砂と古の帝国アラバンヌ
物語はついに最終章!
捜査という名の長大な旅路の末に待つものとはーー(煽り)
6月24日 ジュペリア大陸南西部 アラバンヌ帝国
三日月が浮かぶ夜、不思議なシルエットが空を飛んでいる。1枚の絨毯が2人の人影を乗せて東の空から飛んで来たのだ。それは人目に付かない様に、ある建物の屋上に着地した。屋上には2人の到着を待ちかねていた男たちが集まっている。
「ハッサムド・・・ようやく来たか」
「悪いなバナード、色々トラブルが有ったんだ」
絨毯を着陸させたハッサムド=アハリは、仲間であるバナードに謝罪の言葉を伝える。本来ならもう少し早く到着する予定であったが、同行していた日本人がヨハン共和国で拉致されたり、ベギンテリアで彼の国の警察に見つかったり、様々なアクシデントが有った為、大きく遅れてしまったのだ。
「その・・・後ろの男が例の民族だな」
バナードはそう言うと、ハッサムドが操縦してきた絨毯に乗る、もう1人の人影に視線を向けた。彼は絨毯から降りると、自身を待っていたバナードたちに向かって名を告げる。
「ああ・・・俺が日本国から来た桐岡竜司だ。君たちがハッサムド氏の仲間か?」
自身を取り囲む男たちに向かって、桐岡は質問を投げかける。その時、彼らの中で一際背丈が高い男が、仲間たちの身体を押しのけて桐岡の目の前に躍り出て来た。
「おい! こいつが例の新列強の民なのか!?」
男は豪快な声色を発しながら、桐岡を見下ろす。その強面な顔を前にして、桐岡は思わず怯んだ。
「ええ・・・そうです。彼こそ、剣が封印されし古代遺跡への結界を開く鍵・・・魔力を持たない死の民なのです」
「オオッ!!」
ハッサムドの言葉を聞いた男たちは、雄叫びに似た歓声を上げる。自分の存在を何故そこまで喜ぶのか、桐岡は今の状況に付いて行けず、不安げな表情を浮かべて周りを見渡した。
「・・・おい、これは一体? 結界の鍵? 死の民って何の事だ! お前たちは自衛隊に肉親を殺された被害者の組織なんだよな!?」
桐岡は狼狽えた様子で、側に立っていた案内役のハッサムドに問いかける。
「あ? 何言ってるんだ、こいつは・・・」
彼の言葉を聞いていた巨漢の男は、困惑した様子で首を捻る。自分が予想していたものとは、明らかに異なる反応と様相を見せる周りを見て、桐岡はどんどん顔を青ざめる。
「申し訳ありません、リュージさん。貴方には少し嘘を付きました」
「!?」
ハッサムドが述べた言葉は、桐岡を絶望の底にたたき込む。半年以上前、彼が日本国内へ密入国したハッサムドから言われた事は、以下の通りだった。
彼らは1年前の「日本=クロスネルヤード戦争」において、日本軍の手によって肉親を殺害された被害者遺族の集まりであり、現在は日本の友好国となったクロスネルヤード帝国から離れて、アラバンヌ帝国で活動している。
彼らは日本政府に復讐する為に活動を重ねており、その手段として「ティルフィングの剣」を探し出すつもりである。現日本政府を倒そうという志が同じであるならば、是非我々と共に剣を探して欲しい、貴方方の力が必要だ、と。
自衛隊の被害者と名乗る者たちの登場に、居ても立ってもいられなくなった桐岡は、剣の伝説については半信半疑ながらも、仲間を連れて日本を飛び出す決心をしたのである。
「・・・俺を騙したのか? こいつらは・・・お前たちは一体何なんだ!?」
桐岡はハッサムドを睨み付ける。彼は余裕有る表情でため息をつくと、事の真実を語り始める。
「此処に居る者たちは『アル・ラサラム』という組織、この国・・・アラバンヌ帝国の最盛期の再現を謀る者たちです。私とバナードは違うんですが・・・まあ、一時的に手を組んでいるんですよ」
「・・・『アル・ラサラム』!? じゃあ・・・ティルフィングの剣は、いや・・・お前たちは何故俺を此処へ連れて来た!?」
次々と沸き起こる疑念を抑え切れず、桐岡は声を荒げる。
「落ち着いて・・・まず、順序立てて説明しましょう」
ハッサムドは彼の怒りを気にも留めず、飄々とした態度で口を開いた。
「まず・・・全てが嘘という訳ではありません。ティルフィングの剣を探し求めているというのは本当です。でも、それは貴方が期待していた様に日本政府をどうこうする為では無い。クロスネル人でもイルラ教徒でも無い我々にとって、それはどうでも良い事です。
我々の目的は只1つ・・・かつてこの国に最大版図をもたらした“古代兵器”・・・おっと、“伝説の魔法道具”である『ティルフィングの剣』を手に入れる事。その為には・・・本当は誰でも良かったのですが、貴方の様な魔力も持たない民が必要だったんです」
ハッサムドたちが日本を訪れ、桐岡たちに接触した真の目的、それは魔力を持たない民を手に入れる為だったのだ。
「貴方方は我々にとって、本当に都合の良い存在でした。自国の軍が戦に勝つことに嫌悪を抱き、特に貧しい暮らしをしている訳でも無いのに政府を恨み、その転覆の為には手段を選ばない・・・。本当、ニホンとは特異な国なのですねぇ、貴方方の様な国民が居るとは」
ハッサムドは黒い笑みを浮かべる。
「・・・俺を連れて来て、一体どうしようと言うんだ?」
「それはまだ知る必要の無い事です。では我々と共に来て貰いましょうか、南の奥地にある古代遺跡へ・・・」
ハッサムドはそう言うと、フィンガースナップを鳴らす。その音を合図として、建物の裏から一斉に空飛ぶ絨毯が飛び上がった。その1つ1つに彼の仲間、即ち魔術師が乗り込んでいる。
「・・・お前らは、一体!?」
桐岡は不敵に笑うハッサムドに、彼らの正体を問いかけた。
「『エルメランド』・・・、『密伝衆』・・・、いえ・・・此処は『イフ』と名乗っておきましょうか」
「!?」
桐岡は驚愕する。ハッサムドが告げたのは500年前の歴史に登場する謎の組織、ラシキード帝にティルフィングの剣を授けた者たちの名だったからだ。
その後、飛び上がった絨毯は「アル・ラサラム」の男たち、そして彼らに捕らえられた桐岡竜司を乗せて、一路南の内陸部へと飛び去って行く。その目的地は勿論、ティルフィングの剣が封印されし古代遺跡、かつて古代アラバンヌ人が建立したと伝えられる「アフィーラ・アラバンナ」だ。
〜〜〜〜〜
6月26日 ジュペリア大陸南西部 アラバンヌ帝国 首都アドラスジペ
砂漠が広がる大地、その不毛の地の上に大都市が存在している。大河「ユルーラテス」から引き込まれた治水が街中の至る場所を流れ、都市の周りには灌漑によって作られた豊かな農園が広がっている。
街を見れば、石造りで出来た家屋や建物が建ち並び、広場には弦楽器が奏でる音楽と共に舞う踊り娘の姿がある。街の中央部には、円形のドームを持つ貴族の屋敷や宗教施設が建ち並び、その中心には皇帝が住まう城が鎮座している。燦々と照る太陽の下に異国情緒溢れる街並みが広がっていた。
この国の名は「アラバンヌ帝国」、列強国の中では最古参という歴史を持つ由緒ある国である。現皇帝の名はセルジーク=アル・マスノール、初代から数えて31代目にあたる。数年前までは神聖ロバンス教皇国の支援を受ける「教化軍国家」によって再三に渡る侵攻を受ける等、もう後先が長くない国という位置づけだったが、対日戦の敗戦による神聖ロバンス教皇国の権威衰退によって、再び活気づき始めているのである。
そんな街の中に、ターバンを頭に載っけて歩く異国人が居る。普段着ているスーツの上着を脱ぎ、現地で購入したマントを身に纏う神藤と利能は、砂漠気候に属するこの街の暑さに辟易としていた。
彼らは今、商店が建ち並ぶ区画を訪れていた。崔川は高機動車の前輪がパンクしてしまった為に、街の郊外でタイヤ交換作業中であり、リリーは彼を手伝っている。開井手とエスルーグは桐岡の情報について集める為、聞き込みに回っており、神藤たちとは別行動中だ。
「あ〜、暑い暑い・・・暑い!」
神藤は不機嫌な声を上げながら、首に掛けたタオルで額の汗を拭う。
「あまり暑い暑い言わないでください、余計に暑くなる!」
利能は不満ばかり口にする上司を、強い口調で諫めた。とは言っても、実際に暑いことには変わらず、彼女の額にも数多の汗が滲み出ている。気温は30度を超えており、真夏の日差しが煌々と照りつけていた。
「そう言えば任務の変更ですけど、例の古代遺跡の場所って分かっているんですか?」
数日前に警察庁より伝えられた任務内容の変更については、既に神藤の口から利能と開井手、崔川に伝えられている。その後、エスルーグとリリーの2人にも、旅の主目的が“人捜し”から“ティルフィングの剣探し”になった事を大雑把に伝えた。
不法出国者の確保が“ついで”になった事に利能と開井手は困惑したが、上からの命令という事で納得せざるを得なかった。だが、剣が実在する可能性が高まった以上、日本政府がその存在を危惧するのは当然だと言えるだろう。
「・・・一応、アラバンヌ帝国全土の衛星写真をFAXで送って貰ったんだ。此処から内陸に進んで、砂漠と草原地帯を超えた先に密林が有るんだが・・・古代遺跡なんてあちこちに映ってて、どれが剣の封印されている遺跡かなんて分からねェんだよ」
利能の問いかけに、神藤は頭を抱えながら答える。
ティルフィングの剣は古代遺跡に封印されており、その遺跡はこの国の内陸部の密林にあると言われている。そこまでは分かっているのだが、密林の中には古代アラバンヌ人が築いたのであろう古代遺跡が点在しており、そのどれが目指すべき遺跡なのかが現段階で分からないのだ。
「じゃあ・・・どうするんですか? このままこの街に足止めなんて・・・」
「いや・・・手は有る。この街には国内や世界各地から蔵書を集めて、この国の言葉に翻訳する為の施設である『国立図書館』があるんだ。そこに行けば、何か情報は得られるだろう」
「・・・成る程」
上司の提案を聞いた利能は、納得した様子で頷いた。
アラバンヌ帝国は古来より情報と知識の収集を国策として行っており、街の至る所には蔵書を収めた図書館が点在している。そして街の中央には、各図書館の言わば本店に当たる「国立図書館」が存在しており、国中の学者が世界各地から集めた書物の翻訳作業を行っているのだ。
世界の知識が詰まったその場所を、市民たちは「知恵の館」と呼んでいる。そこに行けば、遺跡の情報について得られる筈だと、神藤は考えていた。
その後、神藤と利能は真水を売っている店を探して商店街を進む。すると歩いている内に、噴水のある広場へと辿り着いた。周りを見れば露店や屋台が軒を連ねており、何処からか音楽が聞こえて来る。
「うわ・・・賑やかな所だな」
人波でごった返す活気有る雰囲気を見て、神藤は思わず言葉を漏らした。白いゆったりとした装束にターバン帽を被る男たちに混じって、幾何学模様があしらわれた日避けストールを身に纏う女性たちの姿がある。彼らは目当ての店を目指して、賑わう広場の中を進む。
「・・・ん?」
その時、神藤は広場の一角に、男たちが集まっている場所を見つけた。彼は一緒に歩いていた利能の下をフラッと離れ、好奇心のままにその人混みの中へと脚を運ぶ。
「ちょっ・・・! 神藤さん!?」
利能は予想外の行動を取る上司の後を、急いで追いかける。
2人が向かった人混みが見つめる先からは、先程から耳に入る音楽が聞こえて来ている様だった。人々の頭の隙間から奥を覗くと、ふんわりと香水の香りが漂って来る。
「いよっ! 良いぞ〜、姉ちゃん!」
「色っぽいぞ〜!」
「ヒュー、ヒュー!」
人だかりを作っている男たちが興奮している理由、それは弦楽器と打楽器が奏でる音楽に合わせて、妖艶な舞を踊る“踊り子”たちに夢中になっていたからだった。
ひらひらと翻る薄いヴェールにキラキラしたアクセサリー、そして肌を大きく露出した衣装を纏って艶やかな笑みを浮かべるその様子は、正に扇情的という言葉が相応しい。
「利能ィ・・・ああ言う衣装欲しかったら、捜査の上で必要だったという名目で買っても良いんだぞ」
「!?」
不意にセクハラ紛いの言葉を放つ神藤に、利能は大きく動揺して目を見開いた。
「悪徳官僚かっ! 暑さでおかしくなってるんですか!? 行きますよ、そもそも水を買いに来たんでしょうに!」
利能はそう言うと、何処かぼうっとしている神藤の袖を掴み、彼の身体を引っ張って行く。
「いやぁ・・・冗談だって冗談」
顔を真っ赤にする利能の姿を見て、神藤はどこか乾いた笑みを浮かべる。
しばらく後、飲料水を扱う商店を発見した2人は、この先行うことになる砂漠越えに備えて水を余分に買い込み、街の郊外で彼らの帰りを待つ崔川とリリーの下へ合流した。
その数分後には、聞き込み作業を切り上げた開井手とエスルーグも彼らに合流し、一端集合を果たした彼らは、次なる仕事の為に再び街へ散っていくこととなる。
・・・
首都アドラスジペ・中心部 国立図書館
1時間後、水の補給を終えた神藤と利能は、エスルーグと共にこの都市の中心街にある「国立図書館」に脚を運んでいた。
図書館は円筒型をした建物になっており、てっぺんにはドーム状の丸屋根が乗っている。大理石で作られたそれは白く美しい輝きを放っており、壁にはアラベスク模様の細かな彫刻が一面に施され、訪れる者全ての目を奪う。
建物の正面にある大きな両開きの門を抜けると、そこには壁一面360度くまなく配置された本棚に、世界各地から集められた蔵書がぎっしりと収められていた。内部は、てっぺんのドームまで繋がる吹き抜けの3層構造となっており、その規模は日本国内の一般的な図書館を大きく凌ぐものである。
「こりゃあ・・・凄い」
国立図書館のスケールに圧倒された神藤は、率直な感想を口にする。利能とエスルーグも、思わずため息を漏らしていた。
その後、彼らは1階の奥にあるカウンターに向かう。神藤はカウンターの奥に座っている受付らしき白髪白髭の老人に声を掛けた。彼は受付の番を勤める傍ら、書籍の翻訳作業を行っている様で、一心不乱に羽根ペンで何かを書いていた。
「どうも・・・此処は市民にも解放された『国立図書館』だと聞いた。俺たちはティルフィングの剣が封印されているという、遺跡について知りたくて此処へ来たんだ。それについて書かれた書物が何処にあるのか教えて欲しい」
「んん・・・?」
老人は神藤の声に気付くと、顔を見上げて神藤の顔を覗き込んだ。それに続けて、彼は利能とエスルーグの顔もまじまじと見つめる。
訪問者の姿を確認したその老人は、ため息をつきながら掛けていた老眼鏡らしき丸眼鏡を外すと、嗄れた声で口を開く。
「あの剣について知りたい・・・? 奇特な異国の方も居たものだ。貴方方の国では、あの剣は只の作り話ではないかね?」
「他の人間がどう思っていようが、俺たちはその実在性を信じている。・・・だから其の在処を今すぐ知りたい」
神藤は淡々と答える。老人は猜疑心を露わにした。
「・・・あの剣は“呪われた聖剣”じゃ。二度と誰かが手にする事が無い様に、500年前の皇帝陛下が奥地に封印されたのだ。だと言うのに、この数十年間お前たちの様な輩は結構居たな。自分たちが剣に選ばれる資格が有ると思い込んでいるのだろう」
老人の弁によると、剣の力を追い求めてその在処を尋ねて来た人物は、今までに何人も居たらしい。だが彼らの剣探しが、全て失敗に終わっているのは言うまでも無い。
「・・・俺たちは剣の力が欲しいんじゃない。その剣が実在するかどうか確かめたいだけだ」
「ホホッ! 更に奇妙な事を言いなさる。確かめてどうするというんだ」
「その先の事は俺たちも知らない」
「・・・?」
異国人が述べた奇妙な答えに、老人は首を傾げる。実際には、剣の実在を確認した後の事は未だ警察庁から伝えられていないので、神藤たちには分からないというだけの話だ。恐らくは、破壊するか持ち帰るかのどちらかだろう。
「まあ、良い。場所だけなら、わざわざこの図書館の中から探さずとも、私の口から教えてやろう。どうせ誰もそこへは行けやしないんだから」
「・・・?」
誰もそこへは行けない・・・その一言が気に掛かりながらも、老人の言葉に耳を傾ける。
「『ティルフィングの剣』が封印されているという古代遺跡の名は『アフィーラ・アラバンナ』、かつて太古のアラバンヌ人が建てたとされる王宮跡だ。この街から真っ直ぐ南南西に行けば辿り着く。
口で言うのは簡単だがな、この500年間、誰もそこへ辿り着けなかったのだ。悪い事は言わんから、諦めることを薦めるぞ・・・」
「場所が分かっているのに辿り着けない・・・? 何か理由が有るのか? 化け物が出るとか・・・」
遺跡は鬱蒼とした密林の中に有る。何かこの世界ならではの、想像を絶する怪物が棲み着いているのだろうか。
「・・・そうでは無い。遺跡に辿り着けない理由は・・・いや、これはその目で確かめた方が信じるだろう。さあ・・・覚悟があるならさっさと行くが良い!」
老人は気に掛かる一言を残し、神藤たちに先へ進む様に告げる。彼らの行く先に何が待っているのか、それはまだ、誰も知り得ぬ物語である。




