怪しい舞台にご用心
5月21日夜 ルシニア港 コンテナ貨客船「シール・トランプ」船内 ラウンジ
一騒動の末に夕食を終えた神藤が船に戻ると、客室区画のラウンジでくつろぐ開井手と利能の姿があった。
「おかえりなさい、神藤さん」
「ただいま。もう大丈夫そうだな」
利能の顔を伺いながら、神藤はラウンジのソファに腰掛ける。数時間前に悪心を訴えて船へ戻った利能の体調は、すでに落ち着いている様子だった。
ソファに座ると同時に、彼は大きなため息をついた。
「いやぁ〜、色々とエラい目に遭ったぜ。実は・・・」
彼は開井手と利能に、市中の酒場で起こった騒動について語る。質の悪い酔っ払いに絡まれている少女が居て、それを助けようとしたこと。そしてその子からお礼としてあるものを貰ったこと・・・。
「それでその子からお礼にって、これを貰った訳よ」
神藤が懐から取り出したのは、アナン大陸を放浪する旅役者“マクロホイ一座”が上映しているという演劇公演の鑑賞チケットだった。題目は「エリー・ダレンの姫君」、数百年前にエルムスタシアの首都エリー・ダレンの皇城で起こった悲愛を題材にしているらしい。
因みにその姫君とは、当然ながら現皇帝の血縁者に当たる者をモチーフとしている。
「演劇公演・・・?」
「そうそう、何でも港広場でやっているらしいよ。ここから結構近いよなあ」
首を傾げる開井手に対して、神藤はチケットに書かれた簡素な地図を指し示す。それに依ると、此処から1.5kmほど離れたところで公演が行われているらしい。
「ああ、それなら私も知ってます。張り紙がありましたから。でも・・・何か良い噂は聞きませんでしたよ」
美少女に演劇へ誘われたことを笑顔で語る神藤に、利能はある懸念材料を示した。その言葉を聞いた神藤の表情に困惑の色が走る。
「・・・どういう事?」
「良く分からないんですが・・・相当な手練れの“スリ”か“物盗り”が客席に忍んでいたらしく、それなりの数の観客が財布や装飾品を盗まれるという被害を受けたそうです」
「・・・!?」
神藤は片眉を吊り上げる。利能は説明を続けた。
事は今日の午後にあった初回公演の後に起こったという。皇族の昔話をモチーフにした演劇という事もあって、この街に住まう地方貴族たちもその鑑賞に来ていたのだが、演劇の終了後、彼らが身につけていた貴金属や財布の中身が消えてしまったのだ。
腕に長けた窃盗犯だった為なのか、その場で被害に気付いた者は殆どおらず、彼らの多くは自宅に着いてから所持品が消えたことに気付いたという。
「う〜ん・・・只のスリなら十二分に気を付けるつもりだが」
神藤は右手で顎を触りながら、不安げな表情を浮かべる。彼はまるで、膨らんだ風船が一気にしぼんだ様な気持ちになっていた。
「・・・まあ、金目の物を必要以上に持って行かなければ良いだろう。最低限の資金と・・・時計と無線機くらいか」
「・・・そうだね」
開井手のアドバイスに、神藤は頷いた。
その後、彼らは各々の船室へと戻り、簡素なベッドの上に横になって深い眠りに就く。斯くして、エルムスタシア帝国滞在1日目は特に何事も無く、終わりを迎えた。
〜〜〜〜〜
5月22日・午後2時頃 ルシニア港広場
翌日、船内の食堂で昼食を済ませた神藤は、エルフの娘に貰ったチケットに記された場所、貨客船が停泊している波止場から少し離れたところにある広場に来ていた。彼は利能と開井手も誘ったのだが、2人は船の中から出たがらず、今は船室の中でくつろいでいる。
広場には人が200〜300人は入ろうかという程の巨大なテントが建てられている。それは舞台のテントというよりは、サーカスのテントの様に見えた。周りには舞台を見に来たと思しき人々が集まっており、テントの中へ次々と入っている。
しかし、この場に居るのは座員と観客だけではない。出入り口の前ではすでに一騒動が起こっていた。
「私の指輪はここで盗まれたのだ! 責任をとって貰わねば困る!」
「私の財布もだ! あれには金貨20枚は入っていたのだぞ!」
利能が噂で聞いたという昨日の舞台で起こった窃盗騒動、その被害に遭った者たちが座員に責任を取れと求めていた。彼らの見てくれから貴族や豪商の類である事が分かる。その応対に追われていた“蛍の亜人”は、苦笑を浮かべながら弁明を述べる。
「ですから・・・窃盗の被害を受けたのはお客様ご自身の不注意に依るものなので、責任を取れと言われても此方としては困るのですよ」
「何だと・・・!」
適当にあしらう様な座員の態度に、被害者たちの神経が逆撫でされる。とはいえ、現状としては彼の言い分は最もだろう。
神藤は口争いの様子を一瞥しながら、テントの中へと入って行く。
・・・
テント内部
テントの最奥に設けられた舞台を扇状に覆うようにして、客席が設置されている。席には一般向けの長椅子と、金持ち向けに背もたれが着いた椅子の2種類があった。神藤が貰ったチケットは一般向け、故に彼は異形の観客に混じって長椅子に腰掛ける。
テント内は日の光を完全に遮られている為、夜中の様に暗かった。ランプの光があちこちに灯っているが、これでは暗くて舞台を見ることが出来ない。
その時・・・
『紳士淑女の皆様、ようこそ我らが舞台へ!』
口上台詞と同時に、舞台に向かってライトが照らされた。観客の歓声が沸き上がる。舞台の中央には1つ目をした巨漢の怪物が整った服を着て立っていた。彼の名はマクロホイ=シュードロゼット、一座の座長で“サイクロプス族”と呼ばれる亜人族である。
(この光源は・・・?)
この世界には電気を使ったスポットライトはまだ開発されていない。にも関わらず、舞台を照らしている光は電気が生み出す目映い光そのものだった。神藤は天井を見上げ、その光源を探す。
舞台を照らす光の元を目で追っていくと、舞台に向かって光を放つ2、3の人影があった。その正体は昆虫型亜人の“蛍人族”と魚介類型亜人の“チョウチンアンコウの魚人族”である。彼らの身体が発する光が、テント中央に位置する舞台を明るく照らしていた。
(成程・・・)
納得した神藤は、再び舞台へ視線を戻す。
『では皆様、我々の劇をどうか最後までお楽しみください・・・』
座長のマクロホイが頭を下げる。直後、舞台が暗転し、テントの中は再び闇に包まれた。
数分後、再び舞台に光が照らされる。先程まで無かった筈の小道具が舞台上に配置されており、華美な衣装に身を包んだ数人の役者たちが男女ペアで踊っていた。場面は数百年前の首都エリー・ダレン、その皇城で催されたという“舞踏会”から始まる。
華やかな舞踏会の場面の中で、退屈そうにしている少女の姿がある。それはあのエルフの娘だった。彼女の名はリリアーヌ=ウィルソー・キンメルスティール、この一座の看板娘である。
『ああ、退屈だわ。何故、吸血鬼族に生まれたからと言って、生涯寄り添う相手まで決められなくてはならないのかしら』
彼女の台詞が舞台の中に響き渡る。因みに、この場面における話の大まかな概要は以下の通りだ。
数百年(実際には800年前と言われる)の大昔、当時の帝国を治めていた第4代皇帝の皇女“ブランヴィー=ツェペーシュ”は、舞踏会の度に婿候補たちと近づいて仲良くなる様に父から言われていた。
しかし、「吸血鬼族」はその遠大な寿命と近親婚による弊害が起こらないという特性、さらに国の皇族として崇拝されると同時に、その比類無き強さ故に「現世の悪魔」という二つ名で恐怖の対象にもなっているという事実から、彼女は同じ血族の中から婿を見つけなければならない。
しかし、幾ら自分に適合した相手だと言っても、実際に心が惹かれ合うかどうかは別問題であり、事実、彼女は自身の婿候補として名を連ねる、言わば親戚筋に当たる男たちに、全く魅力を感じられずにいた。そんな退屈な毎日を過ごしていた彼女の姿から、物語は始まる。
(・・・あ! 来てくれたんだ!)
演技をしながら舞台を見渡すリリアーヌの目に、人族の男の姿が見えた。昨晩の酒場で絡まれていた自分を助けてくれた恩人を見て、彼女の両頬がほのかに紅く染まる。しかし、誰もそれに気付くことはない。
その後、舞踏会の場面を終えた舞台が再び暗転し、次のシーンへと移る。明転した舞台上には柵の様なセットが置かれており、場面がバルコニーへ移ったことが分かる。
退屈な舞踏会に嫌気が頂点に達したブランヴィーは、酒で火照った身体を冷やすのも兼ねて、舞踏会会場の外にあるバルコニーへ脚を運んでいた。場面が“月夜”に移った為か、舞台を照らすスポットライトは光量が落ち、朧気な雰囲気で主演女優の姿を照らしている。
『父上は私の為と言うけれど・・・“生きられる時間が違う”? それってそんなに大げさな事かしら?』
実父である皇帝に対する愚痴をこぼしながら、ブランヴィーはバルコニーから夜空を眺めている。その時、もう1つのスポットライトが彼女の隣で動いていた人影を露わにした。
『・・・そこに居るのは誰?』
ブランヴィーが問いかける。もう1つの光に映し出されたのは、蛇の特徴を持った亜人である“蛇人族”の男だった。
『おっと、これは失礼。驚かせてしまいましたか。少し酔いが回ってしまいましてね、身体を冷ましていたところだったのです』
蛇人族の俳優である彼、テテル=ラングハンスの台詞が聞こえる。彼の役名は「グリット=レヴァンフス」、作中におけるもう1人の主役と呼ぶべき役だ。
『・・・それに何分、私は皇城の舞踏会に出るのはこれが初めてでして、過分に緊張していましてね。少々気後れしているのです。でも私は運が良い、舞踏会を抜け出した先で貴方の様な美しい方とお会いできるなんて。
失礼ですが、お名前をお訊きしても宜しいですか?』
グリットはブランヴィーの下に近づきながら彼女の名を尋ねる。
『!?』
ブランヴィーは驚いた表情を浮かべる。皇城での催し物で主催者の血族である皇女の名を尋ねる等、悪手も良いところだ。
しかしそれ故に、グリットは現世の悪魔である自分に対して一切の恐れの感情を抱いていない。そんな彼の態度は彼女にとってとても新鮮なものだったのだ。
今までも彼女は、他の貴族たちに数多の褒め言葉を浴びせられて来た。しかし、彼らの心の何処かには、吸血鬼である自分に対して恐れの感情があった。
『まあ、本当に失礼ね。私の名はブランヴィー=ツェペーシュ。この国の第三皇女なのですよ』
ブランヴィーは意地の悪い答え方をする。皇女を演じるリリアーヌの声や挙動は、演技として素晴らしいものだった。
『・・・これはとんだ失礼を!』
彼女の素性を初めて知ったグリットは、片膝を付きながらブランヴィーに対して頭を下げる。
『何とか私に、この無礼の償いをさせてください!』
彼は顔を上げ、償いをさせて貰うことをブランヴィーに求める。彼女は考える素振りを見せると、微笑みを浮かべながら彼に告げた。
『では明日の夜、皇城西の森に1人で来なさい』
ブランヴィーが放った台詞は、日本人からすれば何気ない言葉の様に思える。だがその内容は、“吸血鬼の力が最大限に引き出される夜中に、吸血鬼である自分と会え”という事であり、“命を捨てて来い”と言われているのと大差無い。
つまり、彼女はグリットの誠意の程を試しているのだ。
『・・・分かりました。それで償いになるのなら!』
グリットが台詞を言い終えると同時に舞台が暗転し、場面が変わる。
話は翌日の夜、森の中へと移る。舞台の上には、暗い森(を現したセット)の中を1人で歩くブランヴィーの姿があった。
彼女が森の中を歩く理由は、当然ながらグリットを探す為だ。だが一般的な感性を持つ者ならば、夜中に吸血鬼と2人きりで会う事など確実に避ける。
故に彼女は、約束を反故にされるだろうと思いながら、森の中を歩いている。そんな場面だ。
『まさか・・・本当に来るとは思いませんでしたよ』
彼女の視線の先には、茂み(に見立てた木の板)の裏から現れたグリットの姿があった。
『約束したではありませんか、来ると・・・。これはお詫びの印です』
きっぱりと答えたグリットは、彼女に花束を差し出した。ブランヴィーは驚きながらも、無言でその花束を受け取る。
この時から、彼女がグリットに抱いていた認識が変わる。正体を明かした後でも、自分に恐れを抱かない彼に対して、ブランヴィーは大きな興味を抱いていた。
『・・・明日の夜、皇城の東門へ来なさい』
『え! またですか』
皇女の言葉にグリットは驚く。
『さもなくば、あの日の無礼を許してあげませんよ?』
『・・・分かりました。ではまた・・・明日の夜に』
グリットは深々と頭を下げ、舞台袖へと消えて行った。夜の森の中でブランヴィーが1人残されたところで舞台が暗転し、この場面は終わりを迎える。
この後、ブランヴィーは“あの日の無礼を許す代わりに”と称してグリットを呼び寄せ、2人は人知れず逢瀬を重ねていくこととなる。夜毎に顔を会わせる中で、変わらず自分に恐怖の感情を抱かないグリットに対し、彼女は好意を抱く様になっていた。
そして、自然な流れで2人が恋人同士になったある日の事、この事が父王である第4代皇帝の耳に入ってしまい、ブランヴィーは父親に呼び出されてしまった。
王の部屋(に見立てたセット)で相対する“父”と“娘”、物語は此処から佳境を迎える。
『悪いことは言わぬ。あの蛇人族の青年とは別れた方が良い。お前の為を思って言っているのだ』
第4代皇帝を演じるのは、一座で2人だけしか居ない“人族”の内の1人であるサノハ=コーレスミスだ。吸血鬼は人間と変わらない外見をしている為、彼はこの劇において皇帝の役を長期に渡って勤めていた。
『何故!? 何故、貴方に私の幸せを決める事が出来ると言うの!?』
リリアーヌが繰り広げる迫真の演技が観客の目を奪う。
『あの青年は良い人物だ。共になりたいというお前の気持ちは分かる。だが、それ故に辛い思いをするのはお前なのだ。前にも言っただろう? 我々と他の種族では、“生きられる時間が違う”んだ!』
『そんな事、理由にならないわ! 心が通じ合う相手と一緒になれる事以上に、幸せな事なんて無い!』
ブランヴィーは激昂する。これを機として、彼女と父王の仲は決裂してしまうのである。
その後の展開は以下の通りだ。
皇帝の忠告も空しく、グリットと共に生きる事を選んだブランヴィーは、皇女の地位を捨てて野に下り、彼と婚儀を交わす。物語は、首都の郊外にある礼拝堂で婚儀を終えた2人が、この上無い幸せを感じながらベンチに座って寄り添い合い、語らう場面へと進む。
『本当に私などで良かったのですか?』
『後悔など無いわ、貴方と共に居る事は私の唯一の望みなの』
グリットの胸に身体を預けるリリアーヌの顔は、演技と思えない程に恍惚とした表情を浮かべていた。
その後、2人は夫婦として歩みを共にしていく。幾度と無く夏と冬を超えても、2人の間に芽生えた愛が変質する事は無かった。
しかし、数多の月日が過ぎて30年を超えた辺りから、彼女は父から告げられた言葉の本意を、無自覚の内に感じる様になってしまう。“蛇人族”は人間よりやや長命であるが、それは20〜30年程度の話でしかない。2000年を超える寿命を持つ“吸血鬼族”にとっては、人の寿命も他の亜人の寿命も大して変わらないのだ。
そして更に月日は流れ、グリットはますます老いていく。しかし、ブランヴィーの姿が変わることは無い。グリットの顔にしわが刻まれ、腰が曲がり、そして満足に歩けなくなっても、ブランヴィーの姿はあの時のまま、2人が初めて出会った時と変わらないままなのである。
「生きられる時間が違う」・・・その事実がもたらす悲劇を、彼女は身を以て思い知ることとなった。
そして劇は終盤、最後の場面へと至る。とある家の一室、ベッドの上に臥すグリットの右手を、ブランヴィーがぎゅっと握っていた。まるで彼の命を現世につなぎ止めようとしてる様に見える。
『君は変わらないな。私はもう老いてしまった・・・』
『何を言っているの、貴方はまだ・・・』
この上無い悲しみを湛えた涙声が、会場の中に響く。観客の中には、涙を流して啜り泣く者も居た。観客の感情を揺さぶるほどに、リリアーヌの演技はリアリティが籠もったものだった。
『最期の頼みを・・・聞いて欲しい・・・』
『何・・・!? 私に出来る事なら何でも・・・!』
ブランヴィーは彼の口元に自分の右耳を近づける。
『君はこの先・・・私の何倍も生きて、多くの人々に出会う事だろう。そして私の存在は、そんな長い月日の中で一瞬の想い出になってしまうのだろうね。
せめて、君が死ぬ時・・・何百年後、いや何千年後の未来、君の記憶の片隅に私が残っていることを・・・』
グリットの言葉が途絶える。
『忘れないわ・・・何百年でも、何千年でも貴方の事は・・・!』
吸血鬼の“少女”は、天寿を全うして息絶えた伴侶の手を握ったまま、彼の事を記憶に止め続ける事を誓う。
話は此処で幕を下ろし、そして舞台は暗転する。同時に舞台の中心で紫色の光がきらりと光った。数十秒後、明転した舞台の上には、此度の劇に出演した役者たちが横一列に並んでいた。
『皆様、本日はお越しくださいましてありがとうございました! 本日の公演はこれにて終了させて頂きます。お気を付けてお帰りください』
横に並ぶ役者達の真ん中に、最初の挨拶をしていたサイクロプスの座長が立っていた。彼の礼に続いて、他の役者たちが頭を下げる。
来客に対する感謝の意を示す彼らに向かって、観客たちから割れんばかりの歓声と拍手が贈られた。それは暫くの間止むことはなく、テントの中に響き続ける。
そして十数分後、感動の余韻が冷めやらぬ観客たちは席を立ち、次々とテントの外へと向かって行く。その人波に流されるまま、神藤もテントから退出するのだった。
・・・
港広場
(実際に不老長寿の種族が居るからこそ起こり得る実話の悲恋か・・・、ありきたりっちゃありきたりだけど、良い話だったな〜。あの嬢ちゃんの演技もものすごかったし)
ふわふわとした余韻に浸りながら、神藤は劇の内容を思い返していた。亜人が繰り広げる演劇など、まず日本でお目にかかれるものではない。昨晩は酒盛り、そして今日は演劇鑑賞と、神藤は亜人の国を大いに満喫していた。
「結構、日が西日になっているな。・・・今、何時だっけ?」
日の光が遮られていたテントの中に居た為に時間感覚を失っていたが、想像以上に時が過ぎている事に気付く。
彼は時間を確かめる為に腕時計を見ようと、左手首を顔の近くに寄せた。
「ん・・・? あれ?」
彼は異変に気付く。普段であれば左手首に付けている筈の腕時計が無くなっていたのだ。
(付けて来なかったか? ・・・いや、そんな筈ない。もしかして無意識のうちに外したか?)
神藤は胸ポケットやズボンのポケットの中に手を突っ込み、腕時計が入っている可能性がある場所をひたすら探った。この作業の中で、所持金として持って来ていた銀貨と銅貨は変わらずある事を確認する。
しかし、肝心の腕時計は何処にも無かったのだ。
「んな・・・馬鹿な! 財布ならともかく、腕時計を盗られて気付かない訳が・・・!?」
神藤は頭を抱える。彼は事此処に至って、所持品の1つが無くなっていることに気付いたのだ。