不思議の国はアリスの来訪を断りたい
童話パロ、第4弾。今回は「不思議の国のアリス」です。タイトルは、なまず娘さまが考えて下さったものを拝借いたしました。
素敵な午後。女王は紅茶片手にテラスで休息をとり、時計ウサギは時計の整備に余念がなく、チェシャ猫は気ままに昼寝をむさぼり、帽子屋は森のお茶会に参加し、三月ウサギはお茶会の準備を楽しそうにしている。
そう。これはつかの間の、平穏な一コマ。この後やってくる天災に、皆頭の片隅で恐怖を覚えていたが今この時だけは、平穏をかみしめていた。
全ては地上にお使いにでていた時計ウサギのたった一つの小さなミスから、この国の平和は崩れ始めた。
時計ウサギを追ってきたのは一人の少女。青いワンピースと白いエプロンに身を包んだ少女は不安と好奇心に瞳を染め、この世界を巡った。そして行く先々で決して小さくない衝撃を与え、去ったと思ったら何故か頻繁にこちらに来るようになった。普通はたとえ迷い込んだとしても、再び訪れることはないというのに。この少女は色々規格外らしく、己の意思でこちらの世界と向こうの世界を自由に行き来している。そんな規格外の少女は、全てが規格外だった。そして今日もまた、そんな少女の訪れを報せる鐘の音が世界に響き渡った――――。
❀…✝…❀
お庭に現れた大きな大きな真っ黒の穴。ウサギさんを追いかけて飛びこんだら、穴の中には素敵な世界が広がっている。
「とーーちゃくー!」
アリスはお気に入りのお洋服に身を包み、不思議の国へとやってきた。まず真っ先に向かったのは、大きな真っ赤なハートマークが目印のハートの城。気高く美しい清らかな乙女の住みか。お気に入りの一つ。
「ひーめーちゃーーん。あーそーびーまーしょーー!」
アリスはバラの生垣の迷路を通り抜け、城門を顔パスで通してもらいハートの女王様…ひめちゃんのお部屋の扉の前で大きな声で呼ぶ。すると中から扉が開き、テラスに一直線に向かった。
「ひめちゃんこんにちは! 何々お菓子? お茶? 美味しい? 美味しいよね? ちょーだい!」
一言もハートの女王が発する間もなく矢継ぎ早に話し、ひめちゃんの向い側の席に腰を下ろすなり目の前のお菓子を口いっぱいに頬張る。
「ほひひーね、ほれ」
カップに注がれた紅茶でお菓子を流しこみ、また別の味のお菓子に手を伸ばす。
「―――そんなに急いては喉に詰まらせてしまうぞ」
「はひひょーふ!」
忠告もなんのその。気のすむまでお菓子とお茶を飲み食いし、一息ついてやっとひめちゃんをみた。
「ひめちゃん、あそびましょー!」
「――すまないが、この後仕事が差し迫っていてな。残念だが遊ぶ余裕がないのじゃ」
すまなそうにひめちゃんがそう言うと、みるみるアリスは頬を風船のようにふくらませ顔を真っ赤にして目には涙までも浮かべた。
「ええーーー! やだやだやだやだやだーーーーーーーーーー!!!!!」
そして案の定、駄々をこね始めひめちゃんをはじめメイドさんたちもその声の大きさに思わず耳を塞ぎ眉をひそめる。
「ひめちゃんはアリスとあそぶのーー!」
アリスが泣きわめくほど空気は震え、窓ガラスには日々が入り始め割れる五秒前、といったところだろうか。
「わ、わかった。少しだけなら時間もとれるだろう。何をして遊ぶのだ?」
「―――鬼ごっこ」
「わかった。では、私が鬼になろう。アリスは逃げて隠れるといい。十数えたら追いかけるぞ。よいか?」
「うん!」
さっきまでの涙が嘘のように笑顔を浮かべたアリスは早速部屋から飛び出していった。
その後ろ姿の残像を眺めつつ、ひめちゃん…あらためハートの女王は深ーい溜息をついた。
「行った、か……」
「そう、ですね……」
アリスが出て行った扉を見ながら、誰一人として動こうとしなかった。
そしてアリスが泣きわめいた結果、城の窓ガラスのほとんどが割れ砕け散っていた……。
「すまぬが、片付けを頼む」
「――かしこまりました」
外に飛び出していったアリスはというと、お城から離れた森の中の木陰に隠れていた。
「ふふふ…。ひめちゃん見つけられるかなーー」
アリスは楽しそうに笑いながら隠れている。誰一人として自分を探しに来ていないことなど知る由もなく。
そうやってアリスが隠れていると、たまたま偶然、そう偶然にもチェシャ猫がその前を通ってしまったあ。
「あーー!チャシだ!」
「げっ!」
アリスは隠れていることも忘れ、目の前の大きな猫に飛びついた。
「チャシだチャシだ!! どーしたの?」
「――どうもしねーよ」
「ねえねえ、アリスとあそぼーよ。ひまなんでしょー?」
抱きしめた猫にほおずりしながら、目の前の猫と遊ぶことで頭がいっぱいになった。
「ひまじゃねーよ。っていうか俺はチェシャ猫であって、チャシじゃねぇ」
「えー? だから、チャシでしょ?」
「ちげーよ!」
何度言っても直らない呼び名に毎回必ず反論するも、いい加減わざと間違っているんじゃないかと思い始め若干どうでもよくなっていた。
「そんなことどうでもいいから、アリスとあそぼーよ」
「だから俺は暇じゃねーって」
アリスに抱かれたまま「暇じゃない」と再度言うと、お城の時と同じい顔になった。そして当然、泣きわめき出した。
「やーーだーーー! ひまでしょ? ひまでしょ? ひまじゃなきゃやだーーーー!!」
「ぬお!?」
骨が折れるんじゃないかという勢いと強さで抱き絞められた上に、森全体に響き渡るほどの大声を間近で叫ばれチェシャ猫はあやうく意識が飛びそうになった。アリスの大声に驚いて、森の動物たちは一目散にこの場から走り去った。
「チャシはわたしとあそぶのー! あそばなきゃだめなのーー!」
駄々をこねるアリスに負けじとチェシャ猫は声を張り上げる。
「だーーー! 暇じゃねーったら暇じゃねーんだよ!! 俺は女王や帽子屋みたいに優しくなんかねーからな!!」
そう言うなりパッとアリスの腕の中からチェシャ猫の姿が消えた。
「チャシのばかーーーーー!!!」
この日一番の大きな声が森に響き渡った。
遠くでアリスの喚き声という名の衝撃波によって、数々の木々が倒れていた。森にはしばらく怖いほどの命の欠片も感じられない静寂が続くこととなった。
「ううぅ…………。チャシのばかぁー。チャシなんかきらいだもん」
トボトボと森を歩き、いつの間にか小屋の立つ開けた場所にでてきたアリス。そこでは帽子屋と時計ウサギとは別の三月ウサギがいた。
「どうしたんだい、お嬢さん」
「――へんちゃん」
ぐしぐしと泣いているアリスに気がついた帽子屋が、心の中の葛藤など押し殺した穏やかな声と笑みで声をかけた。
「――その、”へんちゃん”というのは止めてもらえないだろうか?」
「えー……、だってへんちゃんはへんちゃんだもん」
泣きやみはしたが、アリスが名づけた「へんちゃん」という呼び方に苦虫をかみつぶしたような表情をした帽子屋。あくまで紳士である帽子屋も、このアリスに対しては時折紳士ではいられなくなってしまいそうなときがあり。せめて絶対に「変人」からとったであろう「へんちゃん」だけでも変われば心の平穏が保たれるだろうが……。自称フェミニストの帽子屋も、ことアリスに対してはそうでもない…のかも、しれない。
「まあ、ゆっくりお茶でもしていきなさい。美味しいお菓子とお茶がたくさんあるからね」
「うん!」
ハートの城でありったけのお菓子とお茶を飲み食いしたにも関わらず、アリスは目の前の御馳走に飛びついた。
「うーちゃんも食べよーよ」
うーちゃんこと、三月ウサギはせっせと給仕にせいをだしていた。ちょこちょこと小さなモフモフが動き回る姿はとても愛らしく、思わず抱き付いてもふもふしたいぐらい。
「いえいえ、私はこうして給仕をしているのが楽しいので。どうぞアリス嬢は私のお菓子とお茶を楽しんで下さいませ」
三月ウサギの返事にアリスはもうウサギのことなど視界になく、もう目の前に積み重なるお宝に釘づけである。
帽子屋と三月ウサギと一緒にお茶会を終わらせたアリスは遊び疲れと心地よい満腹感のせいで、眠気が襲ってきていた。
「アリス、もういい加減お帰り。こんなところで眠っては風邪をひいてしまう」
「うーーん……、抱っこぉ~」
猫なで声でそんなことを要求するアリスに、帽子屋は芋虫を呼び寄せた。
「――夢魔、頼む」
(まったく、毎度のことながら面倒なことこの上ないな。できることなら絶世の美少女でも相手にしたいものだ)
「アリスだって見栄えなら美少女といっても差し支えないのではないか?」
(こんな迷惑な子どもに興味などない。いい加減夢から覚めて欲しいものだ)
「それは私だって同じだよ。頼むから、覚ましてやってくれ」
(――わかったよ。いつも通り対価は用意しておいてくれよ)
「わかっている。キセルとコーヒーを用意しておくよ」
話し合いが落ち着いたあと、芋虫の加えるキセルから出た煙がアリスの体を包み込み見えなくなったと思ったら煙が晴れた後にアリスの姿はなかった。
こうして毎回、アリスは数々の爪痕を残して元の世界へと覚めていくのであった―――
❀…✝…❀
大きな時計を小さな白い体にかけて駆けて行くウサギを追いかけて、私は不思議な穴に落っこちた。
落ちた先で私を出迎えたのは大きな毛虫に紫色の猫、真っ赤なドレスの女王様、変な帽子を被った男、奇妙なトランプ、そして大きくなったり小さくなったりする変な食べ物。
不思議な出会いは私の人生を大きく変えた。
ウサギさんは私が今まで出会った中で一番可愛くて、モフモフで、しかも喋るの! 大きな毛虫さんも猫さんも、みーんな喋ってるなんてとても不思議で凄く素敵なこと。それに女王様は麗しい容姿に反して中身はとても可愛いの! お花や小鳥が大好きで、いつもお茶の時間には小鳥やリスさんたち用のおやつまで用意して。変な帽子を被った男の人は、ファッションの好みは人それぞれよね! 淹れてくれるお茶は美味しいし、良く見ると帽子だって愛嬌があるかも? 立って歩くトランプは、普段するカードゲームより一層面白くなって楽しいし、変な食べ物も使い道によったらとっても便利なの。
こんなに不思議で魅力が溢れる世界なんだもの、もっと私の知らない素敵なものがあるはず。私はこの世界の全てを知り尽くすまで冒険してやるんだから!!
こうして少女は夢を見なくなるその日まで、子ども時代を心一杯満喫しましたとさ。
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文法上誤用となる3点リーダ、会話分1マス空けについては私独自の見解と作風で使用しております