ロデウス視点 ③ 午後
昼前、僕はノーマンの様子を見に行った。薬が効いたため、かなり良くなったらしい。茶会には出席するという。ところが、別の病人がいた。アーサーが体調を崩し、休んでいたのだ。
「薬を下さい」
「頭痛?」
「胃薬がいいのですが」
僕はピルケースから薬を取り出してアーサーに渡した。
僕が常備しているのは頭痛薬と胃薬の二種類だ。そのことを知っている者達から、よく薬が欲しいと言われる。医務室に行くより早く、侍従に持ってこさせるよりも安心して飲めるからだ。
アーサーはノーマンの水を貰って薬を飲んだ。
「茶会には出ます。その頃には薬が効いているはずでしょうし」
「わかった。でも、無理はしないで。舞踏会もあるし」
青騎士にとっては、茶会よりも舞踏会に出席することの方が重要だ。なぜなら、茶会は妻の差し入れを王太子に勧めないといけないものの、独身者は何もしなくていい。青騎士全員が王太子に差し入れをしなくてもいいということだ。
でも、舞踏会は青騎士が三名待機することになっている。当番制であるため、当番を免除されている者以外は担当となる。当番の者が欠席すると、別の者が代理に当番をしなければならない。
「マージがせっかく来てくれるのです。一生懸命差し入れを作ったというのに、自分だけ王太子殿下に献上されないのでは、とても悲しい気分になるでしょう。絶対に献上だけはします」
青騎士の宿舎に住む者達は、基本的に夫婦仲がいいことが多い。
アーサーもノーマンも夫婦仲は良好で、共に愛妻家を自負している。だからこそ、妻が来てくれる茶会には出席したいのだ。
「ロデウスも気を付けて下さい。あちこちで、体調不良の者が出ています。茶会の時間まで休むという青騎士達も多いようです」
「昨日の当番勝負のせいじゃないのか?」
ノーマンが言った。
「かもしれませんが、連日忙しいので、限界が来ている者が多いのでしょう」
青騎士はほとんどが執務補佐官だ。愛の日のせいで忙しい。次々と順番で倒れていきそうだ。恐ろしい。
「愛の日まではなんとか耐えようと思い、当日倒れるとは、最悪だな」
「ここで寝ている以上、ノーマンもその一人です」
「じゃあ、後でね」
僕は部屋を退出した。長居は無用だ。仕事がまだ残っている。十五時が待ち遠しかった。
ようやく待ちに待った時間になった。差し入れの時間だ。
レティが僕に差し入れを持って来てくれる。
先触れが来た。青騎士の妻達が王宮に着いたのだ。まずは一旦、待合室に通され、差し入れのために仕事場に各自案内してもいいかという伺いが立てられる。部屋に来ては不味いような会議などの予定は入ってない。第四執務室で最も上位となるディックが許可を出した。
「失礼致します。差し入れを届けに参りました」
いかにも貴族の令嬢らしい微笑みを浮かべながらベスが挨拶をした。ベスはサイモンの妻で、レティの友人だ。
「愛しいベス! 会いたかった!」
サイモンはベスを抱きしめると、すぐに両頬に口づけをした。
二人は親同士が決めた相手だけど、愛し合っている。恋愛結婚をしたのと同じだ。
サイモンが忙しくてなかなか帰れないため、結婚してかなり経つというのに、子供がいない。周囲はサイモンが伯爵家の跡継ぎであるため、少しだけ心配しているが、サイモンには弟がいる。いざという時は弟やその子供に爵位を譲れるため、もし、ベスとの間に子供ができなくても、問題ないと言っている。
それに、ベスは国内でも有数の資産を誇る侯爵家の令嬢で、サイモンの実家はベスの実家から援助を受けている。
そういった理由により、妻やその実家をないがしろにするわけにはいかないため、浮気はご法度、妾も無理という理由をわざと言いふらし、子供がいないことを理由にベスとは離婚して別の者を妻にしたらどうか、妾を貰ったらどうかと言う声を抑えている。
確かに実家は裕福とは言えないが、サイモン自身はかなりの個人資産を持っている。それが知られれば、妻の実家に遠慮する必要はないということがわかってしまうため、あえてそのことを隠している。
サイモンは愛するベスを守り、一生添い遂げるためには、自身の名誉も、実家の評判も気にしないということだ。僕はそんなサイモンをとても尊敬している。
僕もレティを守るためにそうしたいと思うものの、養子にしてくれたクライスター公爵家に迷惑をかけたくはないと思っている。レティが元平民だと知り、色々と口うるさい者達もいる。まだまだ僕は至らない夫だと感じる。
「レティ」
僕はレティの側に行くと微笑んだ。
「来てくれて嬉しいよ。待ち遠しかった」
「待っていたのは、ロディだけではない」
にやりとしてそう言ったのはディックだった。
「休憩だ。茶会に行くぞ」
「わかりました」
僕は即答した。準備はほとんどできている。サイモンも同じだ。
「書類を片付けます」
僕とサイモンは自分の机に戻ると、書類を引き出しにしまって鍵をかけた。
「お前達は働け」
ディックは青騎士ではない執務補佐官の三人にそう言った。
「酷い」
「俺達にも差し入れが欲しい」
「青騎士は必ず差し入れがあっていいなあ」
部屋にいる青騎士ではない者達が不満の声をあげた。
僕達はディックを先頭にして、執務室から別の部屋に移動した。
茶会は青の大広間で行われることになっていた。青騎士に関する何かの催しの際に使われる部屋だ。大きなテーブルがあり、軽食やお菓子が用意されている。そこに妻達が持って来てくれた差し入れも加わる。でも、その前に、することがある。上司である王太子に、妻達の差し入れを持って行き、勧めるという行為だ。
僕とサイモンはそれぞれ箱を受け取り、蓋を開けるとすぐに王太子の元に移動した。
「王太子殿下、妻が差し入れを持ってきました。よろしければ、いかがでしょうか?」
サイモンが王太子に声をかけ、恭しくベスの手作りチョコレートの入った箱を差し出す。
「チョコレートは食べ飽きた。お前が食べればいい」
「はい。ありがとうございます」
サイモンが場所を譲ってくれる。僕の番だ。青騎士として初めての行事になるが、サイモンと同じことをするだけでいい。難しくはない。
「王太子殿下、妻が」
王太子殿下は僕が言い終わらない内に、箱の中を見て質問した。
「なぜ星の形がある? 普通はハートだけだろう?」
「ハートは愛情をあらわし、星は希望をあらわします。両方食べれば愛も希望も得られ、縁起がいいと思っています」
「両方食べないと駄目だということか?」
「え? あ、いえ、そういうことではありません。任意です」
王太子はレティを見た。
「レティ、どちらがいい?」
「……愛の日なので、ハートです」
「ハートの菓子は食べ飽きた。星にする」
王太子殿下はそう言って、星の形のクッキーを取って食べた。
ちょっと意地悪だ。わざわざ聞いたというのに、答えとは違う方を取ったからだ。でも、そんなことは言えない。不敬になってしまう。
「見た目はシンプルだが、手作りにしては美味いな。店が出せそうだ」
レティの父親は元王宮の菓子職人だ。その直伝のクッキーが不味いわけがない。
レティは自分の差し入れが好評のため、ほっとしたようだった。
「ロディ、このクッキーを売ったらどうだ? 財産が増える。レティも小遣いが増えるだろう」
「レティを働かせるのはちょっと……」
「レシピを教えて、他の者達に店を任せればいい。別にレティが働く必要はない。勝手にクッキーを作って売ってくれる。儲かるぞ」
「沢山売れないと儲からないと思います」
「私が美味いといったものが、売れないわけがない」
「そうですが、有名な菓子店は多くあるので、長期的に競合するのは難しい気もします」
王太子殿下は少し不機嫌になり、ハートのクッキーを取って言った。
「下がれ」
「はい」
王太子殿下の助言に頷くと、実際にそうしないと不味くなる。冗談で済ませそうにない。
僕としてはレティを働かせたくない。レティが金持ちになれば、僕を頼る理由が一つ減ってしまう。僕はずっとレティと一緒にいたい。何でも頼って欲しいし、守りたいと思っている。レティが心から望まない限りは、働かせたくもないし、お金を余計に与えたくもない。僕は心の狭い嫉妬深い人間だ。
僕はサイモンと共に差し入れをテーブルの上に置いた。すると、次々と人が集まり、レティの作ったチョコレートクッキーを取って食べた。
今回、レティは初めて愛の日に差し入れする。
青騎士の宿舎では時々レティが手作りお菓子を作り、振る舞っていたことから、その腕前がかなりであることは知られている。
レティの作るお菓子は美味しいという評判が流れていたため、あっという間になくなってしまった。
クッキーを複数枚取った者に、まだ食べていない者が譲れと言っている。好評なのは嬉しい。でも、期待されていた割には、レティの差し入れが少なかったように感じた。そのせいで、後から何か言われないか心配だ。
「レティのクッキーはあっという間に売り切れね」
ベスが笑いながらそう言った。
「宿舎にいる者は食べたことがあるが、そうではない者にとっては貴重な機会だ」
サイモンが説明をした。
「初めて差し入れをする者の品は、どの程度の腕前なのかを知るために、味見をしたがる者達が多い。売り切れやすくなる。そこで美味しいとなると、毎年売り切れになるかもしれない。だが、大量に用意するのはよくない。別の者の差し入れに手をつけなくなる。ほどほどがいい」
「そういうこと。だから、私も多く用意する必要はないといったでしょう?」
どうやら、ベスが助言したらしい。確かに一人で沢山差し入れするのはよくないものの、クッキーはとても食べやすい。サンドイッチやケーキなど、ボリュームがあるわけでもなく、気軽に食べることができる。僕としては、初めてという部分も含め、少し多めでも良かったのではないかと感じた。
「ところで、私は非常に驚いていることがある」
サイモンはベスを見て言った。
「ベスが茶色のドレスを着ているのを初めて見た」
「でしょうね。でも、これは茶色ではないの」
「……どうみても茶色だが」
「違うわ、チョコレート色なの!」
ベスは断言するようにそう言った。
「今日は愛の日でしょう? 多くの女性はチョコレートを贈るわ!」
「なるほど。それにかけているのか」
「私はチョコレートなの。食べることができるのは、サイモンだけよ」
ベスが小声でそう言うと、サイモンは驚いた後に甘い笑みを浮かべた。
「すぐに食べたい気分になった」
「さすがに無理ね。舞踏会もあるし。でも、その後ならいいわよ」
「できるだけ早く帰ろうか」
「大丈夫なの?」
「大丈夫だ」
「ロディは?」
「今夜は早く帰れるよ」
僕は早番だ。嬉しい。凄く。
「良かったわね。レティ」
ベティがレティにウィンクする。
「なるほど」
サイモンが笑みを浮かべた。
「え? なるほどって?」
「いや。ロディが早く帰れるのは珍しい。茶会の後の仕事をしっかり片付けないと、レティに恨まれるぞ。愛の日の贈り物をまだ受け取っていないのだろう?」
「あ、うん。舞踏会の後に貰って食べるよ」
僕はそう言った。食べるというのは、勿論クッキーのことだ。でも。
「ロディったら、大胆ね!」
ベスが笑いながらそう言った。勿論、わざとだ。
「あ、いや、そのクッキーを貰うから」
「私もチョコレートを貰うのが楽しみだ。メインは別だが」
「お前達、聞こえているぞ!」
王太子がやや不機嫌そうにそう言った。
「今から早く帰る算段をしているとはな。残業にしてやろうか?」
「申し訳ありません!」
「それだけは勘弁して下さい! 心から謝罪申し上げます!」
僕とサイモンは頭を深々と下げたが、それだけでは済まされず、すぐに仕事場に戻るように命じられてしまった。
「悪かったな。私とベスのせいだ」
サイモンが謝罪してくれたものの、仕方がない。
「元々、差し入れを王太子殿下に勧めるという部分以外は、重要じゃないよね?」
「青騎士が全員揃う機会になる。普段あまり話さない者との交流や、妻の紹介などをしてもいい」
「レティを紹介すべきだったってこと?」
「全員、お前の結婚披露宴に来ているため、初対面ではない。宿舎に住んでいる場合は、普通に会う。必要ないだろう」
「良かった」
「だが、何人かは、挨拶させても良かったかもしれない」
「例えば?」
「ルカ様だ。ルカ様は宿舎に住んでいない。王太子の次に差し入れを持って行っても良かったかもしれない。すまんな、私も失念していた」
「ああ……」
僕はため息をついた。
ルカ様は王太子の青騎士達をまとめている方で、リューベル公爵位を持っている。王太子殿下の友人でもある。
仕事で関わる僕と違って、レティはルカ様と会ったり話したりする機会がほとんどない。こういった機会に挨拶させておくというのはおかしくない。
だけど、ルカ様は自分の隣に並んでも謙遜しない美貌の女性を探している。その理由は、自分の妻にするためだ。僕の結婚式で初めてレティを見た際、ルカ様は自分の妻にしてもおかしくないほど美しいと評価した。僕はそのことをとても気にしている。レティをルカ様に取られたくない。
「ルカ様にレティを近づけたくない。お叱りを受けるようなことがあると不味いし」
「その反対だろう?」
サイモンは僕の心を見抜いていた。
ルカ様にレティが無礼なことをするわけがない。単純に僕がレティにルカ様を近づけたくないだけだ。
「ルカ様は人妻を奪うようなことはしない。離婚しなければ大丈夫だ」
「離婚した後は?」
「保証しない。だが、離婚しないだろう?」
「僕からはしないけど、レティから離婚したいと言われたら困る」
「レティが離婚したいと言い出したら、離婚に応じるのか?」
「応じない」
「だったら大丈夫だ。気にしすぎるのはよくない。お前の反応を見るのを楽しみにしている者達の思うつぼだ」
僕は頭の中に王太子殿下を思い浮かべた。ディックも同じだ。
大きく深いため息が出た。




