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旭日の西漸 第4部 ティルフィング・選挙篇  作者: 僕突全卯
第6章 アラバンヌ帝国
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熱帯雨林の大冒険

日本国召喚の第三巻、楽しみです。

それにしても3巻表紙のレミール嬢、美人ですよねぇ

6月30日 アラバンヌ帝国 内陸部


 首都アドラスジペを出発して4日後、過酷な砂漠地帯を抜けた神藤一行は、サバナ気候が広がる草原地帯に入っていた。乾いた気候と木が疎らに生えた草原が広がっており、時折獣の姿も見える。


「・・・あと数時間進めば、密林の入口が見えて来る筈です。そこから先は車を置いて歩きになりますね」


「・・・で磁石頼りに進んで約2日、きっついなあ」


 運転席に座る崔川が述べた今後の予定を聞いて、神藤は小さなため息をついた。現代世界の様に道路が整備されている訳でもない熱帯雨林の中へ、高機動車で乗り入れる事など出来る筈もなく、高機動車は一端森の外に乗り捨てることになっていたのだ。

 上手く森の中を進めれば、距離的に2日で遺跡に到着することが可能だが、目指す先は500年の長きに渡って人を寄せ付けなかった謎の古代遺跡である。“何か”がある事は間違い無く、今から気分が重くなりつつあったのだ。


「虫刺され薬と虫除けスプレーと蚊取り線香は有るよな、あとは・・・」


 神藤は密林を進む為に必要なものを、指を折って数えていた。


(虫が苦手なんだなぁ・・・)


 虫嫌いを露呈させている上司の様子を見て、利能は眉を顰める。だが、何が潜んでいるか分からない異世界の熱帯雨林を進むならば、疫病を持っているかもしれない害虫に対策を講じるのは必要不可欠だろう。


「・・・あと2日、あと2日で俺たちの仕事は終わる。やっと日本へ帰れるんだな」


 警察庁から命ぜられた「特例海外捜査」、その最終目的地に間近まで迫っている。開井手は今までの旅路を思い返し、感慨深い思いにとらわれていた。

 捜査という名の旅はアルティーア帝国から始まり、そこからエフェロイ共和国、エルムスタシア帝国、ヨハン共和国、クロスネルヤード帝国、そして此処アラバンヌ帝国・・・途中途中で新たなメンバーを加えながら、国外失踪した左派系活動家5名を追って、結局は世界をほぼ縦断する羽目になった。


(良く考えたら・・・今回の海外捜査で何の失態も晒していないの、先輩だけだよなぁ・・・)


 開井手の言葉を聞いていた神藤は、「クスデート市」での出来事を思い出していた。不意打ちとは言え、宿の部屋に襲撃された挙げ句に拉致されてしまったところを、仲間たちに助け出されたのである。他にもエルムスタシア帝国では、迂闊な行動が祟って亜人たちに殺されかけたり等、彼は自身の不甲斐なさに苦笑いを浮かべていた。

 最後の目的地を前にして、感傷に浸っているのは開井手だけでは無かった。


(お父さん・・・もうすぐ帰れるから・・・!)


 利能は窓の外を眺めながら、唯一の肉親である父親の顔を思い浮かべていた。4月に日本を出発してから既に2ヶ月半が経過している。捜査の終了を目前にした今、彼女の望郷の思いはより一層強くなっていたのだ。


 だがそんな彼女たちとは、また違った思いを抱いている者が居た。新規のメンバーであるリリーだ。


(・・・ニホンへ行くのか、エルムスタシアへ帰るのか)


 彼女は、アラバンヌ帝国の首都アドラスジぺ市を出発する前夜、神藤から言われた事がずっと気に掛かっていた。彼と共に日本へ行って警察の仕事を手伝うのか、それとも故郷に帰るのか、その決断に迷っていたのだ。


(どうしたいか何て、本当はもう決まってる・・・でも!)


 ルシニアの街の酒場で助けられた日から、淡い想いを抱いてきた遠き異国の人、この機会を逃せばもう二度と会うことはないだろう。心は決まっている筈なのに、何故か決断しきれない。そのもどかしさが彼女を苦しめていたのである。

 リリーが心の揺れに表情を歪める一方で、彼女とは正反対の心持ちで遺跡への到達を待っている者が居た。


(ティルフィングの剣が封印されし謎の古代遺跡か〜、楽しみだな!)


 イスラフェア人の魔法研究家であるエスルーグは、伝説の魔法道具が眠る古代遺跡への到着を、屈託の無い好奇心で心待ちにしていたのである。

 こうして様々な思いや思惑を乗せて、高機動車は草原地帯を突き進む。そして3時間後、遂に熱帯雨林の入口に到達したのだった。


・・・


アラバンヌ帝国 内陸部 熱帯雨林地帯


 熱帯植物やシダが繁茂する熱帯雨林を目の前にして、神藤たちは生唾を飲み込んだ。よく耳をすましてみれば、鳥の鳴き声の様な音が聞こえて来る。この先は本来ならば、ひ弱な人間が踏み込むべき世界ではないのだろう。

 密林へ脚を踏み入れるのに備え、彼らは寝袋と食糧などが入った背嚢を背負っている。加えて有毒な植物や昆虫から身を守る為、普段身につけている赤茶けたマントの他に、手袋を装着していた。


「この先は数百年前のアラバンヌ人たちの故郷ですが、今や人を寄せ付けない密林地帯に完全に呑まれてしまった様ですね」


 エスルーグがぽつりとつぶやく。かつては“密林の民”であったアラバンヌ人は、母なる地を離れた後に馬やラクダといった有用な家畜の力を手に入れたことで、後に“騎馬民族”として世界的な大国を築くまでになるのだ。

 密林の前に立つ者たちの後ろで、崔川が最終的な準備をしている。 数分後、一際大きなバッグを背負った彼が立ち上がるのを確認すると、神藤は全員に向けて声を発した。


「皆、これが最後の旅だ! どんな危険が待っているかは分からないが、揃ってまた此処へ帰って来るんだ」


「はい!」


 リーダーの台詞を聞いた仲間たちは、気を引き締めて返事をする。直後、彼らは熱帯雨林地帯への第一歩を踏み出した。遂に「ティルフィングの剣」が封印されていると言われる謎の古代遺跡「アフィーラ・アラバンナ」への道のりを歩き出したのである。


・・・


同日 アラバンヌ帝国 首都アドラスジペ付近の砂漠


 神藤たちが密林へ脚を踏み出していたその頃、首都近くの港から上陸した異国の車列が、砂煙を巻き上げてこの国の首都であるアドラスジペへ向かっていた。その車体には日の丸が書き込まれており、それらが陸上自衛隊に所属する車輌であることを示している。

 砂漠の道を進む「74式特大型トラック」5台は、その荷台に数多の資材を積み込んでいた。この国の首都に築かれた日本国大使館を完成させる為である。積荷の内訳は、太陽光発電による発電装置の他、水の濾過装置、防犯の為の設備機器や家具等々、主に滞在する大使や職員の生活に必要な資材である。既に建物自体の建設は済んでおり、彼らの目的は大使館の総仕上げであった。

 尚、この国と日本国が初めて接触したのは10ヶ月程前の事であり、正式に国交樹立が成されたのは3ヶ月前の事である。日本国の使節団が初めてこの国を訪れた時には、皇帝によって「イルラ教」を破った国の使節団に対する歓迎パレードが行われ、首都臣民は歓喜の声で彼らを迎え入れたという。


「間も無く首都に着くぞ!」


 先頭のトラックに乗る中島憲吾二等陸尉/中尉は、後ろを付いて来ている部下たちに無線を入れる。程なくして、彼らは首都アドラスジペへと到着した。




首都アドラスジペ 郊外


 首都にある日本国大使館設置予定地に、5台の特大型トラックが停車している。荷台に積まれている機材を、クレーン車が丁寧に降ろしている。


「オーライ、オーライ・・・よーし、OK」


 現地での大使館建設に従事していたのは、日本国内より派遣された民間建設企業の社員たちだ。彼らは自衛隊から受け取った機材や家具を次々と降ろすと、早速それらの取り付けにかかっている。

 敷地の外を見れば首都に住まう市民たちが、建設作業員や自衛隊員が行っている作業の様子を門越しに眺めている。彼らは“自走する荷車”であるトラックやクレーンを興味津々な様子で覗いていた。


・・・


港街タリリスク 海岸


 やや内陸に位置する首都から1番近い港である「タリリスク」に、不釣り合いな巨大艦が停泊している。建設中の日本国大使館へ、特大型トラックごと機材を日本から持って来た強襲揚陸艦「こじま」の乗組員たちは、上陸して行った中島二尉の隊が帰って来るのを、海から見える広大な砂漠を眺めながら待っていた。




「こじま」 士官室


 前任の宇喜田大輝一等海佐/大佐に代わり、1ヶ月半ほど前に「こじま」の艦長に任命された漆間源蔵一等海佐/大佐は、士官室で昼食を摂っていた。


「・・・フゥ」


 彼は軽いため息を付きながら、持っていた箸をテーブルの上に置く。その時、部屋の扉をノックする音が聞こえて来た。


「・・・どうぞ」


 漆間は口元をおしぼりで拭うと、部屋に入って来る様に薦める。艦長の入室許可を得た隊員は、敬礼しながら扉を開けた。


「船務科所属二等海曹、板倉知美です。お食事中申し訳ありません!」


「別に良いよ・・・どうした?」


 士官室に現れた若い女性隊員に、漆間は要件を述べる様に求めた。


「実は・・・防衛省より緊急の入電が届いております。戦闘指揮所(CIC)までご足労願えますか?」


「何・・・防衛省から直々に!? すぐ行く!」


 板倉の知らせを聞いた漆間は血相を変える。彼は残っていたデザートのリンゴゼリーを口の中に掻き込むと、すぐさま防衛省からの衛星通信が繋いである戦闘指揮所(CIC)へと向かった。


〜〜〜〜〜


7月1日 アラバンヌ帝国 内陸部 熱帯雨林地帯


 熱帯雨林に脚を踏み入れてから1日目、森の中で夜を明かした神藤一行は、キャンプの後片付けをした後、再び遺跡に向かって進み始めていた。


「GPSが無いからなぁ・・・」


 神藤は進んでいる方向が合っているのかどうか不安に感じていた。GPSが無い世界で頼るべきものは、方位磁石しか無い。万が一何らかの理由でこれが狂ってしまったら、もう何処へもたどり着けないだろう。


「・・・意外と何も無いもんだな」


 開井手は周りを見渡しながら、ぽつりとつぶやく。彼の言う通り、500年に渡って人を拒んだ異世界の密林という割りには、特に何事も無く順調に進むことが出来ていた。

 だが、そんな自然を舐める様な彼の言葉が災いしたのか、事態は突然急変する。それは、首都へ流れ込む「大河ユルーテラス」の支流によって削られた峡谷の間を越えようとしていた時のことだった。


「・・・」


 エスルーグは顔を突き出しながら、15m程離れた断崖の間を流れる激流の様子をそっと見下ろす。目的の古代遺跡へ行く為には、この激流を渡らなければならないのだ。

 この峡谷には、過去のアラバンヌ人が作ったと思しき吊り橋が掛かっている様子が、衛星写真の中に幾つか写り込んでいたのだが、彼らはその中でも丈夫そうな吊り橋を選び、此処へ来ていた。


「では、自分が先に渡ります。その後に続いて来てください」


 自衛隊員の崔川は、橋の強度を測る試金石として自ら名乗り出た。その後、彼はあちこちに苔やシダがついた頼りない橋桁に体重を掛ける。


「大丈夫かー!?」


 慎重に脚を進める崔川に、開井手が声を掛ける。その問いかけに、崔川はサムズアップで答えた。程なくして何事も無く渡り終えた崔川は、対岸に残っている神藤たちにこちらへ来る様に合図を出す。彼の合図を受けて利能、エスルーグ、開井手の順番に1人ずつ橋を渡って行った。


「リリー、先に渡ってくれ。俺は後から行く」


「はい」


 神藤は共に残っていたリリーに、先に橋を渡る様に促した。リリーは頷くと、吊り橋に向かって脚を進める。


バキバキッ!


「!?」


 その時、神藤の背後にある木々の間から何が動く音が聞こえて来た。

 既に橋を渡っていた開井手と利能、崔川は各々が所持している拳銃と小銃を対岸へ向け、音の正体が現れるのを待ち構える。エスルーグは共に身を屈めながら、咄嗟に彼らの背後に隠れていた。

 神藤も利能たちと同じく、背後から迫る何かに対して、懐のホルスターに仕舞っていたコルト・ローマンを構える。橋を渡っている最中だったリリーは、突然の事態を前にして橋桁の上で動けなくなっていた。

 そしてその直後、音の正体が彼らの前に姿を現す。


「・・・気持ち悪!」

「・・・!!?」


 衝撃の余り、開井手は何とも浅い台詞を吐いてしまった。他の面々はその余りにも“醜悪な姿”に絶句している。

 巨大な「ウツボカヅラ」の様な胴体から数多の触手が生えた化け物、巨大な食虫植物の怪物が木々をなぎ倒しながら彼らの前に現れたのだ。


「“食獣木”の一種です! 人間も食らう怪物です、逃げてください! 急いで!」


「分かって・・・うわ!」


 突如として危機に直面した神藤に、エスルーグが向こう岸から声を掛ける。その刹那、怪物ウツボカヅラの触手が、神藤に向かって水平になぎ払う様な攻撃を仕掛けてきた。


「・・・わぁた!」


 間一髪、神藤は地面に伏せて怪物の攻撃を躱す。だが目標を失った触手は、勢いそのままに吊り橋を吊っていた古びたロープに激突し、それを断ち切ってしまったのだ。


「キャアアアッ!」


「・・・しまった!」


 少女の甲高い叫び声が密林の中に響き渡る。支えの1つを失った吊り橋は左へ傾き、橋の上に居たリリーはその拍子にバランスを崩して、橋桁の上から滑り落ちたのだ。

 神藤は急いで立ち上がると、今にも橋から落ちようとしているリリーの下へ駆け出し、涙を浮かべながら此方を見ている彼女に向かって、精一杯右手を伸ばした。


「・・・くっ!」


 リリーが落ちそうになったすんでの所で、神藤は彼女の右手を掴むことに成功した。彼はもう一方の手で吊り橋を支えている別のロープを掴み、自分の身体がリリー諸共、下へ落ちるのを防いでいた。神藤は不安定になっている橋を揺らさない様に立ち上がると、リリーの身体を一気に引き上げ、そのまま右手一本で彼女の身体を抱きかかえた。


「・・・!」


 引き寄せられるまま、リリーは神藤の胸元に身体を預ける。その瞬間、彼女は緊迫している今の状況を忘れ、両の頬を赤らめた。だが、そんな彼女の思いは一瞬にして現実に引き戻される。怪物ウツボカヅラが獲物である神藤とリリーを追って、橋桁の上まで昇って来たのだ。


「援護する! 崔川、利能警部補!」

「はい!」


 開井手の言葉を合図に、彼と利能、そして崔川は、橋を渡ろうとしている怪物を向こう岸に押し返す為に銃撃を開始した。だが、ウツボカヅラは何事も無いかの様に脚を進める。何処に当たれば致命傷になるのかも分からず、彼らは徒らに弾丸を消費し続けていた。

 その間に神藤はリリーを横抱きにすると、傾いて不安定になった橋桁の上を走り出した。そして対岸まであと少しという所まで迫ったその時、最大の悲劇が彼らを襲う。


「・・・あれ?」


 神藤は足場が沈んでいくのを感じていた。怪物ウツボカヅラの体重に耐えきれず、吊り橋を支えていたロープが全て切れてしまったのである。支えを失った橋桁は当然、下の激流に向かって落ちて行く。


「・・・え」


「神藤さん!!」


 怪物と共に激流が流れる峡谷の下へ落ちて行く神藤とリリーを追って、利能は上半身を乗り出して崖下へ手を伸ばす。だが時既に遅し、2人の姿は手が届かない程に遠くなっていた。


(・・・利能、後は頼んだぞ!)


 自らの運命を悟った神藤は、遠ざかって行く利能に向かって微笑みかけると、リリーの身体を強く抱きしめながら渓流へと落ちて行く。直後、大きな水柱と共に神藤とリリーは激流の中に消えて行った。


「・・・イヤアアァッ!!」


 甲高い悲痛な叫び声が、密林の中に響き渡る。唐突に訪れた神藤との別れに激情し、利能は大粒の涙を流す。彼女は目の前で起こった現実が受け入れられず、その泣き声だけが熱帯雨林に響き渡った。


「・・・」


 2人の女性が悲しみの感情を露わにする中、開井手と崔川、そしてエスルーグは、悲痛と悔悟の念に捕らわれながら顔を俯けていた。


「・・・利能警部補」


 数十分後、開井手は地に臥しながら泣き声を上げ続けている上司に声を掛けると、その肩に手を置いた。


「・・・」


 利能は泣き声を止めると、両目を拭いながら無言で立ち上がる。直後、彼女は涙で腫らした目を開井手たちの方へ向けて、口を開いた。


「見苦しいところを・・・見せました。・・・先へ・・・進みましょう」


 神藤警視が行方不明となった今、班の指揮を執るべき人間は利能なのだ。彼女には、神藤に代わって国家公安委員会の命令を遂行する義務が有り、何時までも唯々泣いていることなど許されない。

 斯くして、突如リーダーを失うという不運に見舞われた“神藤班”は、新たな班長を利能咲良とし、ティルフィングの剣が封印される古代遺跡に向けて、再び歩き出したのだった。

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