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旭日の西漸 第4部 ティルフィング・選挙篇  作者: 僕突全卯
第2章 エフェロイ共和国
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死神は静かにやって来る

世界魔法逓信社・総本部4F 幹部会議室


 一同に会した逓信社を束ねる8名の幹部たちは、各々の目の前に置かれている資料を手に取った。表紙をめくると、そこには1つ目の議題について書かれている。


「まず、来年度におけるニホン製編集印刷機器の導入に掛かる予算について・・・。トウキョウ支部長が現地のニホン企業と交渉を図り、提示された額は以下の通りとなっており・・・」


 進行役であるディダイマーはその内容を読み上げる。逓信社は更なる利益拡大と仕事の効率化を目指して、日本製の電気機器の導入を目指していた。既にいくつかの日本企業とは話がそれなりに進んでおり、後はエフェロイ共和国と日本国の国交が樹立されるのを待つのみとなっている様な状態だった。


「やはりニホンの機械は金がかかるな・・・」

「元は取れるのか?」

「少しかかりすぎじゃないか?」

「ニホン政府が“いんたーねっと”の利用を認可してくれたら、各支部との情報交換がより容易になり、利益も莫大なものになるのですけどね・・・」


 幹部たちは議論を交わす。既に方針として決まった日本製の機材導入に対しては、まだまだ異論が存在する様だ。その後、議論は次なる議題へと移る。


「イスラフェア帝国への支部設置ですが、依然として彼の国の政府とは交渉が難航しております。イスラフェア帝国を商業圏とする事は先代からの悲願ですが、先方は中々首を縦に振ってくれず・・・」


 この世界に君臨する列強7カ国を示す総称である「七龍」、その内訳は加入順に「アラバンヌ帝国」「クロスネルヤード帝国」「神聖ロバンス教皇国」「イスラフェア帝国」「ショーテーリア=サン帝国」「スレフェン連合王国」、そして最後に我らが「日本国」となっている。

 因みに列強はここ十数年で2回入れ替わりが起こっており、5年前に日本国と争った「アルティーア帝国」、15年程前にスレフェン連合王国と争った「大ソウ帝国」が、それぞれ列強から脱落し、列強の一角の座を取って代わられていた。


 その一角で“西方の七龍”と呼ばれるイスラフェア帝国は、この世界で唯一産業革命に到達している国であり、日本を除けばこの世界で1番“科学”技術が進んでいる。日本政府も貿易相手として注目しているこの国は、魔力を持たず、“火薬”を発明した民の国として特異な注目を集めていた。しかしながら、かつての火薬の様に世界に向かって技術が流出するのを防ぐ為、この国は閉鎖的な国家となっており、逓信社の支部設置を認めていないのだ。


「粘り強く交渉を続けましょう。都市人口が多いとされる彼の国に商業圏を築けば、もたらされる利益は絶大です」


 ブラウアーが口を開いた。大の大人に囲まれた少女はその環境に臆すること無く、責任ある立場に立つ人間として、自らの意見を堂々と述べている。


(凄い嬢ちゃんだ・・・)


 彼女の様子を背後から見つめていた神藤は、彼女の様子を見てただただ感心していた。


・・・


ほぼ同時刻 首都リンガル 港


 神藤が逓信社の総本部を見学していたその頃、彼の部下である開井手は聞き込み捜査の為に港まで来ていた。


「いや〜、知らんね」


 港で積荷の引き下ろし作業を行っていた水夫は、開井手が取り出した5枚の写真を見るなり、首を左右に振る。


「そうか、手間かけさせたな」


 開井手はそう言うと写真を懐にしまった。積荷を左肩に抱えたその水夫は、忙しない様子でその場から立ち去って行く。港には数隻の貿易帆船や逓信社の所有する船、エフェロイ共和国海軍の軍艦が並んでいる。日本人である開井手にとって、日本国の影響を全く受けていないリンガル港の姿は、かなり新鮮に感じられた。


(くそ〜・・・、日本人の団体は目立つと思っていたが・・・)


 水夫や船乗り、そして下男たちが忙しなく行き交う港の中、左手で頭を抱えながらぽつんと立ち竦んでいた開井手は、この上無い焦燥感に駆られる。直後、彼が何気なしに蹴り飛ばした小石は、綺麗な孤を描いて海の中に落ちて行った。


・・・


世界魔法逓信社・総本部4F 幹部会議室


 幹部たちが議論を交わす間に時は過ぎ、会議開始から1時間ほど経った頃、室内に1人の使用人が入ってきた。執事の様な恰好をしたその男は部屋の中へ向かって一礼すると、ディティールに凝ったワゴンを押しながら各幹部が座る椅子に近づき、目の前に紅茶と菓子を配って回る。

 執事風の男は最後にブラウアーの下にも近づき、紅茶と菓子を置いて行く。そして彼が何事も無くその場から離れようとした時、ブラウアーの背後に控えていた神藤は突如、その男の右腕を掴んだ。


「・・・!」


 男は過剰なまでに身体をびくつかせ、こめかみから一筋の冷や汗を垂らした。彼は神藤の手を振りほどこうと掴まれた右腕を目一杯に振り回すが、神藤は彼の腕を固く握ったまま離さない。


「・・・お前何者だ? 香水の匂いで誤魔化せると思っていたのか? この会社はヤク中になる様な奴を積極的に雇う訳は無いな」


「!!」


 神藤は男の顔を睨み付ける。男は再び大きく身体をびくつかせた。その姿を見ていたジョゼフは思わず息を飲む。彼は周りを鋭く威嚇する獣の様な眼光を発していたからだ。


「君! 一体何のつもりかね!?」


 ブラウアーの真正面に座っていた副社長のディダイマーは、突如不穏な行動に走った専務の来賓を叱責する。ブラウアーを含めた他の幹部も驚いた表情を浮かべていた。しかし、そんな周りの視線など気にも留めず、神藤はドスの効いた低い声で言葉を続けた。


「・・・微かに匂う。この国では大麻と煙草は合法だが、アヘンは禁止されている筈だぜ? 確か地球に存在するものよりも、毒性と依存性が高く、廃人になるまでの時間が短いんだったよなあ!?」


 この世界にも麻薬と呼ばれるものは存在する。かつて我々の世界では、古代から近世にかけてそのほとんどが“薬”として重宝され、芥子や大麻は紀元前から人の手によって栽培されてきた。依存性が取りざたされ、世界で麻薬を規制する動きが見られる様になったのは20世紀半ばの話である。

 しかし、テラルス世界の「アヘン」と「芥子」は、17世紀〜18世紀前半の世界観を基軸とするこの世界で既に規制の動きが広まる程、我々の世界に存在するそれよりも遙かに危険な代物だった。


「う・・・うわああぁぁ!」


 神藤にヤク中である事を看破された為か、それとも薬が切れたのか、その男は突如大声を上げると、神藤を突き飛ばしてその場から走り去ろうとする。


「・・・ッ!」


 ジョゼフは自身の目の前を横切ろうとしたその男の足首を蹴飛ばす。男は頭から飛び込む様にして、走り出した勢いそのままに床の上に倒れ込んだ。


「く、くそ・・・、ぐっ・・・!」 


 往生際悪く、咄嗟に立ち上がって再び逃げだそうとした男を、ジョゼフがすかさず取り押さえる。とうとう逃げられなくなったこの男は、敢えなく身柄を拘束される事となった。


「・・・!!」


 自身の背後で起こった一連の様子を、ブラウアーは呆然として見つめていた。他の幹部たちも一体何が起こったのか分からない様な顔をしている。しかし、幹部の中の1人だけは他の者と明らかに異なる表情を浮かべていたことを、神藤とジョゼフは見逃さなかった。副社長のディダイマーは憎しみを込めた目で神藤を見つめていたのである。




総本部3F 専務室


 幹部会議の場で一騒動起こってから1時間後、逓信社の専務であるブラウアーの執務室に、4人の男女の姿があった。


「ジャクユー殿が捕らえたあの男ですが・・・やはり“社員名簿”には載っていませんでした。更にブラウアー様の紅茶には“下剤”が混入しておりました・・・」


「・・・!」


 ブラウアーの執事であるハーゲマンが神藤とジョゼフ、そして自らの主であるブラウアーに調査結果を報告する。ブラウアーは幹部会議の場で魔の手が伸びてきた事に、ショックを隠せない様子だった。


「成る程・・・腹を下せばトイレに行くために1人に成らざるを得ないな。因みに、あの男は何と主張してるんだ?」


 神藤は自らが摘発した不審者の動機や逓信社に侵入した経緯について、ハーゲマンに問いかける。


「どうやら路上で、“素性不明の男”に話を持ちかけられた様です。“アヘンを買う為の金をやるから、逓信社に侵入してブラウアー様に薬を盛れ”と・・・。衣装と社内への侵入は、その男に手引きされた様です。当然ですが、何処の誰かはさっぱり・・・」


「だが状況証拠から、逓信社内部の人間には間違い無いな・・・」


 神藤は大きなため息をついた。逓信社の中には副社長に従属する者が一定数居り、彼らはディダイマーの手駒となって、刺客の手配やフィリノーゲン家の金庫を開く数字の解析を行っている。ヤク中の男を手引きしたのも、恐らくそういった副社長派の社員だろう。内部の人間の協力が有れば、怪しまれることなく社内に侵入する事など容易い。


「あの男はその後どうした?」


「“共和国憲兵隊”に引き渡しました。間も無く処罰されるでしょう」


 ハーゲマンはヤク中男のその後について語る。この国ではアヘンの使用は罪にあたる。加えてフィリノーゲン家の当主に危害を加えようとしたのだ。彼の死罪は免れないだろう。


「馬鹿な男だ。端金の為に命を失う羽目になるとはね・・・」


 神藤は甘言に誘われたのであろうヤク中男に対して、哀れみと蔑みの感情を抱いていた。


「そういえば、何故・・・アヘンの匂いなんか知っていた?」


 神藤の右隣に立つジョゼフは彼がアヘンの匂いを看破した理由について問いかける。違法薬物の捜査を専門に扱う“麻薬取締官”なら、知っていても可笑しくは無いかも知れないが、国際テロリズムを扱う神藤がそれを知っているのは少しおかしかった。神藤は少し間を空けた後、視線を右上に反らしながら口を開いた。


「・・・前にちょっとね」


「・・・?」


 彼は意味深な表情で答えになっていない答えを返す。ジョゼフは聞かれたくない事情があるのかと思い、それ以上は何も聞かなかった。実際は麻薬・大麻に関する講習を受けたことがあり、その中で再現された芥子の匂いを嗅いだことがあるだけのことである。


「それよりラムちゃん、君が置かれている状況が良ーく分かった。今日の事が失敗した事で、あちらさんも焦り出すと思うんだ。そこで1つ提案があるんだけど・・・」


 神藤はブラウアーに対してある提案を持ちかける。


・・・


総本部4F 社長室


 逓信社の頂点に立つ者の部屋の奥の方に机がある。樹脂で塗られた気品のある光沢には、シャンデリアの蝋燭に点された灯がゆらゆらと反射している。その机の椅子に座る副社長ディダイマー=ワルファリンは、眉間に深いしわを寄せながら、憤怒の表情を浮かべていた。


「また失敗か!」


 部屋の中に怒号が響き渡る。彼の視線の先には1人の社員が居た。社員は萎縮しながら口を開く。


「申し訳ありません! あの新しい護衛とかいう男の勘が思いの外鋭く・・・」


 社員の男は震えた声で弁明を図った。ヤク中の浮浪者を雇い、整った服を着せて社内に侵入させ、ブラウアーが飲む紅茶に薬を盛らせる、此処までは難なく成功したにもかかわらず、浮浪者から微かに漂う“アヘンの移り香”から、彼がヤク中の部外者だということが神藤によって看破されてしまったのだ。


「やはりあんなゴミを使おうとしたのが間違いだったな! クスリ代で難なく釣れたは良いが、それが裏目に出たか・・・」


 ディダイマーと彼の一派はブラウアーの身柄を捕らえる為、今まで数多のチンピラや貧困者を金で雇い、彼女の身を襲わせて来た。しかしながら、それらはいずれも失敗しており、とうとう彼女の社長就任式まで残り数日という所まで迫っている。

 加えて近頃は、“フィリノーゲン家の当主を襲えという妙な依頼を受けた奴が居たが、皆失敗して憲兵隊に連行された”という噂(事実)が路地裏界隈で広まってしまっており、“使い捨ての刺客”が金で釣れなくなっていた。焦る副社長派は“薬物中毒者”を薬で釣る事を考え、そして実行したのだが、神藤の機転で敢えなく失敗に終わったという訳である。


「あと4日しか無いのだぞ! 小娘1人を捕らえるのに何を手こずっている! 今までどれほど金をドブに捨ててきたと思っているのだ!?」


「本当に申し訳ありません!」


 ディダイマーの怒号に対して、社員の男はただただ頭を下げ続ける。叫び続ける余り、彼の声は徐々に掠れていた。


『おい! お前が何故此処に居る!?』

『ここはディダイマー様の部屋だ!』


ドカッ! バキッ!


 その時、社長室と廊下を隔てる扉の向こうから騒ぎ声が聞こえて来た。どうやら扉の前で一悶着起こっている様である。


「どうした、何があっ・・・!」


 ディダイマーは扉の向こう側に居る部下たちに、何が起こっているのか問いかけようとする。その刹那、ガタッという鈍い音をたてながら扉が開き、その向こうに大柄の男が現れた。男の周りには、彼に蹴散らされたディダイマーの部下たちが倒れている。彼らの顔を見れば、殴られた様な傷跡がくっきりついていた。


「副社長とは出世したな、ディダイマー?」


「お前は・・・!」


 ディダイマーはぶっきらぼうに社長室の扉を開けた男の姿を見て驚く。その後、男はずかずかと部屋の中に足を踏み入れ、状況が飲み込めずにオロオロとしていた社員の男を乱暴にはね除けると、ディダイマーが座る机の前に立ち、彼を見下ろした。


「ヘパンリー・・・先代社長に追放されたお前が、何故此処に!?」


 ディダイマーは男の名を呼んだ。彼はかつてある問題を起こした為、逓信社から除籍された人物だった。ヘパンリー=プラスミノーゲン・・・それが彼の名である。逓信社が組織している私設軍隊、通称「世逓軍」の団長をしていた人物だ。過激な性格で、部下に対して躾や稽古の度を超えた暴力を行っていた事が問題視され、ある日の夜に起こした泥酔時の淫行事件を機として軍から除籍・追放されたという過去を持つ。


「なぁに・・・あんたが社長に就くか否かには興味が無いが、あの老いぼれ(ヴォン)の青臭い小娘(ガキ)が社長に就くのが気にくわねェから、ちょっとお前たちに協力してやろうと思ったのさ」


 彼を逓信社から追い出したのは、先代社長であり、ブラウアーの実父であるヴォン・ヴィレブラント=フィリノーゲンだった。故にヘパンリーは今は亡きヴォンに対して、逆恨みとも言うべき怨恨を抱いていた。それは次代社長であるブラウアーに対しても同様だったのだ。


「何故その事を・・・何が目的だ?」


 協力してやると言うからには、何らかの目的が有るとしか思えない。ヘパンリーの過去の蛮行を知るディダイマーは彼の目的を問い糾す。


「俺がお前たちの企みを何処で知ろうが関係無い。それよりもこの仕事に成功したら、報酬として5ユロウ(150万円)、そして復職させろ。それが条件だ」


 ヘパンリーが示した成功報酬の額は、この世界の常識からすれば法外と言って良いものだった。さらに一度社内から追放された者を復職させるなど、異例中の異例である。通常なら当然認められるものでは無かった。しかし、既に幾つもの策略に失敗していたディダイマーは、悩んだ末に大きなため息をつきながら口を開く。


「・・・分かった、良いだろう! だが、成功したらの話だからな。仕事の内容は・・・」


「分かってる! あの小娘(ガキ)を攫って“金庫の鍵”を吐かせ、殺しゃあ良いんだろ?」


 ヘパンリーはタレコミによって内部の大まかな事情や副社長派の目的については既に知っていた。彼はある人物から話を持ちかけられて此処へ来たのだ。


「くれぐれも約束は破るなよ・・・」


 ヘパンリーは鋭い眼光を光らせながら身体を反転させる。足音をたてながら扉へと向かう彼に対して、ディダイマーは1つの忠告を伝えた。


「ああ、だがその小娘(ガキ)にひっついてる“腐れ執事(ハーゲマン)”と“謎の異国人”には気をつけろ・・・」


「・・・?」


 社長室の内外で一頻り暴れたヘパンリーは、部屋を後にする。扉の向こうに消える彼の後ろ姿を見つめていたディダイマーは、再び大きなため息をついた。


「あの男は上手くやれるのでしょうか・・・?」


 2人のやり取りを傍から見ていた社員の男は、ヘパンリーに押しのけられた肩を摩りながら、ディダイマーに問いかける。


「・・・警備、護衛、防諜、そして時には穢れ仕事も担って来た“世逓軍”の元精鋭だ。今までの路地裏の住人達(虫ケラ共)よりは確かだろうよ」


 彼はそう言うと机の引き出しから1本の葉巻を取り出し、口にくわえる。


〜〜〜〜〜


同日・夜 首都リンガル 宿「春秋亭」


 その日の夜、宿泊中の宿へ帰っていた開井手と利能の2人は、1人で世界魔法逓信社の見物に行っている神藤の帰りを待っていた。電気の光が存在しない部屋の中は当然ながらかなり暗い。等間隔で壁に掛かるランプの灯を頼りにしながら、開井手と利能は視界を確保していた。


「・・・」

「・・・」


 元来職場が別々で、今回の任務で初めて顔を合わせた2人は、必要以上の会話を交わす事は無かった。利能は持参していた小説を読み、開井手は愛銃であるベレッタの手入れをしている。

 ランプの灯がゆらゆらと揺れ、それに伴い、壁に映る2人の影もまるで波の様に揺れている。耳鳴りが聞こえる程の静寂が空間を支配する中、ベッドの上に座っている利能がぽつりと口を開いた。


「1人だけ任務とは関係無い別行動とは、やっぱり身勝手な人ですよね・・・神藤警視とはどういう人だったんですか?」


「!」


 開井手は利能が仕事に関する事以外の言葉を口にした事に驚く。その後、彼は頭の中にある記憶を探りながら、あるエピソードを語り始めた。


「・・・あれは私が高校3年生の時、松早高校バスケ部がインターハイ1次予選の準決勝に進んだ時の事です。私と神藤警視は同じバスケ部に属していました」


 15年前、同じ高校の先輩後輩という関係だった開井手と神藤は同じ部活に属していた。開井手が高校3年生の頃に神藤は1年生であり、当時の2人の関係は今の関係と大きく異なるものだった。


「その時、スタメンだった私が負傷して、ベンチだった彼が代わりに出たことがあったんです。結果は散々で・・・シュートをまともに決められないまま、第3クオーターで交代させられる羽目になったんですよ」


「!」


 当時、高校1年生の身でスタメンに抜擢された神藤は、極度の緊張の為に初出場した試合で大きな失敗をしてしまった事があった。現在の軽薄な様子からは少し考えにくいものがある。


「一見飄々としていますが案外緊張とかするんですよ、彼は・・・そんな奴です」


 過去を語る開井手の顔は、昔を懐かしむ穏やかな笑みを浮かべていた。神藤には中2の後半から高1の秋頃まで、非行気味だったという過去がある。だが“国家公務員総合職試験”に合格している辺りから推察出来る様に頭の出来は良く、所謂、“成績が良い不良”といった感じの生徒だった。

 そんな彼の性格面を修正する一因となったのが、当時はかなり厳しい性格をしていた“先輩”である開井手の存在だったのだ。彼と出会った神藤は、ある程度まともな人間となって今に至っている。

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