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旭日の西漸 第4部 ティルフィング・選挙篇  作者: 僕突全卯
第6章 アラバンヌ帝国
46/57

アル・ラサラム

以前に募集させて頂いたアイデアを、一部使用させて頂きました。

7月2日 熱帯雨林地帯 上空


 警察庁より派遣された公安警察官たちが、密林の中を脚で進んでいた頃、彼らが追跡していた不法出国者である桐岡竜司は、祖国全盛期の再現を目指す過激派アラバンヌ人たちの組織「アル・ラサラム」に拘束され、彼らと共に魔法の絨毯に乗って古代遺跡「アフィーラ・アラバンナ」へと向かっていた。


「500年前、当時ジュペリア大陸で史上最大の権勢を誇った我らが祖国『アラバンヌ帝国』・・・その時の皇帝ハウルーン=アル・ラシキードが手にし、数多の戦で勝利をもたらしたと言われるのが『ティルフイングの剣』だ」


 アル・ラサラムの首領を勤める巨漢、ビル・アワード=アブドラフマンは、歴史書を片手にティルフイングの剣についての概要を説明していた。


「しかしこの剣は聖なる志を持つ者にしか勝利をもたらすことはない。逆に邪な志を持つものが手にすれば、破滅をもたらすとされている。当時の偉大なる皇帝ハウルーンは、大陸から戦を排除する事を目指して大陸の統一を掲げていた。よって被征服民に対する差別や虐待を善とせず、宗教の自由も認めていたそうだ」


 遠い過去、剣の力を手に入れて、ジュペリア大陸の統一にあと一歩のところまで迫ったハウルーン=アル・ラシキード帝は、被征服民に対しても寛大な統治を行っていたと伝えられている。その志こそが、剣に選ばれた理由だったのかも知れない。


「だが・・・ラシキード帝は途中で己の志を見失った! その結果が歴史に刻まれた“火の雨”だ!」


 アワードの声に力が入って行く。彼は剣から見放され、神の裁きを受けた当時の皇帝の傲慢を嘆いた。だが実際には、彼らが言っている“火の雨”とは、“別の日本”からこの世界へ来た友史洋二郎という日本人と、その一団によって敢行された人為的な攻撃でしかない。

 そんな事など知る筈もない彼は、さらに言葉を強めていく。


「だが・・・俺たちはそんな過ちなど犯さない! 腑抜けた現政権に代わってこの国の手綱を手にし、この大陸を統一するのは俺たちだ!」


「オオ!」


 リーダーの言葉に部下たちが呼応する。

 そして数十分後、興奮と期待が最高潮に達した彼らの前に、待ちに待った目的地が姿を現した。


「見えましたよ・・・あれが『アフィーラ・アラバンナ』です」


 大人数を乗せて絨毯を操るハッサムド=アハリは、目的地を視界に捉えたことを告げる。その直後、彼を始めとする「イフ」の魔術師たちは、自らが操る魔法の絨毯の飛行高度を落とし、遺跡から7kmほど離れた場所に着陸した。


・・・


密林地帯


 着陸した絨毯から、アル・ラサラムの男たちが次々と降りて行く。絨毯に乗って此処まで来たのは、リーダーのビル・アワード=アブドラフマンをはじめとする同組織の精鋭23名だ。


「おら、降りろ!」


 両手を後手に縛られていた桐岡も、アル・ラサラムの男に引き摺られ、絨毯の上から降ろされた。


「・・・俺をどうするつもりだ?」


 圧倒的に不利な状況下でも、桐岡は不遜な態度を崩さない。アワードは彼の質問には答えず、部下に指示を出す。


「縄を解いてやれ・・・」

「へい!」


 彼の手首を拘束していた縄が切られた。長らく不自由だった両手がようやく解放され、桐岡は紫色に鬱血している手首を摩る。


「お前には遺跡を守る結界を破壊して貰う」


 アワードは桐岡を見下ろすと、彼を此処まで連れて来た目的について語り始めた。


「・・・結界? 何のことだ?」


 桐岡は困惑した表情で質問を返す。


「・・・こういうことさ」


 アワードはそう言うと、地面の上を這っていた一匹の甲虫を拾う。すると彼は、それを遺跡がある方向に勢いよく放り投げたのだ。アワードの行動の意図が分からず、桐岡はますます困惑する。だがその直後、遺跡を守る結界の正体が彼らの目の前に現れた。


バキンッ!!


 何かが炸裂した様な鋭い音が聞こえたかと思うと、何も無かった筈の空中に稲妻の様な光が走る。それはアワードが甲虫を投げた先で起こっていた。


「・・・見えたよな、これが過去500年に渡って遺跡へたどり着けた者が居ない最大の理由。『アフィーラ・アラバンナ』は人間を含むあらゆる生き物の侵入を阻む強固な結界に守られているんだ」


 ふと足下を見れば、先程前方へ投げられた筈の虫が目の前で転がっていた。恐らく、結界とやらで跳ね返されたのだろう。


「・・・それで、俺にどうしろと言うのだ?」


 遺跡へ簡単にたどり着けない訳は分かった。だがそれが、日本人が必要な理由には結びつかず、桐岡は再度質問をぶつける。


「・・・この結界は生物を跳ね返す、そう言いました。ですが、厳密に言えば“生物”を跳ね返している訳では無いのですよ」


 桐岡の質問に答えたのはハッサムドだった。首を傾げる桐岡に対して、彼は言葉を続ける。


「・・・生き物は通さないが、石ころなどの無生物は問題無く通す。これら2つの決定的な差を、ニホン人である貴方はご存じですかな?」


「・・・決定的な差?」


「そう、決定的な差・・・それは、“魔力”を持っているか否かという事なんですよ」


「!?」


 このテラルス世界で生を受けた者ならば、生物種の違いに関わらずその体内に魔力を宿す。それが自然であり、この世界の常識だ。だが、その常識に当てはまらない人種が、この世界にたった2種類だけ存在している。

 それが「日本人」と「イスラフェア人」だ。別の世界にルーツを持つこの2つの種族は、体内に一切の魔力を持たないのだ。


「この強大で高等な魔法の根源は、恐らくは結界の中で稼働を続けている魔法陣によるものです。それを破壊しなければ、我々は遺跡に近づけません。だから貴方を此処へ連れて来たんです。結界を難なく透過出来る貴方に魔法陣を破壊させる為に」


 ハッサムドは遂に真の目的を明らかにする。日本人である桐岡たちを騙して日本から連れ出して此処へ連れて来たのは、遺跡を覆う結界を消す、ただそれだけの為だったのだ。


「此処から真っ直ぐ遺跡の方へ向かうと、遺跡の離宮跡があります。そこはちょうど結界の中心に位置しており、魔法陣が有るのも恐らくそこです」


「・・・だ、だが、俺がこの結界を通り抜けられるという保障は?」


 ハッサムドの話から察するに、恐らくは魔力を持たない者が結界を通り抜けられるという実際の確証は無い。先程見せられた結界の様子を思い出し、桐岡は脚がすくむ。


「つべこべ言うな・・・分かったらさっさと行け!」


 業を煮やしたアワードは嫌がる桐岡の身体を持ち上げると、先程の甲虫と同じ様に、彼の身体を結界に向かって放り投げた。


「・・・うっ!」


 はじき飛ばされることを予期し、桐岡は咄嗟に身体をすくめる。だが、彼の身体はそのまま結界の向こう側にある地面の上に落下した。


「結界が・・・効いていない?」

「ハッサムドさんが言っていたことは本当だったのか!」


 難なく結界をすり抜けた桐岡の姿を見て、アル・ラサラムの男たちはどよめきを見せた。


「何をしている! さっさと遺跡へ行け!」


 服についた泥を叩き落としながら、此方を恨めしそうな目で見つめている桐岡に、アワードは声を張り上げて遺跡へ向かう様に求めた。


「・・・魔法陣の破壊って、一体どうすりゃ良いのさ」


 桐岡は舌打ちをしながら、結界越しに此方を見ているアル・ラサラムの男たちに尋ねる。


「魔法陣の一部分を何処でも掻き消せば、それで大丈夫です」


 答えたのはハッサムドだった。その後、桐岡はアル・ラサラムの男たちに求められるがまま、古代遺跡に向かって走り出した。


「アイツ、信用出来るのか?」


 密林の奥へ走って行った桐岡の後ろ姿を眺めながら、アワードは怪訝そうな表情を浮かべていた。結界を超える為には桐岡の助力が必要とは言え、何の縁も所縁もない彼に大役を任せなければならないことを、アワードは心苦しく思っていた。


「逃げたところで、彼は自力でこの深い森を脱出することは出来ません。いずれにせよ、我々に従う他無いのですよ」


 ハッサムドは口角を吊り上げる。


・・・


同日 古代遺跡「アフィーラ・アラバンナ」より南南西へ7km地点


 「アル・ラサラム」が遺跡への鍵を開こうとしていた頃、リーダーである神藤を欠いた一行も、遺跡まであと7kmというところまで辿り着いていた。ウツボカズラの化け物に襲われた事件から一夜明け、一行の面々は悲しみから大分持ち直している。

 その後、神藤とリリーを欠いた4人は道の途中で休息を取り、持参したレーションを食べていた。だが、食べ物の匂いに釣られたのか、少し大きな羽虫が彼らの周りに集っていた。


「鬱陶しいな、この!!」


 苛立った開井手は左手を水平方向に大きく振ると、目の前を横切った羽虫を吹き飛ばした。だがその時、羽虫が飛ばされた先である異変が起こる。


バキンッ!


「キャッ!?」


 突如、何かが炸裂した様な鋭い音が聞こえたかと思うと、何も無かった筈の空中に稲妻の様な光が現れた。利能は堪らず甲高い叫び声を上げる。


「何だぁ? 何も無い筈なのに、稲光が走ったぞ!?」


 驚いた開井手は稲光が現れた場所に恐る恐る手を伸ばして見る。だがそこには何も無く、何も起こらない。


「・・・?」


 彼に続いてエスルーグと利能、そして崔川もその場へ手をかざした。だが、先程の様な変化は何も起こらない。その時、また別の羽虫が飛んで来たところ、先程と同様に稲光にはじかれて何処かへ飛んで行った。


「・・・これが、歴史書にあった“結界”の正体という訳ですね。成る程、これは確かに自分の目で見なければ信じられないな」


 利能は歴史書に書かれていた文章を思い出していた。500年前、“ティルフィングの剣”の加護を失い、クロスネル人との戦に破れた当時のアラバンヌ皇帝は、神の裁きを恐れて剣を古代遺跡の奥へと収め、その遺跡の周りを結界で囲い、二度と誰かの手に触れない様に封印したという。


「ですが・・・羽虫を拒めても我々を通すのでは、結界としての用を為しませんよ? 一体どういう原理なんだ?」


 一部始終を見ていたエスルーグは、結界が虫にしか反応していないことに疑問を抱く。彼と利能、開井手、崔川の4人は結界がある場所を難なく通り過ぎたにも関わらず、この結界は何故か人を通して羽虫を弾き飛ばしたのである。


(この結界は一体“何に反応して”いるんだろう?)


 結界が発動する条件を探る為、エスルーグは色々なものを結界に向かって投げてみる。その場に落ちていた石、枯れ枝、首に巻いていたタオル・・・だが、それらのどれも結界には反応しなかった。しかし、地面の上を這っていた“ミミズ”を投げつけた時、三度空中に稲光が走ったのである。


「・・・成る程」


「・・・? どういう事だ、ルーグ?」


 1人納得した表情を浮かべるエスルーグに、開井手は何が起こったのかを尋ねた。


「これの結界は恐らく、“魔力”を識別して弾き飛ばしているんです。だから生物のミミズには反応して、無生物には反応しなかったんですよ」


 魔法研究家を自称するエスルーグは、先程の検証実験から結界のメカニズムについて瞬時に察知していた。


「・・・我々日本人は異世界の住民、この世界の人間とは違って魔力を体内に有していない。確か・・・貴方たちイスラフェア人もそうなんですよね?」


「はい、我々は魔力を持たないことを理由に、“死の民”という別称を与えられた民族ですから」


 利能の問いかけにエスルーグは頷いた。


「成る程・・・日本人には効果の無い結界か。まさか桐岡竜司が此処へ誘われた理由って、これの所為なのでは・・・?」


 開井手は桐岡ら5人の左派活動家が、謎の海外組織によって此処まで連れて来られた理由を、この結界に見出していた。


「・・・な、あれは!」


 エスルーグが驚愕の声を上げる。彼は遺跡が有る方の空を見上げながら、口を閉じることが出来ない様子だった。一体何があったのかと、利能たちは彼と同じ方向を見上げる。


「!」


 彼女たちは言葉を失う。密林を覆う空に、今まで無かった筈の透明な膜が掛かっていたのだ。半球状のドームに見えるそれは、その頂上からどんどん崩れており、結界の崩壊はその端に居る彼女らの方へ近づいていた。

 そしてついに、崩壊は利能たちが立つ地面に到達し、遺跡を覆っていた結界は綺麗に消え去ったのである。


「・・・一体どういうことだ?」


 次々と起こる奇怪な現象に、開井手は唯々首を捻る。エスルーグも何故いきなり結界が消えたのか分からない様子だった。


「もしや・・・桐岡竜司が・・・?」


「・・・!」


 崔川が何気無く口にした言葉を耳にして、利能たちは、はっとした表情を浮かべる。


「・・・この様な大規模な魔法を構築する為には、魔法陣が不可欠です。そして魔法を排除する為には、その魔法陣を1カ所でも掻き消せば良い。あのキリオカとかいうニホン人が、何故その事を知っていたかは分かりませんが」


「恐らく・・・あのハッサムド=アハリとかいう魔術師の入れ知恵だろう。奴らももう此処に居るという訳か・・・」


 エスルーグに続いて、開井手が口を開いた。


「彼らに剣を握らせる訳には行かない・・・。急ぎましょう!」


 現日本政府の転覆を狙う日本人が、大多数の人間に精神異常をもたらす剣の間近に迫っているかも知れない。事態が想像以上に緊迫していることを悟った利能は、部下たちに声を掛けると、2度の夜明けを越えてもう少しのところまで迫っている古代遺跡「アフィーラ・アラバンナ」に向けて走り出した。


・・・


古代遺跡「アフィーラ・アラバンナ」付近 別地点


 桐岡を単身遺跡へ向かわせて約1時間半後、結界の崩壊を目の当たりにしたアル・ラサラムの男たちは歓喜の雄叫びを上げていた。


「良し! 良くやったぞニホン人!」


 彼らのリーダーであるアワードは、500年の長きに渡って剣を求める冒険者を阻んできた結界の崩壊を、心から喜んでいた。


「・・・では行くぞ! 栄光を目指して!」


「オォーッ!!」


 リーダーの号令に続いて、部下たちが雄叫びを上げる。斯くして、過激派アラバンヌ人組織「アル・ラサラム」の精鋭23名は、ティルフィングの剣を目指して第一歩を踏み出したのだ。


 そんな彼らの姿を冷めた目で眺める人影がある。ハッサムド=アハリを含む「イフ」を名乗る魔術師たちだ。


「・・・フン、大げさな奴らだ」


「まあ・・・彼らにとっては数百年掛かった悲願だからね。無理もない」


 吐き捨てる様な仲間の台詞に対して、ハッサムドはアワードたちをフォローする様な言葉を返す。その後ろからイフの1人であるバナードが顔を出した。


「取り敢えず・・・あのニホン人のお陰で我々の悲願も達せた。では行くとしましょうよ、イフ(我々)の真の目的の為に・・・」


「ああ・・・そうだな」


 バナードの言葉にハッサムドが頷く。イフの魔術師たちは、アル・ラサラムの男たちの後に続いて、古代遺跡へとその脚を踏み出した。


〜〜〜〜〜


古代遺跡「アフィーラ・アラバンナ」 離宮跡


 シダやツタに覆われ、今や生きる者は誰も居ない古代遺跡の一画にある「離宮跡」に、息を切らしている桐岡の姿がある。円形ドーム状の形をした離宮跡は、その床一面に魔法陣が描かれており、彼がつま先でその一部分を掻き消した結果、500年に渡って遺跡を護って来た結界が崩壊したのだ。


「・・・うぅッ!」


 アル・ラサラムの男たちとは裏腹に、桐岡は結界を崩壊させたことを喜ぶことは無い。それどころか、彼は上下の歯をガタガタ鳴らしながら、目の前の光景に怯えていた。


「・・・な、何なんだよ。・・・これ?」


 彼が怯えるのも無理は無い。離宮の中には、百や千では数え切れないレベルの“人骨”の塚が築かれていたのだ。

 彼にとっては知る由も無いことだが、この“人骨の山”こそ500年の長きに渡って稼働し続けた結界の“動力源”であり、並の国ならば十数カ国を滅ぼしてやっとかき集められる程の“大量の魔術師”の全魔力という膨大な犠牲が、骸の中に埋もれていたこの魔法陣に注ぎ込まれていたのである。

 この場に居た全員が魔力を捧げて死んだ後も、「半径7kmまで近づいて来た“魔力”を全て拒め」という命令を与えられていたこの魔法陣は、捧げられた膨大な魔力をエネルギーとして活動を続け、500年の長きに渡って侵入者を拒んできたのだ。

 500年前当時の皇帝であるハウルーン帝が、誰かの手に剣が渡ることをどれだけ恐れていたかが読み取れる。


「・・・っ!」


 堪らず吐き気を催してしまった桐岡は、すぐさま離宮跡から逃げる様に立ち去って行った。


〜〜〜〜〜


古代遺跡 北北東方面


 過激派組織が近づいているとはつゆ知らず、新たな班長である利能に率いられた一行は、すでに古代遺跡を視界に捉えていた。


(・・・神藤さん、ようやく着きましたよ!)


 今は亡きリーダーの名を呼びながら、ついに探し求めた古代遺跡へ辿り着いたことを喜び、利能は顔を綻ばせる。他の者たちも、達成感に満ちた笑顔を浮かべていた。


 1,200年程前、密林の民だった当時のアラバンヌ人によって築かれたという「アフィーラ・アラバンナ」遺跡は、敷地面積はアンコール・ワットに匹敵するほど広く、当時の王の王宮として作られたとされている広大な石造りの建造物だ。かつて剣を求める者たちが、度々この遺跡を目指した様だが、その全員があの結界に拒まれ、何も得ぬまま帰還を余儀なくされたという。


「取り敢えず入口を探しましょう」


 開井手の提案を受けた一行は、遺跡の外周を回る様に歩き始める。その十数分後、彼らは宮前庭園と思しき広大なスペースに辿り着いた。かつては綺麗に整備された花壇や生け垣が生えていたのだろうが、今は鬱蒼とした雑草に覆われており、当時の面影を見る影もない。


「あそこ・・・あそこに入口が見えます」


 そう言いながら崔川が指差した先は、庭園の最奥にある正面玄関だった。


「・・・行きましょう」


 指し示された入口に向かって、利能たちは歩き出す。未知の古代遺跡を前にして、奇妙な心臓の高鳴りを感じていた。


 だがその時・・・


「・・・何だ、お前らは! 止まれ!」


「!?」


 突如、背後から聞き慣れない声が聞こえてくる。利能と開井手、崔川は非戦闘員であるエスルーグを背中に庇いながら、咄嗟に後ろへ振り返り、銃を構えた。だが、彼女たちはすぐに自分たちが状況的に不利であることに気付く。数十名の武装した男たちが、いつの間にか自分たちを取り囲んでいたのである。


「・・・桐岡竜司!」


 利能は不審な男たちの中に、追跡していた邦人の姿を見つける。さらにその背後には、クロスネルヤード帝国の港街ベギンテリアで桐岡を連れ去った魔術師の姿まであった。


「おや、お久しぶりですね。まさか、こんなところまで来ていたとは」


 ハッサムドは利能たちの姿を見て、さも驚いた様な表情を浮かべている。


「ハッサムド、誰だ? こいつらは!」


 遺跡に近づく謎の一行を発見したアワードは、利能たちと顔見知りな様子を見せるハッサムドに、彼女らの素性を尋ねた。


「リュージ氏を追って来たニホン国の官憲です」


「官憲・・・? 成る程、つまり少なくとも味方じゃねェ訳だな」


 利能たちの素性を知ったアワードは、彼女たちを取り囲んでいる部下たちに右手で合図を送る。彼のジェスチャーに反応したアル・ラサラムの男たちは、携行していたクロスボウを次々と構えた。


「・・・っ!」


「多少は腕に覚えがある様だが、戦力差は見ての通りだ。死にたくなかったら武器と荷を全て此処に捨てろ! そして俺たちに少し付き合って貰おうか」


 数十本の矢が自分たちの身体を射抜こうと此方を向いている。数の上では圧倒的に分が悪く、ここで抵抗するのは利口とは言えない。決断を済ませた利能は、開井手と崔川に耳打ちをした。


「此処は一先ず、彼らの言う通りにしましょう」


 彼我戦力差は明らかであり、加えて非戦闘員を2人も抱えている今の状況では、抵抗するのは得策とは言えない。利能は一先ず、彼らの言うことを聞くことにしたのだ。


「・・・了解」


 上司の命令を受けた開井手、そして崔川は、各々が手にしていたベレッタ92と89式小銃を地面の上に置く。背負っていた背嚢もその場に置き、完全に武装を解除した彼女ら4人は、目的の場所を目前にして、過激派組織の軍門に下ることとなった。

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