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旭日の西漸 第4部 ティルフィング・選挙篇  作者: 僕突全卯
第3章 エルムスタシア帝国
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世界最強の種族

5月22日夜 ルシニア港 コンテナ貨客船「シール・トランプ」船内 ラウンジ


 船内に設けられた乗客用のラウンジスペースに、3人の公安警察官が集まって座っている。神藤が語る事の顛末を、開井手と利能は呆れた笑みを浮かべながら聞いていた。


「間抜けだな〜、どうやったら腕時計なんて無くすんだ」


 開井手は大きなため息をつく。初日公演を騒がせたスリに遭う事無く、金を盗られずに帰って来られたのにも関わらず、腕時計を忘れて来てしまう等、彼の言う通り間抜けも良いところだろう。

 部下に馬鹿にされてしまった神藤は、歯ぎしりをさせながら言い返す。


「俺が知りたいよ! どう考えても可笑しい! まるで・・・」


「“時間が止まったみたい”だと言うんだろ? さっきも聞いたぜ、それこそおかしな話だ。確かにお前の言う通り、付けている腕時計を他人に外されて気付かない訳ない、だから無意識に外しちまったのさ」


 腕に付いた時計を気付かない内に盗られるなど、相当な鈍感で無ければ、時間が止まりでもしない限り難しい。しかし、神藤の記憶の中では自らの手で時計を外した覚えも無い。

 だが、後者の方がまだ現実味がある。故に開井手は、神藤が時計を無くした理由は、無意識に外してしまったからだと結論付けていた。


「テントの中は探さなかったのですか?」


 利能が率直な疑問を尋ねる。


「ああ、勿論戻って探させて欲しいと言ったさ。そしたら、公演の時間外では関係者以外立ち入り禁止だと・・・絶対何かあるぜ、あれは!」


 腕時計が無いことに気付いた神藤は、当然ながら舞台テントまで戻り、忘れ物を探させて欲しいと願った。しかし、座員の口から告げられた答えはNO一択であり、頑なにテント内に入れさせて貰えなかったのだ。


「・・・ん? 確かに変な話だな・・・。いっそのこと、今夜忍び込んでみたらどうだ、ハハハ!」


 開井手は笑いながら“不法侵入”を提案する。だが、公務員であり警察官である彼らにとって、そんな泥棒紛いの行為が許される筈は無い。例え、此処が異世界の外国であってもだ。


「・・・」


「おい、冗談だぞ。何考えてる・・・ま、最終公演がある明日の昼まで待つんだな。それで無かったら諦めなよ」


 開井手は自分の提案がジョークであることを伝える。彼は提案を耳にした神藤が、意味深な表情を浮かべた刹那を見逃さなかった。


「・・・ああ、分かってるよ」


 そう言うと、神藤は懐から100円ライターと紙煙草を取り出し、喫煙ルームに向かう為に立ち上がる。

 この場から去ろうとしている彼に、利能はもう1つの疑問を尋ねた。


「因みに、その腕時計は幾らくらいしたんですか?」


 彼女の何気ないこの質問に、神藤は悔しそうな顔をしながら答える。


「・・・あれは・・・ばあさんの形見なんだよ」


「・・・!」


 彼の言葉を聞いた利能は、悟った様な表情を浮かべる。

 神藤が付けていた腕時計は、両親を10代半ばで失った彼にとって、唯一の肉親と呼ぶべき存在である母方の祖母から、「国家公務員総合職試験」合格の御祝いとして貰った、彼にとって唯一無二のお守りの様な品だったのだ。


 その後、船内で夕食を摂った3人は各々の部屋へと戻り、夜が更けるまでの時間を各々のやり方で潰した。艦内の消灯と同時に布団に入り、深い眠りに就く。こうして1日は幕を下ろした。


〜〜〜〜〜


夜中 港広場


 劇場が入っている大テントの内部に、怪し気にうごめく人影がある。その人影は明かりを点しながら客席の下を覗き込んでいた。彼の手元にはライト機能がオンになったスマートフォンが握られている。


(〜〜っ! やっぱり見つからない!)


 現地時間午前1時、人気が無くなった港広場にて、神藤は開井手の忠告を無視し、座員の目をかいくぐって舞台テントに侵入していた。目的は勿論“腕時計探し”である。昼間とは一転、耳鳴りが聞こえる程の静寂が支配するテントの中で、彼は自分が座った長椅子の周りをくまなく探し回っていた。


(くそ〜、何か可笑しいぞ・・・)


 神藤は両瞼を閉じながら、暗い天井を見上げる。彼はどうしても腕時計を諦めることが出来なかった。自らを育ててくれた祖母の形見である事は当然のことながら・・・インターネットが存在しないこの世界では、あれが無いと正確な時間が分からないのである。故に彼は悲観に暮れながらも、諦め切れずに客席の中を探し回っていた。

 その時、こちらへ近づく足音と人の声が聞こえて来た。直後、出入り口を閉じるカーテンが開く。


「おい、誰か居るのか!?」


 現れた座員は右手に持つランプで照らしながら、舞台テントの中を見渡す。神藤は咄嗟に椅子の下に隠れ、息を殺していた。


「気のせいか・・・。おっと、こんな事をしている場合じゃない。早く行って、今日の取り分の話に加わらなきゃな」


 その座員は小首を傾げながら、これ以上の詮索は行わずにその場を後にする。神藤はそのタイミングを見計らって長椅子の下から抜けだし、座員が出て行った出入り口を眺める。


「・・・“取り分”? 何の事だ?」


 テントの幕越しに見える朧気なランプの光が、遠ざかる事によって消えて行く。座員の言葉に疑問を感じた神藤は、彼を追ってテントを飛び出した。




 神藤が尾行したその座員は、舞台テントのすぐ隣にあった小さなテントに入って行った。その中からは、大きな笑い声とランプの明かりが漏れ出しており、既に深夜であるにも関わらず、宴会が催されている事が分かる。


(・・・元気なやっちゃな〜)


 神藤はこっそりとその小テントに近づき、光が漏れだしている窓から中を覗いた。

 小テントの中には一座に属する多くの亜人の姿があり、その中には公演の前後で挨拶をしていた座長のマクロホイ=シュードロゼットや、主演俳優を勤めていた蛇人族のテテル=ラングハンスといった、舞台に出ていた役者たちだけでなく、裏方や作業員と思しき者たちの姿もある。

 床の上には空になった酒瓶や酒樽が転がっており、相当量の酒が飲まれている事が分かる。


「いや〜、今日も大漁だったぜ!」

「ドーマス姐さんが仲間になってから、“裏の仕事”が捗る捗る!」

「本当だな! 近頃は“副業”の収入が本業に迫る勢いだ!」


「・・・!?」


 一座に属する座員たちが、上機嫌で酒を呷っている。彼らは円形をしたテントの壁面に沿う様に座っており、彼らが取り囲むテント中央部には、金銀宝石があしらわれた装身具や金貨銀貨の山が置かれていた。


(大漁・・・? 裏の仕事・・・?)


 神藤は酩酊している彼らの言葉の端々を聞いて、徐々に真実を理解し始める。彼の疑念を裏付ける様に、警戒心の無い座員たちは言葉を続けた。


「ホントだぜ、誰1人予想だにしていないだろうな! まさか、窃盗犯が俺たちで、鞄や懐の中身を堂々と探られているなんて」

「姐さんの術で石になった時の客共の間抜けな顔と言ったら、思い出すだけで笑いが止まらなくなる!」

「姐さんは俺たちにとって“金運の女神”だぜ! な、姐さん!」


 上機嫌になっている座員の1人が、ある人物に視線を向ける。窓越しに宴会の様子を覗く神藤は、彼の視線を追う事で“姐さん”と呼ばれた人物を見た。


「・・・いっ!?」


 神藤は衝撃の余り言葉を失う。

 “紫色の瞳”に“生きた蛇で出来た頭髪”・・・。ギリシャ神話に登場する神ポルキュースとケートーの間に生まれ、ペルセウスに倒されたとされる伝説の怪物の姿がそこにあった。


「仲間になった訳じゃないよ、ギブアンドテイクさ。アタシは客共を石にして、あんたたちが盗む。取り分の5割がアタシの懐に落ちる。それで成り立ってんだからね!」


 “彼女”は座員の1人が告げた“仲間”という言葉に対して、鼻で笑う様な態度を取った。異様な外見とグラマラスな体型が相まって、正しく“妖艶”という言葉が似合う雰囲気を醸し出している。


(あれは・・・“ゴーゴン”か!?)


 「ゴーゴン」・・・ゴルゴンと言う呼び方でも知られている、見た者を石に変えてしまうという怪物だ。個体数は少ないが、日本政府の調査によって、この世界に存在することが確認されている。

 他の生物を石に変えてしまうというその脅威性から、日本政府が国内への侵入を警戒している亜人種の1つである。


「今日最大の収穫は・・・これだな」


「・・・!」


 サイクロプス族の老人である座長のマクロホイが、今日1番の収穫と称して取り出したのは、“神藤の腕時計”だった。


「入場時から目を付けていたあのニホン人から盗った品だ。珍しいだろう、勝手に針が動くんだ。何よりこの精巧な造り! 物好きの貴族様に売ったら高く売れるぞ!」


 彼は金銀に輝く腕時計を仲間たちに見せながら、意気揚々と語る。その様子を見ていた神藤はショックを受けていた。まさか彼らが一座ぐるみで客から窃盗行為を行っていたとは思いもしなかったのだ。それも、あの人の良さそうなエルフの娘が属している一座が、である。


「・・・!!」


 その時、左の方から砂利を踏む音が聞こえて来た。神藤は咄嗟に視線を左へ飛ばし、拳銃が仕舞ってある懐へ右手を伸ばす。彼は小テントの中を覗くことに夢中になっていた為、背後や左右に対する警戒が薄くなってしまっていた。


「あっ・・・あの時の、騎士(ナイト)さん?」


「!」


 彼の視線の先に居たのはあのエルフの少女だった。彼女の名はリリアーヌ=ウィルソー・キンメルスティール、一座の看板娘である。

 神藤が此処に居る理由が分からず、当惑している様子の彼女に対して、神藤は怒気をはらんだ声を浴びせる。


「大切な物を君の仲間に盗まれた。君は俺を騙したのか・・・!?」


「・・・!!」


 神藤の言葉にショックを受けた様子のリリアーヌは、両手で口を覆いながら大きく動揺していた。


「わ、私は・・・!」


 彼女は何とか弁明を計ろうと、喉の奥から言葉を捻り出そうとする。しかし、事態は更に悪い方向へと動いていた。


「物音がすると思ったら・・・」


 リリアーヌに続いて、今度は背後から声が聞こえて来た。神藤が振り返って見たところ、先程まで宴会を行っていた筈の座員たちが、いつの間にか小テントから出て来ていたのだ。

 その中には蛇人族のテテルやあのゴーゴンをはじめとして、昼間の公演で舞台を照らしていたチョウチンアンコウの魚人や、半人半馬(ケンタウロス)族の姿もある。多種多様な亜人たちは、侵入者を逃がすまいと神藤の周りを瞬く間に取り囲んだ。

 現状、考え得る中で最悪の事態が起こってしまった。神藤は堪らず顔を青ざめる。


「リリー! その人族はお前の差し金か!」


「・・・!」


 座長のマクロホイがしわがれた声を張り上げる。彼の1つ目から放たれる鋭い眼光が、神藤の後ろに立つリリアーヌを睨み付けていた。座長に対する恐れの為か、彼女の身体は微かに震えている。


「いや、今会ったばかりだ。この娘は関係無い」


 神藤はリリアーヌを巻き込まない為に、彼女とは初対面だと嘘を付いた。


「フン、まあ良い・・・どちらにしろ“手品の種”を知られた以上、お前を生かして帰す訳には行かない・・・ドーマス!」


「・・・あいよ!」


 マクロホイが叫んだ名に応えたのは、あのゴーゴン族の女性だった。名前を呼ばれたドーマス=リューコサイトは、目の奥に魔力を溜める。


「光を見ちゃ駄目ー!!」


「!!」


 リリアーヌの叫びに反応した神藤は、咄嗟に両目を固く閉じた。直後、ドーマスの目から紫色の光が放たれ、彼の全身を覆う。


「反応が良いね・・・この“光”を目にした者はたちまち石になる! 砕いちまえば痛みも無くあの世行きさ!」


 ゴーゴンとしての力を解放するドーマスは、余裕の現れからか自らの能力について語り出した。

 彼女たち「ゴーゴン族」は、アナン大陸にのみ存在するとされる少数民族である。国家には属さず、大陸奥部の辺境に暮らしているとされている。

 そんな民族が旅役者の一座に与している経緯は神藤が知るところでは無いが、彼女、ドーマス=リューコサイトは「自分の目から放った紫色の光を見た者を石にする」という、ゴーゴン族が持つ唯一無二の能力を悪用して、一座の窃盗に加担していたのだ。


(成る程・・・そういう事だったのか!)


 神藤はあの舞台で何が起こったのか、その真実を悟った。

 人々の注目が集まるラストシーン、その暗転と同時に舞台の何処かに潜んでいたゴーゴンが、舞台に釘付けになっている観客たちに“光”を放つ。そうすれば、観客全員は気付かない内に石へと変わり、座員たちは意識の無い客から金銀財宝を盗み放題という訳だ。

 盗みを終えたら、石になった観客をドーマスの力で元に戻せば、彼らは何事も無かったかの様に、舞台への拍手を送り続ける。ゴーゴンによって石にされ、元に戻された者は石になっていた間の記憶は残らないからだ。

 覚えているとすれば、舞台に潜んでいたドーマスがラストシーン暗転時に放つ紫色の光を、辛うじて認識出来る程度である。


「何故その男を庇う? 関係無いんだろう? ・・・リリー、お前には後でゆっくり話を聞かせて貰うよ!」


「・・・う!」


 “光を見るな”という助言を侵入者に与えたリリアーヌに対する疑念が、座員たちの中で確信に変わる。ドーマスの言葉を聞いた彼女の顔は強ばっていた。


「だがお前もだ・・・。目をつぶったままでアタシたちとどうやって戦うんだい?」


「・・・っ!」


 神藤は背中から流れ出る冷や汗で、身体が冷たくなっていくのを感じていた。彼女の言う通り、彼はゴーゴンの目が発する光を見ない為に目をつぶっているので、当然ながら何も見ることが出来ない。


(どうするどうする・・・どうする!?)


 神藤はこれ以上無い程に絶望的な状況を前にして、打開策を何も思いつくことが出来ないでいた。目を開けられないなら、当然ながら銃を撃つことも、碌に反撃する事も出来ない。

 焦燥感と絶望感に駆られる彼に、砂利を踏む音が急速に近づいてきた。敵の接近を察知した神藤は咄嗟に両手で顔を庇うが、直後、亜人の屈強な拳が鳩尾に食い込む。


「カハッ・・・!」


 息が出来なくなった神藤は、衝撃の余り地面に膝を付けてしまう。すると間髪入れず、顔面の左側に重いパンチが飛んできた。神藤は堪らず地面の上に倒れ込む。


「目を開けないならば、そのまま嬲り殺してしまえ!」


「オォー!」


 団長の言葉に呼応した座員の男たちが、地面の上に臥す1人の人間に群がる。戦う手段を持たない男に対して、彼らは容赦無い暴行を加えた。顔を殴られ、腹を蹴られ、神藤の身体中が痣だらけになっても、彼らは手を休める事は無かった。


ドカッ! バキッ! ゴキッ・・・!


 身体が殴打される音がする。あばらの骨が折れた音がする。見るに堪えない状況を前にして、リリアーヌは両目を覆って涙を流していた。


「止めて・・・、止めて・・・」


 エルフの少女が発するか細い声は、誰の耳にも届かない。醜悪な笑みを浮かべながら神藤に暴行を働く座員たちの姿は、まるで一方的な暴力を楽しんでいるかの様だった。

 反撃の手立てが無い神藤は、せめてもの抵抗として、両腕で必死に頭を庇っていた。


(・・・え? こんな所で死ぬの、俺? ああ、先輩の言う通りにすりゃあ良かった)


 次第に遠のいて行く意識の中で、神藤は明確な“死”を感じてしまう。固く閉じたままの瞼の裏には、ついに走馬燈まで浮かんでいた。


「どけ! 俺が頭を踏み砕いてやろう!」


 暴行を働く座員たちの後ろから、半人半馬(ケンタウロス)族であるグリムアが現れた。彼は座員たちを押しのけて、地面の上に倒れている神藤の前に立つ。

 容赦ない暴力を受けた神藤は、意識も朧気な状態となっていた。グリムアは右の前脚を振り上げ、神藤の頭部に狙いを定める。その脚先には強固な蹄が付いており、人の頭を砕くには十分なパワーと堅さを有していた。


「あばよ!」


 グリムアは上げた右脚を、神藤目がけて振り下ろす。彼の頭を踏み砕かんとする半馬の蹄が、容赦無く襲いかかった。


「止めて!」


 リリアーヌの悲壮な叫びが、夜の港に響き渡った。我慢出来なくなった彼女は、神藤を庇おうとして走り出したが、側に居た座員によってすぐに取り押さえられてしまう。


「・・・っ!」


 目の前で起こるだろう残虐な場面が頭に浮かび、耐えられなくなったリリアーヌは両目を固く閉じる。


グシャア・・・!


 ココナッツの実が潰れる様な音と共に、大量の血飛沫がまき散らされる。それは周りに居た座員たちや、地面の上に押さえられていたリリアーヌの顔にも飛び散った。


「うぅ・・・!」


 顔に付着した生暖かい液体、事態を察したリリアーヌは喉の奥底からこみ上げてくる嗚咽感に顔を歪める。

 彼女は神藤が日本人だと知らず、座長たちが狙い目だと語っていた彼を舞台に招いてしまった。その結果として、彼の命を奪うことになってしまったのだ。最悪の事態を自らの手で招いてしまった後悔の中、彼女は意を決して恐る恐る瞼を開ける。


「・・・・・・え?」


 両目を開いたリリアーヌは、目の前で何が起こったのか理解出来なかった。他の座員たちも呆気に取られた表情をしている。まるで現実を受け止められない様子だった。

 無理も無い。彼らの目の前には、四散した半人半馬(ケンタウロス)の肉片が飛び散っていたからだ。飛び散った血は神藤のものではなく、彼を殺そうとしたグリムアのものだったのだ。


「ひぃ・・・!」


 前触れも無く無残な最後を遂げた仲間の姿を見て、座長のマクロホイやゴーゴンのドーマスをはじめとした座員たちは震え上がる。先程までの興奮はすでに冷め切っていた。

 その直後、彼らに更なる衝撃を与える現象が起こる。グリムアの骸から流れ出る血が浮かび上がり、1本の束となって空中に飛び上がったのだ。座員たちは空を蛇の様に舞う彼の血を目で追う。

 するとそれは、舞台テントの頂点まで舞い上がって行った。血が向かう先には、先程まで居なかった筈の“人影”が立っていたのだ。


「う〜ん、イマイチな味。良いもの食べてないわね」


 月明かりをバックにするその人影から発せられた声は女性のものだった。彼女は空中に舞い上がったグリムアの血を飲み干すと、その“味”の悪さに眉を顰めた。


「それより貴方たち。もう、そこでやめておいたらどう・・・?」


 彼女は唇に付着した血を舌で舐め取ると、諭す様な声で神藤を取り囲む座員たちに語りかける。それは背筋が凍る様な冷たい声だった。


「・・・!!?」


 しかし、当の彼らは彼女の言葉が全く耳に入っていなかった。それどころか、先程までとは比べものにならない程に、身体をガタガタを震え上がらせている。

 彼らの顔は血の気が引いて真っ青になっており、中には腰を抜かしている者も居る。その中の1人、蛇人族のテテルが、月光を背中に浴びて舞台テントの上に立つ彼女を、震える人差し指で指差した。


「・・・プ・・・“現世の悪魔(プランティ・ボールス)”だ!」


 数多の亜人が存在するこの世界で、血を糧にする種族は1つだけ。世界中から「現世の悪魔(プランティ・ボールス)」として恐れられる者たちだけである。

 「吸血鬼族」・・・この世界で最強と謳われる種族を目の当たりにした一座の面々は、更に身体を震え上がらせるのだった。

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