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Sakura’s Unlucky Day

5月31日・深夜 セーベ港 貨客船「シール・トランプ」船内


 夜のセーベ港に停泊しているコンテナ貨客船の一室に、3人の公安警察官が集まっている。部屋に備えつけられた室内灯の明かりが、3人の姿を照らしていた。同行者とは言えども、この一件に関して部外者であるリリーは、すでに別室にて深い眠りに就いている。

 神藤は不法出国者への事情聴取で得た情報を整理する為に、彼らの言葉を書き留めたメモを、開井手と利能に向かって読み上げていた。


「今回失踪した5人が属するのは『テラルスに平和を求める学生連合』、通称“テ平連”と呼ばれている学生政治団体だ。

元々は『紅い季節』に結成された『軍国主義への回帰を拒否する若者の集い』が、MSSからの資金援助が絶たれて瓦解した後、同組織に属していた過激な思想を持つ一部の学生が再組織した『無抵抗同盟』・・・これが現“テ平連”の前身になっている」


 「紅い季節」とは、2018年から19年にかけて、沈静していた筈の新左翼や新規の左派系政治団体が60年代並に隆盛した時期のことだ。

 全国各地で反戦・反軍拡デモが起こり、大いに盛り上がりを見せたが、2019年1月に起きた尖閣諸島沖での日中軍事衝突を機として、国内世論が右傾化してからはデモに対する世間の目が厳しくなり、中国内戦によって中国との関わりが絶たれたこともあって、急激に沈静化していった。

 “純粋な動機”でデモを行っていた者たちはその後も運動を続けており、テ平連の前身である「無抵抗同盟」もそういった集団の1つだった。同組織の主張は、“例え先制攻撃されたとしても、醜く戦うよりも美徳有る滅亡を選ぼう”というもので、独立国家としての権利を真っ向から否定するものだったという。


「そして彼女たちが自分たちのリーダーだと述べた男はこいつだ、桐岡竜司。例のジュペリア大陸共通語の書き置きが見つかったのもこいつの家だった」


 神藤は桐岡について書かれたプロフィールをテーブルの上に置く。


「そして3人とも共通だが・・・自国党を与党の座から引き摺り降ろす為に、国外へ旅立ったと言っている。だが、その具体的手段が何なのかは、3人共聞かされていないと」


「おいおい・・・希望とやらが何なのか、良く分からずに此処まで来たのか。ある意味凄いな」


 開井手は呆れ顔でつぶやく。利能も苦笑いを浮かべていた。

 この街で確保した奥田と山本、そして富丸の3人に共通した証言は、1つ目に“現政権を引き摺り降ろす手立てを求めて旅立った”こと、2つ目に“その手立てが具体的に何なのか、リーダー以外は分かっていない”ことだった。


「・・・で、彼らを此処まで先導した“謎の異国人”だが、案の定“魔術師”だったそうだ。彼のお陰で移動時間が大きく短縮出来た訳だね。

その“案内人”の素性だが・・・名をハッサムド=アハリと名乗り、『アラバンヌ帝国』から来たと言っていたらしい。桐岡たちの最終目的地も同国だ」


 人攫いによって拉致された3人を見捨てた桐岡と重野の2人は、“謎の案内人”と共に西のベギンテリアへと向かったらしい。案の定、その案内人の素性も“何処の国から来たか”という情報を除いて何も分からない。

 だが、彼らの最終目的地だけは遂に判明するに至ったのである。


「アラバンヌ帝国・・・最近、我が国と国交が樹立された列強“七龍”の一角ですね。確か、地球で言うところのイスラームによく似た文化を持つ国・・・」


 利能は数週間前にテレビの報道で目にした、アラバンヌ帝国の情報について思い出していた。

 「アラバンヌ帝国」とは、約500年前に当時のクロスネル王国(現クロスネルヤード帝国)とジュペリア大陸の覇権を賭けて激しく争った国だ。歴史的な因縁から、クロスネルヤード帝国と神聖ロバンス教皇国に対する国民感情がすこぶる悪い。

 故に、その両国の覇を事実上打ち破ることに成功した「日本国」に対する同国内での人気は高く、例えるならば「日露戦争」における日本の勝利を、ロシア帝国の南下に苦しむアジアの人々が、まるで自国の勝利の様に喜んだという話に似ているだろう。


「クーデタの増援・・・というのは些か現実味に欠けますよね。そんな目的を持った不穏な外国人の入国自体がまず拒否されますし、現在の日本において、密入国は密出国とは比較出来ない程の難易度ですし」


「・・・金銭的な援助というのも、それならばわざわざ彼らが日本国外へ出る必要性が無い」


 利能と開井手は、各々の予想を立てる。


「そもそも・・・海外の組織が日本の現政権打破に加担して、何のメリットが有るんでしょうか?」


 利能は更なる疑問を呈する。


「日本に権益を握られている国ならば、国外権益破棄を掲げている革新政党や市民団体を支援するメリットが無いとは言えないだろうけどね」


 日本国内の左派勢力は、かつての勢いを大きく失いながらも、根気よく反戦デモを続けている。神藤はそんな彼らの姿を思い出していた。彼らが政治の表舞台に立てば、日本が滅ぶ代わりにメリットを得る国は多々あるだろう。


「だが神藤、日本がアラバンヌ国内に有している権益なんて無いだろ?」


「先輩、そりゃあ・・・戦争をした訳でも、何か恩を売った訳でも無いからね。まあ、その魔術師とやらが国籍を偽っている可能性も有るが」


 七龍の中では極めて友好的に国交を結んだアラバンヌ帝国と日本との間には、当然ながら、どちらかに片務的な義務を課す様な協定は結ばれていない。故に、日本国内の政権がどう移り変わろうが、アラバンヌ帝国政府やその国民たちにとって、利益と呼べる様な事物は一切発生し得ないと言える。

 それが彼らの頭を余計に悩ませていた。


「・・・警備局に報告は?」


 利能が神藤に尋ねる。


「勿論したよ。失踪した邦人の内、3人の身柄を確保した事も、彼らの証言も全てね」


 神藤は“当たり前だろ”とでも言いたげな表情を浮かべていた。

 この街で得た情報は全て、彼が持つ衛星電話を通じ、東京に居る警察庁警備局長の耳へと届けられている。結果、向こうから告げられた返答は以下の通りであった。


「上からも言われたが、取り敢えず2日後・・・この船に乗ってベギンテリアへ向かうしかない。あの街は日本の勢力が及ぶ最西端だ、そこで全てを終わらせよう」


「・・・」


 神藤の言葉に、開井手と利能は深く頷く。

 その後、3人は各々の部屋へと戻り、ヨハン共和国に来てから2度目の夜は特に何事も無く過ぎて行った。


〜〜〜〜〜


6月1日・朝 セーベ港 貨客船「シール・トランプ」船内


 ヨハン共和国に来てから2日目の朝、自室の洗面台で歯を磨いていた神藤の下へ内線電話が掛かって来た。彼は急いで口を濯ぎ、受話器を取る。


『朝早くから申し訳ありません、船務の高野といいます。実は大使館から貴方に連絡が入っていまして・・・』


 電話の主は「シール・トランプ」の船員だった。高野と名乗るその男は、日本国大使館から届けられたという伝言を神藤に伝える。


「・・・何!? 逃げ出した!?」


 神藤は驚嘆の声を上げる。高野が告げたその内容に、彼は驚きを隠せなかった。


『はい・・・ですので、至急貴方方に来て欲しいと・・・』


「分かりました、すぐ行きます!」


 神藤はそう言って電話を切ると、ベッドの上に投げ出してあったスーツの上着を羽織り、駆け出す様にして船室の中から飛び出して行った。


・・・


セーベ中心街 日本国大使館


 開井手と利能を引き連れた神藤は、三度日本国大使館へと足を運ぶ。正面玄関を抜けて館長室へと通された彼らの前に、焦った顔をした大使の宇佐野が現れた。


「いや、ご足労頂いて申し訳無い。何と言い訳を立てれば良いか・・・!」


 部屋に入って来た神藤らに対して、宇佐野は謝罪の言葉を伝える。


「起きた事はもう仕方が有りません、取り敢えず今の状況を説明してください!」


「・・・じ、実は」


 強い口調で説明を求められた宇佐野は、事の詳細について神藤たちに伝え始める。

 事の発端は現地時間朝7時頃、3階の個室に軟禁している富丸、山本、そして奥田の下へ、職員が朝食を運びに行った時のことだ。富丸と山本の2人に食事を届けた後、奥田が居る部屋の扉を叩いたその職員は、部屋の中から何の返答も来ない事に気付き、急いで部屋の扉を開けた。

 しかしそこにあったのは、全開になった窓と風で散らかった部屋だけ、肝心の彼女の姿は無く、すでに蛻の殻になっていたという。その後、毛布やベッドのシーツ、カーテンをつなぎ合わせた急造のロープが、窓から壁伝いに垂れているのが発見されていた。


「成る程・・・窓から脱出したという訳ですか」


 神藤は宇佐野の話から、奥田が大使館から逃げ出した方法を悟る。宇佐野は変わらず、申し訳なさそうな表情を浮かべていた。確かにこれは、失踪邦人らの厳重な監視を怠った宇佐野ら大使館職員側のミスと言えるだろう。

 しかし元来、大使館という施設は犯罪者の監禁や内部からの脱出阻止を想定して作られていない。そもそも此処が地球であれば、3人の拘束は現地の警察機関が行うべき業務であり、そういった仕事に慣れている筈もない彼らを責めるのは若干酷というものだ。


「取り敢えず、我々は奥田皐を探しに行きます。大使は現地警察に協力の要請を!」


「分かってます・・・ヨハン政府には昨日の今日で恩を売ることになるが、邦人の安全には代えられない」


「・・・感謝します!」


 宇佐野の言葉を聞いた神藤は、彼に向かって会釈をすると、後ろに立っていた開井手と利能の方を向く。


「・・・良し、行くぞ!」


「おう!」

「はい!」


 上司の命令を受けた開井手と利能は、2つ返事で応えると、神藤の後に続いて大使館から退出して行った。


・・・


数時間後 市街地のとある一画


「ハァ・・・ハァ・・・!」


 人が行き交う通りを、息を乱しながらこそこそと歩く若い女性の姿がある。日本人という事で“人攫い”に目を付けられてしまった失敗から、彼女は顔を隠しながら人混みの間を進んでいた。


(くそっ・・・こんな所で終わってたまるか! 絶対に追いついて見せる・・・桐岡!)


 大使館から逃げ出した奥田は、リーダーと扇ぐ男の名を心の中でつぶやきながら、港へと向かっている。彼女は一歩一歩、海に向かって進む度に、海風が強くなっていくのを感じていた。


 そして遂に、あともう少しで目的地に達しようとしていたその時、彼女は左手首を何者かに掴まれる感覚を覚えた。それと同時に、彼女の努力を打ち砕く声が、耳元に聞こえて来たのである。


「・・・いい加減にしなさいよ」


「!?」


 警戒心を露わにしながら声のした方を振り向けば、薄汚いマントを身に纏う男の姿があった。マントの中には、紺色のスーツが姿を覗かせている。そして顔を見上げれば、彼女にとって忘れられるべくもない、あの憎き“政府の狗”の面構えがその場にあった。


「どうも・・・警察庁の神藤(斉藤)でーす。お迎えに上がりましたよ、奥田皐さん」


 間延びした口調で話しかけてくる神藤に対して、奥田は鋭い眼光で睨み付けた。このままでは日本へ連れ戻される、その事実を前にして、奥田は冷静さを失ってしまう。


「くっそぉ・・・! 私はこんな所で立ち止まる訳には、いかないんだ!」


 激情に駆られた奥田は勢いよく右腕を振り上げると、その右拳を神藤の顔面に向けて飛ばして来た。


「おおっと・・・!」


 神藤は力無きパンチを軽く躱すと、そのお返しと言わんばかりに、がら空きになっていた彼女の鳩尾に向かって鋭い一撃を加える。


「かはっ・・・!」


 身体中に強烈な衝撃が走った奥田は、息が出来なくなるほどの苦しさに顔を歪めながら、意識を失ってしまう。神藤は地面の上に倒れそうになる彼女の身体を、左手一本で咄嗟に支えると、既に意識を失った彼女の耳元に口を近づけた。


「此処が日本なら、“公務執行妨害”の罪状も付くところだよ。だが、そうで無くとも君は日本、そしてこの国の警察に多大な迷惑を掛けたんだ。これくらいは我慢して貰おうか」


 気絶している奥田に向かって、神藤は静かな怒気を含んだ低い声を浴びせる。通行人たちは、白昼の街中で起こった突然の出来事にざわめいていた。神藤は彼らの視線を気にも留めず、奥田の身体を担ぎ上げると、右耳に付けている超小型無線機に向かってメッセージを送る。


「神藤だ、奥田皐の身柄は確保した。至急大使館に連絡を入れて、この国の警察に協力への謝意を伝えて・・・」


 彼は無線の先に居る開井手と利能に、状況終了の一報を送る。これで漸く一段落ついた、神藤はそう思いながら大きなため息をついた。

 しかしその時、彼はある違和感に気付く。


「・・・おい、どうした?」


 メッセージを送ってから数分待っても、無線の向こう側から何も言葉が返って来ない。聞こえなかったのか電波の状況が悪かったのか、首を傾げる神藤は再度呼びかける。


 すると数十秒後、彼の右耳に開井手の声が聞こえて来た。


『ザザッ・・・お・・・たいへ・・・!』


「良く聞こえない! 大きな声で話してくれ!」


 やはり電波の状況が悪いのか、ノイズ音と共に断片的な声しか聞こえて来ない。だが、何か焦っている様子が伺えた。ただならぬ気配を感じた神藤は、強い口調で三度呼びかける。


『お、おい・・・俺だよ! 開井手だ・・・神藤か!? 大変な事になった、何て詫びたら良いか・・・!』


 漸く電波の状況が良くなったのか、無線の向こう側からはっきりとした言葉が聞こえてきた。


「話が伝わらない、落ち着いて話せ! 何があった!?」


 開井手の口調と言葉から非常事態を察知した神藤は、大きく取り乱している様子の彼に対して落ち着く様に伝えると、その状況を尋ねた。開井手は大きく息を吸うと、衝撃の事実を告げる。


『利能警部補が攫われたアァァ!』


「・・・何だと!!?」


 神藤は驚愕の余り、街のど真ん中であるにも関わらずに大声を出してしまう。同時に通行人たちの視線が再び彼に集まっていた。


『恐らく人攫い組織の仕業だ! 誰に攫われたかも、どの船に売られるかも分からねェ! セーベ港は広いが、何とか探し出して・・・!』


「・・・状況は分かった。だが、何故彼女が攫われたと分かったんだ?」


 神藤は開井手に1つの疑問をぶつける。


『いや・・・利能警部補が付けていた筈の無線機が小道に落ちていて、街の人間に聞いたらそれらしき女が連れ去られるのを見たって・・・!』


 開井手はありのままの事実を伝えた。


「成る程な・・・取り敢えず俺は大使館へ奥田の身柄を届ける! 先輩はすぐに港へ向かってくれ!」


 部下の言葉を聞いた神藤は、混乱の最中にあった開井手に指示を出す。


『り、了解!』


 無線が切れる。その直後、神藤は気絶している奥田の身体を右肩に担ぎながら、奇異な視線を浴びせてくる人混みをかき分け、日本国大使館へと走る。


(クソッ・・・! 無事でいてくれよ、利能!)


 予想外の事態を前にして、神藤も動揺を隠せない。彼は唯々、部下の無事を祈っていた。


・・・


セーベ港 第3倉庫街


 日夜100隻を超える船舶が出入りするセーベ港には、12の埠頭と4つの倉庫街がある。中継貿易の要衝であるこの港には、船舶から降ろされ、また別の船舶に乗せられる貨物を一時的に保管する為の倉庫街が、画一的に整備されている。

 その中のある倉庫の中に、集まっている人影の群れがあった。本来ならば此処は“陶器”を保管している筈の倉庫だが、実情はある“非合法の商品”を扱う為の場所であった。


「くそ・・・手こずらせやがって」


 苦々しい表情を浮かべる男たちの視線の先に、両手両脚を縛られて気を失っている利能の姿があった。彼らの目や頬には、無残な青痣や傷跡がくっきりと付いており、利能が如何に暴れて抵抗したかを物語っている。

 神藤と同様に、彼女の戦闘能力も相当なものであるのだが、多勢に無勢、奥田を探している最中に数多の悪漢に囲まれてしまい、捕らえられてしまったのだ。

 そして、男たちに囲まれながら床の上に臥している彼女の姿を、満足そうに眺める1人の中年男性が居る。他の男たちとは違い、身なりの良い服装に身を包む彼の名はアリーゴ=ガルティリアーノ、このヨハン共和国の立法機関である「大評議会」の議員を勤める男だ。


「・・・“奴隷競売船”はどうだ?」


「はいっ! 今日の夕方には第11埠頭に到着するそうです!」


 胡麻をすりながらアリーゴの質問を受けた男は、セーベ市で暗躍する奴隷商人の1人である。彼は議会議員であるアリーゴの庇護を受け、このセーベ港で奴隷の売買を続けている。

 セーベ市内には彼の様に悪徳議員の庇護を受け、本来なら大罪である筈の“人攫い”を黙認されながら、非合法な奴隷の売買を行う奴隷商人や人攫い組織が数多く存在している。世界中から数多の人種・種族が集うこの街は、彼らにとっては絶好の漁場なのだ。

 そして罪を見逃して貰う代わりに、彼らは“儲け”の何割かを上納金として議員の懐に納めることになっている。その金は多くの場合、次期議員選挙の選挙資金になる。そしてアリーゴの様な悪徳議員は他に何人も居るという。


「・・・しかし、一昨日の様な事があった後で、またニホン人を攫うとは。彼の国の政府が黙っちゃいないのでは?」


 商人の男は一抹の不安を感じていた。一昨日、売り飛ばされる寸前だった日本人3名を救う為に、彼の国の大使が動き、この国の政府に圧力を掛けるという一件があったからだ。

 そんな事があった直後に日本人に手を出せば、日本国の怒りがヨハン共和国に牙を剥くのではないか、彼はその事を不安がっていたのである。


「アテリカの皇子はニホン人1人をマルカル金貨150枚で売りさばいたんだぞ! 目の前にぶら下がった金づるをみすみす逃して堪るか」


「しかし・・・ニホンという国は自国民に手を出されると黙っていないとか・・・」


 4年前、日本から「アテリカ帝国」に派遣された外交使節が、2人の日本人女性が拉致されたという話を聞いて激昂し、日本政府が彼の国の皇帝に謝罪文を発表させたという事件があった。この事は、日本という国は一般の国民1、2人の為に政府さえ動くのだという事を、世界に示す結果となった。

 その一方で、拉致の実行犯であるアテリカの第二皇子が、第三国で行われた晩餐の場にて、日本人をクロスネルヤードの辺境伯に金貨150枚で売り渡したという話がたちまち大陸の奴隷商人の間に広まり、日本人という人種に価値を与える結果になってしまっていた。


「そんな事は分かっている、それが何だ? この国がどうなろうと知った事か! 大事なのは私の利益だよ、君・・・」


「・・・!?」


 国政議員にあるまじき言葉をためらいも無く発したアリーゴに、奴隷商の男と彼の手下たちは堪らず震え上がった。


「う、ん・・・?」


 周りの様子を察知したのか、気絶していた筈の利能はか細いうめき声を発した。しかしそれは誰の耳に捉えられる事も無く、虚空に消えて行く。薬を盛られ、朦朧としている彼女の意識は、程なくして再び闇の中へと落ちて行った。

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