レティシア視点 ⑨ 夜(五)
私は仕事に取りかかった。
まずはロディの上着を軽くブラッシングして、ハンガーにかける。飾帯は軽くパタパタと払ってから、ふんわりと柔らかく畳む。
その後は着替えだ。赤いドレスを脱ぐと、普段着に着替えた。ドレスの香りを確かめる。酷い様なら、クリーニングに出さないといけない。大抵はロディの礼装と共に出すことになる。
次に宝飾品を柔らかい布で丁寧に拭き取り、それぞれの箱にしまう。こういった手入れを面倒くさがる者もいるが、元王宮の侍女である私にとっては、まったく面倒ではない。大事だと思う。
この宿舎では、基本的に自分の身の回りのことは自分ですることになっている。
青騎士団の宿舎で働く召使は青騎士団が雇用している。宿舎の維持管理が仕事で、宿舎や入居者全体に関わるようなことしかしない。大まかにいえば、掃除、洗濯、食事の世話だ。
入居者の個人的な用事をするために雇われているわけではないため、貴族が雇う召使とは全然違う。
仕事に余裕があれば、多少のことはしてくれる。任意の部分でもあるため、忙しければ断られる。
どうしても個人的に身の回りの世話をしてくれる者が欲しい場合は、自分専用にしたい人数分の給料を負担しなければならない。
ロディも私も自分のことは自分でできるため、自分専用の召使はいない。そのため、持ち物の管理や手入れなどは自分でする必要がある。
ロディはお風呂に入る時間が短いため、何事も手早く素早くだ。靴の手入れも簡単だ。絨毯の上しかほぼ歩いていないため、時間はかからない。
今夜はそれだけではない。愛の日のイベントがある。互いに贈り物をする。私は手作りクッキーを贈ることにしているが、ロディも何か贈り物を用意しているだろう。
私は急いで部屋を出ると、飲み物を取りに厨房へ急いだ。自分専用の召使がいないと、夜はこういったことも自分でしなければならない。
厨房に行くと、かなりの数のワゴンがずらりと並んでいた。
「飲み物はお酒になさいますか? 発泡酒もあります」
夜勤当番の者が尋ねて来る。
「いいえ。お茶でいいわ。お水もお願い」
「発砲水ですか?」
「普通のものと両方にして」
「軽食も用意してあります。サンドイッチとつまみです。クッキーとチョコレートもあります」
「飲み物だけでいいわ」
「わかりました」
私はワゴンにお茶の用意をして貰うと、急いで部屋に戻った。
ロディはすでにお風呂から上がっていた。
「部屋にいないから心配したよ」
「飲み物を用意していたの。食べ物は持ってこなかったけどいいわよね?」
「うん。王宮で十分食べた」
「私もお風呂に入って来るから」
私を抱きしめようと近寄って来るロディをさっとかわし、バスルームに逃げ込んだ。
今夜は愛の日。少しでも綺麗になりたい。ロディといる時は。
私は念入りに体を洗うと、湯船に浸かった。
しばらくすると、ドアがノックされる。
「レティ」
ロディが声をかけてくる。
「どうしたの?」
「大丈夫? 今夜は少し酔っていたようだから、心配になって声をかけた」
「大丈夫よ。もう少ししたらあがるわ」
「うん」
私が普段よりもお酒を飲んでいたため、ロディは心配してくれたのだ。そういう気遣いが本当に嬉しい。まさにできた夫だ。私は幸せな気分になった。
お風呂から上がって寝室に出たが、ロディはいなかった。居間の方にいるらしい。
居間に行くと、ロディがソファに座ってお酒を飲んでいた。ワインだ。私は持って来ていない。
一応、居間にある戸棚の中にもワインやグラスがあるが、宿舎で用意している銘柄だった。私がお風呂に行っている間に、厨房に行って取って来たのだろう。
「飲み足りなかった?」
「……なんとなく」
ロディはそう言うと、私の側に来た。軽く口づけをしてくれる。
「レティ、今夜は愛の日だ。贈り物があるよ」
「私もあるわ」
テーブルの上には箱があった。
私も戸棚からクッキーの入った袋を取り出して準備する。
「飲み物は?」
ロディはワゴンの側に移動している。用意してくれる気なのだ。
「お水でいいわ」
「普通の?」
「せっかくだから、発砲水にして。それで乾杯するわ」
「わかった」
ロディは小さなボトルを開けると、グラスに注いで持って来てくれた。ロディも同じ発砲水で乾杯することにしたようだ。
私達はソファに座り、愛の日を祝うために乾杯した。
「愛の日を祝して。そして、僕の最愛の妻に」
「最愛の夫に」
美しい音が響く。
宿舎のグラスは最高級品だ。割ってしまった場合は弁償しなければならない。結構高いらしい。
「僕からの贈り物はこれ」
ロディはそう言うと、テーブルの上にあった箱を差し出した。
蓋を開けると、ダイヤモンドが散りばめられたティアラが入っていた。
「ティアラは高価だし、製作日数もかかるから、ずっとクライスター公爵家の所有しているティアラを借りていたよね。でも、そろそろ自分のティアラがあったほうがいい。だからこれを贈るよ」
私は驚くしかない。ロディが用意したのは、今夜身に着けた宝飾品だけだと思っていた。でも、違ったのだ。別の宝飾品も用意していた。
「宝飾品は時代を超えて、何百年も受け継がれる。これはとても由緒ある品だ。僕の祖母が若い頃に使っていた品だよ。父上に手紙を出して、所蔵品の一つを譲って貰った」
「……そんな大切なものを、私が身に着けてもいいの?」
「これは僕が養子になっているクライスター公爵家に縁がある品だ。星の装飾はクライスター公爵家をあらわしている。このティアラは祖母と一緒に嫁いだ後、また、故郷に戻って来た。レティに身に着けて欲しくてね。だから、受け継いで欲しい」
私は箱を受け取った。
「ロディ、約束するわ。私はこのティアラを受け継いで、一生大切にするわ」
「うん」
私はロディに軽く口づけた。
「ありがとう。身に着けるのが楽しみだわ」
「春の会で身に着けるよりも、社交シーズンの初日の方がいいと思うよ」
ロディがアドバイスをくれた。
「春の会にもティアラが必要でしょう?」
「春の会は花のモチーフが暗黙の了解だよ。星じゃない」
私はなんとなく嫌な予感がした。もしかすると、ロディは春の会用にまた別のものを用意しているのではないかと思ってしまった。
でも、今日は愛の日。春の会について考えるのは早すぎる。
私はティアラの箱をテーブルの上にそっと置くと、手作りのクッキーが入った袋をロディに渡した。
「私からの贈り物よ」
「ありがとう。ようやくだよ。凄く待ち遠しかった」
ロディは満面の笑みを浮かべると、すぐにリボンを解いて、クッキーを出した。
「いただきます!」
ロディは早速クッキーにかぶりついた。先に食べたのはハートの方だ。やはり、愛の日だからだろうか。
「美味しい。レティは本当にお菓子を作るのが上手だね」
「両親のおかげよ」
父が菓子職人というのもあったが、母は食べるのが専門であるため、自分では作らなかった。母は料理が下手だったので、お菓子を作るのではなく、販売する方を手伝っていた。
母の接客は好評で、店は繁盛し、人手が足りないことから、私は父の手伝いをしていた。そのせいだ。
ロディはあっという間にハートを食べ、星を手に取った。二枚ともすぐに食べるようだ。
「このクッキーの星は希望をあらわしているわけだけど、クライスター公爵家っぽいね」
「そういえばそうね」
私はクッキーを食べているロディに、発砲水の入ったグラスを差し出した。水分補給用に。
「お水」
「ありがとう。本当に幸せだ。愛も希望も僕のものになった」
ロディはグラスを傾ける。これで、贈り物は終了。後は……。
「ロディ、明日もお仕事でしょう? 早く寝ましょう」
「……うん」
私達は寝室に移動し、ベッドに入る。毛布をかけて整えた後、私はガウンを脱いだ。
ロディが驚きの表情になる。
当然だ。私はいつもの寝間着姿ではない。
「レ、レティ……」
「ロディ、お願いがあるの」
私は勇気を奮い立たせて言った。
「私、欲しいものがあるの。おねだりしてもいいかしら?」
「え? 欲しいもの?」
ロディは意表をつかれたようにそう言ったものの、すぐにはっきりとした口調で言った。
「何が欲しいの? どんなものでもいいよ。おねだりしてくれるなんて、凄く嬉しいよ」
私は小さな声でおねだりをした。
「え? なんて言ったの?」
私はロディに近づくと、耳元でもう一度囁いた。
ロディはすぐに私を抱きしめた。
「嬉しいよ。僕もおねだりしたい」
「いいわよ。私達、本当の夫婦だもの」
「そうだね」
私達は口づけをした。
「愛しているよ、レティ」
「私も愛しているわ、ロディ」
今日は愛の日。愛する人に想いを伝える日。
ロディにもっと近づきたい。私の気持ちを伝えたい。だから、凄く恥ずかしいけれど、勇気を出した。
私の想いはロディに伝わり、愛と希望が溢れだした。
ロディの愛に包まれながら、私はとても幸せな気分で眠りについた。
愛の日編のレティシア視点はこれで完結です。たぶん。
お読みいただき、ありがとうございました!




