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旭日の西漸 第4部 ティルフィング・選挙篇  作者: 僕突全卯
第6章 アラバンヌ帝国
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伝説と夢の終わり

7月2日 アラバンヌ帝国・熱帯雨林地帯 古代遺跡内部


 歴史ある帝国の内陸に位置する古代遺跡、その地下にある“封印の間”で、伝説の聖剣「ティルフィングの剣」が500年の眠りから目覚めようとしていた。


(エルフ族の少女に“あの魔法”が掛かったか・・・。普段、争い事を嫌う彼の種族が戦闘を行うことはほぼ皆無だが・・・故にその戦闘力は未知数、これは見物だな・・・)


 杖に乗って空中を飛び、剣を巡る戦いを繰り広げる者たちを見下ろしていたハッサムドは、これから起こる“惨劇”に好奇心を隠し切れない。そんな彼らとは一転、仲間を操られてしまった神藤たちは、困惑と動揺に捕らわれていた。


「リリー、俺だ! 分かるか、惹優だ! 聞こえていたら返事をしてくれ!」


「・・・」


 神藤の必死の呼びかけに、リリーは何も答えない。彼女は唯々虚ろな目を神藤たちに向けていた。


「おい、ルーグ! 何が起こっているのか説明してくれ!」


 神藤は魔法研究家であるエスルーグに、今の状況について尋ねる。傷を負った為に岩の台座の端の方でに横たわっていた彼は、今のリリーに掛かっている魔法について思案を巡らせた。


「“操作魔法”・・・? 違う・・・身体の操作に対して抵抗の様子が一切見られない。これは・・・“暗視魔法”か!」


「アンシ魔法・・・?」


 リリーの様子から、エスルーグは彼女に掛かっている魔法の正体に思い至る。頭上に疑問符を浮かべる日本人たちに、彼はその魔法についての説明をする。


「この世界には、人を操る魔法は存在します・・・。しかしその“操作魔法”は、人の身体(・・)を操るだけで精神までは乗っ取れない。魔法を掛けられても操作に抵抗することだって出来るのです。

人の精神に働きかけるものには“精神干渉魔法”と呼ばれるものがあるが、これも他人の精神に自分の思念を送り込む程度のもので、精神を操れる魔法と称するにはほど遠い・・・」


 身体を操る“操作魔法”とは、自衛隊と争ったアルティーア帝国軍が、大海蛇(シーサーペント)を操る時に使用していた魔法であり、人の脳内に影響を与える“精神干渉魔法”とは、神の使徒ジェラル=ガートロォナが、ロトム亜大陸に向かう資源調査団へ警告文を発する時に使用した魔法である。

 この2つの魔法は他人の身体に影響を与えるものだが、いずれも真に“人を操る”魔法ではないのだ。


「ですが、この“暗視魔法”は他人の“魔力そのもの”を術士の支配下に置くことが出来る・・・。太古に突如として生まれ、そして突如として途絶えた魔法として文献に残るのみで、私も実物を見たのは初めてですが・・・この世界の人々にとって“魔力”は全生命活動に密接に関わる代物・・・それを支配下に置かれるということが、どういう事を意味するか分かりますか・・・!?」


「・・・!」


 魔法に疎い日本人であると言えども、エスルーグの説明を聞いた神藤たちが事態の深刻さに気付くのにさほど時間は掛からなかった。リリーは今、自分自身の“全て”を剣に握られているのである。


「っ・・・! それなら、奴自身を狙えば良いだけの話!」


 開井手はそう言うと、右手に持っていたベレッタ92を岩の上に立っているアワードに向けようとした。それと同時に、崔川も89式小銃を構える。だがその刹那、横から飛んで来た“何か”が彼らの“右手”を貫き、ベレッタと89式小銃を吹き飛ばしたのである。


「・・・っ!」

「・・・痛ェッ!」


 苦悶の表情を浮かべ、血みどろに染まった右手を抑えながら、開井手と崔川は飛び道具が飛んで来た方向を見る。そこには、右手で形作った“指鉄砲”を此方へ向けているリリーの姿があった。その人差し指の先からは、硝煙に似た白い煙が微かに漂っていた。


(これが・・・“光の精霊”を使役する力の真髄・・・!)


 一部始終を見ていたエスルーグは、驚愕と恐怖で体が震えていた。リリーの人差し指からは、光の精霊を使役することによって高温の光へ変換された彼女の魔力が、熱線となって発射されたのだ。


(ほう・・・魔力を高熱の光へと変換した天然の“熱線銃”か、面白い)


 真の戦闘力を解放したエルフ族の少女を目の当たりにして、ハッサムドはにやけ顔が収まらない。剣を握るアワードは勝ち誇った表情を浮かべ、自身の操り人形と化したリリーに命令を下した。


「いいぞ・・・エルフの娘! 早くそいつらを皆殺しにしてしまえ!」


「・・・」


 ティルフィングの剣の所有者から新たな命令を下されたリリーは、無感情のままに指鉄砲を向ける。その矛先は負傷中のエスルーグだった。


「ちょ・・・待て!」


 その事に気付いた神藤は、いち早くリリーの下へ駆け寄ろうとする。しかしその刹那、彼女の人差し指から放たれた熱線は、容赦無くエスルーグの方へ飛んだ。


「・・・危ない!」


 間一髪、熱線が発射される直前のタイミングで、利能がエスルーグに飛びつき、自分ごと彼の身体を突き飛ばした。目標を失った熱線はそのまま台座の縁へと命中し、その岩肌を大きく削り取る。右手を酷く損傷している開井手と崔川は、地の上に膝を付きながら、その様子を見て胸を撫で下ろしていた。

 エスルーグの身体をキャッチした利能は、続けざまにその側で呆然と突っ立っていた桐岡の腹周りを抱え込むと、非戦闘員である2人をこの場から逃がす為、彼らと共に岩の台座から飛び降りた。リリーはすかさず2発目を放ったが、熱線は飛び降りる桐岡の髪を掠っただけで命中せず、大空洞の壁面に激突する。


(あれほどの高威力の攻撃魔法・・・さすがにエルフと言えども、1発ずつが限界か)


 杖に乗って空中を飛ぶハッサムドたちは、リリーの魔法について考察しながら高見の見物をしていた。

 狙った標的を仕留め損ねたリリーは、次なる獲物に目当てをつける。それは武器を持つことが出来ない開井手と崔川の2人だった。


「・・・っ!」


「・・・」


 新たな標的に右手人差し指の指先を向けるリリーの前に、神藤が立ちはだかる。予想外のことが起こった為か、はたまた別の理由があるのか、彼女は開井手と崔川に向けていた右手を少しだけ地面に下ろした。それを好機と見た神藤は、彼女の精神を呼び戻す為に声を掛ける。


「頼むリリー、目を覚ましてくれ!」


「・・・」


 神藤の目論見は空しく、リリーは指先を神藤の心臓に向ける。その様子を台座の下から眺めていたエスルーグは、未だに出血が絶えない腹部を押さえながら、神藤に向かって必死の忠告をした。


「ジャクユーさん、無駄だ! ・・・彼女は心も身体も、“命”すらも! あの野郎に握られているも同然なんだ! 早く逃げてください! じゃないと貴方たちが死んでしまう!」


「お前は黙ってろ・・・ルーグ!」


「・・・うっ!?」


 神藤は外野の声を一喝して黙らせる。そして彼は、自身の命を狙う意識の無い少女に、最後の希望を賭けて再び話しかけた。


「リリー、分からないのか! 俺だ、神藤惹優(ジャクユー=ジンドー)だ! 目を醒ませ、俺は君を撃ちたくない!」


「!」


 封じ込められた精神に神藤の名が反応したのか、リリーの表情が一瞬だけ動く。だがその直後、剣に操られている少女は容赦無く熱線を放ち、それは神藤の右ももを貫いた。


「神藤っ!!」


「うわぁっ・・・!」


 開井手の叫び声が大空洞にこだました。だが神藤は、激痛に顔を歪めながらも、リリーに向かって一歩一歩近づく。風穴が空いた右脚からは、大量の血が噴き出していた。


「・・・良いぞ、殺せ。まずはその男を殺してしまえ、エルフの娘!」


 仲間である筈の神藤に容赦無く攻撃を加えるリリーの姿を見て、ティルフィングの剣が持つ力を実感したアワードは更に興奮していた。だが、彼の喜びとは裏腹に、リリーの行動には徐々に歪みが生じていた。


「・・・リリアーヌ=ウィルソー・キンメルスティール、それが君の名前だ! 頼む、目を醒ませ!」


「・・・!」


 攻撃を向けられているにも関わらず、此方へ距離を詰め続ける神藤を前にして、無表情だったリリーの顔が徐々に歪んでいく。

 彼女は続けざまに3発の熱線を放ったが、それは神藤の足下の岩肌を抉った後、右の裾口、左肩を掠めて行った。明らかに意識を取り戻しつつあったリリーは、近づき続ける神藤に動揺し、身体を震えさせて後ずさりする。


「・・・ア、ワタシ・・・ハ!」


 そしてついにリリーの正面に立った神藤は、凶器と化している彼女の右手を握る。剣の所有者から送り込まれた命令と想いを寄せる人への感情、彼女の精神がその狭間でどのような葛藤を繰り広げているのかを表現するかの如く、剣に操られている筈の彼女の右目から、一筋の涙が流れ落ちていた。


(・・・あの子の心を、取り戻せた・・・のか!?)


 開井手と崔川は緊張と安堵が入り交じった感情でその様子を見ていた。台座の下へ避難しているエスルーグと利能も、目の前で起きつつある奇跡に釘付けになっている。

 500年前の遺物の力などで、今を生きる人々の気持ちを変えることは出来ない、剣の力を跳ね返しつつあったリリーを見て、彼らはそんな一縷の希望を感じていた。


 その時・・・


(・・・“殺せ”!!)


 焦燥感に駆られていたアワードから、ティルフィングの剣ヘ一際強い思念が送られる。

 その刹那、光と熱を纏った少女の左腕が、神藤の身体を貫いた。


「・・・あ・・・っ!?」

「・・・!!」


 その場に居た全員が言葉を失う。


「・・・っ! 少々予定外だが・・・いいさ」


 身体を突き抜ける激痛に神藤は顔を歪める。意識が遠のく最中、彼は最後の力を振り絞って、自身の腹を貫通するリリーの左腕を掴み、彼女の動きを止めたのだ。

 その一瞬だけ生まれた隙をついて、彼の右手は懐のホルスターに忍ばせていた「コルト・ローマン」に伸びる。その銃口はコンマ数秒の早業で、リリーの背後にある岩の上に立っているアワードを捉えた。


「おい、エルフ! 何をやっている、早くそいつを殺・・・!」


バキューンッ!


 銃口から放たれた一発の弾丸は、ティルフィングの剣を持つアワードの右腕を撃ち抜く。激痛に悶絶し、アワードは堪らず剣を手放した。


「・・・今だ!」


「・・・はっ!」


 神藤の声に反応した開井手は、アワードの右手からこぼれ落ちる「ティルフィングの剣」に向かって走っていく。彼は上半身を前方に乗り出しながら手を伸ばし、その柄を見事にキャッチした。


「・・・悪いが、この剣をお前に握らせたままにする訳には、行かないんでね!」


 見事に目論見を成功させた神藤は、不敵な笑みを浮かべていた。だが、すでに息も絶え絶えな様子で、血を失った顔は青白くなっている。


「・・・お、おのれ!」


 剣を奪われたアワードは、苦悶の表情を浮かべながら神藤を睨み付ける。余裕の表情で高見の見物を決め込んでいたハッサムドたちも、急変した状況に顔を青くしていた。


「・・・と、取り戻せ!」


 ティルフィングの剣を奪い返す為、ハッサムドを含めた4人の魔術師たちが開井手の下へ一直線に降下する。神藤は手に持っていたコルト・ローマンを開井手に向かって放り投げた。


「・・・ブッ壊せ! 先輩!」


 左手一本でローマンをキャッチした開井手は、その銃口を足下に落ちたティルフィングの剣の刃へと向ける。


「この距離なら・・・利き手(右手)じゃなくても外さないぜ!」


 使い物にならなくなった右手に代わり、左手で銃を構えた開井手は、シリンダーに残る5発の弾丸を、“伝説の聖剣”に向かって容赦無く振り下ろした。


「ヤメローッ!!」


 ハッサムドの叫び声も空しく、5発の銃声が大空洞に響き渡り、ティルフィングの剣は粉々に砕け散った。破壊された“伝説の聖剣”の姿を目の当たりにして、彼らはまるで生ける屍になったかの如く顔面が蒼白になった。


「・・・へへっ! ザマア・・・見ろ」


 目的の代物を破壊され、絶望の色に染まっていくハッサムドたちやアワードの顔色を見て、神藤は満足そうな笑みを浮かべる。その直後、彼は力無く地面の上に倒れ込んだ。


「・・・神藤さん!!」


 意識を失ったリーダーの下へ、利能と崔川は急いで駆け寄る。それとほぼ同時に、神藤の名を呼ぶ儚げな声が聞こえて来た。


「・・・ジ、ジャク・・・ユーさん?」


 リリーは目をぱちくりさせながら、血まみれになって倒れている神藤の姿を見た。ティルフィングの剣が破壊されたことで、リリーに掛けられていた呪縛が解けたのだ。アワードに操られていた間の記憶は残っていないらしく、彼女は状況を飲み込めない様子である。

 だが、何処からか感じる妙な暖かさが、神藤の身体を貫く自身の左手から伝わっているものだと分かった時、その表情は一気に絶望へと変化した。


「わ・・・私は、一体何を・・・“嘘”・・・ですよね・・・? ジャクユーさん・・・」


 リリーは歪な笑みを浮かべながら、血溜まりの中に沈んでいる神藤に声を掛ける。だが、彼は何も答えない。この後起こりうる事態を察した開井手は、リリーに向かって声を上げた。


「止めろ、落ち着け! 腕を抜くんじゃな・・・」


「キャアアあァあァァあぁ!!」


 甲高い絶叫がドームの中でこだまする。開井手の声は瞬く間に掻き消され、少女の悲痛な声だけが、その場に居る者たちの鼓膜を刺激し続けていた。

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