ロデウス視点 ⑤ 夜(一)
ようやく夜になった。
僕は黒の礼装に着替え、今夜のドレスコードに合うよう赤い飾帯を身に着けた。
待合室にいると、レティ達が案内されてきた。
「ああ、ベス! あまりにも美しすぎて、心臓が破裂してしまいそうだ!」
サイモンはベスの元に駆けつけると、軽く抱きしめながら両頬に口づけた。
僕はサイモンを尊敬する。僕にはできない歓迎方式だ。恥ずかしすぎる。
「レティ。凄く綺麗だよ。それに、可愛い……」
僕は正直な感想を述べた。すると、レティは恥ずかしそうな表情をした。それがまた可愛い。どうしよう。僕の心臓は凄い音を立てている。ドキドキどころではない。
「みんなにも可愛いって言われたわ。ティアラにハートがついているせいだと思うけど」
「レティは大人びて見えるけど、今夜はいつもと違って見える。雰囲気が柔らかくなっている気がする。髪型はハーフアップにしたのか」
「ベスに直すように言われたの」
「化粧もいつもと違うね。目尻が下がって見える。それに、チークの色もいつもと違う。口紅の色も」
今夜のレティはいつもと違う雰囲気だ。とても驚いた。でも、凄くいい。誰にも見せたくない位だ。
「ロディ、ウィンスターズって最近できたばかりのお店みたいね。会員なの?」
レティが僕に尋ねて来た。どこからか店の名前を聞くというのは想定内だ。
「うん。会員だよ」
「ヴィンテージやアンティークを扱うお店だって聞いたけど、貸し出しもしているのね。手数料は結構かかるの?」
「えーっと……」
どう答えようかと思っていると、レティがじっと見つめて来た。
「まさか、買ったの?」
「……買った」
レティの強い視線は美人なだけに迫力がある。
嘘を重ねて隠し続け、後で本当のことがわかってしまった時が怖い。それよりもさっさと白状して謝罪した方が許してくれると僕は判断した。
「借りると言っていたのに」
「いいのがなかった。品によっては貸出料も凄く高い。購入した方が得だと思った」
僕は正直に話した。
「ごめんね。言えばきっと、別の宝石でもいい、買うのは反対だと言われると思って」
僕の言葉に、レティがぴくりと反応した。
「でも、僕はレティに赤い宝石の宝飾品を身に着けて欲しかった。愛の日にふさわしく装えるようにするのが、夫の務めだと思った」
「私が知らないうちに、他にも宝飾品を沢山買っていない?」
「……贈り物はこっそり買うものだよ。いちいち、愛の日の贈り物を買うねって宣言したりしない」
「それはわかるけど、不安なのよ。アルからよく小包が届くわ。あれは何?」
僕達は新婚旅行で属国のヴェルートに行った。その際、ヴェルートの第三王子アルウィンと知り合った。
「知り合いのだよ。宝飾品を購入したことがわからないように、僕の方に届けることにしていた」
「購入したことがわかると不味いの?」
「こっそり用意して妻に贈るのに、妻に小包を受け取らせるなんて、不味いに決まっているよ」
「普通は召使が受け取るでしょう?」
「玄関口ではね。でも、重要な届け物だから、妻に届けられる。何かと思って開けられたら、宝飾品だってわかってしまう。記念日の贈り物なのに、先に見られてしまったら不味い」
「理解できるけど、そんなに買う人がいるの? 結構届いていたわよ」
「人数がそれなりにいる。一人一回しか買わないとしても、僕が受け取る数は何十回にもなる。特にサファイアの宝飾品が人気だ。誰が購入しているか、なんとなくわかるよね?」
青騎士には制服がある。公式行事などには青い礼装を着用することが多いため、夫に装いを合わせる妻は、青いドレスや青い宝石を必ず持っている。必須の品ともいえる。
青騎士の中にはあまり裕福ではない者もいる。お買い得の装飾品があるとなれば喜ぶ。
裕福な者は青い宝飾品をいくつも欲しがる。需要が高い。
「もしかして、宿舎に住んでいる者達の代理で受け取っているの?」
「宿舎外に住んでいる者達の分もね。正直、こんなに買う者がいると思わなかった。アルは相当儲かったと思うよ。手数料が欲しくなった」
「菓子店よりも、宝飾品店を開いた方が儲かりそうね」
僕は苦笑した。菓子店でも儲かる気がするが、それは秘密だ。
「一応、似たようなことをしている。アルの店に出資した」
僕は財産を増やすために、様々なことに積極的に投資している。
「ヴェルートの店?」
「いや。新しい店を作った。あの店とは事業提携をしている感じかな」
僕はレティに説明した。
「今後、ずっと僕の方で仲介をするのは微妙だと思ってね。レティに沢山買い物をしていると誤解されるのも困るし。アルと相談して、こっちに店を作ることになった。ヴェルートの店で扱う品の仲介だよ。今後はそこで宝飾品の注文や受け取りができるから、僕に届く小包は減るはずだよ」
「そうだったのね」
「出資したおかげで、様々な特典を受けることができる。宝飾品を購入する際にはかなり安くしてくれるし、リフォームや修理も割引してくれる。それ以外にも、所持している宝飾品を手放したい時は、代理で競売に出す手続きもしてくれる。宝飾品に関する便利屋といったところだね」
「ほう。いいことを聞いた」
そういったのは、いつの間にか側に戻って来たサイモンだ。ベスを置いて戻って来たらしい。ベスは女性達とおしゃべりに夢中のためだろう。
「ロディ、私も出資したい。ウィンスターズのことだろう?」
「ごめん。今は出資を募っていない。追加募集する時があったら、声をかけるよ」
「残念だ。宝飾品が安く購入できるのはかなり嬉しいのだが」
サイモンはベスのためにかなりの宝飾品を買っている。いくらサイモンが金持ちでも、負担はかなりのものだ。でも、ベスの願いを叶えるために稼いでいる金を、ベスが使うのは当然だと思っている。そうでなければ、稼ぐ意味がないと。
僕も様々なことに投資しているが、サイモンの投資も物凄い。はっきりいって、凄腕だ。お金のことだけ言えば、執務補佐官として働かなくてもいいだろう。
でも、この国では戦争が多い。兵士の数が足りなければ、一般募集だけでなく、強制従軍になる可能性もある。ベスと離れたくないため、官僚試験を受けたらしい。優秀な人材だとわかれば、それを戦争で失うのは勿体ないと思われ、戦争にはいかなくて済むだろうと考えたらしい。
実際、そういった理由で官僚になりたがる者はそれなりに多くいるようだ。
ただ、優秀だからこそ、上司からの命令で従軍しなければならない者もいるといえばいるし、戦後処理のために長期に渡って出張などを命じられることもある。
「ベスは美しく装うことが好きだ。ドレスも宝飾品も望むままに与えたいが、私の財産は無限ではないのでね。得な情報があるなら、利用しない手はない」
なんとなくサイモンの笑顔が怖い。サイモンはベスのためならなんでもする。
「私はロディが羨ましい」
サイモンが言った。
「私は心からベスを愛している。ベスも私を愛してくれている。だが、友人達とドレスや装飾品の話をすることも大好きだ。おしゃべりに夢中になると、私のことなど見向きもしない。ドレスや宝飾品に嫉妬してしまう。私が与えたものであるため、まだましだが。それに比べ、レティはずっとロディの側にいる」
表面的にはにこやかだが、心の中ではかなりの感情が渦巻いているのではないかと思う。表面に出るのはその一部、サイモンが意識して表に出している部分でしかない。
「サイモンが戻ってこなければ、ベスの側にいれたのに」
「お洒落の話に夢中になった女性達の側にずっといるのは、非常に居心地が悪い。投資話に盛り上がった男性の側に女性がいるのと同じだ。そういう時は、我慢しないで離れた方がストレスを感じない」
サイモンはベスがお洒落の話をしているのが嫌なわけじゃない。話している相手が自分ではないこと、自分以外に笑顔を見せて楽しそうにしているのが嫌なのだ。嫉妬してしまう。そして、そんな風に思ってしまう自分は心の狭い男だと感じ、それもまた嫌なのだ。
僕もその気持ちはわかる。同じように思ってしまうから。
「その代り、愛する妻が側にいないってなるわけだよね?」
「そうなる」
「後でお酒を飲むといいよ。少しは気分も晴れるから」
「飲んでいる暇などない」
サイモンは断固たる口調でそう言った。
「ロディも同じだろう?」
「まあね。早番は久しぶり。いつも遅番だし」
青騎士は王太子のために、常に数人が待機することになっている。王太子に何か命じられれば、それに対処するために動く。
また、青騎士は護衛騎士ではないものの、王太子が席を離れ、歓談するためにフロアに降りた際などは、取り巻きとしてその周囲を固める。王太子に余計な者が近づかないように、あるいは、危害を加えられないように盾となるような役目もある。
早番というのは、最も早い時間を担当する者のことだ。
遅番になると、最後まで残っていなくてはいけない。催しが始まってすぐに社交をしたり、ダンスを踊ったり、食事を取ったりすることができるメリットもある。妻が催しに参加していれば、最初の方は一緒に過ごせる。
但し、帰りも一緒というのは難しい。催しが終わった後でも、用事や待機を命じられると帰れない。そのまま王宮に宿泊することになるというデメリットもある。
僕は大抵遅番だった。
早番であれば、一緒に帰ることができる。日付が変わる前に愛の日の贈り物を渡すことができる。
このチャンスを逃がしたくない。
「レティ、私も早番だ。一時間ほどは王太子の側を離れられない。ベスが大人しく私の側にいてくれればいいが、いるわけがない。ドレスや宝飾品の話をしに、友人知人の所に行ってしまう。悪いが、私の代わりにベスに付き添って欲しい」
「わかりました」
サイモンがレティにベスを頼む。
「レティをベスにとられた。寂しい」
僕がそう言うと、サイモンが苦笑した。
「レティも社交について学ぶ機会になる」
「そうだけど、心配だよ。ベスの側にいるということは、レティも見られる。目立ってしまうよ」
「美人は目立つ。お前の妻だということでも十分目立つ。今更だ。いざという時は、王太子の許可を得て離れればいい」
「勿論、そのつもり」
時間になった。
僕はレティをエスコートして、舞踏会の会場に移動した。




