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永遠の愛を刻み続ける  作者: 美雪
愛の日編

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ロデウス視点 ④ 夕方

 僕は黙々と仕事を続けた。せっかく差し入れに来てくれたレティと長く過ごせなかったのは残念なものの、茶会に参加することで、仕事の時間が削られるのは、歓迎できることではない。


 僕達の仕事はとても重要だ。王太子の執務が進まなければ、様々なところに影響が出る。


 僕は元々国土省の官僚として採用された。中央省庁の最末端の官僚として勤務した経験がある。その後、宰相府に異動になり、現在は王太子の執務補佐官になった。おかげで、この国のシステムがどうなっているのか、早く理解することができた。


 基本的には各省庁で判断できるものは判断する。但し、難しい問題、重要案件は宰相府に報告され、判断を仰ぐ。つまり、決定権は宰相府に委ねられる。


 しかし、宰相府でも難しい問題、重要案件だとなると、王か王太子の判断を仰ぐ。あるいは、宰相府の判断に対し、王か王太子の承認を貰う、という形になる。


 王太子の元に来た執務に対し、判断や承認がなかなかされなければ、宰相府もその下の中央省庁も、更にはもっと下の役所や現場なども全て保留で動けなくなってしまう。


 その影響はただ遅れるというだけでなく、経費が増え、時間と労力の無駄につながる。


 もっと分権を確立すれば、判断も早くなり、許可も出やすくなるかもしれない。でも、それは王や王太子の権限を弱め、臣下である宰相や大臣の権限を強化してしまうことにつながるため、簡単には認めることができない。とても難しい問題だ。


 王や王太子に回される書類の量は半端ない。全部、王や王太子が処理をしていたら、到底時間が足りない。だからこそ、執務補佐官がいる。執務補佐官がほぼ全ての作業をし、最後にサインや印を押すだけというだけにしておけば、より書類の処理は早くなる。


 僕は国土省にいたことから、国土省関係の書類を扱っている。宰相府にいた頃も、やはり国土省からの異動だったこともあり、国土省関連の仕事が多く回って来た。


 国土省の仕事は国土の活用に関する総合的な行政を行う。そのため、他の関係省庁と合同で推し進めるプロジェクトが多い。国土省だけで決めるということが難しく、関係省庁との合意や協力がうまくいかないと、すぐに宰相府に判断や仲裁を頼んでくる。


 宰相府がうまく対応してくれることもあるが、国土開発は大きな利権や莫大な予算が関わることから、財務省なども口うるさい。不正がないかといった監査も厳しい。結局、宰相府単独ではなく、王や王太子の承認を得るような形で決着することが多い。つまり、何か大きな案件や問題が発生すると、判断までに時間がかかってしまうのが常なのだ。


 それがわかっているからこそ、僕ができるだけ早く仕事を進めないといけない。でも、僕の提出した書類もすぐに王太子に届けられるわけではない。僕の扱う書類のほとんどはシリル様に提出することになるため、シリル様がこれでいいと判断してくれないと駄目だ。


 僕は書類をいくつも片付けた。


「第一に行きますが、何かありますか?」

「ある。だが、第二へもある」

「それは無理。自分で」


 僕は自分が行く場所以外の所へついでに行くということはしない。前は引き受けていたが、そうすると第三もなどと他の部屋回りも頼まれてしまい、全然自分の仕事が進まないからだ。


「再提出するのを持って行ってくれ」

「私のも」


 僕は書類を持って、第一補佐官執務室に向かった。



 ちょっと嫌な予感はしていた。青騎士のお茶会は一時間程度と聞いている。ほとんどの者がそのタイミングで休憩は終了、一部の者だけが更に三十分から一時間程度残るということだった。


 十六時を過ぎてもディックは戻ってこなかったことから、延長して残っているのだと思われたが、他の者達は戻っている。戻ったら仕事をするわけだが、その者達が書類の提出に来るタイミングと重なってしまったのか、第一執務補佐官室には多くの青騎士兼執務補佐官達がいた。


 シリル様を目指す列に僕は並んだ。シリル様の書類裁きは早い。たまたま時間がかかる書類があったために、列になっていただけで、それが終わればその後はさほど時間がかかることなく処理される。


 それはわかる。ただ、書類を提出に来ていた者達は、それ以外にも小袋や箱を渡していた。差し入れだと言って。


 僕の前に並んでいるのは青騎士でも執務補佐官でもなく、侍従だった。


「愛の日の贈り物リストをお届けに参りました」


 侍従が書類を差し出す。シリル様はさっと軽くリストに目を通すと言った。


「毎年十五時には届くというのに、随分と遅かったのですね」

「申し訳ありません。今年、王宮に届いた贈り物の数がかなり増えてしまいましたので、仕分けや書類作成に時間がかかってしまいました」

「では、時間が変更になったというわけではないのですね?」

「はい。本来であれば、十五時を目安にお届けすべきところ、それが叶いませんでした。心よりお詫び申し上げます」

「下がりなさい」

「失礼します」


 侍従はそう言うと下がる。


「書類を提出しに来ました。他の者達からも預かっている書類もあります」


 僕はシリル様に書類を提出した。


 その間、侍従がソルト様にも同じようにリストを渡し、謝罪しているのを耳にしながら、朝、シリル様が言っていたのはこのリストのことなのだろうと思った。


「この書類は全て預かります。私の方から返す書類もあります」


 シリル様はそういうと、背後の棚から箱を六つ取り出した。箱には全面にチョコチップクッキーの柄があしらわれている。


 王太子付き執務補佐官は、一人一人オリジナル柄の書類箱を使うことになっている。


 特注の箱になるため、好みの柄を指定できるのだが、食品という指定になっている。また、誰のものか一目瞭然となるように、必ず全面に同じ模様がある箱になる。


 ちなみに、僕の箱はマドレーヌ柄になっている。レティの手作りしたマドレーヌが大好きだからだ。


 また、シリル様の箱には番号も明記されている。


 この番号は同じ柄の箱がいくつあるのかをあらわすだけでなく、対応する補佐官の序列番号でもある。


 箱を渡されたら、番号に対応する者に渡せということだ。僕が勝手に箱を開けて、書類だけを相手に渡すことはできない。


「箱はすぐに返却するように」

「はい」


 箱は重ねやすい。つまり、移動して持って行くのにも便利だ。一人で持てるし、途中でバラバラになってしまう可能性もファイルより低い。


「ところで、私への差し入れはないのですか?」

「え?」


 僕は驚いた。


「差し入れですか?」

「……聞いていないのですか?」


 シリル様は明らかに不機嫌そうな顔をした。


「青騎士は妻達が差し入れにきます。ですが、それは青騎士しか食べることができません。そこで、執務補佐官でもある青騎士は、最も感謝しなければならない上司の一人である私に、妻の作った差し入れと同じモノを、私にも差し入れるのです。但し、サンドイッチやサラダなど、菓子ではない品を妻が差し入れする場合は、有名店の菓子を持ってきます」


 僕もシリル様への差し入れは用意した。でも、いつ宿舎に帰れるかわからないため、高級菓子店の菓子を直接王宮のシリル様宛に贈るようにレティに頼み、手配をした。


「……シリル様には妻からお菓子をお送りしました。それだけでは駄目だということでしょうか?」

「確かに、私に届いた愛の日の贈り物のリストの中に、レティシアからのお菓子があります。ですが、私宛に届く愛の日の贈り物はリスト化され、食品は基本的に全て処分されます。そういった事情を考えると、夫が直接私に手渡しをするべきでは?」

「すみません……送付物にしてしまいました」

「送付物の差し入れは食べることができません。これは痛恨のミスです。この失態を取り返すには、どうすればいいかわかりますね?」

「はい。明日、送付したものと同じ菓子を持ってきます」

「一週間以内にしてあげましょう」


 シリル様にしては驚くほど寛容な処置だと思ったのはつかの間だった。


「但し、レティシアが今日青騎士達に差し入れたチョコレートクッキーとチョコチップクッキーです。わかりましたね?」

「……はい」


 猶予があるのは、レティに手作りさせるという注文をつけるためだった。シリル様のお菓子愛は深い。特に、チョコチップクッキーに関しては。書類箱を見ればそれがわかる。


 僕はチョコチップクッキー柄の箱を六つ抱えて部屋に戻った。


「差し入れです。箱はすぐに回収して戻しますので、中身を取り出して下さい」

「菓子ではない差し入れは欲しくない」


 サイモンがそう言ったが、受け取り拒否はさせない。絶対。


「箱を見ただけで、誰からの届け物かわかってしまうのが悲しい」

「実は中身が菓子というオチであって欲しい」

「愛の日なのに、やっぱり書類だ」


 箱を渡した者が次々とため息をついた。


「愛のこもった書類ということで」

「いらん」

「いらない」

「書類に愛などない」


 不満の声が上がる。


 ディックはまだお茶会から戻っていない。恐らくは、王太子と話しているのだ。


 僕はディックの机の上に箱から取り出した書類を置いた。本来はしてはいけないことになるけれど、箱をすぐに返却する必要がある時は仕方がない。シリル様の命令の方が優先だ。


 僕は自分の箱を席に運び、箱の中身を取り出した。


 今度は空箱を回収に行く。


「サイモン」

「なんだ?」


 僕はサイモンに尋ねた。


「青騎士は妻が作った差し入れをシリル様に渡すみたいだね?」

「菓子店の品でもいいと言ったではないか」

「王宮のシリル様宛に送付する形にしてしまったから、怒られた」

「直接渡さないと駄目に決まっているではないか」


 サイモンは呆れたような顔をした。


「直接渡すって言って欲しかった」

「手渡しは常識だろう? 執務補佐官室に届く一般物は開封され、安全かどうか調べられる可能性が高い」

「レティに送らせればいいって言ったよね?」

「愛の日の贈り物だからな。だが、レティがシリル様に面会し、許可されるかどうかはわからない。夫に託すという形にするのが無難だ。宿舎か王宮のお前宛に送る。妻からの送付物は伺いが立てられるだけで、開封されずに届く。それを妻からの差し入れだといってお前が直接手渡す、ということだ」

「送らせればいいって、僕宛にという意味だったのか」

「シリル様宛に送っても意味がないではないか。レティはシリル様の妻ではない。無事届いたとしても、その前に開封されてしまう。自分に届く前に開封された食品をシリル様が食べることはない」

「気づかなかった……」

「気づかないのが悪い」


 その通りだった。僕は大きなため息をつくしかない。完全なミスだ。


 しかも、僕だけではなく、レティも連帯責任になってしまった。僕がきちんと理解し、指示していなかったからだ。ますます落ち込むしかない。


「レティにクッキーを作らせ、差し入れをすればいい。きっと許して貰える」

「実は差し入れする品を指定された。一週間以内に、レティの手作りのチョコレートクッキーとチョコチップクッキーを持って来いって」

「やはりな」


 サイモンはにやりとした。


「シリル様はレティシアの作ったチョコチップクッキーが美味しいと聞き、かなり気になっていたようだった。お前の失態を、好都合だと思い、喜んでいるかもしれない。そう考えると、さほど気にする必要はないだろう」

「嬉しくない推測だ……」


 僕は全員の箱を回収すると、すぐにそれをシリル様の元に返却しに向かった。 


 第一執務補佐官室には、部屋の全員がいた。シリル様、ソルト様、ケヴィン様、ルカ様だ。


「シリル様、箱を返却しにきました」

「棚へ入れておきなさい」

「はい」


 シリル様は忙しいため、直接棚に返却するように言った。


 僕はシリル様の後ろ側にある棚に箱を戻した。


「では、失礼致します」


 僕が退出しようとすると、シリル様に呼び止められた。


「待ちなさい」

「……何でしょうか?」

「ルカから聞きました。レティシアは王太子から今日と同じクッキーを再度作って来るように命じられました。そのお菓子は執務補佐官にも配られるようです。そのため、私の元に持って来るチョコレートクッキーは、別のものに差し替えなさい」

「別のものですか?」

「そうです。別の種類のクッキー、あるいは全く違う菓子でも構いません」

「わかりました」

「当たり前ですが、美味しくなかった場合は、再提出です」

「……はい」


 書類と同じく、お菓子の提出に関しても、駄目なら再提出という条件が付け加えられた。


 美味しい菓子を提出しても、シリル様が美味しくないと言えば、再提出し続けなければならない。シリル様が嘘の評価をするわけがないと思いつつも、チョコチップクッキーを延々と改良するよういいつつ再提出させれば、ずっとレティのチョコチップクッキーを食べることができるという案を思いついてしまう自分が悲しい。


 僕は重い気分と足取りで部屋に戻った。



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