レティシア視点 ⑤ 夜(一)
王宮は赤で溢れていた。
濃い色、薄い色、明るい色、暗い色。様々な赤がある。
赤いドレス、赤い宝飾品、赤いバラ、赤いリボン、飾りつけや絨毯の色も赤ばかりになっている。赤は派手な色のイメージがあるが、今夜に限っては保護色だった。
あまり目立ちたくない私としては、この中に埋もれつつ、大人しくしていようと思った。
私たちは青騎士達が待機する部屋に案内された。
そこには正装をした青騎士達がいた。
「ああ、ベス! あまりにも美しすぎて、心臓が破裂してしまいそうだ!」
サイモンはベスの元に駆けつけると、軽く抱きしめながら両頬に口づけた。
いつも舞台俳優のようなセリフを言った後、すぐにベスの元に駆けつけ、両頬に口づけをするのがサイモン流だった。
イネスとメーガンの夫もそれぞれ迎えに来てくれる。ロディは一番後ろだ。
「レティ。凄く綺麗だよ。それに、可愛い……」
ロディは恥ずかしそうにそう言った。そのせいで、なんとなく私も恥ずかしくなった。
「みんなにも可愛いって言われたわ。ティアラにハートがついているせいだと思うけど」
「レティは大人びて見えるけど、今夜はいつもと違って見える。雰囲気が柔らかくなっている気がする。髪型はハーフアップにしたのか」
「ベスに直すように言われたの」
「化粧もいつもと違うね。目尻が下がって見える。それに、チークの色もいつもと違う。口紅の色も」
何気に細かくチェックされている。
ロディはとても細やかな部分も見逃さない。私がほんの少し髪先を切り揃えただけでも、気づくほどだ。
何気にロディはお洒落に精通しているし、センスがいいと思う。
「ロディ、ウィンスターズって最近できたばかりのお店みたいね。会員なの?」
私は小声でロディに尋ねた。女性と話すと、必ずドレスや宝飾品の話題となる。色々と聞かれる前に、情報を仕入れようと思った。
「うん。会員だよ」
「ヴィンテージやアンティークを扱うお店だって聞いたけど、貸し出しもしているのね。手数料は結構かかるの?」
ロディは表情を変えた。
「えーっと……」
ロディは明らかに困った表情だ。非常に怪しい。私は尋ねてみることにした。
「まさか、買ったの?」
「……買った」
私の強い視線を受けて、ロディは白状した。
「借りると言っていたのに」
「いいのがなかった。貸出料も、品によっては凄く高い。購入した方が得だと思った」
理解はできる。でも、あまりいいのがないのであれば、教えて欲しかった。購入する前に、相談して欲しかった。
赤いドレスを着用すれば、ドレスコートは満たしている。私は別に赤い宝石でなくても良かった。ダイヤモンドでも、真珠でも、色を選ばない宝飾品にすればいい。それなら、手持ちの宝飾品で十分間に合う。ティアラ以外は。
ティアラだけは未だに持っていない。これまではずっとクライスター公爵家に借りていた。
「ごめんね。言えばきっと、別の宝石でもいい、買うのは反対だと言われると思って」
ロディは私がどう思うのかを正確に把握していた。
「でも、僕はレティに赤い宝石の宝飾品を身に着けて欲しかった。愛の日にふさわしく装えるようにするのが、夫の務めだと思った」
「私が知らないうちに、他にも宝飾品を沢山買っていない?」
「……贈り物はこっそり買うものだよ。いちいち、愛の日の贈り物を買うねって宣言したりしない」
「それはわかるけど、不安なのよ。アルからよく小包が届くわ。あれは何?」
ロディと私は新婚旅行で属国のヴェルートに行った。その際、ヴェルートの第三王子アルウィンと知り合った。私達はアルと呼んでいる。
「知り合いのだよ。宝飾品を購入したことがわからないように、僕の方に届けることにしていた」
「購入したことがわかると不味いの?」
「こっそり用意して妻に贈るのに、妻に小包を受け取らせるなんて、不味いに決まっているよ」
「普通は召使が受け取るでしょう?」
「玄関口ではね。でも、重要な届け物だから、妻に届けられる。何かと思って開けられたら、宝飾品だってわかってしまう。記念日の贈り物なのに、先に見られてしまったら不味い」
「理解できるけど、そんなに買う人がいるの? 結構届いていたわよ」
「人数がそれなりにいる。一人一回しか買わないとしても、僕が受け取る数は何十回にもなる。特にサファイアの宝飾品が人気だ。誰が購入しているか、なんとなくわかるよね?」
私は理解した。青騎士が買うのだ。
青騎士には制服がある。公式行事などには青い礼装を着用することが多いため、夫に装いを合わせる妻は、青いドレスや青い宝石を必ず持っている。必須の品ともいえる。
青騎士の中にはあまり裕福ではない者もいる。お買い得の装飾品があるとなれば喜ぶ。
裕福な者は青い宝飾品をいくつも欲しがる。需要が高い。
「もしかして、宿舎に住んでいる者達の代理で受け取っているの?」
「宿舎外に住んでいる者達の分もね。正直、こんなに買う者がいると思わなかった。アルは相当儲かったと思うよ。手数料が欲しくなった」
「菓子店よりも、宝飾品店を開いた方が儲かりそうね」
王太子が私のクッキーを売ればいいと言っていたことと比較してそう言うと、ロディは苦笑した。
「一応、似たようなことをする。アルの店に出資した」
ロディは財産を増やすために、様々なことに投資している。
「ヴェルートの店?」
「いや。新しい店を作った。あの店とは事業提携をしている感じかな」
ロディは私に説明してくれた。
「今後、ずっと僕の方で仲介をするのは微妙だと思ってね。レティに沢山買い物をしていると誤解されるのも困るし。アルと相談して、こっちに店を作ることになった。ヴェルートの店で扱う品の仲介だよ。今後はそこで宝飾品の注文や受け取りができるから、僕に届く小包は減るはずだよ」
「そうだったのね」
「出資したおかげで、様々な特典を受けることができる。宝飾品を購入する際にはかなり安くしてくれるし、リフォームや修理も割引してくれる。それ以外にも、所持している宝飾品を手放したい時は、代理で競売に出す手続きもしてくれる。宝飾品に関する便利屋といったところだね」
「ほう。いいことを聞いた」
そういったのは、いつの間にか側に戻って来たサイモンだ。ベスを置いて戻って来たらしい。ベスは女性達とおしゃべりに夢中のようだ。
「ロディ、私も出資したい。ウィンスターズのことだろう?」
「ごめん。今は出資を募っていない。追加募集する時があったら、声をかけるよ」
「残念だ。宝飾品が安く購入できるのはかなり嬉しいのだが」
サイモンはベスのためにかなりの宝飾品を買っていそうだ。だからこそ、投資することで宝飾品が割引になるような特典に興味があるのだろう。
「ベスは美しく装うことが好きだ。ドレスも宝飾品も望むままに与えたいが、私の財産は無限ではないのでね。得な情報があるなら、利用しない手はない」
確かにベスのお洒落度は半端ない。それだけ多額の出費を伴っているということだ。正直、その総額を知るのは怖すぎる。
「私はロディが羨ましい」
サイモンが言った。
「私は心からベスを愛している。ベスも私を愛してくれている。だが、友人達とドレスや装飾品の話をすることも大好きだ。おしゃべりに夢中になると、私のことなど見向きもしない。ドレスや宝飾品に嫉妬してしまう。私が与えたものであるため、まだましだが。それに比べ、レティはずっとロディの側にいる」
それは当たっているが、勘違いでもある。私はロディを愛しているからこそ側にいるというもあるが、こういった場には不慣れであるため、不安も感じる。だからこそ、ロディの側を離れたくないのもある。
ロディの側にいれば、守ってくれる。安心できるのだ。
「サイモンが戻ってこなければ、ベスの側にいれたのに」
「お洒落の話に夢中になった女性達の側にずっといるのは、非常に居心地が悪い。投資話に盛り上がった男性の側に女性がいるのと同じだ。そういう時は、我慢しないで離れた方がストレスを感じない」
非常にわかりやすい例えだと私は思った。ベスもこの話を聞いたら同意するだろう。
「その代り、愛する妻が側にいないってなるわけだよね?」
「そうなる」
「後でお酒を飲むといいよ。少しは気分も晴れるから」
「飲んでいる暇などない」
サイモンは断固たる口調でそう言った。
「ロディも同じだろう?」
「まあね。早番は久しぶり。いつも遅番だし」
青騎士は王太子のために、常に数人が待機することになっている。王太子に何か命じられれば、それに対処するために動く。
また、青騎士は護衛騎士ではないものの、王太子が席を離れ、歓談するためにフロアに降りた際などは、取り巻きとしてその周囲を固める。王太子に余計な者が近づかないように、あるいは、危害を加えられないように盾となるような役目もある。
早番というのは、最も早い時間を担当する者のことだ。
遅番になると、最後まで残っていなくてはいけない。催しが始まってすぐに社交をしたり、ダンスを踊ったり、食事を取ったりすることができるメリットもある。妻が催しに参加していれば、最初の方は一緒に過ごせる。
但し、帰りも一緒というのは難しい。催しが終わった後でも、用事や待機を命じられると帰れない。そのまま王宮に宿泊することになるというデメリットもある。
ロディは大抵遅番だった。
早番であれば、一緒に帰ることができる。日付が変わる前に愛の日の贈り物を渡すことができる。
私はとても嬉しくなった。
「レティ、私も早番だ。一時間ほどは王太子の側を離れられない。ベスが大人しく私の側にいてくれればいいが、いるわけがない。ドレスや宝飾品の話をしに、友人知人の所に行ってしまう。悪いが、私の代わりにベスに付き添って欲しい」
「わかりました」
私は頷いた。
「レティをベスにとられた。寂しい」
ロディの言葉に、サイモンが苦笑した。
「レティも社交について学ぶ機会になる」
「そうだけど、心配だよ。ベスの側にいるということは、レティも見られる。目立ってしまうよ」
「美人は目立つ。お前の妻だということでも十分目立つ。今更だ。いざという時は、王太子の許可を得て離れればいい」
「勿論、そのつもり」
時間になった。
私はロディにエスコートされ、舞踏会の会場に移動した。




