4.
ルカの元に夜襲の知らせが届いたのは、マグダという女が風呂を出てからしばらく経ってのことだった。
野盗の連中に違いないとルカは思った。旅人を相手に金品を奪う、ケチな連中だ。
伝説の勇者と、ギョウセイカンのドメニコとかいうそのお供は、ずいぶん旅慣れた風だったから、野盗どもも取り逃がしてしまったのだろう。それを今から回収しに来たのではないか、というのが見張りをしていたピノの見立てだった。ルカは、そうだといいな、と思ったが、実際にはもっと厄介な状況だと考えた。ピノの見立ても間違ってはいない。目ざとい野盗どもがドメニコたちをただ見逃したとは考えにくい。七歳でそこまで頭が回るのは、マルコの教えのためだ。しかし、野盗どもの目的はそれだけではない。
ルカたちは、何日か前に野盗のアジトから食料と金を盗み出していた。そのことが勘付かれたのだろう。襲撃までに日が空いたのは、ルカたちの住処を特定するのに時間がかかったからで、その状況の中、あのギョウセイカンとかいう連中がここにたどり着くのを尾行したか何かでこの集落の存在が知れ、襲撃に踏み出したのだ。仮にこの集落に野党どもの奪われた金品を発見できなかったとしても、ドメニコたちを襲えばいくらかの足しにはなる。
「ケツダンだ……」と呟いて、ルカは走り出した。一番歳上のマルコが、ルカをこの集落のリーダーに推した理由は、ケツダンする力があるからだという。それは心の力であり、みんなを導く力なのだとマルコは言った。だからルカは誰よりも早くケツダンしなければならない。そしてその結果や責任は、どんなに辛く苦しいことでも全て自分が背負うのだ。それがリーダーなのだとルカは考える。
ルカとマルコ、そして五人のチビたちは、こういう場合に備えていくつかの決め事をしていた。複雑な地形をしたこの集落では、常に意思の疎通が図れるとは限らない。非常の事態にあたっては、指示を待たずに個々が最善の行動を取るための工夫が必要だった。その内の一つは、崖面にロープを垂らすことである。子どもたちは、この崖道の集落での生活を簡便にするため、ロープを伝って崖を登り下りすることに長けていた。そのロープは不意の襲撃に利用されることを避けるため、普段は崖の上の茂みや、岩の下に隠してある。が、非常の事態が認められた場合は、移動や伝令を円滑にするため、別命なく崖面にこのロープを張り巡らせる。その中の何本かは、人一人がぶら下がるとすぐに切れるように細工した罠のロープで、彼らだけが見分けられるように細工がしてあった。
崖の上に隠したロープは木の幹や岩に結び付けられており、先端を蹴落とすだけで垂らすことができ、見張り役のピノはすでに用意されたロープを全て垂らし終えて、その一本を伝って崖を滑り降り、次の段のロープを張り始めていた。
ルカはドメニコたちを案内した宿の前まで着くと、大きな音が立たないように気を付けながら、その扉をノックした。野盗たちが崖のすぐ上までたどり着くにはまだしばらくかかるだろうが、油断は出来ない。
少し間があって、扉が開いた。出て来たのはドメニコだった。その奥にいるマグダとかいう女は無愛想で何を考えているのか分からない女だと思っていたが、何となく機嫌が悪そうに見えた。
「悪いね、トラブルだ」と、ルカは簡潔に伝えた。この時ルカがした決断とは、まずドメニコたちを巻き込むことだった。夜襲の知らせが届いてからの少しの間で全てが上手くいくような作戦を立てることは不可能だ。ならば、彼のするべき決断は、少しでも物事が好転しそうな方向に、とりあえず舵を切ることである。底の見えない状況の水面に石を投げ込み、そこに浮かび上がって来るものを見極めるのが彼の仕事なのだ。
この場合、子どもしか使い物にならないこの集落に、わざわざやって来た幾らかまともそうな大人を使わない手はない。その先は動きながら考える。
「一体どうしたんだ?」とドメニコは尋ねた。
「野盗の連中がここを襲いに来た。多分あんたたちがここに来るのを見られたんだ」
ドメニコと女の顔に戦慄が走ったのをルカは見逃さなかった。戦力としては見込めないが、その反面、うまく彼らを逃す算段ができれば、一儲けできるかもしれない。
「規模は?」とドメニコが尋ねた。
「キボ?」とルカは聞き返した。「分かりやすい言葉で言ってくれよ」
「ああ、相手は何人くらいいるんだ?」
「はっきりは分からないけど、多分五、六人だ。連中のアジトに入ったことがあるけど、広さから言ってそのくらいしか住めない感じだった」
「アジトに入った? じゃあ、狙われてるのは君らじゃないのか?」
「そんな話は置いておけよ。あいつらは奪う理由を考えたりしないし、奪う相手を選んだりもしない」
「作戦はあるのか?」とドメニコは聞いた。
「あんたたちを逃す方法はある。でも、こればっかりは銀貨十二枚もらっても足りないくらいだ」
「それこそ置いておけよ。銀貨が何枚あったって、野盗のものになったんじゃ意味が無いだろう」ドメニコはそう言って、マグダにゴエイカンを呼ぶように指示をした。ルカは、多分勇者のことだなと考えるのと同時に、お供のくせに偉そうだと思ったが、その拍子に一つのアイデアを思いついた。
「あんたたち、兵隊を集めに来たんだろ? 野盗の連中を兵隊にしたらどうだ?」
「それはまた、斬新だな」とドメニコは言ったが、少しそのことについて考えるように目頭を揉んだ。
「野盗の連中だって好きであんなシケた商売をしてるわけじゃない。国の兵隊になって普通の給料がもらえるなら、そっちの方がいいはずさ。それに、野盗は脚が速い。兵隊にしたら、役に立つかもよ」
「確かに、不可能ではないかもしれない。しかし、連中は我々の話を聞くかな」
「足を止められれば、聞くかもしれない」
ルカは、宿の外へ向け、「一段目の罠ロープを外してくれ! それから、二段目は全部外すんだ!」と号令をかけた。
「何をしたんだ?」とドメニコが問うと、ルカは「足止めさ」と答えた。そして、ドメニコを外へ引っ張り出した。
「上を見てくれ」とドメニコを促し、今立てた作戦について、ドメニコに説明する。「崖の上からここまでには、三段の崖道がある。崖の上からここまでは、ロープを伝って来るだろ。でも、その次の段のロープは全部外したから、自分でロープを張るか、遠回りしなくちゃいけない。そこで少し時間ができるはずだから、その間に話をするんだ」
「分かった。しかし応じない場合は?」
「その時は俺たちがあんたらを逃す」
「いいね。それで行こう」ドメニコは、ルカが想像していたよりもずっと簡単に提案を受け入れた。ギョウセイカンというのが役人の種類の一つだというのが、ルカには信じられないくらいだった。
野盗が到着するという報告が見張りのピノから届いたのは、それから間も無くのことだった。そして、ほぼ時を同じくして、谷底まで避難させていた女の子のリズから、別の報告が入ったのだった。「勇者様がいる! 三人も!」それを聞いて、ドメニコは噛み付くような勢いで「無事なのか!」と叫んだ。崖をロープで登って来たリズは息を切らしながら、うなずいた。
「上がって来れそうか?」とルカが尋ねると、リズは「ムリみたい。ヨロイが重くて」と答えた。
「ニセモノかもな」とルカは言った。そう都合よく勇者が何人もいるはずはないし、鎧が重くて崖を登れないというのは、勇者を名乗るには弱すぎる。
しかし、ドメニコが「いや、本物だよ」と言ったのを聞いて、複雑な気持ちになった。勇者というのは、思っていたほど強くもなければ珍しくもないのかもしれない。
「なんとかして増援に来てくれるように伝えてくれないか」とドメニコはリズに頼んだ。
「ゾウエン?」リズは首をかしげた。
「そのまま伝えてくれれば分かる」
リズはうなずくと、大急ぎでロープを手繰り寄せ、崖を飛び降りた。ドメニコは驚いて引き止めようとしたが、もう暗い谷の底へと吸い込まれるように落ちていって、姿はすぐに見えなくなった。
「大丈夫だよ。リズはロープを使うのが上手い。登るのだって俺の次に速いんだ」ルカがそう言うと、ドメニコは胸を撫で下ろした。
マグダという女が、ゴエイカンと呼ばれた勇者を連れて来た時、崖の上の空際線上に人影が見えた。「来るぞ!」とルカは叫んだ。三段目の崖道から垂らされたロープを伝って、ピノが降りて来た。
「八人いた」とピノは言った。
「よくやった。谷に降りるんだ」と言ってルカはピノの頭を撫でた。ピノが走り出し、ロープを掴んで崖を飛んだのを見届けてから、「クソ、思ったよりちょっと多いな」という弱音が口をついた。
ドメニコは勇者に「私が言うまで剣は抜かないでくれ」と指示していた。ルカにはなぜこの役人が勇者に向って命令じみたことを言うのかいまいちよく分からなかったが、野盗たちが崖を降りて来るのが見えると、それについては後で考えることにした。
野盗たちは滑るように一段目の崖道を降りると、すぐにそこからロープを垂らした。夜目の利くルカには、それが鈎のついた自前のロープであることがすぐに分かった。「マズいぞ、すぐに来る」とルカは言った。
「私はメルクリウス領行政官、ドメニコ・アルベルティである!」とドメニコは叫んだ。が、野盗どもはそんなことには御構いなしに、次々と崖を滑り降りる。連中はこうした動作に慣れているのだ。
「逃げるぞ!」とルカは言ったが、ドメニコはそこを動かなかった。
「いけるかもしれない」などと呟きながら、目頭を揉んでいる。
「いける訳ねえだろ! あんた無視されて恥ずかしいからって作戦通りみたいなフリすんな!」ルカは呆れてドメニコの腕を引っ張ったが、それでもドメニコは頑として動かなかった。
野盗たちはあっという間にルカたちのいる集落まで降りた。彼らはの武装は鉄製の鎧で、食い詰め者にしては幾分立派だったが、どういう訳か皆揃って胸の辺りが集中的に傷付いていた。野盗どもの群の中から、一人が進み出て口を開いた。
「お名乗り痛み入る。お前を殺せば儲かるって意味だろ?」
「行政官と申しましても、位としては……」とマグダが言うのを遮って、「ああそうだ。二足三文だがな」とドメニコは言った。勇者は、特になにもするつもりが無いようだった。
「何処もそんなもんさ。景気も悪いしな」野盗の首領と見える男が言った。三十代半ばと見える、大柄な男だ。
「そう。景気の悪い話ばかりだ。そこで、私から提案がある」ドメニコの声色には自信がうかがえたが、どうやら野盗たちは耳を貸すつもりがないように見えた。
「命乞いとしては新しいスタイルだ。興味はあるが、俺たちも暇じゃない」と言いながら、首領らしき男は剣を抜きかけたが、「元傭兵だろう」とドメニコが言うのを聞いて、手を止めた。
「剣と甲冑を見れば分かる。傭兵の武具は紋章を削った跡があるからな。雇い主を変えるたびに紋章も変えなければならないからだ」
「物知りだな。お前の遺品を売る時に、質屋の親父に伝えておこう。お前の記憶は、質屋の親父の心の中で、その日の晩くらいまでは生き続ける」
「それはありがたい話だが、せっかちは良くない。私は徴兵の任を負ってこの地に来た。領内では今、正規の兵を募っていて、私はその徴用の権限を持っている」
ドメニコの言葉を聞くと、野盗たちの首領は少し考えるように間をとった。
「戦でも始めようってのか」
「戦といえば、まあ戦だ。しかし人間相手じゃない」とドメニコは答えた。
「魔物か」
「観測できる範囲だけでも、魔物の数はこの五年で、十三倍にまで膨れ上がっている。昔みたいに人間同士が仲良く殺し合いをするためには、まずこの魔物の数を減らさないことには話にならない」
野盗は嘲るように鼻で笑った。「魔物の数が減れば次の相手は人間か」
「慣れたもんだろう。いずれにしても、仕事に困ることはない。今の状況と天秤にかけてみるといい。我々の前にこの辺りを旅人が通ったのはいつだ? そいつを襲って、お前たちが満足するほどの稼ぎになったのか? 何より、お前たちには、まだあるだろう。『武人としての誇り」というものが」
野盗たちは、ドメニコと首領のやり取りを、固唾を飲んで見守っていた。
これなら上手くいくかもしれないぞ、とルカは思った。ドメニコはルカが期待していたよりも交渉の術に秀でていた。ここで時間が稼げれば、やがてリズの見付けた三人の勇者も応援に間に合うかもしれない。そして、マルコに託したもう一つの作戦も。
しかし、野盗の首領は剣を抜いた。その刃は月の光を受けて、鈍く重々しく輝いた。
「なるほどな。『武人としての誇り』か。久しく聞かねえ言葉だが、確かにそうだ。だが、それを言うお前なら、『武人の誇り』がどういうものか分かるだろう。抜け。お前が勝てば、俺たちは兵隊にでもなんでもなってやる。しかし、俺が勝てばお前は有り金全て置いて行け。さあ、『武人としての誇り』を賭けて、俺と勝負しろ」
「ドメニコ、あんた余計なこと言ったんじゃないの?」とルカは聞いてみたが、ドメニコはそれには答えなかった。その代わりに、剣を抜いた野盗の首領に怯む様子もなく、高らかと言い放った。
「私は役人だぞ。『武人の誇り』なんて、そんなものある訳ないだろ!」
ルカには、何が起こったのか分からなかった。この男は一体何を言っているのだろうか。
「お前、それ、ズルくないか?」と野盗の首領も困惑した様子で言った。
「何がズルいんだ。私は武人じゃないんだから、当たり前だろ。むしろ、役人相手に自分の得意な剣で勝負して要求を通そうとしているお前の方がズルいだろ」
「それはお前、男の勝負と言ったら剣か拳だろう。いきなり『武人としての誇り』とか持ち出しておいて、いざ勝負という段になったら『自分は武人じゃないから』っていうのはズルいじゃないか」
「男とか女とか、そういうので無理やり一般化して、自分の得意分野がさも正当な勝負の方法だという論調に持って行こうとするその魂胆がズルいと言ってるんだ。そもそも勝負なんかする必要がどこにあるんだよ」
「貴族なんだから、剣の嗜みくらいあるだろ」
「そんなもの、子どもの頃にちょっとやったことがある程度だ。お前だって数を数えたことぐらいあるだろ。私と算術で勝負するか?」ん? どうなんだ、とドメニコは盗賊たちを煽った。
「お前その、勝負を避けて口先だけで丸め込もうとする感じは本当にズルいぞ」
「あ! お前、今気付いたぞ。私が勝てばお前たちは正規の兵隊になって、お前が勝ったら私の有り金全てって、それはもうお前たちに得しかないじゃないか。ズルするな!」
二人の大人はしばらくの間、ズルいズルくないと言い合いを続けていた。ルカにはその光景が信じられなかった。もっと回りくどい言い方をするのが一般的だというだけで、大人の争いも存外こんなものだということを、ルカはまだ知らなかったのである。
しかし、何はともあれ、ドメニコは十分に役目を果たしたと言えた。不意に月明りが途切れたのは、三段目の崖道から飛び降りた三つの人影のためである。ロープを伝い、その人影は金属の関節を風に軋ませ、野盗どもの背後に降り立った。
鋼鉄の甲冑を全身に纏い、腰に剣を帯いた騎士は、「行政官、遅くなりました」と言った。
「無事で何よりだ」とドメニコは答えた。
谷底に落ちていた騎士が崖の上から現れたのは、地上までの抜け道をマルコやチビたちが案内したからだろう。
野盗たちは、突然背後に現れた甲冑の騎士に驚き、剣を抜きながら後ずさるが、ドメニコたちと騎士に挟まれ退路は断たれている。
「お前、この増援のために時間を稼いでいやがったな」野盗の首領は憎々しげに顔をしかめた。
「まあ、私にも多少、ズルイところはある。それは認めよう。お前ほどじゃないがな」ドメニコは口元を歪めた。
「この状況じゃ、どう考えたってお前の方がズルいだろ」棟梁は唾を吐いてそう言うと、「野郎ども! 前を切り開くぞ!こっち側はひょろ臭え護衛が一人と役人、女、ガキが一人だ。後ろは適当にあしらえ!」と叫んで剣を抜いた。
「抜け」とドメニコが命じると、ゴエイカンたちは、一斉に剣を抜いた。この光景を、チビたちに見せてやりたかったな、とルカは思った。しかし、マルコやチビたちには仕事がある。
「殺して奪って稼ぎまくれ!」と首領が命じると、野盗たちは雄叫びを上げながら一斉に斬りかかった。ドメニコはルカとマグダの手を引き、走り出した。が、勇者が「無理ですよこれ! 何人相手にしろって言うんですか!」と言ったのを聞いてすぐに立ち止まった。野盗たちはドメニコ側を切り開こうと我先に追ってくる。
「マグダ、私の剣を!」とドメニコが叫んだ。
「え? 持って来てないですよ」とマグダは答えた。
「部屋にあるから!」とドメニコがもう一度叫ぶと、マグダは一層機嫌を損ねたようだった。
「申し上げておきますが、私は補佐官であって小間使いでは御座いません」
ルカは走り出した。ドメニコを不憫に思ったからだ。どうしてあの女は全然言うことを聞かないのか。ドメニコたちを入れていた宿はすぐそばだったし、部屋に入ると剣はすぐに見つかった。柄に装飾のある細身の剣がベッドの枕元に立て掛けてあって、その側にはなにやらよく分からない、木の棒もあった。ルカはそれも持ち出した。棒には片方の先端に向かって二匹の蛇が絡まり合うような装飾があり、その先に、拡げた二つの翼が象られていた。訳の分からない棒だが、武器にならないこともない。
部屋を飛び出ると、ルカは「ドメニコ!」と叫んで剣を投げた。ドメニコは剣を受け取ると振り向きざまに、斬りかかってくる野盗の剣を鞘で受けた。
「予定がめちゃくちゃだな」とドメニコは呟いてから、「ルカ、その杖は『カドゥケイウス』という。魔法の杖だ! 使ってみろ」と言った。
「かどぅ……何?」
「もう、この際名前はどうでもいい! とにかく使え!」そう言う間にも、野盗は無二無三に斬りかかる。ドメニコは下がりながら鞘と剣とを両手に持って、野盗どもの打ち込みを防ぐのが精一杯らしかった。幸い、鎧の騎士三人が猛攻を見せているお陰で野盗は後方に人手を割かれ、まだドメニコたちの側に火力は集中出来ていなかったが、それも時間の問題だと思えた。
「使えったって……」と言いながら、ルカはその棒の使い道を考えたがどうやっても一つしか思いつかなかった。殴ることである。
ルカはドメニコの脇を走り抜けた。狙いは一点だ。野盗と勇者の切り結ぶ剣のアーチを潜り、野盗の手を避け、首領の顔面を目掛けて思い切り杖を振った。首領は剣の柄で難なくこれを受けた。「まだだ!」ルカは身体を捻り、今度は後頭部を目掛けて振り抜く。首領は剣を背中に回し、ルカの杖を受けた。が、杖に施された翼の装飾が、首領の延髄を捉えた。
首領は短く叫んで膝をついた。
「クッソ強え! この棒!」とルカも叫んだ。
「クソ痛え!」首領はそう言うと立ち上がった。「お前、それ結構尖ってるじゃねえか!」
棒の先についた翼を指して文句を言う首領に、機を得たりとばかりに勇者が斬りかかった。が、首領は身体を捻ってこれを躱すと、勇者の頬をしたたか殴りつけた。勇者はひっくり返って尻餅をついた。
「勇者弱え……」とルカは呟いた。
「俺が強えのさ。ところでガキ、俺たちのアジトから金と食いもんを掻っ払ったのはてめえらか?」と首領は言った。
「さあ、知らないね」とルカは言った。
「そうかい。まあいい。ぶちのめしてから探すさ」そう言って首領が剣を振り上げた時、地面で何かが弾けた。
「来たか」とルカは言った。そしてまた、地面に叩きつけられて弾ける音が響いた。すえた臭いが辺りに広がった。
「何だ?」と首領は地面に叩きつけられて飛び散ったものの欠片を見た。それは次々に空から降って、次々に地面で弾けた。
野盗も騎士たちも、剣を握った手を止めて、その光景を見た。
「林檎……?」とマグダは言った。
首領はルカたちの狙いに気が付いたらしく、「てめえら、いかれてんじゃねえのか?」と言うと、「野郎共! 退くぞ!」と叫んだ。
しかし、地面で弾けるものとは別の、鈍い音がいくつも聴こえているのに気付いて野盗たちは立ち尽くした。
「ルカ!」崖の上から叫ぶのは、マルコだった。「出来たよ!」と言って、マルコは手に持った筒を放り投げた。ルカはそれを受け取ると、筒の中身を改め、笑った。
「よし! お前ら全員よく聴け!」ルカが叫ぶと、騎士も野盗も役人も、為す術なく彼を見た。貴族も盗賊も根こそぎ地中に引きずり込んで、泥まみれで取っ組み合う。これが岩もぐらの闘い方なのだ。