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衆参同時選挙

第4部スタートです!

2030年某日 屋和半島の沖合70kmの海上


 未曾有の大事件である「日本列島異世界転移」から5年の歳月が過ぎた。転移から約3ヶ月後に起きた「日本=アルティーア戦争(アルティーア戦役)」の戦利品として獲得した新たな領土「屋和半島」には、多くの日本人移民や在日外国人が移住しており、同地と日本本土を結ぶ民間航空線が開業してからは、屋和半島と内地における人と物のやり取りが活発になっている。

 そしてこの日、何時もの様に成田空港から“外地”屋和半島・幕照市に向かって飛行している民間旅客機の中に、ある目的の為に集った5人の日本人の姿があった。内訳は男性3人に女性2人である。


「私たち無事に帰れるのかしらね・・・」


 窓際に座る1人の女性が、隣の通路側の席に座る男に問いかける。不安げな顔をしている彼女に対して、5人のリーダー格を勤めるその男は窓の外を指差しながら答えた。


「見ろ・・・この世界の海にはプラスチックゴミや化学物質みたいな汚染物は何も浮かんでいない。まるでこの世界の清浄さそのものを象徴している様だ。しかし、この世界は今蝕まれている。あの泉川内閣(悪魔たち)によってね・・・。我々は日本の利益の為だけにこの世界を食い物にしている奴らから、何としてもこの世界を解放しなければならないんだ。・・・分かるね?」


 男は優しく諭す様に囁く。


「・・・うん。私たちが正義、私たちが自由国民党の魔の手からこの世界を救うのね・・・素敵」


 その女性は恍惚な表情を浮かべて、リーダー格の男へと持たれ掛かる。その後、彼らを乗せた「日の丸航空」123便は「屋和西道空港」へと着陸した。


〜〜〜〜〜


2031年4月1日 日本国 東京都江東区 亀戸 とあるアパート


 警視庁の刑事や警察官たちが、ある家の捜索を行っている。この家の持ち主はおよそ半年前に行方不明になっており、別の県で暮らす親族から捜索願が出ていた。彼らはその行方を知る手掛かりを探している。


「行方不明者の名は桐岡竜司・・・慶桜大学3年生、現在は休学中。“テラルスに平和を求める学生連合”、通称“テ平連”の幹部をしており、他の4名の行方不明者と共に幾度か学生運動に参加している姿がSNSの投稿にて確認されています」


 1人の刑事が先輩刑事に家主について説明する。行方不明となった家主は所謂“左翼政治団体”に属している男で、今や世論に見向きもされなくなった反戦デモに精を出していた若人だった。


「川平さん・・・引き出しの中にこんな物が」


 鑑識の1人が家主の引き出しから不審なメモを発見する。彼はそのメモを川平という刑事に手渡した。


「これは・・・?」


「これはウィレニア大陸語ですね」


 そのメモには川平には読めない字で短い一文が書かれていた。鑑識がポケットから携帯端末を取りだし、翻訳アプリでメモの内容を調べる。翻訳アプリが提示した日本語訳文には以下の短い文章が書かれていた。


「“ノスペディで落ち合おう、この世界を共に救う為に”、“ハッサムド=アハリ(人名)”」


「・・・どういう意味だ?」


 川平は怪訝な表情で首を傾げる。それは異世界の民が行方不明者に向けて書き記したらしいメモの走り書きだった。そして全ての物語はこの1枚のメモから始まったのである。


〜〜〜〜〜


2031年4月4日 東京都千代田区 警察庁庁舎


 日本全国の警察組織の元締めである「警察庁」、その庁舎の一角にとある部局が設置されている。その一室に1人の男が書類を持って入室していた。


「・・・やはり海外勢力の接触があった様です。何が目的で接触したのか、その目的は何なのか・・・現状では全く」


 男は微妙な表情を浮かべながら、率直に言えば、捜査が全く進捗していないという現状を上司に報告していた。


「神藤くん、君はどうしたら良いと思う?」


 上司の問いかけに、神藤と呼ばれたその男は、言葉を選びながら答える。


「・・・この世界に転移してから初めての事例です。その分、悪しき前例とならない様にする必要があります。我が国と情報共有出来る様な治安機関は、この世界には存在しませんし・・・捜査の為に人員を国外へ派遣する、とかしか無いのでは?」


 神藤の答えに、上司は軽く頷く。


「成る程ね・・・警視庁公安部には、身体を張って貰おうか・・・! それと・・・神藤くん、君にも頑張って貰うよ」


「了解しました・・・、江崎局長」


 程なくして神藤は部屋を退出する。部屋の扉が閉められたことを確認すると、“局長”と呼ばれた上司の男は、机の中から1本の葉巻を取り出した。


(あいつにも、しっかり働いて貰おうか・・・!)


 彼は扉の向こうに消えた部下の顔を思い浮かべながら心の中でつぶやくと、葉巻を大きく吸い込み、そして一気に吐き出した。


 「警察」は一般的に、発生した事件の原因究明と犯人逮捕を信条として動く。しかしその原則に当てはまらない警察官が居り、彼らは“公安警察”と呼ばれている。国家体制を揺るがす様な事案を対象として活動する公安警察は、不穏な人物や団体を見つけると、例え事件の発生前だとしても、それらを捜査対象とすることがあると言う。

 一般の警察と比べて捜査内容が特殊である彼らは、活動について情報を容易に明かすことはなく、それは一般人に対してだけではなく、同じ警察組織内部の警察官でさえ例外ではないとされる。


 神藤が訪れていたのは、警察庁の内部部局である「警備局」の局長、江崎祐恒警視監の部屋であった。警備局とは日本全国の公安警察のトップにあたる部署であり、全国の公安警察を指揮下に持つ。

 さらに警備局内には謎のベールに包まれた組織が存在しており、「裏の理事官」が統括する「チヨダ」や「ゼロ」と呼ばれる極秘の“係”が、警備局内部の警備企画課に属していると言われている。「チヨダ」は公安捜査に重要な協力者工作を統括すると共に、警視庁公安部や全国の道府県警察本部の警備部に「作業班」と呼ばれる直轄部隊を有し、非合法手段でさえ良しとすることもあるという。




 公安警察の本丸を退出し、喫煙の為に庁舎の外へ出た神藤の視界に、2人の男が話している様子が飛び込んで来た。1人は中年、もう1人は青年といった外見で、話しているというよりは、中年の方が青年に対して一方的に話しかけている様に見える。


「・・・! では、考えておいてくれたまえ・・・」


 神藤の視線に気付いたのか、中年といった雰囲気の男が若い警察官僚の肩をポンポンと叩きながらその場を立ち去る。中年男が発した自身を一瞥する視線を、神藤は見逃さなかった。

 声を掛けられていた若い警察官僚は、遅れて神藤の存在に気付き、先程の中年男から貰ったものと思しき名刺を急いで懐にしまい込み、神藤が来た方向、すなわち警察庁舎の中へ逃げる様に駆け込んで行った。


(ヘッドハンティングか・・・、人ん家の庭で堂々とやりやがって・・・)


 その様相を見て、神藤は顔を歪めた。その後、彼は懐から紙煙草と100円ライターを取り出す。


 近年の公安は、ある重大な課題を抱えていた。それは“予算の削減”と“他省庁との摩擦”、そして“人材の減少”である。

 元来、自衛隊・防衛省と公安の出向人事交流が一般的に行われている様に、国の行政機関の間における連携は重要である。しかし「異世界転移」という現象が発生し、友好国を全て失った上に、わずか6年の短期間で日本に2つの戦火が降りかかって来た。故に、国民を戦火から守る「防衛省」、外交使節の派遣・接受に勤しむ「外務省」、食糧自給率の向上・維持に努める「農林水産省」、海外・外地での資源開発を司る「経済産業省」、海外・外地でのインフラ整備に精を出す「国土交通省」に充てられる予算が跳ね上がり、そのしわ寄せは警察庁を含む他省庁に降りかかることとなった。この様に、転移による悪影響は国家を運営する行政機関に確実に及んでいるのだ。


 更には予算の変動により、職員の給与や福利厚生にも各省庁でばらつきが出る様になっている。

 予算削減の煽りを受けた「警察庁」では、職員たちは減給の憂き目に遭っており、特に“公安警察”は捜査範囲が「公安調査庁」や「情報本部」といった他の組織と重複している部分が多いこと、更には他国からの情報収集は主に防衛省が行う流れになりつつあること、東亜戦争と転移により米露中韓朝の脅威が消失したことから存在価値が下がってしまい、他部門と比較して予算削減のしわ寄せをもろに受けるという二重苦に遭っていたのだ。


 そんなご時世の中で、予算が減らされ給与が下がった警察庁から、若い警察官僚たちが出向・転籍したがるのは当然の帰結だろう。予算や給与が拡充された5つの省庁、さらには民間企業へ優秀な人材が引き抜かれ、加えて新規の人材が入って来なくなっていた為、警察庁、そして公安は予算不足だけでなく人的資源の減少にも悩む羽目になっていた。


(しっかし・・・面倒な事になって来やがったぜ)


 神藤と江崎局長が話していたのは、およそ半年前に失踪した5人の邦人に関する事であった。はじめはただの失踪事件だと思われていたが、その中の1人である桐岡竜司という男の家を調べたところ、国外の組織と通じていた可能性を示すメモが発見されたのだ。そして5人の失踪者は皆、同じ学生政治団体に属しているという共通点を持つ。即ちこの案件は、“謎の国外組織と左派系政治団体が絡んだ邦人の海外失踪”という煩わしさを有していたのだ。


〜〜〜〜〜


2031年4月 日本国 首都東京・新宿区


 春の到来を告げる桜が舞う。街中では新年度の訪れと共に新社会人となった者や進学した学生たちが、装いを新たにしている。


『あと4ヶ月半もすれば、この世界に転移して初めての衆参同時選挙の告示日となりますね、川波さん』

『そうですね〜、是非皆さんには投票に行って貰いたいものです。さて、次の話題です。半年前に発覚した男女5人の失踪事件について、外務省は依然として何の情報も・・・』


 街頭テレビから、そんな会話をするワイドショーキャスターの声が聞こえる。少し耳をすませば、単調な台詞を垂れ流す街宣車の音も聞こえて来る。

 このまま行けば同年8月に行われることになる「衆参同時総選挙」。戦後初の任期満了による(・・・・・・・)衆参同時選挙の告示日まであと4ヶ月半、国内最大規模の選挙を控えた日本国内では、「政治運動」という名目で実質的な選挙運動が早くも開始されていた。日本史上初の出来事ということもあり、マスコミもこの選挙について早々に取り上げるなど、いつもの選挙に比べて熱が入っている。


 そして誰よりもこの選挙の推移を注視しているのは、この世界の各国の首脳たちだろう。テラルスへの転移後、日本国内では2027年に衆議院選挙が、2028年には参議院選挙がそれぞれ1回ずつ行われたが、国政を司る立法府の議員が全国民の手によって選ばれたという事実に、各国は大いに驚くこととなった。

 この2つの国政選挙以降、各国の政府機関は日本の「立憲君主政議会制民主主義」という政治制度について改めて研究を開始した。その結果、ある国は“最も理想的な政治体系”であるとしてその先進性に大きく感動し、ある国は“国家を揺るがす革命的思想”として大きく警戒心を抱く様になった。


 更には、6ヶ月前に締結された「福岡講和条約」によって「総督府」による占領下から脱したアルティーア帝国から、この選挙を視察する視察団が派遣される予定になっている。同国でも、民意を問う国政選挙が行われることになったからだ。

 アルティーア帝国で行われる予定の「帝国元老院議員選挙」は、「総督府」と「新政府」による調整と協議の結果、制限選挙の形態で行われることになっている。今までは全議員が皇族貴族による世襲制だった“帝国元老院”を解散し、空いた椅子を選挙で獲り合う。アルティーア帝国にとっては史上初の試みであり、日本側にとってはこの世界の国々で議会制民主主義が機能するかどうかの実証実験となる。

 大まかな要項としては、特権階級の貴族及び皇族であれば無条件に選挙権が与えられ、平民については一定の納税額及び財産を持つ者、言わば成金や豪商、及びそれらを親に持つ子供に選挙権が与えられる。年齢については投票は16歳、立候補は18歳以上で男女の区別は無い。

 選挙を視察したいと申し出ている国は他にもあり、故に今年の8月は、2025年に行われた「宮中晩餐会」に続き、各友好国の使節団が再び東京に集う予定になっていた。


 人々が街を行き交う中で、新宿通りを皇居・半蔵門に向かって進む団体が居る。彼らはプラカードや幟を掲げ、声を大にして叫んでいた。


「戦争反対!」

「この世界に不要な戦争を生み出す泉川内閣は総辞職を!」

「自由国民党は異世界を解放しろ!」


 200〜300人くらいといったところだろうか。“No More War!”、“泉川ファシスト政権打倒!”、“Free TERRALUCE!”といった文言が書かれたプラカードや幟を掲げた団体が、通りを練り歩いている。


「お〜お〜、このご時世の中、反戦運動に勤しむ方々がいらっしゃるぜ」


「ただ暇なだけじゃ無ぇのか?」


 歩道橋の上からデモを行っている団体の様子を眺める2人の青年が、プラカードを持って街を練り歩く彼らを揶揄している。「東亜戦争」によって世論が大きく右傾化したこの日本は、彼らにとって活動し辛い国になっていた。人々から好奇の目を向けられているデモ隊の両脇には、監視を行う警備隊の姿がある。


「左派や市民団体によるデモは無くなったとは言えませんが、減りましたね」


「“スポンサー”が消えたからだろう」


 2人の警備隊員が、デモの様子を見ながらつぶやく。彼らの言う通り、瀋陽軍区の反乱に端を発した「中国内戦」、そして「東亜戦争」以降、日本国内における反戦平和デモや反原発デモ、反皇室デモ、反在日米軍デモといったデモ活動は、一斉に小規模化、または沈静化していた。

 勿論、世論が急激に右傾化した影響もあるだろうが、最大の要因は彼らの活動を支える“大元のスポンサー”、即ち日本政府の混乱と転覆を狙う国外の組織に、日本国内での反戦活動に構う余裕が無くなり、資金不足に陥ったからなのだろう。


 主催者発表1,500人、傍目に見たらどうしても500人以上居る様には見えないそのデモ隊は、半蔵門に面したT字交差点に差し掛かると、内堀通りに沿うように右に曲がってデモ行進を続ける。


「・・・」


 そんな彼らに鋭い眼光を向ける人影があった。一般の皇宮護衛官とは異なる出で立ちで半蔵門へ続く橋の正面に立つ彼らは、明らかに大日本帝国旧陸軍を意識していると思しき制服に身を包んでいる。


 彼らの正体は「天皇直属近衛府」と呼ばれる皇室直属の護衛機関である。東亜戦争の戦前、そして戦後に計2回発生した「皇族襲撃未遂事件」を機として設立された。近衛と名の付くだけあって装備品は陸上自衛隊と共通であり、現場での警備を行う構成員は、陸自の精鋭部隊である特殊作戦群や中央即応連隊などの中から、さらに生え抜きされた精鋭たちからなる。

 日本最強の護衛機関である彼らの人数はおよそ1,000人前後と言われ、普段は「皇宮警察」と共に皇居を警備しているが、いざとなれば皇居周辺で発生した暴動や反乱行為等を即座に鎮圧する役目を帯びている。近衛師団の後継組織という位置づけではあるが、規模はそれに遠く及ばす、あくまで皇族の護衛機関という存在である。

 デモを行っている団体は、近衛府の隊員たちが飛ばす視線から顔を反らしつつ、内堀通りを練り歩く。彼らは春の訪れを感じる余裕など無い様だった。


・・・


夜 千代田区 首相公邸


 この日、数名の閣僚が首相の居住地である首相公邸の一室に集まっていた。彼らが話しあっていたのは、選挙を見に来る各国の視察団と選挙の内容についてである。

 視察団の派遣を申し出ている国は11カ国あり、故に各国代表の宿泊施設の用意、会合を行う会場の確保、首脳級会談を行う為の根回し等々・・・選挙に並行して行わなければならない準備が山積みになっていた。とは言っても、実際の準備を行うのは官僚や公務員たちである訳だが。


「過去1回ずつの衆参の選挙によって、我が国の政治制度は東方世界、そして中央世界にまで周知されることになりました。次の同時選挙はアルティーア帝国だけでなく、ショーテーリア=サン帝国やクロスネルヤード帝国・皇帝領政府を含む11カ国から、視察の申し入れが届いています」


 そう述べるのは外務大臣の峰岸孝介だ。外務省には各国からの申し入れが通達されていた。


「次の選挙の争点は・・・恐らく“異世界政策”と“経済政策”の如何になるでしょう。現状、勝利は固いでしょうが・・・未だに経済の完全なる復興はほど遠い。議席を減らさない為には、転移前後における3つの戦果を功績として、さり気なくアピールする必要がありそうですね」


 特務大臣の1人である笹場茂が口を開いた。彼は自分たち与党の選挙戦における勝利を疑っていない様である。

 2031年現在の国会における与党勢力は、衆参両議院で最多議席を有する“自由国民党”と、確実な支持層を持つ“正善党”の2党から成る連立政権だ。これら2党が有する議席に続くのが、最大野党“変革の会”である。その後に2大政党から凋落してしまった“民生党”、そして極右政党の“皇民党”、左派の“労働党”や“革新党”その他と続く。

 2019年に中国、すなわち共産主義国と交戦状態に陥った過去から、社会主義や共産主義という言葉に世論がアレルギーを感じる様になってしまった為、“労働党”と“革新党”は2020年頃に元々の党名を改称して現在の名前になったという経緯を持つ。


「し・・・“労働党”や、き・・・“革新党”は相変わらず“異世界の解放”を掲げ、今まで獲得して来た利権を全て放棄するという綱領を変えることはありません。そんなことをすれば日本が滅ぶことは確実だというのに・・・」


 経済産業大臣の宮島龍雄が口を開いた。彼が述べたのは、左派・極左の有力政党である2つの党が掲げている政策要綱についてだ。転移後に降りかかってきた2つの戦争、その結果として得た利権や新領土は今の日本を支える為の資源や食糧を供給している。それらを手放すことは即ち日本の滅亡を意味していた。


「極右政党の“皇民党”は“華族制度の復活”を綱領に加えることで、それを目指す勢力のシンパを得、確実に財力と勢力を強めている。さっきの2つに比べりゃそりゃマシですけど・・・」


 次に口を開いたのは厚生労働大臣の馳川俊光だ。彼が述べた皇民党とは、“尖閣諸島沖日中軍事衝突”が起きた2019年頃に誕生した極右政党である。初めは弱小政党でしかなかったが、中国との対立から急速に支持を集め、今や衆議院で5番目の勢力となっていた。


「軍事を強化し、この世界のアメリカになるって言うのはちょっとねぇ・・・。先のクロスネルヤード戦役は、皇太子が生き延びていたという一世一代のラッキーで勝った様なものだし、自衛隊の力なんざ、たかが知れているものだし、軍事費だってこれ以上は上げられない。彼らと彼らの支持層はそこが分かっていないな・・・」


 官房長官の春日善雄がため息をつく。約1年前に行われたクロスネルヤード帝国との戦いは、真に実力で勝ったと言えるものではない。2019年の日中衝突以降、軍備が強化されていたと言っても、元来、外征を行わない筈の自衛隊では、海外での補給能力や長期の占領能力が不完全である為、“軍備強化によってテラルス世界の警察を目指す”という皇民党の主張は的外れも良いところだった。


「野党で唯一中道右派に属する“変革の会”は、相変わらず連立政権に加わる意志は示しているものの、その条件として“正善党”との連立政権解消を求めてきている・・・」


 財務大臣の浅野太吉は苦い表情を浮かべていた。彼ら自国党にとって最も連立を組みたい相手である“変革の会”は、自国党に対して、それまで連立政権を組んでいた“正善党”と手を切ることを要求しているのである。しかしそれは到底容認出来るものではなかった。その後、沈黙を保っていた首相の泉川が立ち上がり、部屋に集まる閣僚たちに向けて口を開く。


「次の選挙は、各国の視察団に向けた“ショー”としての一面も帯びることとなる。ショーにはシナリオが有り、主人公に巻き起こる少しの波乱、そして大団円が付きものです。早期から国民に選挙の存在を意識させることで、投票率を多少なりとも上げさせる為の布石も打っている。後はこの先の頑張り次第、決して不祥事など露呈させない様にお願いしますよ・・・」


「まるで我々が、何か良くない事を常々やっているみたいな言い方ですね」


 若き首相の言葉を聞いた防衛大臣の安中洋介は、歪な笑みを浮かべて答える。


「そうは言っていませんよ。まあ・・・気を引き締めていきましょう」


 泉川は無表情のままで答えた。首相のこの言葉で今回の会合はお開きとなり、既にこの日の業務を終えていた閣僚たちは、私邸へと帰って行く。


 戦後初となる任期満了に伴う「衆参同時選挙」・・・日本の国政の行く先を決めるそれに向けて、日本国内の組織だけでなく、この世界の国々までもが動き始めている。今やウィレニア大陸に多大な影響を及ぼし、更にはジュペリア大陸にまで活動拠点を拡げている“新興の列強”日本(ニホン)国、その政策方針に多大なる影響を及ぼすかも知れない一大イベントは、世界各国から注視の的になっていたのだった。

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