3-8
森の広場ではテオ、ピノ、リズ、トランクィッロの四人がエルフたちに鎧兜を配っていた。
広場は枯れ木が檻のように立ち並ぶ森の中にあって、そこだけがぽっかりと丸く広く切り広げられていてた。地面は木板を敷き詰めて整備されていたが、大きな切株がいくつも残されていて、それはこの広場では椅子として使うみたいだった。見上げると、空もやはり切り取ったように丸く、その真ん中に白く明るい月と、数えきれないくらいたくさんの星々が輝いていて、今にも零れ落ちて来そうに見えた。
ルカから受け取った鉤付きロープで枝を飛び移りながら倉の位置までエルフたちを案内し、またここまで戻ってくるのにそれほど時間はかからなかった。むしろエルフの兵隊たちが荷車に移し替えた防具を運んで来るのを待つ時間の方が長かったくらいだった。
エルフの兵隊たちは、ドワーフたちの造った蔵を見ると「どうやってこんなものを運んで来たのか」と驚き、また訝しがったが、「まずは防具を配ることが先決である。断じて民草を傷つけてはならん」とするポール・デュカスの檄を受け、一層気炎を吐いて一生懸命に防具を運んだ。
広場に防具が到着すると、エルフの兵隊たちは樹上の家を一軒一軒回って、防具を取りに来るよう呼びかけた。テオたちは広場に来たエルフに防具を配りながら、これほどたくさんのエルフがこの森に隠れていたのかと驚いた。エルフたちは皆、一言遠慮がちに礼を言うとそそくさと立ち去っていったが、ピエールの話では彼らは恥ずかしがっているだけで、テオたちが嫌いだからそうするわけではないらしかった。
近衛兵長のデュカスは人間が森に入り込んだという件について対応に向かったが、広場に集まったエルフに半分くらい防具を配った時には戻っていて、具体的にどのような対応をとったのかは分からなかった。
エルフは皆腹を空かせていて、ドワーフの町で倉に積み込んでもらった食料を分けてあげようかと思ったが、エルフたちはそれを頑なに遠慮した。
防具をあらかた配り終えると、ピエールは「君たちのおかげで本当に助かったよ」と言った。
子どもたちは普段人目を忍んで盗みばかりしていたので、他人から感謝されるということは新鮮だったが、ピノ、リズ、トランクィッロの三人は、すっかり眠たくなってしまってうつらうつらと舟を漕ぎ始めていた。ロバの頭のヘルマン・プライがチビたちを一人一人抱きかかえて、エルフたちが牽いて来た荷車の、空になった荷台の上に寝かせてくれた。
「エルフはいつも、こんなに夜更かしなのですか」とテオは尋ねた。大きな切株に飛び乗って腰を掛けると、足をぷらぷらした。
「ああ、そうだね。僕たちは、人間と違ってどのくらい起きていてどのくらい眠るというのが決まっていない。夜になるとものが見えなくなるということがないから、いつでも動き回れるし、反対に疲れた時は君たちに比べてとても長く眠ることもある」
「そうですか」
「眠たくなったかい」とピエールが聞いてきたので、テオは、「いいえ。僕はこの中で一番お兄ちゃんですので、まだ眠たくありません」と答えた。
事実、テオはまだ眠たくなかったが、それは彼が始終緊張していたからだった。彼はルカとマルコが別行動を取る時には、代理のリーダーとしてチビたちを預けられることが時々あったが、そのたびにとても緊張した。
「ところで、王様や女王様は、今どこにいるのですか」とテオは尋ねた。自分は今一番お兄ちゃんなのだから、出来ることは一生懸命やらなければならない。今すべきことは、出来るだけ情報を集めることだと彼は考えた。
「ああ、森の東と西にそれぞれ別荘を構えて、そこに暮らしている」
「ケンカをしているから、べつべつに暮らすのですか」
「そうだね。兵長も言ってたけど、元々はとても仲のいい夫婦で、もちろん一緒に城に住んでたんだ」
テオはそれを聞いて、不思議に思った。
「僕も、兄妹とケンカをするときがあります。特に、クロエとはよくケンカをします。クロエは、男の子は重たい荷物を持たなくちゃいけないとか、建物に入るときはドアを開けて女の子を通した後に入らなくちゃいけないとか、変なことですぐ怒るからです。でも、僕はクロエと別々に暮らしたいと思いません。そうなったらさみしい」
それを聞くと、ピエールは目を細めた。
「僕もそう思うよ。きっと、王様も、女王様も、本当は寂しいと思う」
テオは、だったらどうして周りの人たちが仲直りするように言わないのだろうと、新たな疑問に首を傾げたが、きっと、王様はえらいので言いにくいのだろうと一人納得した。
さて、これからどうしようかとテオは考えた。ドワーフであるプライの頭がロバにされてしまったことは置いておくとして、エルフの森に起きている問題は、大きく分けて『王夫妻の争い』『人間の侵入』『魔物の侵入』の三つだ。マルコの推理によって、このうち、『王夫妻の争い』と『魔物の侵入』の関連が疑われることになり、デュカスをはじめとするエルフの兵隊たちが、この対応について、軍の作戦本部で話し合っている。紛れ込んだ魔物はパックに(あるいは他の何かに)化けることができ、これを見破ることが出来るのは子どもだけらしかったが、エルフの里にはテオより歳下の子どもはいないらしかった。どのくらいの数の魔物が潜んでいるのか分からないが、それらを駆除するためにはテオたちの眼が必要になるはずだ。
しかし、テオにとってあまり好ましくないのは、彼らの一団に加わるにあたって、あれこれと質問をされることだった。岩もぐらの巣を自分たちの手で潰したこと、バーバ・ヤーガとのつながり、鎧兜を森まで運んできた方法、エルフたちに対して後ろめたいことはないが、どれも説明するには骨の折れる話ばかりだ。
テオはエルフたちの目を盗んでプライに声をかけた。
「チビたちを見ててくれない? 僕はインプを捕まえに行こうと思う」エルフたちに質問の隙を与えずに協力するには、そうするのがいいとテオは考えた。作戦だとか計画だとかいう段階を飛ばして状況を起こしてしまえばいい。
プライは少し考えてから、親指を立てた。
「ありがとう。宜しくね」と言って、テオが再び森に入ろうと足を踏み出した時である。
「御臨場! 御臨場!」と森の中に兵士のものらしい野太い声が響いた。
近い、とテオは身構えた。
すると、広場に集まっていたエルフが皆一斉に、こちらを向いてひざまずいた。
何が起こっているのか、ゴリンジョウとは何か、テオには分からなかったが、エルフたちの様子を見て、王様が来たんだと予想した。しかも、事もあろうに、テオのすぐ近くの林縁だ。テオは荷車の荷台で眠っているチビたちに毛布を被せようとしたが、広場のざわめきで三人とも目を覚ましてしまった。テオは慌てて、「エルフたちのマネをするんだ」とチビたちに言った。しかしチビたちは起きたばかりで事態が飲み込めていなかったし、ぼんやりしていた。
これはいい状況なのか、悪い状況なのか。テオはチビたちを抱きかかえて一人づつ荷車から降ろし、ピノとリズの手を握り、トランクィッロを背中に乗せたまま膝をついてエルフたちの真似をしながら考えた。
エルフがみんな跪いているところに、一人だけこの広場から森の中へ駆け出していくのは目立ち過ぎる。そうなれば当然王の目にとまり、色んなことを聞かれ、彼はそれに正直に答えなければならなくなるだろう。そうなると、どんな問題が持ち上がってくるのか分からないし、自分の手には負えなくなってしまう。
しかし王がここにいる以上、ルカ、マルコ、クロエの三人が、少なくとも王に見つかることは心配する必要がないとも言える。
プライは子どもたちの代わりに荷車に乗り、頭から毛布を被って隠れた。エルフの森にドワーフがいる上に、頭がロバになっているとなれば、余計ややこしいことになるだろう。
テオは頭の中で色々なことをいっぺんに考えたせいで頭がくらくらしてきたが、自分はお兄ちゃんなのだ、と心に強く念じて我慢した。
林縁から現れた男は、やはり女のような顔をした美しい男だった。王様だ、とテオが思ったのは、頭に細かい細工の施された金の冠を被っていたからで、手には長い木の杖を持っていた。銀色の髪の毛は豊かに長く、月の光が強いせいか、艶があるというよりは、もっと自発的に輝いているようにさえ見えた。
「可愛いお客人が来ているようだ」と王は言った。
自分たちのことを指しているのだと気付き、テオは困ったぞ、と思った。当然のことだが、テオは人間の国でさえ、王様になど会ったこともない。まして、エルフの国の王様にどういう作法で挨拶をするのかなど知る由もなかった。
「こんにちは。僕の名前は、テオ・オイレンシュピーゲルです」とテオは跪いたまま言った。テオ・オイレンシュピーゲル。その名前を口にすると、テオはにわかに勇気が湧いた。あちこちの街や村を渡り歩いては、いたずらと知恵で貴族や役人や司祭をやり込める、物語の中のティル・オイレンシュピーゲル。「オレたちは、自分のなりたいものになるんだ。何も持たずに生まれて、行きたい所へ行き、欲しいものを手に入れるんだ」ルカがそう言って付けてくれた自分たちの名前だ。ティルという人物が本当にいたのかは分からない。けれども、そういう風になることは出来るはずだ。
「こちらにいるのは、僕の兄妹、ピノと、リズと、トランクィッロです」
「そうか、そうか」と王は嬉しそうに笑った。
「ところで王様、突然ですが、この森に魔物が入り込んでいることはご存知でしたか?」とテオは言った。突然の王の来訪に慌てて側に付いたと見えるデュカスが、さらに慌ててテオを見た。
「ばかな。余とテイタニアの結界によって、この森は守られておる」王の顔から一瞬で笑みが消え去った。
「このドワーフの頭を見てください」テオは荷車の毛布を引き剥がした。プライは驚いたように、ロバになった頭を上げた。
「なんと。なぜドワーフがここにいる」テオはこの時初めて、ドワーフとエルフは仲が悪いということを実感した。
「僕たちは、岩もぐらの渓谷に住んでいましたが、そこにゴブリンの群れが押し寄せて来て、命からがらこの森に逃げ込みました。すると、ここで今度はインプが現れたのです。ここにはエルフが住んでいると聞いたことがあるので、これは大変だと思って、エルフの里に行こうと思いましたが全然見当たりません。そこで僕たちは以前行ったことのあるドワーフの街へこのことを伝えに行ったのです」とテオは嘘をついた。「するとドワーフたちは、エルフを心配して、エルフのみんながインプに噛まれないように、たくさんの鎧と、それをのせる大きな馬車を作って、十頭の馬に曳かせてここまで来ました。けれども、十頭の馬はみんな大きな怪物に丸呑みにされてしまったのです」
「そんな魔物がいたなら、余が見逃すはずがない」
「それがあの怪物の恐ろしいところです。十頭の馬を丸呑みにされたのに、僕たちにはその怪物の姿が分かりませんでした。ただ、丸呑みにされたのだということしかできません。きっと、隠れるのがとても上手なのです。王様が、もし僕を疑うならば、僕と一緒に来てください。この森のほとりに、ドワーフたちの造った大きな馬車があります。見ていただければ、馬の十頭もいないと曳ける大きさではないと信じてもらえるはずです」テオはここまでいっぺんに喋った。
エルフたちが王に隠れて防具を用意していたことや、フェンリル、バーバ・ヤーガの関与、岩もぐらが自らその巣を潰したことについて隠しながら、ドワーフの貢献やインプの存在を伝え、かつ王をルカたちから遠ざけるよう誘導するための筋書きを、テオは短い時間で考えなければならなかった。
しかし、これでよかっただろうか、とテオが考える隙もなくまた別の問題が持ち上がったのだった。
「御臨場、御臨場! 女王陛下の御臨場であります!」
テオは頭を抱えたくなったが、幸か不幸か、リズとピノが彼の両手を握っていたし、背中にはトランクィッロが乗っていた。従って、テオは女王の臨場に頭を抱えるという不敬を働かずに済んだのだった。




