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土塊のルカ  作者: 福太郎
ドワーフの生き方、魔法使いの恋
12/28

2-3

「バルトロメオ、あんたには特に気をつけてもらいたいんだけど、この中では剣を抜かないで欲しい。何があってもだ」ルカは辺りを見回しながら言った。知り合いがいれば、スムーズにことが運ぶのだが。あるいは、(これはあまり期待出来ないが)社交的なタイプのドワーフがいれば。

「それは難しい注文だ。詩人にリュートを弾くなと言うのに近い」とバルトロメオは答えた。

「ドワーフの連中は気難しくて短気だ。機嫌を損ねると協力してもらえない。けど、気に入られればかなり親切にしてもらえる。新しい武具が欲しいなら、仲良くして損はない」

 バルトロメオは少し考える素ぶりを見せてから、「努力しよう。出来る限りはな」と言った。

 困ったものだ、とルカは頰を膨らませた。大人になれば、もう少しフンベツというやつが身につくものではないのか。


 町の中では、何人ものドワーフが行き交っていた。皆一様にごわごわした長くて太い髭を蓄え、背が低く、手脚はずんぐりと太くて短い。ドワーフと人間との違いは一目でそれと分かるものだったが、すれ違うドワーフは誰も、ルカたち人間の一行に頓着する様子はなかった。これは、最近彼らの間で流行しているゴーグルのせいではないかとルカは考えた。頭から鼻の上まですっぽりと被る革の帽子の、目の所に穴を開けてガラスをはめ込んだもので、採掘場の粉塵や、鍛冶場の火花から眼を守るには重宝するらしかったが、いかにも視野は狭そうだった。

 何よりそのゴーグルのせいで、個人を特定することが難しかったし、出来るだけ人の良さそうなドワーフに話しかけようにも、表情が分からないのではどうにもしようがない。

 ルカは思い切って、道行くドワーフ一人一人に片っ端から声を掛けようと腹を決めたが、予想に反し、一人目にしておしゃべりな気のいいドワーフを引き当てた。

「なんだ? 人間じゃないか!」とドワーフはよく響く低い声で叫んだ。

「ああ、ディートリヒ・フィッシャー=ディスカウというドワーフを探してるんだけど、知らない?」とルカは尋ねた。

「あの、偏屈爺さんか。もっとも、ドワーフはだいたい偏屈だが。お前さんはツイてる。ワシはかなり陽気なドワーフだ。珍しいぞ。陽気なドワーフは」

 ルカは、自分のことを「かなり陽気」と評価する人物を信用するべきか迷ったが、彼の言う通り、初対面からまともに話の出来るドワーフというのは貴重だと考え直した。

「居場所を知ってるなら教えてくれないかな」

「そうだな。自分の工房に引きこもっていることが多いが、このところ何か忙しそうにあちこち駆け回っているみたいだ。大口の客でも入ったのか知らんが。多分、鉱石の集積場か鍛冶場か工房か、そのあたりじゃないか。なんせこの町は広い。機械が大きいから、町も大きく作らにゃならんかったわけだ。ところがドワーフの身体というのは町に合わせてデカくなるわけじゃないから、大きな町を小さな身体で行ったり来たりせにゃならんわけだ。ワシらの脚は短いからな。いや、腕も短いわけだが。とにかく一生懸命脚を動かしても、ちっとも前に進まんわけだ。だからドワーフはいつも急いでいる」

 ディートリヒ・フィッシャー=ディスカウというのは、ルカが以前この町に来た時知り合ったドワーフだったが、「鉱石の集積場か、鍛冶場か、工房にいる」というのに「多分」がつけば、この広い町の中では、つまりどこにいるか分からないというのと同じだった。大体、鉱石の集積場か鍛冶屋か工房というのは、この町の大半を占めていて、そうでない施設の方が珍しいくらいだった。

「あんたらにとっちゃ、それが普通なんだろ?」側で聞いていたバルトロメオが不思議そうに尋ねた。脚の短い種族に生まれれば、脚の短いことは当たり前であって、それを不便に感じる感覚に疑問を持ったらしかった。

 確かにルカも、例えば自分が子どもだから、 大人より小さいせいで不便だ、というような感じ方をしたことはなかった。

「お前さんらは自分を基準に世の中を見とる。『ドワーフは手足が短い』『エルフは耳が長い』と、そんなふうに考えるのだろう。ワシらは違う。『ワシらは人間より手足が短く、エルフより耳が短い』と考える。短いもんばっかりだの。だがとにかく、他所の連中を基準にして自分たちを考えるのがドワーフだ。なぜならば、ドワーフは他人に合わせてものを作る種族だからだ」

「なるほど。ところで、今日一晩泊めてもらえるような所は無いかな」とルカは尋ねた。

 ううん、と唸ってドワーフは考え込んだ。「お前さんら、人数が多いからな」

「別に、みんな一緒じゃなくてもいいんだけど」

「いや、見知らぬ土地で離れ離れは心細かろう。そうだ。集会所はどうだろう。立派なのがある。ドワーフには王様がおらん。皆のことは皆で話し合って決める。だからそのために立派な集会所を建てた。ところがドワーフはこの集会ってやつが嫌いでな。宴会は好きだが。大体お互いの工房で必要な話し合いは済ませてしまう。要するに、立派な集会所を建てたのに、全然使っとらんわけだ。ワシの家にはベッドが無いが、布団はたくさんある。親戚がたくさんおるからだ。皆散り散りになって暮らしとるが、時々帰って来るので、布団をたくさん用意したわけだ。ところが、ワシの家はそんなにたくさん布団を敷けるほど広くはなかったし、そもそも皆いっぺんに帰って来るわけでもない。だから、布団はたくさん余っとるわけだ」

 きっと、このおしゃべりで人が好きなドワーフは、家に入りきらないほどたくさんの親戚が、彼の家に帰って来るのを待っているのだろう。「そうか、寂しいな」とルカが言うと、あんなに口数の多かったドワーフが、口の端をきつく結んで黙り込んだ。ゴーグルの奥の大きな目から、真珠のような大粒の涙が一粒溢れてガラスの縁に溜まった。

「みんな、それぞれ生活があるから仕方がない。自分の技術に適した場所に、穴を掘って暮らすのがドワーフだ。ワシの親戚たちも、皆どこかで誰かの役に立っている。それが我々の誇りだからだ」

 ルカは、自分の兄弟たちのことを考えた。彼らが学校へ行き、世の中の色々なことを知って、自分の力で生きていけるようになれば、当然みんな離れ離れになるだろう。それはとてもいい事だが、同時に身体を引き裂かれるように辛いことだと思った。


 おしゃべりなドワーフに案内されて、一行は集会所と呼ばれる施設へ向かった。彼はヘルマン・プライと名乗った。集会所は、この擂り鉢状の大穴の一番中心にあって、名実共に自治の中心として機能させようとする意図があったが、プライの言うとおり、ほとんど使われていないらしかった。

 周囲には巨大な建造物がいくつもあって、プライの説明によると、蒸気と磁石の力を使って雷の力を生み出す施設だとか、水を綺麗にして町中に流す施設だとか、よく分からないが、もの凄いものがたくさんあるらしかった。集会所というのも、大きな円柱形の石壁に、瓦葺(かわらぶ)きの屋根、青銅か何かの重い扉を据えた重厚な造りの立派な建物だったが、周りの実用的な建物が余りに大きな規模と存在感を誇っているために、それらに比べて少々萎縮しているように見えた。

 室内も、度々清掃が入るらしく、極端に汚れたり、埃が溜まっているようなこともなかったが、この活気のある町には珍しく、澱んだ空気が停滞していた。

「布団を運ぶから手伝ってくれ」とプライが言うので、バルトロメオの七人の部下が名乗り出た。

 この部下たちは、盗賊を名乗るにしては随分気のいい連中だった。問題なのはその首領であるバルトロメオだ。ルカは、チビたちのためなら同情だってなんだって使う。この七人の部下だけならば、上手く使うことまでは出来ないにしても、ルカたちの脅威にはならなかっただろう。しかし、このバルトロメオという男は別だった。彼は豪胆だが疑り深く、慎重だが獰猛だ。むやみに周囲を威嚇したり傷つけたりするようなことはないが、必要だと思えば子どもの(ひばら)も躊躇なく刺すだろう。そして、彼がそれを「必要だ」と思う条件に、「魔術師」に対する根深い怨恨が関係していて、さらにそれをルカやマルコが隠し立てしていると思われている状況は非常に危険だった。彼らが岩もぐらの巣で交わした口約束には、一定の効果があった。バルトロメオたちはとりあえずルカたちに従ってこの町までついて来たし、ここでも略奪をしようという様子はない。しかし、彼がルカたちに従っている理屈が曖昧なものである以上、また曖昧な理由で彼が離反することもあり得るのだ。そうなった時の彼らの武力は、恐らくドメニコの護衛四人よりも大きいと考えていいだろう。

「マルコ、バルトロメオたちと話す機会を作って欲しい。なるべく早く」とルカは言った。こういう物事の説明はマルコが一番上手かった。マルコは感情的になったり、相手を皮肉ったりすることがない。事実を事実のまま正確に話すことが出来るのは、マルコの優れた資質の一つだとルカは考える。

「そうだね。誤解があったままでは危険だ」マルコは頷いて、外で町の様子を眺めていたバルトロメオとドメニコたちを連れて戻った。バルトロメオの部下たちがドワーフのプライに連れられて不在だということは、バルトロメオもあまり問題にしなかった。


 集会所の会議室には、長机と椅子がいくつかあるきり、他には何もなかった。それらは、「乱雑に置かれている」と、「一応並んでいる」のちょうど中間くらいの無造作な配置だった。壁にはやはり、中に通した糸のようなもので光を生じるガラスの玉(ドワーフはこれを『電球』と呼ぶらしい)が高い位置にいくつもあり、この装置で明かりを確保していた。バルトロメオはその机の上に腰を乗せて腕を組み、マルコに視線を向けた。

「まず、今僕たちを取り巻く脅威について、説明に不足があったことを、僕は皆さんに謝らなければなりません」とマルコは切り出した。マルコが謝ることではない、とルカは口を挟もうとしたが、マルコが横目でそれを制した。

「事情があるんだろう。話せることは話してくれ」とドメニコが言った。

 バルトロメオは何も言わなかった。その表情や眼差しは、ルカやマルコを測っているように見えた。

「はい。バルトロメオさんの言う通り、僕たちに残されている脅威の一つは、ある魔法使いについてのことです」

『魔法使い』という言葉に、バルトロメオの目尻が鋭く一度だけ引きつった。

「『ある魔法使い』ということは、特定の個人だな?」とバルトロメオは確認した。

「はい。しかし……」

「そいつはメルクリウス領の軍属か?」マルコの言葉を遮って、バルトロメオは尋ねた。静かな口調だったが、その響きには灼けつくような熱があった。

「それは分かりません。僕とルカは今よりもっと小さい頃にあの集落に逃げ延びて、それからずっとあそこで暮らしていました。あそこには戦火は及びませんでしたから、過去の戦役についてはほとんど知らないのです」

「それを言わなかった理由はなんだ」

「説明が難しいのです。正確に言おうとすると、まず、脅威というべきかどうかということから考えなければなりません」

「つまり、敵対するとは限らない」とドメニコが確認した。

「はい。というより、誰の味方とか、誰の敵とか、そういう枠に当てはめて考えること自体が難しいと思います」

「私の護衛官たちを助けたのもその魔法使いだと思うかい?」

「そう思います。他にそんなことを出来る人物に、僕は心当たりがありません。しかし、それも親切ではなく、ただの気まぐれだと思います」

「敵でも味方でもないが脅威になりうると考える理由はなんだ」バルトロメオの声は依然低く落ち着いていたが、次第に鋭さが増すように感じられた。

「古い魔法使いで、強い力を持っているからです。僕たちの尺度では、およそ計り知れないような力です。魔法使いの中には寿命を永らえさせる術を使う者がいると言います。そうして永らえた魔法使いは、時の経過とともに力を増す。その魔法使いは、千年を下らない時を生きた者と言われています。あれは、ほとんど天災だとか奇跡だとかいうものと変わりがありません。それと……」

「名前は?」バルトロメオがそう言うと、マルコの目尻が少し歪んだ。ドメニコやバルトロメオの質問にマルコが答えるという展開は望ましくない。

「待て、まずはマルコの話を最後まで聴いてくれ」とルカは割って入った。

「名前は?」バルトロメオは続けて聞いた。「知っているのか」

「それを言うことは出来ません。なぜなら……」

「知っているのに言えない? 俺の目的を知っていながら」

「誤解だ、バルトロメオ!」とルカは叫んだ。非常にまずい。

「恐らくですが、その魔法使いは過去の戦役には参加していません。そういう性質ではないのです」とマルコは言った。冷静だが、おそらくバルトロメオには響かない。

「バルトロメオ、落ち着け! 子どもたちを傷つければ得られる情報も得られんぞ!」

 護衛官が剣の柄に指を掛けた。

「待て! 抜くな!」ルカが叫ぶ。

「名前が分かればいいのでしょう!」と女が声をあげた。ギョーセーホサカンのマグダとかいう女だ。

「あ? 何故お前が出てくる」バルトロメオが首を傾げた。

 その一瞬で、緊張の糸が緩んだ。

 充満した殺気が、一斉に「なぜこの女が?」という疑問に置き換わったのが目に見えるように感じられた。

 ルカはマグダが、はったりでこの場を収めようとしているのだと考えた。仮に適当な名前を挙げたとしても、今その話の裏を取る術はない。

「彼女は歩く資料室だ。王宮図書館まるまる一棟分以上の情報が、この、形のいい頭の中に収まっている」とドメニコが彼女を自慢げに紹介した。

 まてよ? とルカは思った。本当に知っているのか。

「ダメだ! 名前を言うな!」

「早く言え!」


「バーバ・ヤーガ……」と女の声が言った。



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