表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/57

イスラフェア帝国の正体

話の区切りの都合上、今回の話はかなり短めです。

2031年6月4日 「みょうこう」艦内


 「イスラフェア帝国」の南部に位置する港街「ロッドピース」に向かう4隻の護衛艦は、ついに目的地を視界に収めていた。


『まもなく目的地に到着します!』


 艦内にアナウンスが響き渡る。艦に乗っている使節団の支倉未智男と上村基一は、艦橋から双眼鏡を覗いていた。


「あれがイスラフェア帝国・・・」


 支倉は未知の国を目の当たりにして緊張していた。

 双眼鏡越しに見るロッドピースの港には、煙突が突き出た外輪船(パドルシップ)が並んでおり、街の上空を見れば、煤煙によるものと思しきスモッグが掛かっている。全体的に薄暗くどんよりとした様相は、まさに産業革命を象徴した街並みだ。

 1時間後、「みょうこう」「ゆうだち」「ふゆづき」、そして「むつ」の4隻は、港の沿岸から1.5km程離れた沖合に停泊した。


・・・


イスラフェア帝国 ロッドピース


 煉瓦で舗装された街を貫く大通りを、2頭立ての豪華な馬車が走っている。その中には首都エスラレムから派遣された2人の役人の姿があった。1人は外務局の副局長を勤めるアブラハム・イッサカラン=ダヴィデ、そしてもう1人は情報局局長を勤めるイサーク・アセラン=デボラである。

 彼らが派遣された理由は勿論、日本国との実務者会議に臨む為だ。


「皇帝陛下は・・・何故“東の果ての辺境”などにこれほどご執心なのか? こんな事、末端に任せれば良いだろう」


 アブラハムは両腕を組みながら陰鬱な表情をしている。


「・・・彼らはあのクロスネルに勝った国だ。くれぐれも礼儀正しく頼むぞ」


 会議への不満を漏らす彼に、イサークが釘を刺す。


「言われるまでもなく、私は常に礼儀正しく振る舞っている!」


 イサークの忠告に、アブラハムは不快感を露わにした。しかしながら、七龍の一角として長い歴史を歩んで来たイスラフェア帝国の外務副局長である彼にとって、新興国との交渉の場に尖兵として派遣される事は、プライドに触ることだった。


「ただでさえ・・・スレフェンとの小競り合いに頭を悩ませていると言うのに、沸いて出た様な国に構う暇など・・・」


 イスラフェア帝国は現在、海を挟んだ先にある“七龍”「スレフェン連合王国」と属国の奪い合いを起こしていた。「大ソウ帝国」から列強の座を奪った彼の国は、近年対外進出姿勢を強めつつあり、イスラフェア帝国の属国に艦隊を派遣するなどして紛争を引き起こしていたのだ。

 今の所はイスラフェア帝国が優勢の側に立っているが、この領土紛争はイスラフェアの外務局と軍事局にとって頭痛の種となっていたのである。


「すぐにそうも言ってられなくなる。むしろニホンと手を組むことで、スレフェンとの争いを有利に運ぶことが出来るかも知れんぞ」


「ふん・・・どうだか」


 交渉への不満を隠さないアブラハムに対して、イサークは日本と手を結ぶことの意義を見出していた。アブラハムは彼の言葉を鼻で笑う様な態度を取った。




 馬車が沿岸に近づくにつれて、港の様子が見えてくる。そこでは、多くの市民たちが、遠き東の国の使節船団を一目見ようと集まっていた。彼らの服飾は他の列強国と比較して、より一層現代に近いものである。


「ニホンって国は東の果ての辺境国だと聞いたぞ!」

「一体何なんだ! あの船のでかさは!」

「あれは砲か・・・? こっちを向いているぞ!」


 沖合に鎮座する4隻の護衛艦を目の当たりにして、市民たちは思い思いの言葉を口にする。そんな彼らの間を縫って、イサークとアブラハムを乗せた馬車が港へと到着した。

 海軍兵による護衛の下で馬車から降りるアブラハムは、ここで初めて日本という国の片鱗を目にすることとなった。


「んなっ・・・!?」


 彼は護衛艦の巨大さを見て、驚きを隠せなかった。全長が200ルーブ(140m)を優に超えようかという巨大な艦が、4隻も沖合に鎮座していたのである。


(・・・話には聞いていたが、あれほどに巨大な艦が実在しているとはな)


 言葉を失う彼とは対照的に、アブラハムの右となりに立つイサークは平静を保っていた。情報局の局長である彼は、断片的ではあるが、予め日本軍の情報についてそれなりに耳にしていたからだ。


 その後、「みょうこう」から下ろされた小型船が、使節2人と護衛の自衛官3人を乗せて港へと向かう。そしてイスラフェアの海軍兵士たちが見守る中、港に接岸した小型船から、5人の日本人がロッドピースへの上陸を果たした。

 初めて目にする日本人を目の前にして、イサークとアブラハムは心拍数が上がるのを感じていた。支倉と上村はそんな2人の元に近づき、自己紹介をする。


「日本国外務副大臣の支倉未智男と申します。こっちは私の部下で上村基一と言います。此度は実務者会議の場を設けて頂き、感謝致します。

我々は貴国と友好的且つ有意義な関係を築き上げたいと思っていますので、何とぞ宜しくお願い致します」


 支倉の挨拶に続いて、彼の紹介に与った上村が頭を下げる。支倉は握手をしようと右手を差し出した。


「・・・い、イスラフェア帝国外務副局長アブラハムと言います。こ、こ、こちらこそ、宜しくお願いします」


 少しばかりぼうっとしていたアブラハムは、隠しきれない動揺を露わにしながら彼の右手を握り返す。そんな彼の横から、イサークが躍り出て自己紹介をする。


「情報局局長のイサークです。長旅でお疲れでしょう。会場までお連れしますので、こちらへどうぞ」


 イサークは支倉と上村に馬車へ乗る様に促す。彼が指し示す先には、彼とアブラハムが乗ってきたものと同じ様な馬車があった。支倉と上村、そして自衛官たちの5人は、彼に案内されるままその馬車へと歩みを進める。

 イスラフェア帝国の民たちは、好奇心とわずかばかりの恐怖心を以て、異国の使節団を見つめていた。


「副大臣・・・」


 支倉の右後ろを歩いていた上村が、何かに気付いた様子で彼に話しかける。


「どうした?」


 支倉は視線を前に向けたまま要件を尋ねる。


「港に上陸する時から気になっていたんですが・・・恐らくこの国の国旗と思われるあの旗、あれって・・・?」


「・・・国旗? 国旗がどうした?」


 支倉は上村の方へ振り返ると、彼が指を差している先へ視線を向ける。上村は港に停泊しているイスラフェア海軍艦のマストを指し示しており、そのてっぺんにはこの国の国旗が風に吹かれて棚引いていた。


「え!?」


 支倉は思わず声を出してしまう。イスラフェアの国旗に書かれていた“マーク”が、地球で見慣れていたあの“宗教の象徴”そのものだったからだ。


(・・・・・・メノラー!?)


 「メノラー」・・・“左右対称な7つの枝を持つ燭台”を指し示すそれは、現イスラエル国の国章として採用されており、旧約聖書の「出エジプト記」によると、神が出エジプトを指導したモーセに作らせた燭台だとされる。

 太古の昔からユダヤ教徒によって典礼具として用いられ、“ダビデの星”よりも古くからユダヤ人・ユダヤ教にとって最も重要なシンボルとされてきた。そのシンボルが今、彼らの目の前で翻っている。


「・・・??」


 驚愕の表情を浮かべながら自国の国旗を見つめ、馬車へ向かう途中で脚を止める日本人の姿を見て、イサークとアブラハムは唯々首を傾げていたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ