太古の地へ!
6月6日 ベギンテリア市街 日本国公使館
日本から1.5万kmほど離れた異国の地、そこでようやく、不法出国者たちの目的と思しき存在が明らかになる。それは500年も前の時代、当時のアラバンヌ皇帝に力を与え、クロスネル王国を滅亡寸前まで追い込んだという“伝説の剣”だったのだ。
「“ティルフィングの剣”とは・・・具体的にどの様なものなんですか?」
利能はその伝説の剣についてアーデルストに尋ねる。
「過去の歴史に登場する伝説の一品・・・としか言えませんね。と言うより、この部分は歴史学者たちの中でも、特に謎とされている部分なのですよ」
アーデルストは書物に記されたジュペリア大陸の歴史について、その概要を語り始める。
「基本的にこの本に出てくる人物は実在した人々ばかりなのに、この部分だけやたら御伽話ですからね。私たちクロスネル人にとっては、祖国が覇を掴むまでの歴史を描いた書物ですから、貴族や魔術師が通う様な教育機関では全て事実として教えられます。でも、実際にこの剣の実在性を信じている者はほとんど居ません」
元々、貿易帆船の「風使い」として、ベギンテリア政府の機関である「貿易管理局」に属していたアーデルストは、現地政府が建立した教育機関で一時だけ学んだ事があった。
その場で学んだのは主に航海術についてだったが、その機関が掲げる教育カリキュラムの中に“自国史”が含まれていた為、彼女も触り程度に母国であるクロスネルヤード帝国の歴史について学んでいたのである。
「剣の加護を失って神罰を下され、“ギフトの戦い”で大敗したラキシード帝は、ティルフィングの剣が再び人の手に触れる事を恐れ、アラバンヌ帝国の内陸にある遺跡に封印したとされています。確か・・・その遺跡は実在するそうですよ」
「ヘェ・・・」
神藤は顎を触りながら、アーデルストの話を聞いていた。中々に浪漫を感じさせる伝説である。その一方で、彼は剣が実在していた場合の脅威性を感じていた。
「・・・物語の中には、剣によって精神に異常を来したクロスネル兵の姿が描かれている。桐岡が正しき志を持つ者かどうかは分からんが、そんなものが実在していて、日本国内に持ち込まれたとしたら、それは脅威だな」
歴史の中で、ティルフィングの剣は広範囲の敵兵に対してその力を発揮する描写がされている。伝承が真実を語っているとは限らないが、もしそれが実在し、伝承通りの力を持っていると仮定した場合、誰かがそれを手に入れたとしたら・・・。
「でも・・・それを日本人に探させているあの魔術師の目的は? 彼がハッサムド=アハリである事は間違い無いでしょうが・・・」
利能の脳裏には、桐岡と共に絨毯で逃げたあの魔術師の姿が浮かんでいた。セーベで確保した3人の証言から浮かび上がった、“アラバンヌ人のハッサムド=アハリ”を名乗っているという人物の事である。
「それは全く分からん。取り敢えず、奴らを捕らえれば全て分かる事さ」
「・・・」
神藤は両の掌を天に向けて、首を左右に振る。苦笑いを浮かべ、“分からない”という意味を含むジェスチャーを行う上司の姿を見て、利能は大きくため息をついた。
その後、神藤と利能は書籍の翻訳に2つ返事で協力してくれた青松とアーデルストに礼を述べ、日本国公使館を後にするのだった。
・・・
同日夕方 日本租界 宿泊所
既に日は殆ど落ちており、街には灯りがちらほらと点き始めている。日本租界の邦人向け宿泊施設に戻った神藤と利能は、留守番をしていたリリーと共に、一階のロビースペースに集まっていた。
「この後、俺たちは桐岡の後を追って、『アラバンヌ帝国』の首都『アドラスジペ』へ向かう。その道中は局長の計らいのお陰で、自衛隊の助力を得られる事になった。
だから俺たちは明日、この租界内にある自衛隊の駐屯地に行く。そして先輩が退院した後、奴らを追って『アドラスジペ』へ出発する・・・以上だ」
警察庁の警備局長である江崎警視監に、衛星電話を介して連絡を取っていた神藤は、東京から伝えられた内容をそのまま利能とリリーに伝える。
「それと・・・リリー、この先は長い旅路になると思う。だが、ヨハンの時の様に君の力が必要になる時がまた来る。付いて来てくれるかい?」
神藤は神妙な顔をしながら、同行者であるリリーに問いかけた。
「・・・勿論です!」
彼女は快活な声で答える。その心に迷いは無かった。
「・・・エルムスタシアには帰れなくなるかも知れないぞ」
付いて来てくれるかという問いかけをしておきながら、神藤は脅す様な台詞を口にする。
この言葉には、アドラスジペへ向かう道中でアクシデントに見舞われるかも知れない危険への覚悟と、故郷を捨てて“公安の協力者”になるという選択肢を彼女が選び得る可能性の2つを問う意味が有った。
だが、後者の方の意図をリリーが悟れる筈も無く、彼女は再び迷いのない表情で答える。
「はい・・・どんな危険な旅でも、ジャクユーさんたちと一緒なら大丈夫です! 自分の身は自分で守りますから・・・連れて行ってください!」
「・・・そうか、なら良い」
伝えるべきことを全て伝えた神藤は、微笑みを浮かべながら、リリーの頭を優しく撫でた。彼女の両頬がほんのり紅く色づく。
直後、彼は身体を反転させ、自分の部屋へと戻って行った。他の2人も各々の部屋へと戻り、様々な事が一度に起こった今日という日の疲れを癒す。
〜〜〜〜〜
6月7日 ベギンテリア日本租界 自衛隊駐屯地
翌朝、神藤と利能の2人はリリーを留守番させて、租界の外れにある「自衛隊駐屯地」に脚を運んでいた。
この駐屯地に駐留している「ベギンテリア租界派遣部隊」は、陸海両方の自衛隊から編制されており、横須賀より移動になった海上自衛隊の第11護衛隊に属する護衛艦3隻を始めとして、合計600人近い人員がこの地に派遣されている。
主な業務は周辺海域の治安維持であり、彼らは度々ベギンテリア近海に現れる海賊船への対処を行っている。また、有事の際にはこの街にある公使館を守護するという任務も帯びていた。
神藤と利能の2人はその駐屯地の指揮官に会う為に、此処を訪れていたのである。しかし、駐屯地の入口へ向かう彼らの前に予想外の人物が現れた。
「・・・先輩?」
その姿を見た神藤は、頓狂な声を上げる。小銃を片手に入口を警備している陸上自衛隊員の隣に、入院している筈の開井手が立っていたのだ。
彼は神藤と利能に向かって手を振りながら、彼らの下に近づき、事の顛末を説明する。
「ああ・・・すまない、しばらく負担を掛けてしまった。だが、もう熱も下がったし大丈夫だ。先生からも退院して内服薬での治療に切り替えて良いと言われたんだ」
「・・・」
開井手は笑いながら、退院に至るまでの経緯を述べた。しかし、神藤は怪訝な表情を浮かべている。
「・・・分かった、嘘だよ。説得した。本当ならあと2日は様子見と言われたんだ」
ごまかしきれない事を悟った開井手は、両手を上げて“降参”を現すジェスチャーをしながら、本当の事を告げる。
熱が下がって症状が消失したのは事実だが、リケッチア症の再燃を警戒した柴田は、彼にあと2日の入院を勧めていた。しかし、これ以上遅れを取ることを懸念した開井手は柴田を説得して、何とか退院させて貰ったのだ。
「・・・本当に大丈夫なのかい?」
「大丈夫、大丈夫! ちゃんと薬は貰ったし、死ぬ気はしないから!」
不安を隠し切れない神藤に対して、開井手はあっけらかんと答える。
その後、病から復帰したばかりの彼を交えた神藤一行は、駐屯地の中にある司令部へと向かった。
司令部
司令部を訪れた彼らが案内されたのは、来客に応対する為の部屋である応接間だった。ノックをして部屋の扉を開ける彼らを、先に部屋に入っていた駐屯地の指揮官が迎え入れる。
「ようこそ、ベギンテリア日本租界駐屯地へ! 私は派遣部隊指揮官の伊集院理人と申します」
神藤たちの前に現れたのは、駐屯地のトップを勤めている男だった。彼、伊集院理人は海上自衛隊の“海将補”である。
「警察庁警備局より来ました、神藤惹優です。こちらは部下の開井手道就と利能咲良です」
伊集院の自己紹介に続いて、訪問者である神藤も自らの素性を述べる。彼の紹介に与った利能と開井手は、上司の言葉に続いて頭を下げた。
その後、両者は向かい合う様にして椅子に座る。そして次に口を開いたのは伊集院だった。
「防衛省よりお話は伺っております。失踪邦人の捜索とか・・・公安と情報本部が絡んでいるとは、只事ではなさそうですね」
事態と状況については既に、公安からの支援要請を受けた防衛省の情報本部から、彼らの下へ話が伝えられていた。海外の組織が絡んでいる一件という事もあり、日本国内の関係各所でもそれなりに関心が高まっている様だ。
「ここから、貴方方の目的地であるアドラスジペまでは、陸路で山脈を迂回しながら進むのが最善です。高機動車1台と隊員1名、お貸しする用意が出来ております。何事も無ければ、2〜3週間もあれば到着するでしょう。また、ちょうど貴方方がアドラスジペへ到着する3週間後には、強襲揚陸艦の『こじま』がアラバンヌ帝国へ来航する予定なので、帰路は彼らと共に帰れる様に手配しておきますね」
「惜しみない御協力・・・感謝致します」
神藤は伊集院の計らいに感謝の意を表し、両者は固い握手を交わす。
公安と自衛隊、立場は違えども現場に出ている者同士の対談は、要点だけを手短に話して終了し、その後、司令室を退出した神藤たちは、しばらくの間別室で待機する事になった。
数時間後 車輌格納庫
神藤たちが次に訪れていたのは、駐屯地に配備されている車輌が並ぶ格納庫だった。陸上自衛隊の73式大型トラックや軍用ブルドーザーなどの輸送車両や施設科車輌が多く並べられており、その中に旧式の自走砲や装甲車がちらほらと見える。
この「ベギンテリア日本租界駐屯地」を含む、日本国外の軍事拠点に配備されている装備品や兵器は、喪失や破棄などのリスクを考慮して、主に旧型のものが日本国内より運ばれていた。
そんな数多の車輌が並ぶ一画に、トレーラーを繋いだ一台の「高機動車」がある。神藤たち3人は、伊集院海将補の命を受けた隊員に、その高機動車の前まで案内されていた。
車の側に1人の陸上自衛隊員が立っている。彼は神藤たちに向かって、綺麗な敬礼を捧げた。
「ベギンテリア日本租界駐屯地派遣部隊所属二等陸曹、崔川辰美と申します!」
その若い隊員は、はきはきとした声で自らの素性を述べる。伊集院海将補が貸し出してくれた隊員とはこいつか、そんな事を考えながら、神藤は敬礼を返す。
「警察庁警備局国際テロリズム対策課所属警視、神藤惹優です。後ろの2人は俺の部下の開井手道就と利能咲良だ。こちらこそ宜しく。
話は聞いていると思うが、俺たちは失踪した不法出国者と彼らに接触した組織を追って、此処から5,000kmほど西にある街、アドラスジペまで早々に出発しなければならない」
「はい、大まかな話は聞いています。既に必要な分の水と食糧、自衛用の武器弾薬、予備燃料、その他物資はこちらのトレーラーに積んであり、いつでも出発出来る態勢となっています」
崔川と名乗った隊員はそう言うと、高機動車の後ろに牽引されている1トントレーラーを指し示した。既に準備は万端な様子である。尚、予備燃料は片道分を積載するのが限界であり、帰りについては伊集院海将補の計らいで、強襲揚陸艦の「こじま」と共にベギンテリアへ向かう手筈になっていた。
トレーラーを一瞥した神藤は、満足そうな様子で口角を上げると、背後に立っていた利能に視線を向ける。
「良し・・・利能、宿泊所で留守番しているリリーを此処に呼んでくれ」
「分かりました」
上司からの命令を受けた利能は、身体を反転させてその場を後にする。格納庫を出て行く彼女の姿を見送った神藤は、懐から1枚の地図を取り出し、それを床の上に広げた。
「えーと・・・まず、俺たちが今居るのがベギンテリア市。そして桐岡竜司とハッサムド=アハリとか言う魔術師の目的地が此処、“古豪の七龍”アラバンヌ帝国の首都アドラスジペ市だ」
神藤は胸のポケットから取り出したボールペンを指示棒代わりにして、桐岡たちを追跡する行程の確認を始めた。
開井手と崔川も床の上にしゃがみ込み、彼の話に耳を傾ける。
「まず・・・『教化軍国家群』と『クロスネルヤード帝国』の境は険しい山脈地帯になっている。山脈超えのルートはある様だが、頼りない橋しか掛けられていない川や、碌に開かれていない森など、車で走る上での障害は山の様にある。そもそも現在の『リザーニア王国』は領内で反乱が頻発していて、陸路で抜けるのは危険だ」
昨年に終結した「日本=クロスネルヤード戦争」にて、保有する正規軍に多大な被害を受けてしまった、リザーニア王国やヒルセア伯国といった教化軍国家では、現在、領内でアラバンヌ系民族による反乱・独立運動が起こっており、これらの国々が存在する「オリエント地域(日本政府が独自に命名)」は、急激に治安情勢が悪化していた。
山脈超えをしてまでこれらの地域を無理に進む事は、大幅な時間のロスを招きかねない。故にリザーニア王国を通過するルートは、選択肢から外されていた。
「こんな世界だ、車で行ける道はごく限られるし、何処を飛んでいるかも分からない桐岡たちを言葉通りに追尾するのは実際には不可能だ。確実なのは『クスデート市』まで伸びる街道を通り、その後、海岸伝いの道を行くルートを使い、アドラスジペで先回りしておく事だが・・・」
神藤はそう言うと、クロスネルヤード帝国の西海岸に位置する“大きな港街”を指差した。ベギンテリアから伸びる主要街道の先にあるその街の名は「クスデート」、帝国最西端に位置するこの街は、辺境伯位「トモフミ家」が治める地方「クスデート辺境伯領」の首都だ。
「でも結構遠回りだぞ。1・・・いや、最低でも2週間以上は見ないと」
山脈を迂回することで、遠大な遠回りをしなければならない事に、開井手は不安を漏らす。トンネルや高速道路でもあるのなら別だが、基本的に地形に沿った道しかないこの世界での長距離移動は、かなりの時間がかかる事を見積もらなければならないだろう。
「なあ・・・魔法の絨毯ってどれくらい飛べるもんなんだい? 知っていたら教えてくれ」
神藤は、異世界の地に滞在して長い崔川に、桐岡とハッサムドが乗って行った「魔法の絨毯」について尋ねる。
「我々が得ている情報としては・・・個人差もある様ですが、最高速度が時速50kmくらい、そして腕の立つ魔術師でも、1日の運転時間は最高で5〜6時間程が限度だと言われているそうです」
「えーっと、そうなると・・・ここからアドラスジペまで直線でざっと5,000kmくらいだから・・・あっちも2〜3週間くらい掛かる訳か。何事も無いことが前提だが、こちらが若干早く着ける感じだな」
神藤は崔川、すなわちこの地に駐留している自衛隊からもたらされた情報から、桐岡たちの行程について考察する。
「良〜し・・・では、利能とリリーの2人と合流し次第、俺たちはこの街を出発して、最初の中継地点であるボン市へと向かう!」
神藤の言葉に、開井手と崔川が異議を唱える事は無かった。
・・・
駐屯地 車輌出入口
数十分後、格納庫から搬出されていた高機動車の前に、一行の一員であるリリーと、彼女を呼びに行った利能が現れる。
高機動車の中には、その運転席に崔川が、後部の荷台に神藤と開井手が既に座っていた。
「すぐ出るぞ! 早く乗り込め!」
「あ、はいっ!」
荷台から聞こえる神藤の声を追って、利能は車輌後部にある扉から荷台の中へ飛び乗った。
「ほら、リリーも!」
利能の乗車を確認した後、神藤はリリーに向かって手を伸ばした。
「これが・・・クルマ?」
乗用車を初めて見るリリーは、彼女から見れば異様に感じるその風貌に戸惑いを抱いている様だった。躊躇いを見せる彼女に対して、神藤は再度声を掛ける。
「何も怖くない、ただの移動手段さ! 船と一緒だよ、さあ!」
「は、はいっ・・・!」
その呼びかけに導かれ、リリーは神藤の手を握り、高機動車へと乗り込む。
「全員乗りましたね! では行きますよ!」
運転席に座る崔川はそう言うと、サイドブレーキを戻してギアを“ドライブ”に上げ、右足でアクセルを踏み込んだ。4人の人間と1人の亜人を乗せた高機動車は、タイヤがゆっくりと回り出し、駐屯地を離れて西へとその進路を向ける。
「わわっ!」
牛や馬が居ないのにも関わらず、独りでに動き出した“異世界の荷車”に、リリーは驚きの声を上げた。最初の目的地は、ベギンテリアに隣接する地方、「ボン辺境伯領」の首都であるボン市である。
斯くして、世界の東端に位置する日本国から旅立ち、崔川辰美という新たな仲間を交えた神藤一行は、最後の失踪者である桐岡竜司を確保し、彼らと接触した組織の目的を暴く為、遠大な陸路の旅へと身を投じるのだった。




