ロデウス視点 ① 前日
毎年二月には愛の日がある。
国によって日付や内容が変わるものの、愛する者に気持ちを伝える、愛をあらわす贈り物をするというのは共通している。
連日、僕は疲労と睡魔と戦っていた。
愛の日はお茶会と舞踏会がある。その時間は仕事ができないばかりか、催しに関する仕事が増える。
僕は愛の日の催しに関する担当者ではないけれど、青騎士としても、執務補佐官としても、一番下だ。そのため、僕より上の者達の仕事が増えれば、そのしわ寄せが下の方に、つまりは僕に押し寄せる。
青騎士も執務補佐官も連帯感が強い。良くも悪くも。
本当は王宮に泊まってしまった方が睡眠時間を取れる。でも、一目だけでもいい。レティに会いたい。そう思って宿舎に帰るものの、風呂上りは急速に疲労感が増し、すぐに眠ってしまっていた。
さすがに前日だけは、少しでも時間を作ろうと思っていた。
なぜなら、愛の日に関する準備をしなくてはいけない。舞踏会で着用する礼装を取りに行かないといけないし、レティに舞踏会で着用する宝飾品を渡さなければいけない。
夕食の後、僕は青騎士との打ち合わせをした。打ち合わせが終わって部屋に戻ると、レティの姿はなかった。
僕は厨房に足を運んだ。予想通り、レティがいた。
「レティ、明日のことだけど」
調理台の上にはクッキーがある。レティの手作りだ。レティは父親が王宮の菓子職人だったため、お菓子作りがとても上手い。
「これ、差し入れの?」
「ロディの分もあるわよ。ちゃんと別にしてあるわ」
どう考えても、赤い袋に入っているのが僕の分だ。赤い箱の方じゃない。量的配分から考えると、取り換えて欲しい位だ。
「早く欲しいけど、愛の日になるまでには、まだ二時間ほどあるね」
「そうね。愛の日に贈らないとだから、まだあげないわよ」
「味見したいな」
僕がそう言うと、レティは眉をひそめた。
「いつもの味よ」
「それでも食べたい」
「お腹空いたの?」
お腹は空いていない。でも、レティの作ったお菓子は別腹だ。
「正直に言えば、レティの作ったクッキーを全部食べてしまいたいよ。誰にもあげたくない」
僕の言葉にレティは笑った。
「ここだけの秘密だけど、私が心からの愛を込めたのは、ロディに贈るクッキーだけよ。だから、それ以外のクッキーを他の人が食べても、気にすることなんかないわ」
「凄く嬉しい」
僕はレティの笑顔にドキドキしているというのに、そんなことを言われたら、余計だ。
「夫だもの。特別なのは当然でしょう?」
「僕にとって、レティと過ごせる人生はいつだって特別だよ。幸せだ」
僕は照れつつも、本心を口にした。僕にとって、レティこそが幸せそのものだ。
「ロディ、明日のことで、何か話があったのでしょう?」
そうだった。愛の告白は愛の日にまたすることにして、僕は要件を口にした。
「明日の舞踏会用の宝飾品を持ってきたから、ドレスに合わせて見て欲しい」
明日の夜、王宮では舞踏会が行われる。愛の日を祝うことから、愛を表す赤色のものを身に着けるのがドレスコードになる。女性は赤いドレスや赤い宝石のあしらわれたアクセサリーを身に着ける。
ドレスを新調するのはレティに任せ、ドレスに合わせる宝飾品は僕が用意することになっていた。
レティは贅沢を好まないため、買うことに賛成しなかった。そこで、借りて来るということになっていた。
一旦、部屋に戻る。
レティが新調した赤いドレスを見て、僕は眉をひそめた。
「……結構露出しているね」
「赤はボリューム感があるので、できるだけすっきりさせるために、デコルテをできるだけ出す方がいいらしいわ。長袖にすると赤い部分が多くなるし、金額も跳ね上がるらしいの」
僕はため息をついた。お金のことよりも、露出する方を心配して欲しい。
「ドレスの金額なんて、たかがしれているよ。気にしないでいいのに」
「毎年、愛の日の舞踏会はあるのよ? それに合わせて新調ばかりしていたら、大変だわ。これは定番のドレスだと思うから、着回しできると思うの。愛の日以外でも大丈夫だと思うわ」
「貴族は愛の日に限らず、社交シーズンにはドレスを新調するものだよ。流行があるからね。去年のドレスを使いまわすのは、貧乏臭く思われるから駄目だよ」
「気に入っているドレスならいいのでしょう? 後は、定番のドレスとか」
「……とにかく、明日のことに集中しよう」
僕は宝飾品の箱を開けた。
ティアラ、ネックレス、イヤリング。小粒のダイヤモンドと赤い宝石があしらわれている。
ティアラはハートモチーフだ。中央に一つだけある赤い宝石はハートの形をしている。
「……高価な品なの?」
「そうでもない。このティアラは全面にダイヤモンドがついていないからね。宝石は数粒のダイヤモンドと中央のルビーだけで、ほとんどミル打ちで装飾をしている。愛の日らしいデザインだし、レティが好きなスッキリとした宝飾品だよ」
僕はレティを心から愛している。誠実でありたい。嘘をつきたくない。でも、時には嘘をつく。
ごめん、レティ。これは高価な品だ。但し、平民から見ればの話だ。公爵家の者から見れば、普通になる。
レティは元が平民のせいか、その感覚が抜けない。そのため、高価に思うかもしれないけれど、公爵家の者としての感覚で見て欲しくはある。難しいかもしれないけれど、徐々に慣れて欲しい。
正直、僕もまだ慣れていない部分がある。僕は貴族として生まれたものの、この国の出身じゃない。この国は基本的に派手で豪華なものを好むため、僕から見ても、やり過ぎではないかと思う部分がある。レティが合わせにくいのは当然だと思う。
取りあえず、ドレスと合わせてみることになった。
レティに宝飾品をつけるのを手伝う。夫としての役目であり、特権だ。レティに少しだけでも触れることができるのは嬉しい。
「できた」
レティはとても綺麗だった。それに、なんだか可愛い。僕がこだわったハートのルビーのせいかもしれない。
「髪型はどうするの?」
「アップにしてまとめるわ。ダンスを踊るかもしれないし、乱れないようにきっちりしたほうがいいと思うの。それに、ドレスのスカートにボリュームがあるでしょう? 上はすっきり感を出した方がいいってベスに言われたの」
「ベスはお洒落だから、その通りにしておけば、間違いはない気がする」
「ロディはどっちがいい? アップ? それともダウン?」
僕は苦笑した。
「僕にとってはどんなレティも最高だから、わからないよ」
これは本心だ。どんな髪型でも、姿でも、レティは最高だと思う。
「とても綺麗だよ。誰にも見せたくない」
僕はそういってレティを抱きしめると、口づけた。
「レティ、愛しているよ」
「私も愛しているわ」
僕は何回もレティに口づけた。止まらなくなる。もっともっと、レティと触れ合っていたい。
「ロディ」
「ん」
「ドレスがしわになるから、脱ぎたいの」
「……うん」
僕はドキッとした。いや、そうじゃない。ドキドキが止まらない。心臓がバクバクしている。
「着替えたら、厨房の後片付けをしないといけないわ。お風呂は入ったの?」
厨房の片付けという言葉に、僕の気持ちは急速に下降した。
「……まだ」
しっかり者のレティが、厨房を散らかしたまま寝るわけがない。わかっているけれど、僕はがっかりした。
「じゃあ、お風呂に入ってね。私はその間に片づけをしてくるわ。その後、私もお風呂に入るから。先に寝ていいわよ。明日の朝も早いのでしょう?」
先に寝ていいという言葉が、僕の頭の中でリフレインする。
うん、わかっている。いつもそうだから。
僕は大きなため息をついた。
「……わかった。お風呂に行ってくる」
僕はしょんぼりとしながら、レティの宝飾品を外すのを手伝った。
そして、一人寂しくバスルームに直行した。
レティが戻って来るまで待ちたかったけれど、寒い。ベッドを温めておこうと思い、毛布にくるまった途端、睡魔が襲って来る。
僕はあっという間に敗北し、深い眠りについた。




