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様々な旅立ち

6月19日 クロスネルヤード帝国西部 クスデート辺境伯領


 西端の港街に、東側の大地から登る朝日が差し込む。歌の様な小鳥の囀りと市民たちのにぎやかな声が、あちこちから聞こえて来る。

 そんな街の中心部に、この地方を統べる長が暮らす屋敷がある。その一室で、悪夢にうなされる少女の姿があった。


「・・・っ!」


 少女は息を荒くしながら、毛布を押しのけて跳ね起きた。寝汗を含んだ髪の毛が顔にへばりついている。彼女の名はベティーナ・ミヨ=トモフミ、領内を巡察中の父と兄に代わって、政務の切り盛りを任せられているトモフミ家の第一息女だ。


「ようやくお気づきになられましたね」


「・・・セフィル!」


 声の聞こえてきた方へ視線を向けると、そこにはトモフミ家が擁する暗殺集団「裏番」の女頭目であるセフィル=カネザトが立っていた。


「あのニホン人の仲間が、強烈な音と光を放つ爆弾を部屋に投げ込んだのです。ベティーナ様は丸一日、気を失われておりました」


「・・・え!?」


 主の目覚めを待っていたセフィルは、昨晩に起こった事の詳細を語る。何の前触れもなく閃光爆音筒による攻撃を受けたベティーナは、それが放つ閃光と爆音をもろに食らってしまい、そのショックで長らく気絶していたのだ。


「あのニホン人はどうしたの?」


「・・・申し訳ありません、奴の仲間共々後一歩の所で取り逃がしました。如何なる罰も受ける所存でございます」


 セフィルは深く頭を下げて失態を詫びる。

 元々彼女たちは、拉致という手段を用いて連れて来た神藤を生かして帰すつもりは初めから無く、開祖が遺した“強大な力”の在処をしゃべらせた後に殺し、この一件を闇に葬るつもりだった。

 だが、彼とその仲間たちを逃がしてしまった事で、この一件が日本政府の耳に入る恐れがある。セフィルはその事を危惧していた。


「・・・ハア」


 ベティーナは大きなため息をついた。不機嫌そうな態度を示す主を前にして、セフィルは思わず身体をびくつかせ、冷や汗を流す。


「万一、ニホン政府から皇帝の耳にこのことが知れたら、あっちは大騒ぎするでしょうね」


 クスデート辺境伯領は半独立国とは言えども、対外的にはクロスネルヤード帝国の一地方という位置づけになっている。皇帝領と日本国の友好関係に亀裂を入れる様な真似をしたと知れれば、当然何らかのペナルティが課せられる可能性があった。


「・・・結局、“ヒコウセンカン”の在処も分からず仕舞いだったし、骨折り損の草臥れ儲けとはこの事ね。まあ・・・様子を見ましょう。父君にも話を通しておいて・・・向こうが何か言ってくれば適当に誤魔化すわ」


 ベティーナはそう言うと、また大きなため息をつく。


「・・・汗顔の至りです、本当に申し訳有りませんでした」


 セフィルは無念と後悔の思いで胸がいっぱいになり、唯々頭を下げ続けた。


 だが結局はその後、彼女たちが危惧する様な事は起こらなかった。神藤からの報告を受けた警察庁警備局が、公安警察官が一時的に拉致されてしまったという事実を日本政府へ露呈させる事を避け、この一件を“海外へ派遣中の公安警察官が不注意によって起こしたミス”として局内で片付けてしまった為だ。

 当然、この一件を知らされていない日本政府がクロスネルヤード帝国へ何かの抗議をする訳は無く、クスデート辺境伯領で起こった「日本人公安警察官拉致監禁事件」は闇に消える事となった。


〜〜〜〜〜


6月21日 ジュペリア大陸西海岸 アラバンヌ帝国属国群・ラムビト王国


 追っ手を巻き、クスデート辺境伯領を抜け、クロスネルヤード帝国の国境線を越えた神藤一行は、アラバンヌ帝国属国群の1つである「ラムビト王国」に辿り着いていた。彼らが乗る高機動車は海を望む街道を走っている。海から吹く潮風が、運転席側の窓からそよそよと吹き込んでいた。


「魔法の絨毯は“西方世界”、即ちアラバンヌ文化圏発祥の魔法道具です。積載量が少ないのと、乗る魔術師の魔力量次第で航続距離が決まり、交易に使えた代物ではありません」


 荷台に座るエスルーグが、同じく荷台に座っている神藤と利能、リリーにこれから向かう先である「アラバンヌ帝国」について説明していた。助手席と運転席に座る開井手と崔川も、前を向きながら彼の話を聞いている。


「魔法の絨毯か・・・いよいよ“アラビアンナイト”の世界だなぁ、楽しみだ」


 神藤はまだ見ぬ国の姿を想像して心踊らせていた。日本で成された報道から、彼らもアラバンヌ帝国の文化・風土については断片的に知っている。彼の国は中世イスラーム世界に似た特徴を持つ国なのだ。


「・・・街が見えて来ました。ラムビト王国のティオキア市です」


 運転席でハンドルを握る崔川が、地平線の向こうに見えて来た港街を指差す。西の水平線に太陽の縁が接しようとしていた時、一行は此処ラムビト王国の貿易拠点である「ティオキア市」に到着したのである。


「今日はこの街で宿を取ろう」


 神藤の提案に皆が頷く。

 その後、街に到着した彼らは適当な宿に入り、旅の疲れを癒すために深い眠りに就いた。


・・・


同日 深夜


 皆が寝静まった頃、神藤は警察庁警備局に生存報告を行う為、衛星電話を立ち上げていた。アンテナが宇宙空間を飛ぶ多機能人工衛星と繋がり、日本本土に居る通話相手を呼び出す。

 因みに彼らが今居る地域と日本本土は9時間半ほどの時差がある為、日本国の時刻は朝の10時頃であった。


『・・・神藤か』


 数回の呼び出し音が聞こえた後、電話の向こうから神藤の名を呼ぶ声が聞こえて来た。その相手とは勿論、警備局長の江崎祐恒警視監である。


「はい・・・局長、本日も無事に1日を終えました。あと5日もあれば目的地に到着します」


 神藤は淡々と現在の状況を説明する。江崎は一言“そうか”とつぶやいた。何時もなら此処で通話が終わる所であり、神藤は江崎が電話を切るのを待つ。

 だが10秒近く経っても、江崎は電話を切らなかった。そして首を傾げる神藤の耳に、彼の声が再度聞こえてきたのだ。


『神藤・・・今回の捜査だが、各部署の上層部の人物達と協議した結果、任務の内容を変更する事に決定した』


「・・・え?」


 予想外の言葉を告げられ、神藤は思わず間の抜けた声を漏らす。


『当初の内容はこうだな・・・“不法出国者の確保及び、彼らに接触した組織の目的解明”。だが、先日の生存報告でお前が伝えて来た“過去の転移者”の記録について、その内容を上に伝えたところ、政府内の各所でちょっとした騒ぎになったらしくてな・・・。特に“過去の転移者が持ち込んだ飛行戦艦”と“ティルフィングの剣が実在する事を示す描写”、この2つが大きな衝撃となった様だ。

そこで『国家公安委員会』から、我々にこの様な命令が下された。“ティルフィングの剣の実在性について、早急に明らかにせよ”と。言っている意味が分かるだろう?』


「・・・つまり、我々にそれをやれと・・・そういう事ですね」


『そうだ・・・理解が早くて助かるよ』


 江崎は電話機の向こう側で口角を吊り上げていた。

 不本意ながらも、神藤がクスデートの街で目撃することとなった「友史洋二郎」の日記帳の存在とその内容は、警備局長である江崎の口から警察庁長官へと伝わり、更に国家公安委員会から政府内の各所へと伝達された。

 その余りにも突飛な内容に、半信半疑となる者が居ない訳では無かったが、海外へ派遣されている「公安警察官」からの情報という事も有り、結果として信憑性が高いものとして判断されたのだ。


「では・・・桐岡竜司については?」


『彼の確保は任務内容として継続する・・・が、優先順位としてはティルフィングの剣の実在性について確かめる事が先決だ。まあ・・・彼と彼を焚きつけた組織が、本当に剣を追い求めているのならば、どちらにせよ何処かでぶつかるだろう。お前たちも彼らも、“古代遺跡”とやらに向かうしか無いからね』


 江崎はティルフィングの剣に纏わる歴史について言及する。剣の所在については、歴史の中では以下の様に記されていた。

 500年前、オルトー王との戦いに破れた当時のアラバンヌ皇帝であるハウルーン=アル・ラシキード帝は、西へと敗走した後、ティルフィングの剣による神罰を恐れ、それをある古代遺跡に封印してしまう。

 国内の魔術師を総動員して守護の結界が張られたその遺跡は、人を寄せ付けないまま密林の奥にひっそりと立っているという。その遺跡は実在するとされているが、その正確な所在地を知る者は数える程しか居ないらしい。


『改めて任務の内容を伝える・・・“ティルフィングの剣の実在性について早急に明らかにし、その過程において可能であれば、桐岡竜司を確保せよ”、以上だ。ついてはアラバンヌ帝国の衛星写真を送る。4ヶ月前のものだが、無いよりはマシだろう』


 江崎は、上の意向を加味して改訂された命令をそのまま伝える。


「しかと・・・お受け致しました」


 神藤は神妙な面持ちで、上司の命令を拝聴した。


『それと・・・例のエルフの少女についてだが・・・ゼロから連絡があった。それでだな・・・』 


 任務内容の変更に続けて、江崎は次の要件を神藤に伝える。それは彼が1番気がかりにしていた事、リリーの扱いについてだった。

 その後、江崎の言葉を全て聞き終えた神藤は、言葉を選びながら口を開く。


「・・・了解しました。あくまで本人の意思を尊重しますが、彼女にはそう伝えておきます」


『・・・分かった。今日伝えたこと全て、宜しく頼むぞ。ではまた・・・ブツッ』


 江崎はそう言うと通話を切った。ツー、ツーという話中音が聞こえて来る。

 上司から新たな命令を下された神藤は翌日、その内容を利能と開井手、そして崔川に伝えるのだった。


・・・


日本国 首都東京・千代田区 警察庁庁舎 警備局局長室


 神藤との通話を終えた江崎は受話器を戻すと、椅子の背もたれに身体を埋めながら大きなため息をついた。その表情には、何処か申し訳なさそうな感情がある様に見える。


(西原警視監・・・すまない)


 江崎は心の中で、警視庁の公安部長である西原次郎警視監に対する謝罪の言葉を述べた。上の意向の為とは言え、結果として部下をこれ以上危険に晒したく無いという西原の思いとは、180度異なる命令を出す事になったからだ。


(頼むから無事に帰ってくれよ・・・)


 江崎は“神藤班”の無事を祈りつつ、机の中に仕舞ってある葉巻を取り出す。それを口に咥えながら、彼は神藤たちの行き着く先に思いを馳せていた。


〜〜〜〜〜


6月26日 クロスネルヤード帝国東部 ミケート・ティリス市


 日本国内から派遣された護衛艦「あさひ」が、ジュペリア大陸東の玄関口であるミケート・ティリス市の沖合に停泊している。港では、同じく日本から派遣されていた白色の客船が接岸していた。

 客船が停まっている埠頭の周りでは、ミケート・ティリスの市民たちが集まっていた。ミケート騎士団領軍の兵士たちが人の壁となって、彼らが前に出過ぎない様に抑えている。

 所狭しと集まる市民の手には、クロスネルヤード帝国の力の象徴である“双頭の銀龍”が描かれた旗、即ちこの国の国旗が握られていた。彼らが旗を掲げながら熱い視線を向ける先には、船へのタラップを登る「クロスネルヤード帝国・皇帝領政府選挙視察団」の姿があった。

 先頭を行く視察団長の“宰相”フィロース=ホーエルツェレール公爵に続いて、団員に名を連ねている“皇女”テオファ=レー=アングレムがタラップを進んでいる。


「皇女殿下! 行ってらっしゃい!」

「お気を付けてー!」


 民衆は帝都からやって来た皇女に対して叫声を上げ、旗を振り上げながら餞別の言葉を捧げる。テオファは後ろを振り返ると、タラップの上から民衆に向かって手を振り返した。


「殿下、体調の方はお変わりありませんか?」


 フィロースはテオファの体調を気遣う。彼女は1年前から日本人医師の監督の下、母子感染によって罹患したHIVの服薬治療を行っていた。それ以降、薬の副作用として時折、嘔吐や下痢を起こすことがあったのだ。彼はその事が気に掛かっていたのである。


「いいえ、おじ様・・・お気遣いありがとうございます。でも大丈夫、ここ最近は本当に調子が良いんです。それに今日は待ちに待った出発の日! 寝台に伏してなどいられません!」


 テオファは屈託のない笑みを浮かべていた。日本への旅立ちを相当心待ちにしていた様である。

 その後、彼らに続いて十数名の視察団が船に乗り込んで行く。その中には、日本赤十字から派遣されていた、テオファの主治医である鹿野朝之の姿もあった。


 視察団の面々が乗り込んだのは、彼らの護送の為に日本政府が一時的に借用しているクルーズ客船である。乗客に長期間の船旅を楽しんで貰う為、豪華な内装や様々な設備を備えている客船の姿は、さながら海の上に浮かぶホテルとも言うべきだ。


「これは凄いな・・・ニホンの軍艦を“海に浮かぶ要塞”と呼び現すなら、この船は正しく“海に浮かぶ城”だ!」


 視察団長のフィロースは豪華客船の内部を目の当たりにして、深いため息を漏らした。彼らが最初に通されたメインホールは最上階まで繋がる吹き抜けになっており、その天井には大きなシャンデリアがつり下がっている。海の上に浮かぶ船の中だと言うのに、日本国の客船は彼が普段暮らしている屋敷と同じか、それ以上に立派な内装が施されていた。他の者たちも(それどころか日本人である鹿野でさえ)、口を開けたまま言葉が出ない様だった。

 唖然とする彼らの前に、視察団護送の総責任者である来栖礼悟(くるす らいご)が現れる。普段は外務大臣政務官を勤めている彼は、乗船してきたフィロースたちに一礼すると、歓迎の言葉を伝える。


「クロスネルヤード帝国皇帝領政府視察団の皆様・・・ようこそ、客船“オリエンタル・オーシャン”へ! 私は今回、貴方方の案内役を務めさせて頂くことになりました、来栖礼悟(ライゴ=クルス)と申します」


 来栖は自身の名を伝えると、握手をしようと右手を差し出した。


「皇帝陛下より視察団長の命を授かったフィロース=ホーエルツェレールと申します。此度は宜しくお願い致します」


 彼の言葉に応える様にフィロースも自己紹介をする。握手を交わした後、来栖は船の概要と今後の予定、注意点について説明を始める。


「本船には、皆様方1人1人に個室をご用意させて頂いている他、船内には大浴場・スパ、レストラン、バー、劇場、フィットネスセンター、スポーツセンター、医務室、図書館等の施設を有しており、その何れもご自由に使用して頂けます。ご不明な点がございましたら、遠慮無く乗務員にお声かけください。

尚、この船には既に、ニアリア共和国とレーバメノ連邦、リャック王国よりお越し頂いている視察団の方々が乗船されており、この後はアッティア王国とショーテーリア=サン帝国視察団の方々が乗船する予定となっておりますので、その事をご留意ください。また航海時間は18日間を予定しております。その間、皆様の旅の安全を守る為の守護として、我が国の海軍艦である『あさひ』が並走致しますので・・・」


 来栖はつらつらと説明を述べる。だが、彼の説明を受ける視察団の面々は、相変わらず心此処にあらずといった表情を浮かべていた。


「あ、あ〜・・・成る程、分かりました」


 話がちゃんと頭に入っているのかいないのか、フィロースは間の抜けた様なイマイチ頼りない返事をする。その後、一連の説明を受けた視察団の面々は、乗務員に案内されて各々の個室へと案内された。


・・・


護衛艦「あさひ」 艦橋


 「あさひ」の艦長を勤める西垣民雄二等海佐/中佐は、沖合に停泊していた「あさひ」の艦橋から「オリエンタル・オーシャン」の様子を眺めていた。程なくして、「オリエンタル・オーシャン」の艦橋から視察団の乗船が完了したという連絡が入る。

 出港準備が整った事を確認した西垣二佐は、衛星通信機を用いて日本本国の自衛艦隊司令部へ一報を入れる。


「ニアリア共和国視察団、レーバメノ連邦視察団に続いて、クロスネルヤード帝国・皇帝領政府視察団の乗船を確認。この後、ショーテーリア=サン帝国・ヨーク=ジェイス市を経て、客船“オリエンタル・オーシャン”を無事に博多港まで送り届ける」


『了解、航海中気を付けて来られたし』


 報告を終えた西垣二佐は、戦闘指揮所(CIC)に出航命令を出す。


「よし・・・出航!」


 「あさひ」の出航に続いて、世界各国の重要人物を乗せた「オリエンタル・オーシャン」が、ミケート・ティリス市の港から離れていく。

 遠き東の国へ旅立つ国の代表者たちを、街の市民たちは盛大な歓声で見送るのだった。

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