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旭日の西漸 第4部 ティルフィング・選挙篇  作者: 僕突全卯
第2章 エフェロイ共和国
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世界情報の総本山 弐

5月3日・朝 リンガル・中心街 フィリノーゲン家邸宅 食堂


 食堂の中央に鎮座する長方形の巨大なテーブルの端には、目の前に並べられた朝食を優雅に食べる現フィリノーゲン家当主、ブラウアー・ステュアート=フィリノーゲンの姿があった。スープをすくって口に運ぶ彼女の後ろには、執事長であるハーゲマン=フィッツゲラルドをはじめとする数人の使用人、そして料理を持って来た料理長が控えていた。巨大な屋敷に住み、多くの使用人を抱えるその様子は、気品さを漂わせる貴族そのものである。

 事実、この世界で“唯一無二の国際報道機関”であり、同時に“世界最大の民間組織”である「世界魔法逓信社」社長の地位を世襲・独占してきた「フィリノーゲン家」の財力は、貴族どころか並の国家を大きく凌ぐものである。実際に、初代社長のプリートレットがこの地に逓信社を立ち上げてから今まで、エフェロイ共和国政府から何度か爵位授与の打診があった。

 しかし、如何なる国家権力にも与しないという初代社長の理念を継承する歴代社長は、エフェロイ共和国という国家に紐付きになってしまう“爵位の拝受”を拒否し続け、その為にフィリノーゲン家は今日まで、“世界で最も裕福な平民一族”という二つ名を保ち続けている。


「美味しかったわ」


 食事を終えたブラウアーは使っていたスプーンをテーブルの上に置くと、口元をナプキンで拭い、料理長であるアデノ=エンドルフィンに朝食の感想を伝える。


「ありがとうございます!」


 料理長のアデノは感激の意を込め、彼女に対して深々と頭を下げる。席を立ったブラウアーは多くの使用人が見送る中で、執事兼護衛であるハーゲマンを引き連れて食堂を後にする。食堂の扉を出た先では、ジョゼフ上等兵が彼女が出てくるのを待っていた。


「お嬢様・・・この後のご予定は?」


 ジョゼフ上等兵は少しだけ執事を気取った敬語口調でブラウアーに問いかける。すると彼女の背後に居たハーゲマンが、手帳と思しき小さな冊子を懐から取り出した。彼は目当ての頁を一発で開くと、そこに書かれていた今日の予定を読み上げる。


「本日は出社の後に、午後から幹部会議がございます。その後に就任式の打ち合わせ、それを終えられた後に退社という流れになっています」


 彼は今日一日のフローを説明する。因みに、現在のブラウアーが逓信社内で有している地位は“専務”、事実上のナンバー3である。彼女を含め、その他“常務”などの役員、そして各局の“局長”などの重要ポストは、その5割がフィリノーゲン家の血縁者で占められており、世界魔法逓信社は正に“一族による経営”という形態を成していた。


「・・・私は今日、幹部会議で“副社長”ディダイマー=ワルファリンと顔を合わせる事になる。まあ流石に他の幹部の目があるところで物騒な事はしないとは思うけど、ちゃんと気を付けてね」


 逓信社の副社長を勤め、尚且つ現在は空席となっている社長の代理を勤めているディダイマー=ワルファリン、彼は正式な社長への就任を目論見、ブラウアーの命を狙っている。尚、血縁主義が蔓延る逓信社の上層部で、フィリノーゲン家の人間で無いのにも関わらず、副社長に抜擢された彼の存在は異例中の異例だった。それほど優秀な男だったのだろう。


「勿論ですとも・・・二度と昨晩の様なことは起こしません」


 雇い主の念押しに、ジョゼフは胸を張って答えた。その後、ブラウアーとハーゲマン、そしてジョゼフ上等兵の3人は、数多の使用人たちに見送られながら屋敷を出る。




 屋敷の敷地と公道を仕切る門をくぐると、そこには二頭立ての豪勢な馬車が停まっていた。その側には、エフェロイ共和国の衣装に身を包む1人の日本人が立っている。


「おはようございます、お嬢さん」


 それはブラウアーと待ち合わせをしていた神藤であった。彼は昨日、偶然ながらも悪漢からブラウアーを救ったお礼として、総本部の案内をして貰うことになっていた。


「おはよう・・・じゃあ、早速乗って頂戴」


 ブラウアーはそう言うと、屋敷の前に停まっている馬車にそそくさと乗り込んでいく。他の3人も彼女に続いて馬車に乗り込む。そして4人は「総本部」へと向かった。


・・・


首都リンガル・東部 世界魔法逓信社総本部


 一行を乗せた馬車は、首都の東部に位置する世界魔法逓信社の総本部へと到着した。そこにあったのは城かと見まがう程の巨大な建物の姿だった。


「すごい・・・」


 想像を絶する総本部の姿に、神藤は想わず息を飲んだ。恐らくはこの国の国政について審議する“エフェロイ国民会議場”よりも大きなその姿は、逓信社、そしてそれを経営するフィリノーゲン家の財力・権勢を誇示するかの様である。


「ここが総本部・・・世界中から情報が集まる場所よ。幹部会議まで結構暇だから、早速“世界情報の総本山”を案内してあげる」


 ブラウアーはそう言うと、ハーゲマンと共に入口へと向かって行く。ジョゼフ上等兵と神藤もあわててその後に付いていった。




 建物の中に入った彼らの前に、これまた荘厳というべき眺めが飛び込んで来る。デザイン性にも気を遣った内装が施された内部の様子は、高級ホテルの様であった。彼らが今居るのは、入口から入って最初に足を踏み入れる事になる“ロビースペース”である。4階まで繋がった吹き抜けを見上げれば、高い天井に設けられたガラス窓から日の光が入って来ており、建物の内部を明るく照らしている。

 数多の社員たちが忙しなく行き交う様は、日本国内の大企業と変わりない様に見える。総本部に勤める従業員は掃除夫などの雑用も含めて5千人以上、首都リンガルに住む人口の30%を占めており、故にこの都市の経済は総本部に大きく依存し、支えられている。この国の政府や貴族が、フィリノーゲン家の意向に逆らう事が出来ないのはその為なのだ。 


「こっちよ、私の後についてきて」


 ブラウアーの手招きに誘われ、神藤はさらに奥へと足を進める。周りを見れば多くの社員たちが、重役出勤して来た若き専務であるブラウアーを見るなり、彼女に対して頭を下げていた。15歳の少女が世界的大企業の重役に就いて数多の部下を率いている、神藤はそんな奇妙な光景を強烈な違和感と共にしばし眺め続ける事になる。


「専務、“第45・ニホン国オオサカ支部”設置についての計画書に、今一度お目通りをお願いします」

「分かったわ、私のデスクに置いておきなさい」

「“第32・リザーニア王国ホッフェノム支部”ですが、現地の情勢悪化によって業務の維持と職員の安全確保が難しくなっており、支部の移転を求めています」

「現地が“朝”になったところを見計らって、支部長に連絡を入れなさい。私が話を聞きます」


 多くの社員が近づいては告げていく様々な報告や依頼を、ブラウアーは廊下を歩きながら2つ返事で処理していく。その姿は正に、管理職のキャリアウーマンといった雰囲気だ。ジョゼフ上等兵は何時も通り、彼女に近づいて来る者たちに対する警戒を怠らず、彼らの表情や仕草を注視するが、特に不穏な動きは無かった。


 程なくして、何かを報告しに来る社員が1人も居なくなる。ブラウアーは自身の後方を歩くジョゼフ上等兵と神藤の方へ振り向いた。


「この先に逓信社の中枢、“編集局”がある。折角だし、寄っていきましょうか」


 彼女はそう言うと、逓信社を構成する“局”の1つに神藤を案内する。“総本部編集局”、すなわち世界に向けて発行する紙面を作る部局だ。

 世界40カ国に点在する44の支部に配置された記者たちが取材した情報が、1日に1回全て此処に集められる。局の内部は一般の新聞社の様な“文化部”、“経済部”、“社会部”といった括りではなく、“アルティーア帝国担当部”、“クロスネルヤード帝国担当部”など、支部が置かれている国ごとに分けられている。部ごとにオフィスが設けられており、その中では社員たちが集約した情報を下に、記事を作っている。


「各部の社員たちは、各々が担当する国からもたらされる情報の中から、話題性が高いものを選び、記事にする。そして“編集局長”がその中から実際に紙面にするものを決める。そして記事にすると決まった内容をもとに“整理部”が紙面を作成し、“校閲部”が誤字脱字を確認したあとで各支部へその内容を送り、各支部の“販売局”が印刷を行う。印刷した新聞は翌日の朝夕に発売・配達される。大雑把に言えばこんな感じね、私たちの仕事は。本当はもっと細かいんだけど・・・」


 数多の部屋が並ぶ“編集局”の廊下を歩きながら、ブラウアーは業務の内容について説明する。その様子はまるで、貰った玩具を友達に自慢する少女の様であった。程なくして、彼女はとあるオフィスの前で立ち止まる。


「此処が“ニホン国担当部”。今最も競争率が高い部署よ」


 神藤が連れて来られたのは、彼らの故郷である日本に関する記事作成を行う部であった。中を覗いてみると、他の部に比べてオフィスの広さが一際大きく見える。


「貴方たちの祖国にはここ数年で、えらく稼がせて貰ったわ。此処は今や花形部署になっているの」


 世界を最も騒がせている国・・・その報道を担当するこの部署に配属される事は、社員たちにとって最大の目標になっている。“ニホン国担当部”は今や、全社員が目指す出世の登竜門となっているのだ。


「次は“販売局”に行ってみましょうか・・・。そうそう、やっとエフェロイがニホン国との国交樹立に動いてくれたからね、トウキョウ支部で導入している“こぴー機”とか“ぱそこん”とか、“おふせっと印刷機”とか・・・やっと本部にも導入出来るのよ! これで仕事効率は段違いに上がるわ!」


 ブラウアーは日本企業より発電機器及び電子機器を導入する目処が立った事を喜々として語る。話の内容は事務的だったが、それを語る彼女の顔は年相応の笑顔を浮かべていた。


「へぇ〜、良かったな」


 神藤は淡い笑みを浮かべながら頷く。その後、彼は“販売局”へと案内された。販売局とは紙面の印刷と配達を担当する局である。因みにこの世界の印刷の主流は“活版印刷”である。イスラフェア帝国を除いて、この世界はまだ産業革命が成されていない為、写本よりは時間が短縮出来ても、大いに手間が掛かる事には変わりなかった。彼らにとって、日本で使われている印刷機は、とても魅力的な存在に映っているのだろう。

 程なくして太陽は天高く上り、正午を超える時間帯となる。昼食を摂った神藤はブラウアーに付き従う形で、 総本部西棟の4Fにある幹部会議室へと向かう。




総本部西棟4F 幹部会議室


 太陽は南中高度を通過し、すでに時は真昼に差し掛かっている。そしてここ幹部会議室では、週に1回開かれる“幹部会議”の為に総本部に勤める役員たちが集まりつつあった。

 その内訳は普段であれば、社長と副社長が1人ずつ、専務と常務が2名ずつ、各局(編集局、販売局、総務局、製作局、経理局)の局長が5人ずつの計9名で行われる。しかし、現在は社長が不在という状況の為、副社長のディダイマー=ワルファリンが社長代理を勤め、幹部会議は8名で行われることとなっていた。


 1人また1人と幹部たちが入室し、各々の席へと座る。“専務”であるブラウアーが座るのは、本来なら社長が座るべき議長席から見て左手にある席だ。その後ろに執事のハーゲマン、そして神藤とジョゼフが控える。


(ラムちゃん・・・、俺は処に居て良いの・・・?)


 神藤はブラウアーに小声で耳打ちをする。来賓として総本部を案内されている身とは言え、本来なら部外者である神藤が会議室に居て望ましい筈が無い。それを裏付ける様に、着席していた他の幹部たちの視線が彼にちくちくと突き刺さっていた。


(大丈夫・・・堂々としておいて)


 彼女は素っ気なく答えた。それから数十秒後、再び新たな幹部が会議室内に入って来る。


「ご機嫌よう、カリクレイン殿」


「これはブラウアー様、今日も一段と麗しくございますね」


 ブラウアーはその幹部と形式的な挨拶を交わした。彼の名はカリクレイン=フィリノーゲン、彼女から見て従叔父、即ち祖父母の兄妹の息子に当たる親戚だ。逓信社内における彼の地位は“常務”、ブラウアーの1つ下になる。この様に、逓信社の幹部のほとんどは、フィリノーゲンの姓を持つ者がほぼ半数を占めているのだ。

 数分後、社長席と副社長席を除いた7つの席が埋まる。中にはブラウアーの様に従者(恐らくは秘書)を引き連れて来ている者が居り、彼らは神藤らと同様に、自らの主の背後に控えていた。


 そして更に数分後、8人目の幹部が会議室に姿を現す。白髪をしたやや小太り気味の西洋人中年男性といった外見をしているその男は、つかつかと足音をたてながら室内に入ると、副社長が座る席に腰を下ろした。そこは最上座である社長席から見て右手側、すなわちブラウアーが座る席からテーブルを挟んで向かい側だった。


(彼が“副社長”ディダイマー=ワルファリン・・・、ブラウアー嬢(ボス)の命を狙う敵・・・!)


 ジョゼフはブラウアーの真正面に座った男の顔を、緊張感と共に思わず睨み付ける。ディダイマーもその視線に気付いたのか、ジョゼフの顔をちらっと覗いた。彼はさっと視線を反らす。


「・・・ブラウアー様、従者の数が増えている様ですが、その者は?」


 ディダイマーはブラウアーに対して神藤の素性を尋ねる。神藤は堪らず苦笑いを浮かべた。


「新たに雇った護衛よ。怪しい者では無いわ」


 ブラウアーは淡々と答えた。神藤は実際には護衛になったつもりは無いのだが、此処でその事を口にすると話がややこしくなるので、あえて何も言わなかった。


「どうですかな・・・中々目にする事の無い顔立ちをしている様ですが・・・?」


(・・・!)


 神藤はディダイマーの言葉を聞いて心拍数が上がる。衣装は現地に合わせているが、エフェロイ人とは明らかに異なる顔立ちの為に、異国人であると一発でばれてしまった様だった。西洋人風の顔貌をしているエフェロイ人の会議に日本人が姿を見せれば、悪目立ちしてしまうのは致し方が無いだろう。


「彼の素性を疑う事は、私を疑う事と同義ですよ・・・」


 ブラウアーの目に影が掛かる。彼女は他の幹部たちが見ている前で、次期社長である自分に疑いを向けるのかとディダイマーに問うているのだ。


「・・・わかりました。これ以上は何も詮索はしませんよ」


 ディダイマーは次期社長の言葉に観念した様な表情を見せた。裏で命を狙い、狙われる者同士が表舞台で顔を合わせる。その様相を見ていた神藤とジョゼフ上等兵は、両者の間に漂う空気がひりつくのを感じた。尚、この一件については、他の幹部たちは一切関知していない。そもそも副社長がブラウアーの命を狙っているという物証は存在しないし、知ったところで何も出来ないだろう。


「では・・・今月1回目の幹部会議を始めましょうか」


 進行役であるディダイマーの一言と共に幹部会議が始まる。会議場に集った8名は手元に置かれた資料へと手を伸ばした。

ブラウアー・ステュアート=フィリノーゲン、ヴォン・ヴィレブランド=フィリノーゲン

逓信社に関わるメンツの名前は我ながら響きが良く感じて、結構気に入っています。と言っても、既存の単語を繋げただけなんですけどね笑

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