崔川はその事について一切言及せず、ただ神藤の脚となることに集中した。

 彼の力を借りてアワードの前に立った神藤は、空洞の崩落を意にも介さずに項垂れる彼を見下ろし、一言告げる。


「お前も重要参考人だ、此処で死なれては困る。来て貰うぞ・・・」


「・・・」


 剣と仲間を失い、既に反抗の意志を失っていたアワードは、特に何も口にすることなく、神藤の命令を聞き入れて素直に立ち上がった。


 その後、神藤が彼らを案内したのは、先程まで彼らが立っていた“岩の台座”の裏側にあたる場所だった。利能たち6人とアワードらが入って来た出入り口からは死角になっている為に見えなかったが、そこには人1人が通れるほどの小さな穴があった。


「・・・あの化け物と共に激流に流された俺は、そのまま流れに乗ってこの遺跡の近くにある河辺まで流れ着いたんだ。その近くには洞穴があって、中へ入ってみたら此処へ繋がっていたという訳さ。お前たちが来る半日前には此処に着いていたんだよ。

それで遺跡の入口のところで待っていたら、まんまと捕まっていやがっただろ、お前ら。だから俺はそのまま隠れて奴らをやり過ごした後、銃を回収して届けてやったんだ」


 神藤は利能たちと別れた後、彼女たちの前に再び姿を現すまでの経緯について説明した。


「・・・さあ、入ろう。もう此処も危ない」


 彼は仲間たちに穴の中へ入る様に促した。リリーを先頭にして、利能、桐岡、アワード、そして開井手、エスルーグと順番に入って行く。そして最後に、崔川と神藤が入ったところで、先程まで彼らが居た場所に巨大な岩石が落下したのだった。


・・・


古代遺跡付近 支流の河辺


 暗く湿った穴蔵の中を、リリーが指先に点している光を頼りに進む。そして大空洞からの脱出を果たした数分後、8人が進む先に光が見えて来た。抜け道は神藤の言葉通り、首都へ流れる大河ユルーテラスの支流の河辺へと続く洞穴に繋がっていたのである。そこは切り立った崖の間に位置する場所であり、ふと見上げてみると崖の間に見える空を大きな鳥が飛んでいた。

 そして最後尾を進んでいた神藤が洞穴から出て来たところで、何か巨大なものが壊れた様な、爆発音に似た音が聞こえて来た。おそらく剣が封印されていたあの大空洞が、完全に崩落したのだろう。


「神藤さん・・・無事に脱出出来ましたね!」


「ああ・・・」


 利能は“全員”の命が助かったことを喜ぶ。開井手や桐岡も、拳を突き上げて喜びを露わにしている。神藤はそんな仲間たちの様子を見て、一際満足そうな笑みを浮かべてぽつりとつぶやいた。


「どうやら・・・俺は“此処まで”の様だ。利能・・・いや、咲良。あとは任せたぞ」


「・・・え」


 後は“剣”のことを本国へ報告し、桐岡とアワードを日本へ連れ帰るだけ。皆で日本へ帰れる。そう思いながら安堵していた利能は、神藤が何気無くつぶやいた言葉によって、一気に現実へと引き戻される様な感覚を覚えた。


ヒュウウゥ・・・


 そして、神藤の言葉がトリガーになったのか、突如として不思議な生暖かい風が吹いてきた。夏の熱帯雨林のど真ん中に居るというのに、まるで“春一番”の様に心地よい。その風は利能たちの身体にある変化をもたらしていた。


「・・・こ・・・これは!?」


 利能は目を疑った。まるで複視にでもなったかの様に、自分の両腕が二重に見えていたからだ。全身を見渡してみると、不思議な風によって、身体の中から“もう1人の自分”が引きはがされそうになっていたのである。それは他の者たちも同様であり、彼らは驚きを以てその光景を目の当たりにしていた。


「こ・・・この“風”は・・・ま、まさか・・・」


 本能的なものか、それともこの世の真理か、“風”の正体を悟った利能はすぐに神藤の方に目をやった。


「そう・・・“昇るべき魂”を誘う風、お前たちは少し影響を受けているだけだ。ちゃんと生きている者の“魂”が身体から完全に引きはがされることは無いから、心配要らないよ」


 利能の視線の先では、生き返った筈の神藤が地面の上に倒れていた。否、抜け殻と化し、地面にうち捨てられた“身体”の側に、神藤の精神が“霊魂”となって立っていたのである。


「そんな・・・貴方の身体は! 今、倒れているこの身体は元に戻った筈じゃあ・・・!」


 天から吹いている“風”によって、神藤の“魂”が“死後の世界”へと誘われようとしている。利能はそのことに納得がいかず、彼の“魂”を呼び止める為に必死に叫んだ。取り乱す彼女を宥める様に、神藤は優しい声色で語りかける。


(咲良・・・俺は生き返ったんだ、あの暗い空洞の中で朽ちる筈だった俺は・・・。リリーと出会った“あの国”で、“あの(ヒト)”から貰った“吸血鬼の生命力”が・・・俺の身体の中に少し残っていた、そのお陰でね。わずかな時間だったが、お前たちを此処まで逃がすことが出来たよ。これが“運命”・・・そして“幸福”というものだ、もう心残りは無い)


「いや・・・ジャクユーさん!」


 利能と同じく神藤の魂を目の当たりにしていたリリーは、泣き叫びながら彼の名を呼びかける。神藤は自責と後悔の念に駆られる少女の頭に手をやると、首を左右に振りながら自身の思いを伝える。


(気にするな、リリー・・・君の所為じゃない、俺は君を仲間に引き込んだことを後悔していない。君のお陰で2度も命を助けられたのだから、気にするな・・・あるべき場所に帰るだけなんだ、そうなるべき・・・だったところへ・・・)


 神藤はそう言い残すと、彼女たちの下からすうっと離れて行く。天から差し込む光に導かれ、可視化された彼の魂が天に向かって昇り、空に浮かぶ巨大な雲の中へ消えて行く。彼女たちの目の前には抜け殻となった躯が残っていた。

 その一部始終を見ていた利能とリリーの2人は、地面の上に力無く崩れ落ちる。


「今のは、あいつの魂が天に昇って・・・」

「・・・」


 利能とリリーの後ろで、神藤の魂を見送っていた開井手と崔川、エスルーグの3人は、神藤の魂が吸い込まれていった雲を眺めていた。「人の魂が天に導かれる」・・・そんな超常現象を見せつけられたことを、彼らは現実味を以て感じられなかった。


「・・・」


 開井手は悲しみを押し殺すと、河辺に座り込んでいたアワードの下へ近づく。自身の顔を見上げる大男に、彼は一際冷酷な声で話しかける。


「桐岡竜司を含む5人の日本人を連れ回し、彼らの命を危険に晒した黒幕として、貴様の身柄を連行する。構わないな?」


 連行を言い渡す開井手の言葉を聞いたアワードは、軽く鼻息を放ちながらニヒルな笑みを浮かべる。


「・・・俺にはもう何も残っちゃいない、煮るなり焼くなり好きにすれば良い。だがニホン人を連れ回したのはアル・ラサラム(俺たち)じゃない、ハッサムドの野郎たちだ」


「あいつもお前たちの仲間だろうが!」


 この後に及んで言い逃れを画策するアワードに、開井手は憤りを露わにした。アワードは怒る彼を宥めながら言葉を続ける。


「あいつらは俺たちの仲間じゃない。多分、ハッサムド=アハリというのも偽名だろう。“我々は『イフ』。世界を統一し、平和をもたらそうとする貴方の考えに同調する者”だと・・・ただそれだけを名乗っていた。俺にとっても、あいつらの正体は何重にも巻かれた黒いベールの向こう側さ・・・」


 歴史の中で1度だけ出てくる組織の名を名乗っていたハッサムドたちの正体は、彼らと手を組んでいたアワードでも与り知らぬことであった。


「まあいい・・・それはお前を聴取すれば分かることさ!」


 開井手はそう言うとアワードの腕を掴み、地面の上に座り込む彼を立ち上がらせる。


「・・・?」


 その時、北の空から聞き慣れた音が聞こえて来た。重厚な羽音とも表現すべきその音は徐々に大きくなり、そして利能たちの前に姿を現す。それは陸上自衛隊の所有する回転翼航空機である「オスプレイ(V-22)」だった。

 テラルスの民であるエスルーグとリリー、そしてアワードの3人は空を見上げながら、轟音を立てる見慣れない飛行物体の登場に、驚愕の表情を浮かべていた。




『大間知から母艦『こじま』へ。アラバンヌ奥地の密林地帯にて目標と思しき人影を発見。これより彼らの収容に移る』


『ザザッ・・・了解!』


 オスプレイ(V-22)を操縦する大間知昭三等陸佐/少佐は、アドラスジペの港に浮かぶ母艦の「こじま」へと連絡を入れる。


 その直後、ホバリング飛行で空中に停止するオスプレイ(V-22)から、数人の降下救助員がホイストケーブルを伝って降りて来た。


「陸上自衛隊陸曹長、佐川光吉です! 『こじま』艦長、漆間源蔵一等海佐より、貴方たちに助力せよとの命令を受けて参上しました!」


 河辺に降り立った陸上自衛隊員の1人は、敬礼しながら自らの素性と此処へ来た理由を告げる。憑き物が落ちたかの様にすっと立ち上がった利能は、佐川と名乗る陸曹長の下へ近づき、敬礼を返す。


「警視庁公安部の利能咲良です。「こじま」の隊員の方々ですね。つい先程、警察庁及び国家公安委員会より下された捜査命令を遂行し終えたところです。自衛隊の皆さんには被疑者である桐岡竜司と、彼の不法出国に深く関わった重要参考人として、アラバンヌ人であるビル・アワード=アブドラフマンの2名の護送をお願いしたい」


「現地住民の護送ですか・・・? 分かりました、一先ずアドラスジペ市に向かいましょう。さあ・・・貴方方も早く!」


「はい、でも私は後で・・・。民間人の捜査協力者も含めて3名の負傷者がいます。彼らを先に収容してください。それと・・・1名の殉職者が居ます。出来れば彼の遺体も、日本へ・・・」


 利能はそう言うと、河辺の砂利の上に横たわる神藤の“抜け殻”に視線を向ける。それはまるで死体とは思えないほどの安らかな顔をしていた。


「・・・了解しました、ではそちらの方から!」


 佐川陸曹長はそう言うと、腹部に矢が突き刺さったままのエスルーグを指し示した。彼はエスルーグの身体が落ちない様にしっかりと固定すると、上空に停止するオスプレイ(V-22)へと昇って行く。

 その様子を見送った利能は、オスプレイ(V-22)への収容を待つ仲間たちの方へ振り返り、口を開いた。


「さあ、帰りましょう・・・『日本』へ!」


「・・・はい!」


 新たなリーダーが告げた言葉を聞いて、開井手と崔川は深く頷く。その後、彼女はある種の達成感を湛えた顔で、神藤の魂が消えて行った雲を見上げる。


(惹優さん・・・終わったよ!)


 空を見上げる彼女の目尻には、うっすらと涙がこぼれている。そこにあったのは当初の“未熟なエリート”ではなく、あらゆる困難を乗り越え、一皮も二皮も剥けて成長した“女警察官”の姿であった。


 斯くして、特別捜査の名の下に海外へ派遣された“3人の公安警察官”からなる「神藤班」は、度重なるアクシデントと予想外の出来事に見舞われながらも、途中途中で協力者を増やしながらこれらを乗り越え、「不法出国者且つ左派系活動家である邦人5名の確保と、彼らに接触した組織の目的解明」という当初の命令だけでなく「『ティルフィングの剣』の実在性の確認」という新規の命令までも達成することに見事成功したのである。

 その代償として、班の構成員である公安警察官1名と自衛官1名、そして協力者1名の計3名が決して軽度とは言えない負傷を負い、加えて班長を務めていた公安警察官1名が殉職するという事態になった。


 この一件については後に、「邦人5名の海外失踪」という事件が「ティルフィングの剣」という名の“巨大な陰謀”の氷山の一角であることを見極めきれず、安易に部下を海外へ派遣した無謀な特例捜査であるという批判が「警察庁」や「国家公安委員会」の内部で相次いだ。

 加えてキャリアの警察官1名を殉職させてしまった損失は大きいとして、この捜査の企画者である警察庁警備局長の江崎祐恒警視監は、当初予定されていた任期を待たずして、そのポストを罷免されることとなったのである。


・・・


同日・夜 アラバンヌ帝国内陸部 熱帯雨林地帯 上空


 月光が空を朧気に照らす中、鬱蒼とした密林地帯の上空を身一つで飛ぶ4人の人影がある。大空洞の崩落からいち早く逃げ出したハッサムドやバナードたち、「イフ」を名乗る魔術師たちは、日本国の手からまんまと逃れ、本来の本拠地である“列強国”への帰路についていた。


「・・・やはりあいつらには荷が重すぎたな。“ティルフィングの剣”は破壊されてしまった」


 先頭を進む「ハッサムド」は、落ち込んだ様子でため息をつく。


「“ミャウダー”・・・そう落ち込むな。だがあれは元々、体内に魔力を持たない死人(ニホン人)には効果が無いものだ。おまけに、やはり500年も放置されていた為か、所々“あのエルフの娘”を完全に支配しきれていない“動作不良”を起こしていた。彼らを制し、この世界を我々の“第2の故郷”とするにはやはり、『旧世界(エルメランド)』の遺産を復古させる事が必要だな」


 そう述べるのは、彼の右後ろを飛んでいる「バナード」だった。


「お前の言う通りだよ、“ヒス”。故に、これだ・・・今回の計画における最大の収穫・・・」


 「バナード」の更に後ろを飛ぶ男は、そう言うと懐から何かを取り出した。薄汚い布に包まれたそれを見て、最後尾を飛ぶ最後の1人が口を開く。


「ああ、開井手(あの男)によって剣が破壊された時はもう駄目かと思ったよ。だが“これだけ”は大方無事で良かった。だが、剣の“柄”に埋め込まれていた『魔力増幅装置』の基盤は無事だった・・・。本当に良く気付いたよ、“ルガール”。欠けた細部を復元してこれを量産すれば、あの“箱船”を動かすことが出来る」


「ああ・・・だが“キルル”、その為にも、スレフェンには確実に働いて貰わねばならないな・・・!」


 ハッサムド・・・否、“ミャウダー”と呼ばれた男はそう言うと、夜空に煌々と光る“満月”に手をかざす。彼の瞳は、輝く満月の光が反射している為か、まるでこの世の者では無いかの如く、妖しく光っている様に見えた。


〜〜〜〜〜


 不法出国者である「テラルスに平和を求める学生連合」リーダーの桐岡竜司と、重要参考人である「アル・ラサラム」首領のビル・アワード=アブドラフマンは、防衛省情報本部の命を受けて古代遺跡に現れた自衛隊によって、その身柄を拘束され、一先ずアラバンヌ帝国首都「アドラスジペ」へと護送されることとなる。

 事態を知ったアラバンヌ帝国駐箚大使の後藤嘉人は、アワードの身柄を日本へ連行する了承を得る為に現地政府に対して交渉を行ったが、彼は過激派組織の首領であり、アラバンヌ帝国政府にとっても“札付き”であった為、認可が下りることはなかった。

 よって、彼の取り調べはアドラスジペの街にて行われることとなり、3日に渡る聴取の末に、彼の身柄は正式に日本警察からアラバンヌ帝国軍へと引き渡された。


 尚、桐岡竜司については、利能、開井手、崔川、リリアーヌ、そして遺体として回収された神藤と共に、帰港する「こじま」によってアラバンヌ帝国から護送されることとなった。

 エスルーグは故郷イスラフェア帝国に向かう貿易船に乗り込む為、アドラスジペの街で彼らと別れ、崔川辰美二等陸曹も日本へ向かう道中に寄港したベギンテリアで下船し、本来の勤務地である同地租界の駐屯地へと戻った。


・・・


7月31日 エルムスタシア帝国 港街ルシニア 基地付近


 アラバンヌ帝国を出発して数週間後、日本への航海を続ける「こじま」は、補給の為にエルムスタシア帝国の港街ルシニアに寄港していた。そして今、ルシニア基地の敷地内にある広場に、2人の日本人と1人のエルフの姿がある。


「結局・・・貴方は日本へは来ないことにしたのね。大丈夫・・・上にはそう伝えておくわ」


「はい・・・返事が遅れてしまって申し訳ありません」


 リリーはそう言うと、申し訳なさそうな表情で頭を下げる。彼女は悩んだ末に、“日本へ来て仕事を手伝わないか”という神藤の誘いを断ることに決めたのだ。


「わ、私はジャクユーさんのご厚意で貴方方の仲間に加えて貰えて、世界を旅出来て・・・とても幸せでした! でも・・・私は迷惑を掛けてばかりで・・・!」


「・・・!」


 リリーは言葉が纏まらないながらも、必死に感謝の思いを伝えようとしていた。だが、その途中に神藤の最期を思い出し、その両目に涙を浮かべる。彼女の心情を悟った利能は、地面の上にしゃがみ込んで彼女の頭に右手を置いた。


「あの人は気にすることは無いと言った。だから、もう涙は流さないで良いわ。でも・・・私から一つだけお願いがあるの、聴いて貰えるかな?」


「・・・」


 リリーは両目を押さえながらこくこくと頷く。利能は微笑みながら言葉を続けた。


「私達の寿命はあと50〜60年と言ったところかしら、でもエルフ族である貴方は、この先数百年を生きるのよね。すでに私達の3〜4倍は長く生きている訳だし・・・その間に、私たちの事は遠い記憶になっていくのでしょうね」


「そんな事は・・・!」


 リリーは言い返そうとする。だが、利能は彼女の口元を人差し指で押さえて話を続ける。


「それは別に良いの。でも・・・これだけはお願い。貴方の身にこの先、どんな出来事があったとしても、神藤さんのことは絶対に忘れないであげて。それはきっと、貴方の人生を縛ってしまうかも知れないけれど、貴方の長い生涯に彼が存在したという事実を、楔として残して欲しいの。私のわがまま・・・聴いてくれるかしら?」


「・・・は、はい! 絶対に忘れません!」


 リリーは両目から溢れる涙を押さえながら、再びこくこくと激しく頷いた。彼女の返事を聞いて、利能はほっとした笑みを浮かべる。


「そう、良かった。では行きましょうか・・・開井手巡査部長、そろそろ機の出発時間です」


「・・・はい、“班長”」


 利能はそう言って立ち上がると、後ろに立っていた開井手の方へ振り返った。彼はその言葉に従い、この場を去ろうとする上司の後に付いていく。

 その直後、涙を拭ったリリーは、一歩一歩と離れて行く2人の異国人の背中に向かって大声で叫んだ。


「ありがとうございました! サクラさん、ミチタカさん! 貴方たちのことも・・・絶っ対に忘れませんからっ!!」


「・・・!」


 リリーは身体に似合わぬ声量で別れの言葉を告げる。利能と開井手は手を振り返すも、彼女の方へ顔を向けることは無く、前へと進み続けた。

 リリーは遠くへ小さくなっていく2人の後ろ姿を、それらが見えなくなっても尚、何時までも見つめ続けていた。


・・・


ルシニア市郊外・内陸部 飛行場


 その後、利能と開井手の2人はルシニアの飛行場へと向かい、拘束されている桐岡の身柄と共に成田空港へと飛ぶ貨物機へと搭乗した。コックピットの後ろに数隻だけ用意されている荷主用の座席に座り、シートベルトを締めて離陸するのを待つ。


「Rusuinia tower, AJA142, Runway 1R, Ready for departure.」

『AJA142, Rusuinia tower. Wind calm. Runway 1R, cleared for take off.』

「Runway 1R, cleared for take off. AJA142.」


 パイロットと管制塔との間で行われているやり取りが、コックピットから聞こえて来る。その数十秒後、滑走路へと誘導された貨物機は一気にスピードを上げ、機首を上げて大空へと飛び立って行った。窓から見えるルシニアの街がどんどん遠くなっていく。

 その様子を見ていた利能は、哀愁に充ち満ちた顔でぽつりとつぶやいた。


「さようなら・・・“テラルス”」


 その後、貨物機はその機首を、日本列島への空路である北東方向へと向ける。彼女たちが成田空港へ到着したのは、それから18時間後のことであった。

次回は第7章「日本国」です。

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