世界情報の総本山 壱
キャラクター像を共有出来たら良いかなと思い、主要キャラ3名の絵をボールペンと鉛筆で描いてみたのですが、あえなくお蔵入りにしました。イラストって難しいですね。
「エフェロイ共和国」は国力的に中小国に分類されており、軍事的に強国という訳でも、何かに秀でている訳でも無い。しかし、世界各国にはこの国を決して軽視出来ない理由がある。この国の首都リンガルには、この世界で唯一無二の国際報道機関である「世界魔法逓信社」の「総本部」が存在しているのだ。
55年前、「レーバメノ連邦」の首都である「“魔法の学府”サクトア」にて、とある開発チームが魔術師や非魔術師に関わらず万人が「遠隔地間音信魔法」を使える魔法具の開発に成功した。サクトアの歴史上、最も世界を変えた発明と言われたその魔法具は「信念貝」と名付けられ、瞬く間に世界各国で導入されていった。
その開発チームのリーダーこそ、後に歴史に名を残す魔術師、「プリートレット=フィリノーゲン」であり、同年、彼は信念貝を用いた遠距離間における迅速な情報の提供、すなわち“報道”という新たな商業形態を考案した。そして設立されたのが「世界魔法逓信社」である。
その後、初代社長となった彼は“独占的な報道”によって巨大な財を成し、そして今や世界規模の組織になった世界魔法逓信社の社長の地位を代々引き継ぐ「フィリノーゲン家」は「世界で最も裕福な平民一族」と呼ばれ、その経済力は並の国家を軽く凌駕すると言う。更には、エフェロイ共和国の議会も世界魔法逓信社やフィリノーゲン家の意向に逆らう事は出来ず、事実上、同家はこの国の経済や国政すらも左右する程の権力を有していた。
そして今、そのフィリノーゲン家の現当主と名乗る少女が、神藤の目の前に座っている。驚く神藤に対して、彼女専属の執事であるハーゲマン=フィッツゲラルドが事の詳細を説明する。
「この方のお名前はブラウアー・ステュアート=フィリノーゲン。“情報の帝王”こと、世界魔法逓信社第4代“社長”ヴォン・ヴィレブランド=フィリノーゲン、唯一のご息女なのです。ご高齢でブラウアー様をもうけられた先代社長ヴォン様は、2ヶ月前にお体を壊され、地方のとある田舎で療養なさっておりました。そして先月、61歳で息を引き取られました。本来ならば世襲の慣例に従い、ブラウアー様が社長の地位を継承されるのですが・・・先代は息を引き取られる間際に遺言を残されたのです」
逓信社の社長の地位は基本的に血統重視の世襲で受け継がれている。そして、フィリノーゲン家現当主であるブラウアー嬢が地位を受け継げば、第5代社長として新たな“情報の帝王”に君臨する事となる。しかし、厳密に言えば彼女はまだ社長の地位は受け継いでいない。そこにはある理由があった。
「私が成人するまで、社長の職務は現“副社長”に一時的にゆだねる。私が社長の地位に即くのは、成人してからだと・・・」
ブラウアーが口を開いた。彼女の現在の年齢は15歳、ジュペリア大陸の各国では多くの場合、16歳で成人と見なされる事が多い。即ち、今は亡き先代社長であるヴォンは自分の娘を、社長の地位を引き継がせるにはまだ若いと判断したのだ。そして此処で、ある重大な危機が彼女の身に発生したのである。
「そして私の成人が5日後・・・今の社長代理である副社長は、私が成人する前に私から“金庫の鍵”に関する情報を聞き出し、そして暗殺しようとしている。社長の地位とフィリノーゲン家の富を我が物とする為に・・・!」
「!?」
神藤はようやく状況を理解する。現在、逓信社は副社長であるディダイマー=ワルファリンが社長代理を勤め、運営している。しかし、彼はあくまで“繋ぎ”であり、「その時」が来れば自動的にブラウアーが社長の地位に就くこととなる。
しかし、副社長のディダイマーは、一度得た社長という地位を完全に我が者にする為、あらゆる手でブラウアーを社長の地位に就けまいとしているのだ。副社長の裏工作は差出人不明の脅迫文書から始まり、今に至ってはチンピラを雇い、明確に命を狙うまでになっている。
「じゃあ、さっきの暴漢も刺客の類だったと言う訳ね。そしてそこのアメリカ兵さんは雇われた傭兵という訳か・・・」
「その通り・・・およそ1ヶ月前、アメリカ合衆国軍司令部に傭兵の依頼が届いた。そこで私が派遣された」
執事と共にブラウアーの背後に立っていた米兵が口を開く。彼は名前をジョゼフ=オブライセンと言い、アメリカ合衆国陸軍の上等兵であった。
この世界にて建国された「アメリカ合衆国」と「ロシア連邦」は、日本政府からの出動要請が無い平時には、主に傭兵業で外貨を稼いでいる。依頼は信念貝を介して世界中から届けられ、在日米軍、または択捉島に駐屯していたロシア兵たちが現地へ派遣されるという仕組みだ。そしてこのエフェロイ共和国から傭兵の依頼が届けられたのはおよそ1ヶ月前、傭兵として派遣されたジョゼフ上等兵はそれ以降、ブラウアーの警護として働いていた。
「そう言えば・・・“金庫の鍵”って?」
神藤は1つの疑問を示した。それはブラウアーが口にした“ある単語”についてである。
「4代に渡って積み上げられた、並の国家を大きく凌ぐ程の財を収めている“フィリノーゲン家の金庫”を開ける為に必要な“12桁の番号”と“何らかのロック”の事よ」
ブラウアーが答えた。どうやらこの国の何処かに、12桁の番号と何らかのロックに守られた巨大な金庫が存在している様である。副社長は社長の地位を我が物にするだけでは飽きたらず、世襲によって受け継がれるのだろう“金庫の鍵”を彼女から聞き出し、フィリノーゲン家の富をかっ攫った上で彼女を始末しようとしているのだ。
「・・・“何らかのロック”ってどういう事?」
神藤は更なる疑問を示す。ブラウアーは首を左右に振りながら答える。
「それは私にも伝えられてないの・・・私が知るのは、死ぬ間際の父から伝えられた“12桁の番号”だけ。父曰く『“12桁の番号”を金庫に打ち込めば、第2のセキュリティであるそれが作動する。お前なら解けるけど、開くのは仕来り通り成人する日まで待ちなさい』と・・・」
彼女は財産の相続事情について説明する。社長の地位と同じく、フィリノーゲン家の財産は成人してから完全に相続される様だ。
「成る程・・・大体事情は分かった。だが今まで1ヶ月近く、あんたたちだけでお嬢さんの身を守って来られたんだろう? あと5日って時に、わざわざ俺を言い値で雇う意味が有るのか? ・・・立派なボディガードも居るのにさ」
神藤はようやくブラウアーを取り巻く状況について理解した。そして彼は次なる疑問を示す。命を狙われているとなれば、当然普段からボディガードを付けていることだろう。その状態で3週間以上、副社長の魔の手をはね除け続けて来た訳だ。加えて屈強な米軍の傭兵まで雇っている。それなのに、わざわざ多大な出費を叩いて自身を雇おうとしている彼女らの事情が神藤の気がかりだった。
「今までの謀略は、あくまで“人目に付かない”レベルのものでした。しかし、貴方方もご覧になったでしょう。お嬢様を襲った悪漢の姿を・・・。10日前程から、副社長の工作は手段を選ばないものになっている。このままでは、私共だけではお嬢様の身を守りきれない恐れがあるのです・・・。事実、貴方が居なければ、お嬢様は今日で命を落としていたかもしれません」
ハーゲマンは悲痛な表情を浮かべる。彼の言う通り、神藤とブラウアーが初めて出会った時、彼女は1人で追われていた。この事から、護衛が出し抜かれたことが難なく読み取れる。
後から聞いた話に依れば、トイレか何か、護衛と離れざるを得ない状況を狙われて捕まり、路地裏に連れ込まれたところを隙を突いて逃げ出したらしい。逃げた先で出会ったのが、夕飯を買おうとしていた神藤だったと言う訳だ。あの時の彼女は本当に身の危機だった訳である。
「貴方の強さはこの目で見たから疑い様もない。・・・5日間、私の身を何に代えても護る。貴方にとっては簡単な仕事でしょ?」
一瞬で4人の暴漢を撃退した神藤の姿は、ブラウアーの瞼の裏に強く焼き付いていた。だが、神藤を護衛として雇いたいという彼女の申し出に対して、彼は怪訝な顔をする。
「・・・正気か? 君は俺が何者か全く知らないだろ。そんな人材をボディガードとして雇い入れるなんて、それこそ命を縮めるというもんだ」
日本国内では公安警察官でも、この国では不審な一旅行者に過ぎない。神藤はそんな得体の知れない人物、すなわち自分を雇うという彼女の考えが理解出来なかった。
「“全く”・・? 貴方、自分たちがどれほど有名かご存じないのね」
ブラウアーは呆れた様な表情を浮かべながら、ため息をついた。神藤が述べた言葉は、自分たちがテラルス世界で置かれている状況について、余りにも無知である事を晒す言葉だった。
「目にも止まらない連射が可能な高性能の火薬武器、そして奇抜な服飾にその顔立ち・・・この3つを兼ね備える人種は、世界に1つしかないわ。『ニホン国』・・・『ニホン人』なんでしょ、貴方? それも何らかの国家機関に属する人間、それとも国外逃亡した犯罪者といったところかしらね?」
「!」
彼女の的確な指摘に、神藤は内心ドキリとしていた。今、最も世界を騒がせている国、大陸から離れた東の果てに位置しながら高度な軍事力と技術力を兼ね備え、5年の間に2つの列強国を立て続けに破ったことで世界的な注目を浴びている者たち、ブラウアーはその民族の名を告げたのだ。
「突如“東の果て”に現れ、どれだけ核心に迫ろうと底が見えない“謎の国”。確かなのは、既存の列強では太刀打ち出来ない軍事強国で、他の追随を許さない技術を持っていると言う事くらいかしら? 第44支部(日本支部)の連中が大騒ぎしているわ、どれだけ記事にしても報道しきれない程の驚きと発見に溢れた国だってね」
日本の存在は既に、東方世界に位置する「ウィレニア大陸」と中央世界に位置する「ジュペリア大陸東部」で多大な影響を及ぼしていた。そんな謎の国について深く知る為に逓信社が設置したのが、「第44・日本国東京支部」である。エフェロイ総本部を起点に、世界40箇所以上に設置されている世界魔法逓信社の支部のうち、1番最後に作られた支部となる。
「まあ、そんな事はどうでも良いわ。貴方に頼みたい仕事は、私が“社長就任式”を終えるまで、副社長の魔の手から私の命を守り抜くこと。社長にさえなれば、“社員の人事権”を使って副社長を解雇するなんて容易いことだし、“私設軍隊の指揮権”も手の中に収まる・・・!」
ブラウアーは顔の前に掲げた右拳を握り締める。逓信社が抱える総人員は7万人以上、総本部に至っては私設軍隊も持ち合わせており、“正式な社長”はその指揮権や人事権、資金力を全て手中にする事が出来る。“正式な社長”の地位を狙う副社長は、先代社長の遺言によって“社長代理”の地位に就いている間にブラウアーを捕らえ、“金庫の鍵”について聞き出した後に彼女を亡き者にし、自身が正式な“第5代社長”になるつもりなのだ。
故に、既に一線を越えてしまっている彼が、何が何でも避けなければならない事、それは5日後までブラウアーの命を奪うことが出来ないまま彼女が正式な社長の座に就き、“解雇”を言い渡されてしまう事である。逆に5日後まで無事に生き残ればブラウアーの勝ちと言う訳だ。
「勿論、望み通りの報酬はあげる。やってくれるわよね・・・?」
ブラウアーは確信に満ちた目で神藤に問いかけた。神藤は口元を右手で覆いながら少しだけ考える素振りを見せる。
「いや・・・やっぱりこの話は断るよ。俺たちはデカいヤマ抱えてる真っ最中なんだ。悪いが君の仕事は受けられない」
「!」
神藤の答えは拒否であった。失踪邦人の捜索という重要任務の真っ直中である以上、致し方の無い結論である。ブラウアーは一瞬だけ悲痛な表情を浮かべるが、すぐに気を取り直した。
「本当に・・・断るの? 好きなだけお金は用意出来るのよ? それに我が社の情報網を使えば貴方の仕事にも役立つかも知れないわ」
「・・・いや、金は関係無いし、俺たちがやっているのは人捜しだ。メディアは関係無いよ」
「・・・そう、残念ね」
神藤の決断は変わらない。ブラウアーは大きくため息をついた。
「じゃあ・・・せめてものお礼に、私が“総本部”を案内するっていうのはどう? 世界情報の総本山よ、貴方にとって有益となる情報が舞い込んでいるかもしれないわ」
「・・・そういうことなら」
世界各国からの情報が一同に会し、“世界情報の総本山”と呼ばれる「世界魔法逓信社・総本部」、その存在は公安にとっても非常に関心の高いものだった。その次期社長が本社を案内してくれるというのなら、これほど美味しい話は無い。
その後、神藤は彼女とジョゼフ上等兵に別れを告げると、フィリノーゲン家の屋敷から退出し、2人の仲間が待つ宿へと戻っていった。
・・・
ほぼ同時刻 世界魔法逓信社総本部 社長室
小さなシャンデリアに点された蝋燭の火がゆらゆらと揺れる。エフェロイ共和国の首都リンガルにある世界魔法逓信社の総本部、数千人の社員が集うその場所の最上階に「情報の帝王」と称されてきた“歴代社長”の部屋があった。
しかし現在、部屋の奥にある机に座っているのは正式な社長ではなく、正式な社長が就任する迄に業務を代行している社長代理である。彼の名はディダイマー=ワルファリン、正式には副社長を勤めている男だ。そして今、社長代理を勤めている彼の下に、1人の社員がある報告を持って来ていた。
「何・・・? 失敗した?」
ディダイマーは腹心の部下が伝えて来た報告に、眉をひそめる。
「はっ・・・! 奴らが言うことには、恐ろしく強い異国人に邪魔されたということでして・・・」
社員は憚りながら報告を続ける。彼が述べているのは、神藤とブラウアーが初めて出会った一件のことだ。強い異国人とは紛れもなく神藤のことである。
「愚か者が、あと5日しか無いのだぞ! 小娘1人捕らえるのに何を手こずっている!」
ディダイマーは声を荒げる。その顔には焦燥感が漂っていた。あくまで代理でしか無い彼は、ブラウアーが成人を迎えて正式な社長に就任する5日後には、社長の椅子から降りなければならない。
故に、社長の地位を完全に我が物にしようと企んだ彼は、ブラウアーが社長の地位に就くのを妨げる為に様々な策略を巡らせてきた。はじめの内は精神的な動揺や苦痛を与えて、継承を放棄させる様に迫っていたが、その後、ブラウアーにその意志が全く無いことが分かると、命を狙う方向にシフトしていた。
しかし命を取る前に、ディダイマーには彼女に聞いておかなければならない事がある。それが彼のもう1つの目的だった。
「金庫の解読は進んだのか・・・?」
彼は部下に対して更なる質問をぶつける。しかし、部下の男は首を縦に振ることは無かった。
「いえ、それが・・・“12桁の番号”の解析も未だ成功していない状況でして・・・」
ディダイマーは部下の言葉を効いて大きく落胆した。彼らが話しているのは、フィリノーゲン家の財産を守る金庫を開く為に必要な“12桁の番号”についてだ。コンピューターがある現代においては、ただ単純に12桁の数字を並べただけのパスワードの解析など、さほど時間が掛かるものでは無く、数十秒で完結してしまう。
しかし、コンピューターなど存在しないこの世界において、1兆通り存在する12桁の数字の組合せから目当てのパスワードを探し当てるのは、かなりの時間と労力を要する行為であった。
「もう時間は無い! 何としても5日後までに“鍵”の解析とブラウアーの捕獲を完遂するのだ! 金庫についての情報を聞き出したら小娘は殺せ! 邪魔する者は異国人だろうが何だろうが排除しろ!」
ディダイマーの口から冷徹な命令が下される。一度得た“社長代理”という地位にしがみつく為に謀略を図り、権力欲と財産欲に溺れている副社長には、すでに良心と呼べる心など存在しなかったのだ。