レティシア視点 ⑦ 夜(三)
私はベスや他の者達と移動した。
「ベス、素敵なドレスね!」
「とても綺麗だわ!」
ベスがとてもお洒落好きなのは知られている。同じようにお洒落に興味を持ち、ドレスや宝飾品について話すことが好きな女性達が集まり出し、自分のドレスや宝飾品についての説明、ここにはいない者達のドレスや宝飾品について、あれこれ批評をし始めた。
今年も真っ赤なドレス、派手め、ボリューム感たっぷりのスカート、バラの花の装飾、赤い宝飾品が多いということだった。
毎年流行は違うのだが、愛の日のドレスコードが赤というのは同じだ。赤いドレスになるのは仕方がない。ピンクや白のドレスで、一部が赤という者がいないわけではないものの、悪目立ちしてしまうことになりかねない。
公式行事や大掛かりな催しのことは、必ず社交新聞の記事になる。貴族の女性が好んで読む雑誌などでも特集が組まれる。誰がどこの店のドレスや宝飾品だったかなどが紹介され、ベストドレッサーなども選ばれる。
赤いドレスでなければ、ワーストドレッサーに選ばれてしまい、評判を落としかねないので、避けるのが無難だ。
「クルリラのドレスも素敵よね」
「さすが、去年のベストドレッサーだけあるわ」
「でも、連続で選ばれることはないでしょう?」
「初めて連続で選ばれて、凄いって話題になる可能性だってあるわ!」
女性達は誰がベストドレッサーになるか、予想し始めた。
ベストドレッサーに選ばれれば、その日、最もお洒落で美しかった女性という称号を得たことになる。非常に名誉なことであり、社交界での知名度も評価も一気に上がる。
春からの社交シーズンに向けて、好スタートをきったことにもなる。未婚の女性や恋人や婚約者を募集中となれば、まさに大注目され、いい縁談が来る可能性もある。
女性にとってはまさに一大事。でも、私は社交界で有名になりたいとは思わない。目立たないようにしていたい。ベストドレッサーに選ばれたいとも思わない。
正直に言うと、アイリスにレトロと言われたことが、ずっと気になっていた。ワーストドレッサーに選ばれたら困る。
無難なドレスにしたつもりが、そうでなかったのかもしれない。ロディが早番なのは幸いだ。早く帰りたい。
「大変よ!」
化粧室に行っていたローナとマージが戻って来た。
「正面玄関のロビーと、その側にある化粧室のところで、ドレスチェックが始まっているわ!」
「近い化粧室が混んでるから、別の化粧室に行くことにしたのよ。それでわかったの!」
「イライザがインタビューされていたわよ!」
二人の報告に、一気に周囲がヒートアップした。
「えっ! もう?」
「早すぎるんじゃない?」
「多分だけど、早めに帰ってしまう者がいるからよ。去年はジョゼフィーヌのドレスがとても綺麗だって評判だったのに、雑誌には乗らなかったわ。どんなドレスかチェックする前に、帰ってしまったからだってなったじゃない」
「そういえばそうね」
「ダンスで足を痛めて、すぐに帰ってしまったのよね」
「本当のベストドレッサーはジョゼフィーヌだったという者達もいたわね」
「それで、まだ誰も帰らない時間から、ドレスチェックをしているのね」
会話が飛び交う。みんな真剣な表情だ。私もこういった姿勢を見習うべきなのかもしれない。
でも、お洒落に夢中になる前に、注意しなければならないことがある。お金がかかるということは勿論のこと、装いに関してはお洒落かどうかよりも、身分相応であることの方がもっと大事だ。
身分が低い者が相応しくないような装いをすると、褒められるどころかわきまえていないとけなされ、最悪の場合、社交界から追放されてしまう。
「レティ、化粧室に行きましょう」
ベスの目的は化粧室に行くことではない。ドレスチェックをしている者に、自分のドレスをアピールすることだ。
ベスは本当に綺麗だった。ベストドレッサーに選ばれるかもしれないと思う位に。でも、私はドレスチェックをされたくない。ワーストドレッサーに選ばれないか不安だった。
「ここで待っているわ」
「サイモンに私のことを頼まれたでしょう? 私もロディに頼まれたわ。離れるわけにはいかないの。付き合って頂戴」
「……わかったわ」
私はベスと共にドレスチェックをしている者達がいるという正面玄関の方に向かった。
確かに、ロビーには筆記用具などを持つ者達がいた。舞踏会に出席するためのドレスコードを満たしている装いではあるが、首から身分証をかけている。特別に許可を取った取材記者だ。側には監視役である警備の者達がいて、目を光らせていた。
私達はロビーの側にある化粧室に向かった。
化粧室の出入口のところにも、やはり首から身分証明書を下げた者達がいた。
「あら、キャサリン嬢」
ベスは自ら女性記者に声をかけた。知り合いのようだった。
「舞踏会には出席しないの?」
「はい。今夜は取材のためだけに参りました。お会いできて光栄です」
キャサリンと呼ばれた女性はにっこりとほほ笑んだ。
「とてもお美しいお姿に、一瞬言葉を失いました。もしよろしければ、少しだけお話をお伺いさせていただくことは可能でしょうか? 化粧室を利用した後で構いません」
「正直に言って頂戴。私が声をかけたから、そう言ったの?」
「いいえ。ここにいる者達は、原則的に化粧室から出て来た方のみ、声をかけるようにいわれています。化粧室を利用するために来られた方達だからです。化粧室から出て来られた時に、ご挨拶しようと思っていました」
「そうなのね。レティ、化粧室に行ってて頂戴。私はキャサリンと少し話があるから」
「わかったわ」
私はベスの言葉に従った。別に化粧室を利用したいわけではない。ベスについてきただけだ。しかし、ベスはあえて自分から離れるように言った。話をしている間は待たせてしまうというのもあるが、そばにいると、他の者達の目に留まりやすいからでもある。目立ちたくない私に気を使ってくれたのだ。
私は化粧直しをすることにした。始まったばかりで崩れてはいない。チェックしただけで、あっという間に終わってしまった。
私は休憩用のソファに座って待っていたが、ベスはなかなか来なかった。
壁にかけられた時計を見ると、すでに舞踏会の開始から一時間を過ぎている。特に問題なければ、ロディ達は交代しているはずだった。
サイモンはベスに一時間経ったら自分の元に来るように言っていた。もしかすると、サイモンの元に慌てて行ってしまったのかもしれないと感じ、私は化粧室の外に出ることにした。そして、予想が外れたことを悟った。
ベスの周囲を取材記者が取り囲み、キャサリンとの話に耳を傾け、メモを取っていた。インタビューを受けていたのだ。
どうしようかと思っていると、ベスが私のことを発見してくれた。
「キャサリン、私、そろそろいかなくては。夫と待ち合わせをしているのよ。そろそろ時間だわ」
「そうでしたか。大変申し訳ありません」
ベスはキャサリンと別れると、私の手を引いて行った。
「レティ、戻りましょう」
「ええ」
私達は急いで舞踏会の会場に戻った。すぐにロディとサイモンがいるであろう場所に行く。
しかし、ロディもサイモンもいなかった。
「夫は仕事中なのでしょうか? ご存じありませんか?」
ベスが待機している青騎士に尋ねると、返事が返って来た。リューベル公爵から。
「サイモンはお前がなかなか戻らないのにしびれを切らし、少し前に探しに行った」
サイモンはベスを待ちきれず、この場を離れたのだ。
「ロデウスは仕事だ。レティシアはここで待っているといいだろう。私の隣にいろ」
「レティ、私はサイモンを探してくるわ」
「わかったわ」
私はベスと離れた。一人になってしまうが、すぐ側には青騎士達がいる。問題は起こらないだろうと思った。
私はロディが戻って来る姿を探した。すると、リューベル公爵が突然移動した。どこに行くのかと思ったら、王太子のところだった。私はロディの姿を探していたために気づかなかったが、王太子が青騎士を呼んだようだ。
リューベル公爵はすぐに戻って来た。そして、私に言った。
「レティシア、王太子が呼んでいる。共に来い」
断りたかったが、そうはいかない。私はリューベル公爵と共に王太子の元に行くことになった。
「連れて来た」
素っ気ない口調のリューベル公爵を咎めることなく、王太子は私をじっくりと見た。
「美人は得だな。どのようなドレスを着ても美しく見える」
褒め言葉は嬉しいが、王太子妃と側妃の方達の視線が痛い気がするのは気のせいだろうか。
「そのドレスはロディが選んだのか?」
「王太子殿下にお答え申し上げます。自分で選びました」
「随分と質素なドレスだな」
王太子の言葉に、私は体が震えそうになるのを懸命に堪えた。
質素というのは、褒め言葉ではない。つまり、よくないドレスだということだからだ。
「身分をわきまえなければと思いまして」
「お前は伯爵令嬢だ。あまり気にしなくていいだろう。まあ、そのようなドレスであっても、お前の美しさが損なわれることはない。ただ、そのティアラは予想外だ。ロディが選んだのだろう?」
「はい。夫が選びました」
「やはりな。お前が自らハートのついたティアラを選ぶわけがない。正直に言う。悪くない。お前は愛嬌がない。冷たく見える。だが、今夜のドレスや宝飾品は、雰囲気を和らげている気がする。髪型も化粧も合っている。可愛く見えるぞ」
私は驚いた。王太子にも、可愛いと評価されたからだ。
「最近は派手派手しい赤いバラばかりだからな。なかなか新鮮だ。初々しい感じがする。それに、今夜は愛の日だ。女性がハートを身に着けるのは自然だ。そのハートを選んだのが自身ではなく夫だというところが重要だ。さすがロディだ。あまりに正直過ぎて笑える」
王太子は笑いながらそう言った。
「ロディの気持ちを大切にしてやれ。いいな?」
「はい。勿論、そのつもりでございます」
「私の可愛い子犬が戻ってきた」
子犬。
視線を移すと、ロディの姿が目に映った。つまり、「可愛い子犬」というのは、ロディのことだ。
ロディは男性にしては身長がやや低い。この国の男性は身長が高く、大柄な者が多いため、余計に小さく感じるかもしれない。そのせいだろうか。
何気に王太子の言葉を聞いたリューベル公爵は手で口元を隠したが、目が笑っていた。
リューベル公爵は怜悧な美貌の持ち主だ。いつも公爵らしく毅然とした態度で、近寄りがたいオーラを出している。手で隠しているとはいえ、笑うところを初めて見た。
「王太子殿下にご報告申し上げます。確認したところ、いつでも可能とのことでした」
ロディが報告をした。
「ご苦労だった。お前はもう時間だろう。下がっていい。レティを連れて行け」
「はい。仰せのままに」
ロディは恭しく礼をすると、私に微笑んだ。
「待たせてごめんね」
「気にしないで」
私とロディはもう一度退出するために深々と一礼をした後、元の待機場所に戻った。
「時間なので下がりますが、何かあるでしょうか?」
すでに交代で待機している先輩の青騎士達にロディが尋ねた。
「ある、といいたいところだが、今夜は配慮してやるように言われている。お前は本当に気に入られているな」
「子犬だからなあ」
「子犬は可愛いからなあ」
にやにやとする青騎士達。恐らくは先ほどの会話が聞こえていたのだ。
ロディはにっこりほほ笑んだ。作り笑いだ。
「では、お先に失礼します」
「ご苦労だった」
「頑張れよ」
「明日が楽しみだ」
ロディは私をエスコートして、正面玄関の方に向かう。帰る気なのは明らかだ。舞踏会を楽しむつもりはないらしい。
「ロディ」
私は尋ねた。
「お食事はいいの?」
今夜は舞踏会であるため、青騎士団の宿舎では、夕食を用意していない。舞踏会の会場で飲食できるからだ。
「レティは食べた?」
「食べていないわ」
「何か食べていく? 愛の日にちなんだ料理が色々ある」
「特別な料理なのかしら?」
「ハート型のサンドイッチとか、ケーキとか。赤い料理が多いかな。辛い料理もあるから気を付けないといけない」
「ちょっと気になるわ。それに、何も食べないで帰るのも微妙だし」
「じゃあ、食事をしてから帰ろうか」
私達は正面玄関に向かうのをやめ、食事が用意されている部屋へ向かった。




