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土塊のルカ  作者: 福太郎
ドワーフの生き方、魔法使いの恋
18/28

2-9

 ルカはその日、出来るだけバーバ・ヤーガと過ごすようにした。

 チビたちは不平を漏らしたが、バーバ・ヤーガはそのことをとても喜んだ。 

 ルカはそれまで、彼自身に対する彼女の過剰な執着が、彼の兄弟を傷つけることを恐れていたが、今回の騒動を経て、もっと早く彼女と話し合うべきだったと思った。バルトロメオやドメニコは、未だに彼女を、強力だが扱いの難しい兵器のように考えているかもしれないが、ルカはもう、そういう風には思わなかった。ルカがチビたちを大切に思うように、彼女はルカを大切に思っているのだ。他のどんなものを犠牲にしたって構わないというくらい。ただ彼女は、一人ぼっちでいる時間があまりにも長かったから、人を大切にするということが、下手くそだっただけだ。


 バーバ・ヤーガは夕暮れ、バルトロメオの脚を癒して姿を消した。彼女はこの時、その存在が徐々に薄らいでいくようにして消えたが、その間中、ルカの手や頬に触れることを求めた。

 ドメニコがルカについて、魔法の素質があると言ったのを思い出すと、町ではしゃぎ過ぎて膝を擦り剥いた彼の兄弟、ピノの膝小僧に手を当て、見様見真似で傷が癒えるよう念じてみたが、ほとんどなにも起きなかった。ただ、ピノがルカに気を使ってか、「ありがとう、もう大丈夫」と言っただけだった。修行が必要だとルカは思った。


 その日、ドワーフの町の灯りが落ちることはなかった。普段は、夜決まった時間に灯りを落とすらしかったが、この日はディートリヒ・フィッシャー=ディスカウの呼び掛けに集まった町中のドワーフが、車輪付きの倉を建てるために夜を徹して作業にあたった。

 もちろん、その作業に当たる前に、彼らが嫌いだという集会が開かれ、倉の設計や作業の段取りについて話し合いの場が持たれたが、造る物の規模からすると、驚くほど短い時間で彼らはそれを終えた。

 ルカが面白いと思ったのは、その話し合いの間、「作ればいいだろう」という言葉が何度も飛び交ったことだった。ドワーフは生活の問題のほとんどを、「作ること」で解決するのだという。

「倉を乗せるとなると車軸が持たんだろう」「車輪の数を増やして重さを分散させてはどうか」「それだとカーブの時抵抗が増える」「四輪で負担を減らす仕組みを作ればいいだろう」

「倉の基礎と台車枠を一体にしよう」「なるほど。基礎というより、二階の梁だな」「鍛造では間に合うまい」「それほど大きい鋳型はないぞ」「作ればいいだろう。その方が早い」「なら今のうちにかかる」

 ルカには意味がほとんど分からなかったが、終始こんな調子の会話が矢継ぎ早に交わされた。凄まじい速さで図面が描かれては消され、また修正された。その脇には呪文のような、おびただしい数字と文字が書き込まれたが、文字の読めるルカにも、そこに書き込まれた文字列は全く理解出来なかった。

 話し合いが終わると、ドワーフたちはそれぞれ作業にかかるため、足早に去って行った。が、しばらくするとヘルマン・プライが一振りの剣を片手に戻って来て、バルトロメオに差し出した。

「お前さんのために打ったものだ。かなり自信がある」

 バルトロメオはそれを受け取ると、木製の鞘から刃を抜いた。幅が広く身の厚い、反りのある片刃の剣で、片手で振るうのには幾分重そうに見えた。

「分かってるな」とバルトロメオは言った。

「お前さんの戦い方を見たからな。必要なのは斬れ味じゃない。まあ、その点も凝ってはいるが。お前さんにとって最も重要なのは、相手を兜の上から叩き割る重さと、壮烈な戦いに耐える硬さ、ぶ厚さだ。ドワーフ自慢の良質な砂鉄から取り出した玉鋼を何重にも折り返して鍛造した鉄、これをさらに重ねて分厚く打った。急拵えだが、鋳造で型だけ取った鉄を、薄く伸ばしたそこらの剣など屁でもないわい。並の戦なら百年保つ」

「これはありがてえ」バルトロメオは言うと、彼の手下たちが寄ってたかってその剣を羨ましがった。

 羨ましい、とルカも思った。しかし、その剣はどちらかといえば、ルカの憧れる英雄物語の主人公が試練の末に手に入れる剣というよりは、凶暴で邪悪な異民族の振り回す鉈のイメージに近かった。もう少し、スマートな感じの方がカッコいいのに、とルカは内心呟いた。


 しばらくすると、ドワーフの女たちが食事を運んできてくれた。女たちは髭こそ生えていなかったが、やはり男たちと同じようにずんぐりとした太くて短い体躯に太くて短い四肢を持っていた。ルカたちがこれまでドワーフの女を見かけなかったのは、彼女たちが日中は男の造った物を売り歩いたり、日用品を買い出したり、あるいは狩に出るためだという。

 長机に並べられた料理は、ほとんど鹿や鴨や猪の肉を焼いたもので、それの香り付けにハーブがふってある他には、野菜のようなものは見当たらなかった。それらはルカたちが今まで見た中で一番上等な食べ物で、その上、量がとんでもなかった。ドワーフは他人に合わせて物を作る種族だというが、ドワーフ以外の種族がどのくらい食べるかということについては、あまり詳しくないみたいだった。

「ドワーフの女は、他のどの種族よりも料理が上手だ」とヘルマン・プライは言った。彼は他所からドワーフの町に来た人を案内したり、他の種族と折衝をする役割を担っているらしかった。とても良い人選だとルカは思った。

「確かに、オレが今まで食べたどんなものより美味しそうだ」テーブルの上からこぼれ落ちそうなほどに盛られた肉料理の山に、チビたちも歓声をあげた。

「この獣は全部、女たちが仕留めたものだ。ドワーフの女は罠で捕まえた獣の首を素手で折る。ドワーフの男は職人である一方勇猛な戦士でもあるが、女も同じくらい強い。身体も、心もだ。

 この辺にも時々魔物が攻めてくる。そうすると、男たちは女たちを守ろうと必死で戦うが、気の強い女たちはいつも、守られてなるものかとばかりに前線へ飛び出る。ドワーフの男は女をとても大事にするから、女たちに後ろへ退がるように言う。それでいつも喧嘩になる。そうなるともうあべこべだ。その喧嘩が壮絶すぎて、おさまる頃には魔物は大概逃げ出している」

「なんだか気の利いた喜劇みてえな話だな」とバルトロメオが肉にかぶりつきながら感心したように言った。

「そうだ。ドワーフは大体偏屈で、いつもしかめっ面をしているが、結構楽しい毎日を送っている。毎日が喜劇さ。だから人間みたいに何に使うか分からん金を血眼でかき集めたり、その為にやたらめったら殺し合ったりする必要がない。ドワーフ同士寄り添って、狩った獣の肉を食い、酒を飲む。そして詩人が歌を歌うように、踊り子が踊りを踊るように、ドワーフは物を作るんだ。幸せに必要なものなんてのは、たったこれだけのもんだ」

 ルカは鹿のもも肉をかじりながら、自分たちの幸せに足りないものがあるとすれば、それは歌や踊りに代わる何かなのかもしれないと思った。


 食事が終わると、「気の利いたものは何もないが、ゆっくり休んでくれ。ここから先は、ワシらドワーフの領分だ。ワシらのためにエルフの森まで行ってくれるお前さんらに、腰を抜かすようなすごい倉を作ってやるからな」と言って、ヘルマン・プライは部屋を出た。

 ルカは床の上に並べて敷いた布団の上で、しばらくの間チビたちと戯れていたが、やがて一人づつ眠気に目をこすりながら、横になって寝息を立て始めると、その一人一人に布団をかぶせ、最後まで頑張っていた女の子のリズが眠ったところで、集会所の二階に上り、バルコニーに出た。

 外といっても、この地下では夜風も吹かなかったし、星も月もない。ドワーフたちは夜を徹してバーバ・ヤーガの言う車輪付きの倉を立てるために忙しなく働き続けている。鉄を打つ音、ネジを締める音、徒弟に檄を飛ばす親方の声が、すり鉢条に掘り下げられた町全体に反響して、複雑な響きの音楽みたいに聞こえた。マルコが欄干に腕を乗せて、町を眺めながらルカを待っていた。

「ドワーフたちの歌だ」とマルコが言った。「『歌を歌うように、踊りを踊るように、物を作る』そんな風に生きられたら、どんなに楽しいだろうね」

「オレには、徹夜で物を作ることが、そんなに楽しいとは思えないけどなあ」とルカは呟いた。

「きっと、それが本当に好きなら、辛くはないんだよ。そういうものが、僕たちにもあるといいな」

「まあ、カッコいいよな。アイツらは、『好きだ』って気持ちが鉄みたいだよ」

「そういう意味では、僕から見ればルカだってそうだ」

「オレが?」ルカは驚いて、マルコの顔を覗いた。

「ルカは他の何に代えてもチビたちを守るっていう鋼鉄の意志がある。今だから言うけど、僕はチビたちのことも、何度投げ出しそうになったか知れないよ。チビたちがお腹を空かせて泣き出すたび、風邪をひいて熱を出すたび、僕は救えなかった子どもたちの、少しづつ冷えていく体温を思い出して、怖くて、泣きたくて、逃げ出したくてしかたがなかったんだ」

「でも、そうはしなかった」とルカは言った。それはルカも同じだった。本当に、挫けそうなことが今までに何度もあった。彼がそれに耐えてこれたのは、マルコやチビたちが生きていたからだ。「俺に『鋼鉄の意志』があるなら、マルコだってそうさ」

「そうなんだ。今日、バルトロメオがバーバ・ヤーガに立ち向かっていった時、『怖い』って言ったんだ。あんな戦いぶりだったのに。その時気付いた。僕も立ち向かっていたんだって。ルカ、僕たちは、何に代えてもチビたちを守り、学校に通わせる」マルコは欄干に寄りかかって、事もなげにそう言った。そこには、なんの気負いも、虚飾も見えなかった。「バルトロメオやドメニコも、それぞれ大きな目的を持っている。そのために僕たちを思い通りに動かそうとしてる。でも、それは僕たちも一緒だ。僕たちは僕たちの目的のために、彼らを思い通りに動かしてやるんだ」

 ルカはその様子に俄然勇気が湧いた。マルコと自分が一緒なら、怖いものなど何もない。いや、仮にあったとしても、自分たちはそれに立ち向かい、乗り越えられる、とそう思った。

「そうだ。オレたちを利用し、騙そうとするヤツらは、みんな出し抜いて地団駄踏ませてやるぜ」

 ルカとマルコは顔を見合わせ、笑い合うと、声を合わせて言った。

「ティル・オイレンシュピーゲルみたいに」


 町の中に突然大きな音が響いて、それに次ぎ、ドワーフたちの笑い声が響いた。遠くの方に、大きな馬車のようなものが傾いていた。何か失敗があったようだったが、ドワーフたちはそれを笑い飛ばしていた。

 星も月も風も無い土の下で、彼らは生きていた。鉄と石とで詩の無い歌を奏でながら。

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