出会い
●●●は、まだ考え付いていない名前です。
「ここは──どこでしょうか」
辺りを見回しながら、長身痩躯の男は呟きを漏らした。
「ピックでももってこればよかったですね……」
不安そうな声音のその男、ミズキという。
アリサたちと共にこの時代にやってきた、アリサの一応助手の男である。
ピックというのは、GPS付き立体地図の投影器のこと。
今、この男は迷子なのである。
ただでさえ馴れないもうほぼ異世界といっても過言ではない未来にやってきたことに加え、辺りには似たような樹木が生えそろっている。右も左もわからないような場所だ。
数時間前からそんな森の中をひたすら歩き続けている。
この男でなくとも、迷子になってもおかしくない。
一応この時代での収入源を確保するため、物の相場や技術を町にでて確認した帰りに、このような状況になっている。
連絡手段は電波が届いておらず、使うことはできない。
「はぁ……──」
つい溜め息が漏れる。
「お、そこに誰かいるかぁ?」
すぐ近くで声が。
渡されていた翻訳器を通さなくても通じる言葉だ。
辺りを見回すと、大きな荷物を担いだ男がこちらをみていた。
助かった……?
「おーい、そこのお前さん」
訊けば道がわかるだろうか。
……そういえば、この時代の人は言語が異なるのでしたね。
うまく訊けるでしょうか。
近寄ってきた。
「──ん?」
大きい。
私も同年代では大きいつもりだが、この男の胸のあたりに目線がくる。
おそらく身長二メートルは超えている。
「お前さん、俺の言葉が通じるのかぁ?」
「……通じます。」
「おぉ、珍しい。見ない顔だな。お前は新入りかぁ!」
がっはっはと笑った。
新入り?何のことでしょう。
「すまんが、村までの道を知らんかぁ?」
この人、迷子でしょうか。
「もしかして、お前も迷子かぁ?」
心外な。そうですが。
「そうか、それは災難だったなぁ!だが安心しろ。」
道を訊いてきたくせに、帰れるのだろうか。
もしかして、転移魔法でもあるのか?
「その内つくさぁ。」
またがっはっはと笑う。
脳天気な人だ。
「では共にいこうかぁ。しばらくまっすぐ進めば水流があるはずだぁ。そこを上ろう。」
「……水流なら、向こうです。」
さっき横を通ってきた。
「そうか、すまんすまん。」
後頭部をかいて力なく笑った後、歩きだした。
岩をよけ、二百七十度回って曲がろうとする。
「そこ、曲がってはいけません!」
樹をよけようとしてそのまま方向修正をせず曲がろうとする。
「そっちは右です!」
まっすぐ進む方へいけばよいのに道のある方へ進もうとする。
そんなこんなで日が傾いた。
ここは、明き森と呼ばれるだけあって昼間は明るい。
真昼でも直接日光が当たらず、まぶしくないのに明るい。
道があるなら、どちらかに村があるのでは?
さっき通ったときには気がつかなかったが、少し離れたところに道があった。
「あの、」
「ん、なんだぁ」
「あちらに道があるのですが、あの道を通っていけませんか?」
「あれは、坑道への道だなぁ。坑道と町をつないでる……」
自分で言いかけ、荷物を担ぎなおした。
「そっか。町までつながってんなぁ。」
「いけるんですね?」
「ああ。」
道にでると、ちょうど老人が通りかかった。
「お、丁度よかった」
「おぃ、カナデぇ」
「あぁ、長老。久しぶりぃ。」
どうやら知り合いらしい。
老人は長老で、男はカナデという名のようだ。
「……一っっっっっっ体何時だとおもっとるんだい、今ぁ!!」
怒られている。
「あぁ、すまんすまん、また迷っちまってなぁ。」
「まぁたそれかぃ。お前ーさんはぁ!」
「いいじゃねーかぁ、三月くれー」
三ヶ月も迷っていたのか?
……いや、そんなことあるはずない。
あっちゃいけない。
「で、そっちの見慣れぇねー顔は誰じゃぁ?!」
「え?新入りじゃね?」
「お前ーさん、人間の大陸から来たんか?」
急に話を振られた。
よくわからないが、この世界には、人間の大陸があるようだ。
「たぶん、違います。」
「おいぃカナデ、儂らの言葉が判るのに人間の大陸かぁら来た訳なぁかろうが!」
「は?人間の大陸からなんて一言も言ってないぞぉ!?」
「なぁらアンタ、獣の大陸かぁら来たんかい?」
この世界には、獣の大陸もあるらしい。
「いえ、たぶん、違います。」
「なぁらお前ー、●●●に召還でもされたんかぁ?」
●●●?誰でしょう。
召還?この時代には、そんなものもあるのか。まるで異世界かゲームの中ではないか。それとも魔法の一種か?
「まあその辺は町に帰ってからにしようや。長旅お疲れさま。ここまで来れば、誰もが好きに暮らせるさぁ。」
「そうじゃぁな。お前ーは別だがなぁ!カナデぇ!」
カナデは長老に追われて走っていった。
おいてかれそうになって急いでついていくが、インドア派な私には少々辛いものだった。(決して大分ではない!!)
●●●は、聞き取れない名前ということになりました。