神話の真実を明かせ
6月17日 日本国 東京・千代田区 警察庁
日本全国の警察を統括する「警察庁」、その一室に幹部級の面々が集まっていた。その内容は、警備局長の江崎祐恒を筆頭として、警視庁公安部長の西原次郎、また防衛省情報本部から来た近藤正嘉が顔を揃えている。
彼らが集まったのは他でもない、神藤たちが行っている国外捜査について情報の確認と話し合いを行う為だ。部下に資料を配らせた江崎は、他の2人に対して、現在の状況について伝える。
「今回の一件について、日本国内で得た捜査結果と、神藤たちからの報告を合わせて分かった事は以下の通りです」
西原と近藤は、配布された資料に目を通す。そこには以下の事が書かれていた。
2030年の8月頃、ハッサムド=アハリと名乗る自称アラバンヌ人が日本国内へ密入国、街宣活動中の“テラルスに平和を求める学生連合(テ平連)”に接触を果たした。テ平連のリーダーである桐岡竜司は、ハッサムドから“ティルフィングの剣”の伝説とその実在性について聞かされ、仲間には「革命に勝利をもたらす切り札が西の果てにある」とだけ伝えて2030年の9月に内地から出発した。
その後、失踪者として届け出られていた桐岡の自宅から、ハッサムドが残した書き置きが発見され、海外の組織が国内の政治団体に接触した可能性を知った警察庁は、彼らが海外で不祥事を引き起こす事、また左派系団体にバックアップが付いてしまう事を恐れ、公安警察官3名から成る“神藤班”を2031年4月に国外へ派遣した。
彼らは半年も早くに不法出国を遂げていたテ平連5名の内、3名をヨハン共和国の首都セーベ市で確保、加えて残り2人とクロスネルヤード帝国南部のベギンテリア市で接触し、その内の1人を確保した。また同市にて前述した彼らの目的の全容が発覚することとなった。
残りの1人である桐岡竜司は、ハッサムド=アハリと見られる魔術師と共に更に西へと逃亡、彼らの目的地は恐らくアラバンヌ帝国、そしてティルフィングの剣が封印されていると伝えられる古代遺跡である。一般的に剣の実在は信じられていないが、この古代遺跡は同帝国の内陸部に実在している。
「・・・うーん、もう彼らを帰国させても良いのではないですかなあ。わざわざ部下を危険に晒してまで、活動家1人を保護するのはいささか不釣り合いな気がします」
資料を読み終えた公安部長の西原は、神藤たちを帰還させる様に進言する。不法出国者は確かに問題であり、本来ならば逮捕すべき案件だが、その目的が非現実的なものである事が分かった為、彼は桐岡を放置しても問題無いと感じていた。何より、部下をこれ以上危険な旅路に置いておきたくないというのが本音だった。
「・・・ですが、国外の得体の知れない組織に日本人が接触しているというのも事実です。この一件に関しては、徹底的に真実を明らかにすべきだと思いますが」
情報本部から来た近藤は、西原の意見に異を唱える。彼は早急にこの一件を収めるべきだと考えていた。
「しかし・・・3人で出来る事にも限界が有る。一度彼らを帰還させて、もう少しちゃんとした捜査班を編制しなおすべきでしょう」
「・・・しかし、それにも数ヶ月かかる。ベギンテリア租界に駐在している部隊にも協力や、いざとなった場合の救助を惜しむなと伝えてあります」
「しかし・・・自衛隊の駐屯地から彼らが今居る場所まで3,500kmは離れているんですよ。それでは本当にいざとなった時に対処は出来ないでしょう。そもそも、大真面目にエクスカリバーを探している様な連中の為に、対処を急ぐ必要など無いのでは?」
「此処は地球では無い、龍も魔法も有る世界です。例の伝説が全て虚構だと断ずるには尚早ではないでしょうか。“精神干渉魔法”と呼ばれる魔法の存在も確認されていますし、万が一“ティルフィングの剣”が実在していて、それが神話の様な広範囲の人間の精神に支障を来す代物だったら、それを手にした桐岡に我々は辛酸を舐めさせられることになる・・・」
お互いが譲らない議論が続く。公安部長の西原がティルフィングの剣の実在性を全く信じていない一方で、情報本部の近藤はそれが実在する可能性を考えていた。
「・・・貴方はどうお考えですか、江崎警視監」
西原は、自身から見て立場的に上に当たる警備局長の江崎に意見を求めた。
「・・・この世界に来て日が浅い我々日本人では、ティルフィングの剣の実在性を正確に判断する事は出来ない。ただ確かな事は、テ平連のリーダーである桐岡竜司と、彼を先導している海外の組織は、それが実在するものとして動いているという事だ。
何故、彼らが“テ平連”・・・すなわち日本人を焚きつけたのか、日本人を誘い出した目的が何なのか、分からない事は多い。でも、日本国民が何か良くない事に巻き込まれているのは確かですよね・・・」
「・・・」
ここまで述べたところで、江崎は小さなため息をついた。その後、彼は続ける。
「・・・どんなやり取りがあったのかは知らないが、結果として、良く分からない外国人の言葉を真に受け、法を破って国外へ出たのは、確かに愚かとしか言いようが無い。
でも、それでも日本国民です。我々には守る義務が有る。しかし、西原さんの言う通り、部下を失う可能性が有るのもまた事実・・・。故に・・・任務の内容を“不法出国者の確保、及び海外組織の正体と目的の調査”から“不法出国者の確保のみ”に縮小し、彼らが帰還した後に然るべき捜査班を組織しましょうか」
江崎は任務の内容を消極的に縮小する事を決める。それは彼が前々から考えていた事だった。
理由としては、神藤班の国外滞在が想像以上に長期化してしまった事、また海外組織の本拠と思われる場所が、未だ日本の影響が及ばない“西方世界”のアラバンヌ帝国だった事など、警察庁の予想に反する事態が重なった為である。
「彼らには衛星電話でそう伝えておきます。それと近藤さん・・・自衛隊にもう少しばかり御協力頂く事になりますが、宜しいですね?」
「ええ・・・勿論」
江崎の問いかけに、近藤は不敵な笑みを浮かべながら答えた。
「例の・・・“諜報員候補”については、どうなったんですか?」
西原が1つの質問を投げかける。彼が議題に出したのは勿論、エルムスタシア帝国出身のエルフ族であるリリアーヌの事だ。
「・・・カメラすら欺く“完全な光学迷彩”の持ち主、確かに公安にとってこれ程魅力的な能力は有りません。神藤の報告に依れば、サーモグラフィーすらも欺けると。
ですが“情報提供者”としてならともかく、現代において異国人を事実上の“諜報員”として“スカウト”するのは裏切りのリスクを伴う。故に、“ゼロ”でもメリットとデメリットの狭間で悩んでいる様です。一応・・・神藤には、まだ手放さないように伝えてありますが・・・」
江崎が答える。
その後、3人は幾つかの問答を繰り返した後に部屋を退出し、それぞれの持ち場へと戻って行った。
神藤たちが日本を発ってから、すでに2ヶ月が経過している。季節が春から夏に差し掛かる中、多くの者たちが神藤たちの行く末に思いを馳せていた。
〜〜〜〜〜
6月17日・日の出前 辺境伯位トモフミ家の屋敷 地下
東京にて、警察庁と情報本部の幹部たちが談合を行っていた頃、此処クロスネルヤード帝国の西端に位置するクスデート辺境伯領にて、神藤は現地政府が隠匿する暗殺集団「裏番」によって拉致され、この地方を治める辺境伯位トモフミ家の屋敷の地下に捕らわれていた。
そしてトモフミ家の第一息女であるベティーナが、椅子に括り付けられている彼に差し出したのは、遙か500年前に生きたトモフミ家の開祖が記したと伝えられる「日記帳」だった。
「友史・・・洋二郎」
神藤は日記帳の表紙を見て驚愕する。著者の名前が漢字で書かれているだけでは無く、表題にアルファベットで“DIARY”と記されていたからだ。即ち、ベティーナが持ち出したそれは、間違い無く地球のものであるという事になる。
「ヨウジロウ=トモフミ、それは我々の開祖の名です。それがこの表紙に記されているのですね。やっぱり・・・これはニホン語なのですね!」
神藤が表紙に書いてあった文字を読んだことで、ベティーナは喜々とした声を上げる。
「これは開祖が遺したとされる日記帳です。にも関わらず、これに記された文字はこの世界のいずれの民族とも違う。これまで、トモフミ家の人々が幾度となく解読に挑戦しましたが、ついには誰も成功せず、長らく謎の書物として扱われてきました」
呆然とする神藤に対して、彼女は“日記帳”についての説明を始めた。
「そんな時・・・ニホン国と名乗る謎の国が東の果てに出現しました。異世界から国ごと来た・・・なんて馬鹿な事を言っている連中だと思ったけれど、彼の国の書物を偶然手にしたことで、それが事実だと悟ったのです」
本来、世界の西側に暮らす彼女たちにとって、世界の東端に現れた日本国は、多少の興味は有れど気に掛ける程の存在では無かった。だが、クロスネルヤード戦役の終結後、ベギンテリア市に日本租界が建設されて以降、日本の製品がこの地にもちらほらと流れてくる様になっていた。
そんな中で、偶然日本の書物を入手する機会があったベティーナは、それに書かれていた文字を見て愕然とした。開祖が日記に書き記した文字と同一だったからだ。
「貴方なら・・・この日誌に書いてある文字が読めるでしょう?」
ベティーナはそう言うと、椅子に縛り付けられている神藤にその日誌の中身をパラパラとめくって見せた。彼を此処へ拉致した理由、それは日記を解読させる為だったのだ。
「あんた方は・・・この日誌を読んでどうするつもりだ?」
「・・・当然の疑問ですね。この本には開祖が遺した“強大な力”の在処が示されているかも知れないのです」
「強大な・・・力?」
神藤は頭上に疑問符を浮かべる。怪訝な表情をする彼に、ベティーナはクロスネルヤード帝国誕生に纏わる歴史の真実を語り始めた。
「当時はまだ、東の蛮族という扱いから抜け切れていなかった『クロスネル王国』と、未開地域から北上した『アラバンヌ帝国』の戦いが起こった約500年前、この大陸の覇権を巡ってしのぎを削った両国の争いは、紆余曲折を経た後にクロスネル王国が圧倒的に追い込まれてしまい、この国の命運は・・・最後の戦いである『ギフトの戦い』に委ねられました。
歴史書では、『ティルフィングの剣』の力で手も足も出ないクロスネル王国軍を目にして、敗北を悟った初代皇帝オルトー1世の自己犠牲と祈りが、アラバンヌ帝国軍を壊滅させた“光の雨”、すなわち“神の奇跡”をもたらしたと書かれています」
彼女が語るのは、桐岡が所持していた歴史書にも書かれていた物語であり、神藤たちが国外へ派遣される遠因となったものだった。
「でもそれは・・・皇家とイルラ教の権威に箔を付ける為、歪曲された歴史に過ぎない。あれは我がトモフミ家の開祖・・・ヨウジロウ=トモフミが“異世界”からやってきた際に共に持って来た、“強大な力”がもたらした“人為的な攻撃”なのです。
“光の雨”によってアラバンヌ軍を瞬く間に蹴散らした我が開祖に、初代皇帝は感謝し、彼に辺境伯の位を与えましたが、同時にその力を大いに恐れ、我が一族を帝都から遠く離れたこの『クスデート』に追い遣りました。そして、当時の帝都リチアンドブルクを救った我が開祖の偉勲は、歴史の闇に葬り去られたのです」
歴史の影に隠されてしまった開祖の偉勲を語るベティーナは、物憂げな表情を浮かべていた。
初代皇帝から疎まれ、そのルーツさえも歴史書から消されてしまったトモフミ家は、その後、他の地方から得体の知れない一族と不気味がられ、決して安寧とは言えない歴史を歩んで行く事となったのである。
「あの“光の雨”があんたのご先祖様の仕業だったと言うのか? あれが史実だったと言うのなら、ティルフィングの剣は? その・・・“強大な力”ってのは一体何なんだ?」
沸き上がる疑問を抑えきれず、神藤は次々と質問を投げかける。
「強大な力が何なのかは伝えられていません。恐らくは意図的に隠匿されています。ティルフィングの剣も、私たちが知るものでは無い。ですがそれは、この日誌の内容を見れば分かること。さあ・・・早速読んで頂きましょうか・・・」
ベティーナはそう言うと、神藤に日記の1頁目を開いて見せる。そこには日本語で短い一文が記されていた。
その内容は以下の通りである。
『日本皇国航空宇宙軍大佐、友史洋二郎。元豊15年4月1日より、この日記を記す』
(聞いた事の無い元号だ・・・それに日本皇国って。・・・宇宙軍!?)
その一文が示すとんでも無い情報の数々に、神藤は目が飛び出そうになる感覚を覚えた。この日記を記した人物が住んでいた世界は、彼らが知っている日本とはまた別の日本である事は確かな様だ。
俗に言うパラレルワールドなのか、それとも・・・。
『この日、新年度を迎えた。我が国には桜の風が舞い降りている。そして私にも驚くべき新たな風が舞い込んで来た。先月3日に横須賀で竣工したばかりの新型艦の艦長に命じられたのだ。
本来なら艤装員長であった尾本成彦大佐が就くべきところだが、先日、氏が病床に伏してしまったため、初代艦長として私に白羽の矢が立ったのだ。思わぬ形で回ってきた大役に身震いをしている。だが、そうも言って居られない。記念すべき艦の初代艦長として、恥じる事のない働きをしていかなければならないのだ』
最初の日記には、テラルス世界の事など書かれておらず、友史洋二郎という人物が住んでいた世界での出来事が綴られていた。神藤は要求されるがまま、日記の内容を読み上げ続ける。
『4月2日。先日の一件で護衛飛行艦隊司令部より呼び出しを受けた。私の艦長就任式は翌日の午後1時より行われるらしい。そこで私は・・・』
その後も、ベティーナたちが求めている様な記述は無いまま、日記は12月30日まで続き、神藤の声だけが延々と部屋の中に響く。
だが翌日の12月31日の日記で、急に内容が動き出す。その時、神藤が此処に監禁されてから実に7時間が経過しており、椅子に縛られたまま、飲まず食わずの不眠不休で日記の朗読を続けさせた彼の体力と声帯は限界に達していた。
『元豊15年12月・・・31日・・・』
神藤の声はまるで別人の様に掠れていた。強烈な疲労と眠気で意識が朦朧として目の焦点が震える状況で、彼は気力のみで日記の朗読を続ける。
『この日、我々は大気圏内での戦闘訓練の為、御前崎港沖の海上より発進した。小笠原諸島の上空にて待機中の友軍と合流する為、南南東に向けて舵を切る。
だがこの時、我々は信じられない現象に出会った。つい先程まで快晴だった筈の空に、突然天一面を覆う雷雲が現れたのである。安全確保の為、我々は艦の高度を落として着水を試みた。しかし、海上を飛行していた筈の艦体は固い大地の上に激突したのだ・・・ゲホッ! ゲホッ!』
乾ききった喉に痰が絡み、掠れる咳には血の味が滲む。眠気の余り項垂れる彼の髪を、裏番の男たちは容赦無く掴み上げる。
「・・・おやめなさい」
その様子を椅子に座って見ていたベティーナは、眉間にしわを寄せて部下をたしなめた。一息休憩を入れた神藤は、再び口を開く。
ベティーナと彼女の部下たちは神妙な表情で、知られざる先祖の歴史を語る彼の言葉に耳を傾けていた。
『元豊16年1月1日・・・訳も分からず不時着した我々は、一先ず周辺の捜索を行う事にした。我々が居たのは、地平線の彼方まで広がる荒涼とした大地だった。外部への通信も全く繋がらなかった為、艦載無人偵察艇を飛ばし、周辺の映像捜索を行った。その結果、1つの小さな村落を発見した。
しかし、どうも様子がおかしい。その村落はまるで、中世の様な暮らしを受け継いでいる様な姿をしていた。此処は本当に我々の知る世界なのだろうか。取り敢えず明日の朝、艦載輸送艇にて村落と接触を計ろうと思う・・・』
日本語で書かれた記録は、過去に異世界からの転移者が存在していた事実を明らかにする。衝撃の内容は更に続く。
『1月2日。何という事だ。此処は地球では無いと言うのか。
我々は昨日発見した村落へ、艦載輸送艇に乗って出発した。しかし、村の様子は昨日とは大きく違った。剣と弓で武装した集団に襲撃されていたのだ。我々は自己判断に基づき、輸送艇に装備されていたレーザー機関砲で武装集団を撃退した。
村に降り立った我々を、村民たちは明らかな畏怖の目で見ていた。怪我人の治療を申し出たところ、村長と名乗る老人が我々の前に現れ、感謝を伝えてきた。彼らの顔立ちは明らかにアジア人では無かった。村長と名乗る老人に、此処が何処で先程の武装集団が何者だったのかを尋ねたところ、此処は“大陸”の“クロスネル王国”の西にある“ジル村”で、先程の集団は戦争中の敵国“アラバンヌ帝国”の将兵たちだと伝えて来た。聞いた事の無い国名の羅列に、意識が遠のきそうになった。念の為、“ユーラシア大陸”や“日本”という国名を知っているかと尋ねたが、案の定知らないと断言された。我々は一体何処に居るのだろうか』
異世界からやってきた、後にトモフミ家の開祖となる友史洋二郎大佐は、乗っていた艦ごと此処テラルスに迷い込んだ後、当時のクロスネル人と接触したらしい。
その後、艦内装備を駆使した救護活動や食糧支援、文化交流などを経て、友史を初めとする乗組員1009名は、村民たちと友好を深めていった。そしてある日、彼らの噂を聞きつけた初代皇帝(その時は第13代国王)の使者が、ジル村に現れたのだ。
『5月・・・17日・・・。この日、このクロスネル王国の王の使者と名乗る者たちが、この村に現れた。彼らの要件を簡潔に言うと、自軍に協力しろということだった。今、彼らは紛争中のアラバンヌ帝国に対して、大きく劣勢となっているらしい。
私はきっぱりと断った。彼らの傲慢な態度が癇に障った部分もあったが、以前、村を訪れた吟遊詩人から“ティルフィングの剣”と呼ばれる剣のことを聞かされていたからだ。戦場に広がる兵士たちの意識を狂わす剣を、敵の皇帝は持っているという。ただでさえ先行きが見えない中で、部下を危険にさらす真似は出来なかったのだ。
その事を丁寧に伝えたつもりだったが、使者たちは憤慨して村から去ってしまった。このまま何も無いと良いが・・・』
国王からの申し出を断った友史と彼の部下たちは、その後もジル村を拠点とし続けることになる。時折艦で空を飛んでは、元の世界に帰る手掛かりを探していた様だが、結局は見つからなかった。
帰るべき場所を無くしたまま、無為に時は流れ、ついには艦の乗組員同士、または現地民と乗組員との間で子供が出来るまでになった。
『12月3日・・・。艦の機関は変わらず稼働している。
今日は祝福の日だ。電測員長の池内仁之介兵曹長と、ウェゲナー=チャーゲストラウス司祭の娘であるウィノ=チャーゲストラウスの結婚式が、この小さな村で厳か且つ盛大に執り行われた。我々も当然参列し、2人の門出に花を添えた。ウィノ氏は既に池内兵曹長との間に子供を宿している。軍医の柴田友典少佐に依れば、妊娠8週目だそうだ。
この世界に迷い込んでから1年近くが経過した。元の世界に帰る事は未だ叶わず、乗組員の中には池内兵曹長の様に、既にこの世界に骨を埋める覚悟を決めている者も居る。だが、元の世界に家族が居ない私の様な者はともかく、愛すべき者を残して来てしまった者たちの望郷の思いは計り知れない。
だが、今はただ彼らの幸せを祝おう。我々に出来ることはそれしか無いのだから・・・』
日誌の内容から、彼らが既に元の世界へ帰る事に諦め気味になっている事が読み取れる。1000人ちょっとの人数で全く知らない世界に放り込まれた彼らの心境は如何なものだったのだろうか。
『12月7日・・・。この日、遂にこの辺鄙な村に徴兵令が発布された。敵国のアラバンヌ帝国軍の本隊が・・・、此処から5km程離れたギフトと呼ばれる地に到達したと・・・言う。その総数は、度々現れる夜盗紛いの小隊と・・・は比べも・・・にならない。村の男・・・たちは家族を守る為、次々と・・・名乗りを・・・』
「おい・・・何寝てやがる」
絶え間なく続いていた朗読が突如止まる。同時に、1人の男がある異変に気付いた。神藤は意識を失っていたのだ。喉を削る様ないびきが、地下室の中に響き渡る。
監禁されてから既に18時間近くが経過しており、不眠不休で1000頁近い日記帳を朗読させられてから、14時間が経過していた。時折、食事や休憩の為に外へ出るベティーナや彼女の部下たちはともかく、殆ど水も食糧も与えられず、緊張状態に晒され続けた彼の体力は、既に限界を突破していたのだ。
「もう夜更けね・・・しょうがない、しばらく寝かせてあげましょう」
1人椅子に座り、彼の朗読を聞いていたベティーナはそう言うと、立ち上がって部屋の扉へ向かう。
「・・・セフィル、そのニホン人が逃げない様に、しっかりと見張っているのよ」
彼女は去り際、「裏番」の女頭目を神藤の見張り番に指名した。セフィルと呼ばれたその女性は、ベティーナとほぼ同年代に見える。
「・・・はい、承知しております」
セフィルは主であるベティーナに深々と頭を下げた。その後、部下の男たちと共に部屋を出て行く彼女を見送ったセフィルは、椅子に縛られたまま深い眠りに就いている神藤に視線を向ける。
「・・・不運な男」
安らかな顔で眠る神藤を、彼女は哀れみの目で見つめていたのだった。
・・・
6月17日・午後11時頃 クスデート市
その頃、神藤と分かれてしまった開井手と崔川は、深夜の街中を駆け回っていた。住民に神藤を攫って行った馬車の事を聞いて回り、何とか手掛かりを得ようとしているのだが、有力な証言は得られないまま1日が経過しようとしていたのである。
「・・・なぁ、崔川って珍しい苗字だなァ」
通りを歩きながら星空を見上げる開井手は、気の抜けた声で隣を歩く崔川に話しかける。
「祖父が香港からの帰化人なんですよ、その名残で・・・って、そんな事はどうでも良いですよ! 気を確かに持ってください!」
まるで関係の無いことを尋ねてくる開井手の様子を目の当たりにして、崔川はこの上無い不安に駆られた。
「ルーグは結局、あのまま部屋に籠もりっきりか・・・」
「ええ、あのリリーさんの身体に付いていた魔法道具が役に立つかも知れないとかで・・・利能さんが付いてますから大丈夫でしょうけど」
残りのメンバーであるエスルーグとリリー、そして利能の3人は、宿泊中の宿で待機している。
その中で、魔法研究家を自称するエスルーグは、リリーの身体に付けられ、発信機の様な働きをしていたと見られる魔法道具について、神藤の居場所を割り出す手掛かりになるかも知れないと訴えると、それを持ってかれこれ十数時間もの間、自室に籠もっていたのだ。
「まあ・・・希望的観測が本当に何も無ければ、ルーグもあんな事は言わねェだろう。だが、魔法については俺たちには何も分からん。だから、俺たちは俺たちのやり方で神藤の居場所を探すしか無ェ」
「・・・そうですね」
宵闇の街中を行く2人の男は、互いに小さなため息をつく。彼らは攫われたリーダーの無事を唯々祈るのだった。
練っていた設定を後出しする時はかなりわくわくします。




