ロデウス視点 ⑦ 夜(三)
僕はサイモン、ルカ様と王族席に近い場所に待機した。
舞踏会が開始してしばらくすると、王太子殿下がひじ掛け椅子に置いていた手を上げ、指を何度か動かす。来いという意味だ。侍従を呼ぶ時と、青騎士を呼ぶ時のサインは違う。
サイモンはすぐに王太子殿下の元に行った。
しばらくすると、サイモンが戻り、小声で言った。
「シリル様を連れて来いと命令された。席を外す」
「わかった」
王太子殿下はシリル様を呼び出したらしい。シリル様は本当に大変だ。仕事だけでなく、王太子殿下のプライベートも支えている。
ただ、少し不思議にも思う。今はルカ様が早番でいる。ルカ様も王太子殿下のご友人だ。話し相手などが欲しいのであれば、ルカ様を呼べばいい。なのに、シリル様を呼んだ。
サイモンがいない間に何かあれば、僕が王太子殿下の呼び出しに応じなければならない。ぼくはとても緊張したが、反対側から声がかかる。ルカ様だ。
「ロデウス」
「何でしょうか?」
「私の屋敷は非常に広い。母は領地暮らしをしているため、妹と二人だけだ。知っているか?」
「はい」
リューベル公爵邸は王宮に近い場所にある。物凄い豪邸だ。
「屋敷を手放すつもりだ」
ルカ様がそう言った。僕は意外に思った。世間話なのかもしれないが、このようなプライベートな話になるとは思っていなかったからだ。
「屋敷の老朽化が酷い。改築するにしても、あのような広い屋敷は必要ない。時代遅れだ」
王都には数多くの貴族の屋敷がある。相当古い時代に建てられたものが多く、老朽化が激しい。内部を改築してしのいでいるも場合が多いが、不便な生活を強いられている者も少なくはない。更に快適になるべく改築しようとしても、その費用は恐ろしいほどかかる。
結局、あまりにも負担が大きすぎるとして売りに出すか、壊して新築するような者が少しずつ増えて来た。
リューベル公爵邸も相当古そうなだけに、もう限界だと判断されたのだ。
「王太子殿下に相談したところ、国が買い取ってくれるかもしれない。金額は低くなるが、個人に売るよりもいい。屋敷を売却した後、私は王宮に住めるが、妹と召使達は無理だ。どうにかしなければならない」
「そうですね」
「妹は領地に行くのを嫌がっている。王都に残りたいらしい。そこで、私に同居する家族という扱いで、青騎士の宿舎に入れようかと思っている。召使達は領地に移るか、退職あるいは解雇にする」
「なるほど」
僕は嫌な予感がした。
「コーデリアはきつい性格だ。宿舎ではやっていけない可能性が高い。しばらくの間でいいため、レティシアに面倒を見て貰いたい」
「世話役になれと?」
「妹の友人になって欲しい」
「無理では?」
僕ははっきりと言った。レティを守るために。
「コーデリア嬢は身分が高いことから、遠慮なく意見を口にされます。僕の妻にも冷たい態度を取るのは明らかです。負担をかけたくありません」
「レティシアは元王宮の侍女だ。身分の高い相手にうまく対応できるはずだ。妹に合わせて付き合う必要はない。適当にあしらってくれればいい。ただ、妹が宿舎で問題を起こすのは好ましくないため、抑え役となる者が欲しい」
「簡単に抑えることができるような方ではなさそうに思えますが」
「他に適役がいない」
「妻も適役ではない気がします。まとめ役に頼んでは?」
「これは命令だ。王太子殿下の許可も得ている。レティシアにも伝えておけ」
拒否権はなかった。最悪だ。
僕は悟った。ルカ様はこの話をするために、早番になったのだろうと。そうとしか思えなかった。
僕はその後、すぐに王太子殿下の合図に気づいた。
「話は聞いたか?」
王太子殿下に尋ねられた。
「コーデリア嬢のことでしょうか?」
「そうだ。任せる。お前というよりは、レティにだが」
どうしようもない。これは決定事項だ。
「もう一つ用事がある。今夜の件だ。何時から可能か確認したい」
「シリル様を呼ばれているはずです。シリル様に確認されては?」
「今夜の担当はヘンリーだ。ヘンリーに聞いて来い。できるだけ早い方が望ましい。退屈で死にそうだ。早く脱出したい」
「はい」
今夜も王太子殿下は夜遊びに行く。愛の日なのに、王太子妃とも側妃とも過ごさなくていいのだろうかと思いつつ、僕はヘンリー様を探しに向かうことにした。
「ヘンリー様の元に行きますので、席を外します」
僕がそういうと、ルカ様が頷いた。
「わかった。ヘンリーを探すのは、少し時間がかかるかもしれない。レティシアのことは気にするな。余計な者が近づかないよう、私が側にいて周囲を牽制しておいてやろう」
「……ありがとうございます」
僕はルカ様がレティの側にいるという内容が気になりつつも、その場を離れた。できるだけ早く戻ると決心して。
僕が戻ると、レティの姿があった。王太子殿下の側に。嫌過ぎる。
ルカ様の牽制も、王太子殿下には効果がない。
しかも、ルカ様が笑っていた。手で口元を隠していたものの、目でわかる。
僕は動揺した。ルカ様の笑う姿は美しい。女性が直視すると、たちまちルカ様の虜になり、心を奪われるらしい。ルカ様は自身の周囲にわずらわしい者が増えないため、公の場では笑わないようにしている。抑えきれない時は、手で隠しているものの、それでも十分に見惚れてしまうと評する者達がいる位だ。僕は動揺を必死に抑えながら、王太子殿下に報告をした。
「王太子殿下にご報告申し上げます。確認したところ、いつでも可能とのことでした」
王太子殿下はニヤニヤしている。意地悪な方だが、発した言葉は意地悪ではなかった。
「ご苦労だった。お前はもう時間だろう。下がっていい。レティを連れて行け」
「はい。仰せのままに」
僕は恭しく礼をすると、レティに微笑んだ。
「待たせてごめんね」
「気にしないで」
僕とレティはもう一度退出するために深々と一礼をした後、元の待機場所に戻った。
「時間なので下がりますが、何かあるでしょうか?」
すでに交代で待機している先輩の青騎士達に僕は尋ねた。
「ある、といいたいところだが、今夜は配慮してやるように言われている。お前は本当に気に入られているな」
「子犬だからなあ」
「子犬は可愛いからなあ」
にやにやとする先輩の青騎士達。
子犬か。まあ、いつものことだ。むしろ、駄犬扱いよりもましだ。
僕はにっこりほほ笑んだ。勿論、作り笑いだ。
「では、お先に失礼します」
「ご苦労だった」
「頑張れよ」
「明日が楽しみだ」
僕はレティをエスコートして、正面玄関の方に向かった。宿舎に帰って、レティと二人きりで過ごしたい。舞踏会を楽しむつもりは全くない。
「ロディ」
レティは僕の名前を呼んだ後に尋ねた。
「お食事はいいの?」
今夜は舞踏会であるため、青騎士団の宿舎では、夕食を用意していない。舞踏会の会場で飲食できるからだ。
「レティは食べた?」
「食べていないわ」
「何か食べていく? 愛の日にちなんだ料理が色々ある」
「特別な料理なのかしら?」
「ハート型のサンドイッチとか、ケーキとか。赤い料理が多いかな。辛い料理もあるから気を付けないといけない」
「ちょっと気になるわ。それに、何も食べないで帰るのも微妙だし」
「じゃあ、食事をしてから帰ろうか」
僕達は正面玄関に向かうのをやめ、食事が用意されている部屋へ向かった。




