ロデウス視点 ⑥ 夜(二)
会場につくと、僕は視線を変えて、クライスター公爵かその息子トビーを探した。
普通に探すと、広い会場だけに見つかりにくい。女性は赤、男性は黒が圧倒的に多い。どれも同じように見えてしまうのもある。一応、トビーと連絡を取り、どの辺にいるかということは聞いておいたため、すぐに公爵家の者達と合流することができた。
僕を養子にして貰ったことから、クライスター公爵は義父ということになる。その息子で跡継ぎのトビーは義兄だ。
二人とも併合地から来た血族である僕を敵国の者として疎むどころか、心から歓迎し、この国で生活していけるよう親身になって世話をしてくれた。さすが公爵家の者、人格者だと思えるような尊敬できる立派な人物だ。
愛の日の舞踏会は、よほどのことがなければ、夫婦や婚約者と必ず一緒に参加する。クライスター公爵夫人やトビーの妻であるアイリスとも会えた。
「ロディ、あの件は助かった。感謝する」
真っ先にそう言ったのは、クライスター公爵だった。
クライスター公爵にとても大きな話が内密に持ち込まれた。莫大な益を得ることができる投資話だ。クライスター公爵は乗り気だった。
しかし、トビーが不安を感じ、僕に相談してきた。僕はすぐにその取引相手だという者達を調べさせた。
その結果、その者達は巧妙な手口で金や財産をだまし取る詐欺集団だと判明した。
僕はすぐにそのことをトビーに伝え、その一方で司法省の知り合いと話し、更には犯罪組織に対応する軍関係者、王都警備隊の上役と相談、詐欺集団の検挙をすることになった。
そして、クライスター公爵家と軍の特殊部隊と王都警備隊が連携し、詐欺集団は一斉検挙された。
「お役に立ててなによりです」
「私は全く見抜けなかった。揃えてある書類などにも怪しいところは一切なかったし、こちらの調査でも全く問題がないと出ていた。トビーから話を聞いて、正直に言えば、信じられなかった。だが、ロディの言葉を疑う余地はないと判断した」
「実の息子よりも、養子の息子の言葉を信じるといわけだ」
トビーが苦笑した。トビーはあまりにも益があり過ぎる、怪しいと感じていたが、公爵家で調べた結果、問題がないと判明した。不審な点も特にないため、公爵はトビーが制止するのに耳を貸さなかったらしい。
「普通はあのまま騙されて契約書を書いてしまうのだろう。恐ろしいことだ」
「仕方ありません。多くの者達が被害にあっていたのもそのせいです」
僕は公爵とトビーと話しながら、レティの話にも耳を傾けていた。
ドレスの話は予想済みのことだけに、レティで対処できる。
アイリスがレティを庇い、さりげなく宝飾品のことに話題を変えてくれた。
「そうね。レティが選ぶとは思えないわ。新しく購入したの?」
「僕が投資している関係から手に入れたものです」
「特注品? 既製品?」
「既製品をリフォームした特注品です」
「そうなのね。随分、装飾が少ないのね」
「シンプルな宝飾品ね。レティが好みそうだわ。でも、ハートというのはちょっと意外ね」
「そこはこだわりました。僕の気持ちをわかりやすく示したいと思って」
僕はレティを、ちらりと見た。
喜んで欲しい。でも、きっとレティは気にする。リフォームしたことを。
普通に売られている品であれば、購入したままでいい。でも、僕が購入したのはヴェルートの貴族が手放した品だ。そのままだと、誰の所有品だったかわかってしまう可能性がある。そうならないように、必ずリフォームはしなければならない。それが安く購入するための条件だった。リフォームに費用がかかるからこそ、元の宝飾品が安くなるというからくりだ。
クライスター公爵夫人とアイリスが微笑みながら言った。
「まあまあ。やっぱりロディね。本当にレティに夢中ね」
「素敵なリフォームね。レティがハート?と思ったけど、レトロなドレスに合っていると思うわ」
「ここ近年は派手なドレスが主流だし、装飾も赤いバラばかり。個人的には見飽きた感じもしていたの。かといって、流行はボリューム感のあるふんわりしたドレスだし、舞踏会だからダンスのことも考えないといけないし、タイトなドレスを着用するのもどうかと思って」
「確かにそうかもね。毎年同じような気はしていたの。特にバラの装飾についてはね。最初は良かったけれど、どこを見ても赤いバラばかりだわ。もう特別でもなんでもないわね」
「レティのドレスはふんわりしているけれど、生地を重ねていないから、とってもすっきりしているわ。その分、顔や装飾品が目立つものね。レティは美人だし、宝飾品も素敵だわ。ロディの愛がこもった真っ赤なハートが、まさにポイントね」
「派手なドレスや宝飾品というだけでは、必ずしも愛がこもっていると示すことはできないわ。ハートのデザインは誰もが愛をあらわすとわかるでしょう。ロディの愛がとてもわかりやすい形で示されていて、微笑ましいわね」
クライスター公爵夫人はそう言って微笑んだ。
「トビー、私にも愛のこもった贈り物を贈って頂戴」
アイリスは夫のトビーにそう言った。
「ドレスを新調しただろう?」
「ルビーの宝飾品がいいわ」
アイリスは豪華な宝飾品を身に着けているが、ガーネットだった。
「愛の日に贈るのは愛だ。宝飾品である必要はない。いずれは母上の宝石がお前に受け継がれる。宝飾品は嫌でも増えるだろう」
「今欲しくなったの」
「明日には気分が変わる。愛の日が終われば、次は春の会だ。その時に着用するドレスのことで頭がいっぱいになる。ルビーではなく、淡い色の宝石や、花の装飾品がいいと思うだろう」
「悔しいけど、否定はできないわね。おねだりに失敗してしまったわ」
アイリスが苦笑した。
「でも、まだ愛の日よ。舞踏会は始まってさえいないわ。春の会の話は早すぎるのではなくて?」
「もう始まる」
トビーの言う通りだった。
侍従が高らかに王族の入場を告げる。王が愛の日を祝う舞踏会の開幕を宣言し、盛大な拍手によって舞踏会が始まった。
「レティ、僕は移動しないといけない。一緒に来て」
「わかったわ」
「今夜は早番なので、失礼します」
僕はレティをエスコートしつつ、王族達のいる方へ向かった。
途中で声をかけられるものの、軽く挨拶をしつつ、王太子の元に行く、早番だと告げて移動する。
早番と言えば、何のことかはすぐにわかる。誰も咎める者はいない。青騎士にとって、王太子の側に控えることがとても重要だとわかっているからだ。
サイモンとベスとも合流した。待機場所には青騎士ではない者もいた。シリル様だ。
「リックの体調が悪く、医務室にいます。早番は無理ですので、ルカに変更することになりました」
シリル様の言葉に僕は驚くしかない。
「ルカ様に変更ですか?」
ルカ様は身分が高い。公爵家の当主だ。しかも、王太子の青騎士のまとめ役だ。いざという時は様々指示を与える必要もある。そのため、時間で交代するような当番は免除されている。そのルカ様が当番をするというだけでなく、早番というのは驚くしかない。
「ロディが早番なのは丁度いいでしょう。ついでにルカの面倒も見て下さい」
「なぜ、ルカ様が早番に?」
「王太子殿下の判断です。伝えましたよ」
シリル様はさっさと行ってしまった。
僕は顔をひきつらせた。まさか、レティが来るから。まさか、うん、まさかだ。そう思いたい。
「サイモン」
「任されたのはお前だ。私ではない。自分の担当は自分でなんとかしろ」
「そんな……」
「私と一緒するのは嫌だということか?」
来たばかりのルカ様がそう言った。
「ルカ様!」
やや慌てつつも、僕はしっかりと頭を下げた。
「そのようなことは決してありません! まさか、僕のような者がご一緒できるとは思っていませんでした。とても光栄です。精一杯努めますので、何かあれば御指示を」
「では早速指示する。お前の妻に挨拶させろ。これほど近くにいるのは、お前の結婚披露宴ぶりだ」
確かにそうかもしれない。
「レティ、ルカ様にご挨拶を」
「リューベル公爵閣下に、改めてご挨拶申し上げます。ロデウス=クライスターの妻レティシアでございます。今夜、お会いできましたこと、大変光栄に存じます」
レティは深々と一礼した。
レティの動作はゆっくりとしていて、とても優雅だ。美人であるため、余計に綺麗に見える。気品があるとさえ思う。
普通は緊張したり、焦って早く挨拶をしたりするため、優雅さや品に欠け、余裕がないように見えてしまう者達が多い。
でも、身分の高い出自の者は挨拶するのに時間をかける。余裕があるからだ。相手を待たせるのに慣れている。
レティは自信がないからこそ、しっかりゆっくりきっちり礼をするのだが、それがいかにも身分の高い出自の者らしく見える。
「相変わらずの美しさだ。ロデウスと別れる時は知らせろ。私が引き取ってもいい。正妻の座が空いている」
「ルカ様、僕の前で口説かないで下さい!」
「これはお前のために言っている。精神鍛錬だ。早番の間、レティシアが口説かれたとしても、我慢しなければならない。愛の日だけに、口説く者は多いだろう。何人いるか、楽しみだ」
「ベス、レティに男性を近づけないで!」
僕が懇願するようにそう言うと、ベスがにっこりほほ笑んだ。
「任せておいて! 女性達だけで周囲を固めて、沢山おしゃべりをしてくるわ。全員のドレスと装飾品の話を聞いているだけで、あっという間に時間が経つわよ。一時間じゃ足りない位ね」
「一時間だ」
サイモンがきっぱりとそう言った。
「一時間経ったら、ここに戻るように。特に何もなければ、すぐに帰れる」
「挨拶回りをしないとでしょう?」
「下手に残っていると、何か言いつけられる可能性がある。挨拶回りはしない」
「駄目よ。挨拶回りは必須だわ!」
ベスは真剣な表情で言った。
「ドレスの評判がとてもいいの。もしかすると、ベストドレッサーに選ばれるかもしれないわ。なのに、早く帰れるわけがないでしょう? 挨拶回りしながら、私のドレスを褒め称えて、アピールして頂戴。夫なら当然の義務よ!」
ベスの言葉に、サイモンは僕へと視線を変えた。
「ロディ」
「さっき、自分の担当は自分でなんとかするように言ったよね。ベスの担当はサイモン。自分でなんとかすべきだよね」
サイモンは肩を落とし、大きなため息をついた。




