惹優は二度死ぬ
7月2日 古代遺跡「アフィーラ・アラバンナ」 内部
500年もの間、誰も寄せ付けず、誰も入ることの無かった古代の王宮跡に、ついに脚を踏み入れる者たちの姿がある。
万が一の為の罠除けとして先頭を歩かされている利能一行と桐岡の後ろを、案内役であるハッサムドたちが歩き、そのさらに後ろを「アル・ラサラム」の精鋭23名が歩いている。遺跡の中は数多の通路や部屋があったが、その何れも崩れかけており、かつての栄華を偲ぶ様な面影はほとんど無かった。
「ティルフィングの剣があるのはこの遺跡の地下です。そこを曲がりなさい」
何処から手に入れたとも知れない地図を片手に、ハッサムドは先頭を歩く利能たちに指示を出す。そして程なくして、地下へ続く階段が現れた。真っ暗な闇の中へ続いている様に見えるその階段を、利能たちは一段ずつ確かめながら降りて行く。
程なくして階段は終わり、彼女らは遺跡の最下層へと辿り着く。そこで一行が目にしたものは、息をするのを忘れるほどの幻想的な風景だった。
「・・・こりゃあ、何だ?」
アル・ラサラムのリーダーであるアワードも、いつもの剛胆さは成りを顰め、その圧倒的な光景にため息をついた。彼の部下たちも、言葉が出ない様子である。
暗く狭い階段を抜けた先にあったのは、地下に拡がる大空洞だった。発光する苔と水晶の結晶が至る所で朧気な光を放っており、空洞内には澄んだ水が音を立てて流れている。正に幻想的と評すべき光景が、そこに広がっていた。
地下大空洞に辿り着いた彼らは、辺りをきょろきょろと見渡しながら、階段から続く一本道を歩き続ける。その先には人為的に作られた様な岩の台座があり、一行はその台座へと続く石の階段を上る。
「いかにもな場所だな・・・」
開井手は一歩一歩階段を上る度に、心臓の鼓動が高まっていくのを感じていた。他の者たちも、期待を隠しきれない表情を浮かべている。そして、台座の上に辿り着いた彼らの前に、追い求めていたものがついに現れた。
「テ・・・『ティルフィングの剣』だ!」
アル・ラサラムの男たちは一気にざわめき出す。彼らの視線の先には、赤茶けた大きな岩の上に突き刺さっている1本の剣の姿があった。500年の長きに渡って放置され続けていたにも関わらず、まるで新造の剣のような輝きを放っており、その様は正しく“聖剣”という言葉が相応しい。
「ど・・・どけ!」
遂に夢が現実のものとなり、居ても立ってもいられなくなったアワードは、部下や利能たちを押しのけ、岩の上へよじ登って封印されし剣の前へ踊り出る。彼はその柄を掴むと、突き刺さっているそれを一気に引き抜いた。
ガキンッ!
鈍い金属音と共に、ティルフィングの剣が岩から抜ける。アワードの部下にクロスボウを向けられている利能たちは、その様子をただ見ることしか出来なかった。
「や、やった・・・やったぞぉ! 遂にティルフィングの剣を手に入れたんだ!」
「オオーッ!」
感極まったアワードの言葉に呼応する様に、アル・ラサラムの男たちは一際大きな雄叫びを上げた。野太い声が大空洞の中に響き渡る。
「・・・くそっ!」
ハッサムドに騙されて此処まで連れて来られた桐岡は、悔しそうな表情を浮かべていた。そんな彼を余所に、利能は狂喜に沸いているアワードに向かって声を張り上げた。
「目的を達したなら、私たちにもう用はないでしょう! さあ、早く解放して貰いましょうか!」
「・・・あ?」
悦に浸っている最中、自分たちに要求をする女の生意気な態度に、アワードは気を悪くする。
「ああ・・・そうだったなぁ。此処までご苦労、ニホン人」
先程までの表情とは一転、彼は笑みを浮かべながら、利能たちに労いの言葉を掛けた。その言動に、利能は背筋が凍える様な感覚を覚える。そしてアワードは一際冷酷な声を放った。
「もう用済みだ、ではさらば・・・」
彼は利能たちを見下ろしながら、右手を挙げるジェスチャーで部下たちに指示を出した。リーダーの意志を悟った彼らは各々が持つ武器を一斉に構える。利能や開井手、崔川は咄嗟に身構えるも、戦える様な武器は遺跡の外に置いてきてしまっており、碌な反撃の手段を持っていなかった。桐岡とエスルーグは彼女たちの背後で顔を引き攣らせている。
「・・・や、やめろ! お前ら、俺を助けてくれ!」
クロスボウを向けられた桐岡は、自分の立場を忘れて日本政府の官憲である利能たちに助けを求める。だが、誰もその言葉に対して、首を縦に振ることは出来ない。
「・・・これまでか!」
「くそっ!」
開井手と崔川は悔しさを滲ませながら顔を歪める。もう後がないことを察した利能は、
「よーく狙え、外すなよ」
そうこうしている内に、クロスボウを持った男たちが利能たち5人を取り囲む。彼らが構える矢の軌道は、正確に彼女らの命に狙いを定めていた。
(もう・・・駄目だ!)
自らの生の終わりを悟った利能は、堪らず目をつぶってしまう。開井手や崔川、エスルーグたちはこの場を逆転する策を頭をフル回転して考えていたが、そんな彼らの悪あがきは空しく、ついにクロスボウの引き金が引かれようとしていた。
その時・・・
ズダダダダ・・・!
「!!?」
突如、“連続した銃声”が大空洞の中に鳴り響いた。武器を持った男たちが、銃声の数だけ地面の上に倒れ込む。利能たちを取り囲んでいたアル・ラサラムの男たちは、何が起こったのかと一斉に辺りを見渡す。
「・・・!」
利能は両の目尻に涙を浮かべていた。しかし、それは悲しみや悔しさに依るものでは無い。この「テラルス」という名の世界において、連射が出来る火器などほとんど存在しない。そしてこの大陸のこの場所でそれを使える者は、今此処に居る彼女たちを除けば、“1人”しか居なかった。
「よう・・・何とか間に合ったな」
聞き慣れた声が聞こえて来る。嗅いだことのある匂いが漂って来る。その直後、宙に浮いた「89式小銃」が彼らの目の前に現れ、徐々にその持ち主の姿が露わになっていった。
「神藤さん!! リリー!!」
「神藤・・・嬢ちゃん! 生きてたのか!」
「ジャクユーさん!」
仲間の帰還を目の当たりにして、開井手や利能たちは歓喜の声を上げる。そこには、化け物と共に激流に飲まれていった筈の神藤の姿があったのだ。彼の側には一緒に流されてしまったリリーの姿もある。彼女が操る“光学迷彩の魔法”によって姿を消し、一切察知されることなくアル・ラサラムの懐まで辿り着いた彼は、崔川が遺跡の入口に置いて行った89式小銃を使って、アル・ラサラムの男たちを難なく制圧したのだ。
「な、何だお前は!?」
突如として現れた謎の刺客によって多くの仲間たちが倒され、生き残ったアル・ラサラムの男たちは動揺を隠し切れない。その隙に、神藤はあるものを開井手たちに向かって投げた。
「!」
それは神藤が使った「89式小銃」と開井手の「ベレッタ92」だった。その銃身をしっかりキャッチした2人は、残りの敵に向かって間髪入れずに弾丸を発射する。
「ぎゃあああ!」
一気に状況が逆転し、残っていたアル・ラサラムの男たちも瞬く間に凶弾に倒れていく。その光景を、桐岡とアワードは呆然としながら眺めていた。利能はその隙にエスルーグと桐岡を安全な場所まで誘導する。先程まで硬直していたアル・ラサラムと公安の対峙は、一瞬のうちに乱闘騒ぎへと変貌したのだ。
「調子に乗りやがって・・・!」
その時、業を煮やした1人の男が、持っていたクロスボウを開井手に向ける。男の姿は彼の死角に入っており、開井手は自らに迫る危機に気付かない。
「ミチタカさん、危ない!」
それにいち早く気付いたのはエスルーグだった。彼は開井手の身を庇う為、彼を狙うクロスボウの弾道の前に飛び出したのである。その刹那、クロスボウの矢が発射され、鋭利な先端部分がエスルーグの腹部に突き刺さる。
「・・・ルーグ! くそっ!」
事態に気付いた開井手は矢を放った男を手早く射殺する。その男が最後の1人であった。開井手は地面の上に倒れ込むエスルーグの下へ駆け寄る。
「き、急所は外れています・・・大丈夫」
致命傷にはならなかった様子であるが、矢が刺さっている傷からは少なくない出血がある。これ以上の出血を防ぐ為、開井手はスーツの上に羽織っていたマントを破いて包帯代わりにし、矢が刺さっている箇所を縛り付けた。
斯くして神藤の登場からわずか数十秒後、アル・ラサラムはリーダーのアワードを残して全滅した。地に臥せる部下たちの姿を岩の上から見下ろしていたアワードは、苦虫を噛みつぶしたかの様な表情を浮かべている。
「・・・貴様ら、調子に乗りすぎてないか? 今、俺の手には“ティルフィングの剣”があるんだぞ!」
「!?」
1人残ったアワードは大空洞全体に響き渡るほどの怒鳴り声を上げると、右手に握っていたティルフィングの剣を天高く掲げる。その場に居た全員の視線が彼の行動に釘付けになった。
「そんな過去の遺物に頼ってどうする? “戦争の世紀”は終わったんだ! そんなものを持っていたって、今更この国を大陸の覇者にすることなど不可能だ!」
神藤は剣の発動を阻止しようと、アワードの夢が無謀なものであると告げる。
「うるさい! お前達には、歴史に描かれていたクロスネル兵たちと同じ様に、仲間同士で殺し合いをさせてやる!」
「・・・なっ!?」
アワードはそう言うと、剣の柄を強く握って何やら念じ始めた。未知数の力を持つ魔法道具の発動を阻止する為、開井手と崔川は彼が立っている岩に向かって走り出す。だが時既に遅し、アワードの魔力を受け取ったティルフィングの剣は、太陽の如き輝きを放ち始めた。神藤たちは堪らず目を閉じる。
「アハハハハ、ハハハハハ!!」
勝利を確信したアワードは大口を開けて高笑いを始める。伝説の聖剣が発動するその瞬間を、神藤や桐岡たちはただ待っていることしか出来ない。程なくして、ティルフィングの剣の輝きが消える。光が無くなったことを瞼越しに感じた神藤は、恐る恐る両目を見開いた。
「・・・?」
彼を含め、開井手と崔川、エスルーグ、そして桐岡の5人は首を傾げる。彼らの身体には、特に自覚出来る様な変化は起きなかったからだ。それはリリーの側に居た利能も同様であった。
「・・・なっ、どういう事だ!?」
予想外の事態に、アワードは狼狽する。すると今度は開井手が大口を開けて嗤い始めた。
「ハハッ! 伝説の剣とは言えども所詮“物”、500年の間に壊れてしまった様だな。それか貴様には、剣に選ばれる資格が無かったということさ!」
「!!」
開井手の言葉を聞いて、アワードは剣を握ったまま膝から崩れ落ちる。彼の頭の中には、今までの過去や払ってきた犠牲が一気に崩れ落ちる音が響いていた。
「いえ・・・そうでは無いのです」
その時、何処からともなく聞き覚えのある声が聞こえて来る。神藤たちは声の主を探して、大空洞の中をきょろきょろと見渡した。
「あっ! お前は・・・!?」
神藤は自分たちの頭上、大空洞の天井付近に声の主の姿を見つける。そこには、杖を“魔法の箒”の様に使って空を飛ぶハッサムドと、彼の仲間たちの姿があった。唖然としながら自分たちを見上げている神藤たちに、ハッサムドは飄々としながら言葉を続ける。
「剣に選ばれる云々は“後世の創作”・・・! その剣は、善人だろうが悪人だろうが、手にした者の意図で動く“精神操作兵器”なのですから。それに壊れている訳でもありません・・・。ほら、その証拠に“そちらの方”には何やら変化がある様ですよ・・・?」
「・・・え?」
ハッサムドはそう言うと、空から“ある人物”を指差した。神藤たちは彼の指先が示す先へ、一斉にその視線を向ける。
「・・・リリー?」
それと時同じくして、利能はある変異に気付いていた。先程まで戦闘を避け、彼女の後ろに隠れていた少女が、まるで生気が抜けた様なだらんとした姿勢で、利能の側から離れて行ったのである。そして、神藤たちから距離をとったリリーは、人形の様な機械的な動きで俯いていた顔を上げた。その姿を見て神藤たちは絶句する。
「・・・!?」
神藤たちを見つめるリリーの瞳は、まるで死人の様に光が消えていた。それに加えて、何かに取り憑かれたかの様に、この上無く不気味な紅い輝きを放っていたのである。
「・・・おい、大丈夫か? ・・・リリー?」
ただならぬ気配を感じた神藤は、思わずリリーの名を呼びかける。だが、名を呼ばれたエルフの少女は、想い人の呼びかけにも答える事は無く、生気を失った目で彼の顔を見つめていた。




