戦争中
キルツ王国──王城の裏庭、花の咲き乱れる場所
日光に当たって微睡む国王。
「国王様、魔王が動き出しました。──我らにご命令を。」
その顔の近くに不意に現れて立った蒼の精霊。
眠たい主の心情など鑑みないで、只一言、そう言った。
「……えっと、リヴァイアサンは、この国を守るのじゃ」
眠い目元をこすりながら、影を作る精霊に、決められた文言を告げる。
「御意に。」
蒼の精霊リヴァイアサンは腰を折って応える。
「ルシファーは、わらわを守るのじゃ」
いつの間にかリヴァイアサンの隣に控えていた碧の精霊にも告げる。
「は。」
碧の精霊ルシファーは魔法で氷剣を作り出して見せた。
「ピクシーはこのお花たちを守ってね」
ともに日光浴を満喫していた精霊にも、ついでのように告げた。
「畏まりました。」
ピクシーは、国王を鏡写しにした姿で微笑んだ。
王の間に入るマムリ。
「魔王様、準備が整いました。」
その報告に、魔王は立ち上がる。
「ウム、いこうぞ。」
そう言ったきり、後ろも振り向かずに部屋を出ていった。
「総員、支度!!」
リヴァイアサンの声でキルツ王属遠距離魔法部隊は戦争に備え、装備を確認し始めた。
「まあ、私がいるから殆ど仕事無いと思うけど、魔族の雑魚討伐がんばって。」
ルシファーはそう言い残して欠伸をかみ殺して去っていった。
魔族全体としては接近戦闘タイプで、主に自らの肉体を武器に戦う。
魔族の王である魔王はそんな魔族の例外であり、魔法戦闘では右に出る者無しとも言われ、世界最強の一角を誇っている。
精霊は殆どが遠距離戦闘タイプで、主に魔法を武器として戦う。
精霊の王であるソフィアも例外ではなく、魔法には長けていても肉弾戦となると最弱を誇る。
そのため、遠距離となると精霊の一方的なものになってしまうことも少なくない。
両者共に、特別な道具など必要としないところは共通している。
ちなみに国王同士の戦いだとソフィアの圧勝、瞬殺である。
両者をつなぐのは、勇者。
今の勇者は魔王を倒すために発ったはずなのだが、性格に少々難があり、魔王討伐後、キルツの国に立ち寄った際に問題を起こし、現在はキルツ王国王城の地下牢に幽閉されている。
勇者の力があれば脱獄などたやすいし、捕まる前に逃げることもできるがしなかった。それは勇者の性格故である。
たまに国王は暇つぶしに遊びに行っていたりする。
現在の魔王とは親友である。
先代の魔王を倒したのがこの勇者で、特に恨んだりすることもなく良好な関係を築いていた。
勇者がキルツの王城へ幽閉されてからも、魔王自らの一部を切り離して勇者の側に置いたり、手紙を出したりしていた。
ソフィア国王もそれを別段阻止しようなどとはしなかった。
勇者は魔王にキルツを攻めるのはやめるよう何度も伝えたが、それが逆に魔王に開戦を決意させた。
魔王が先頭に立ち、明き森を抜けてキルツの国土へさしかかる。
魔王は単騎森を抜ける。
ついてくるものは半数。
残りは森に隠れ、精霊を迎え撃とうというのである。
精霊も遠くからそれを眺め、比較的森に被害の少ない水系の魔法を放った。
始めは鋭い雨だった。
次に雪、霙、雹、霰、氷柱までもが降り始めた。
近接戦闘では右にでる種族なしの魔族。危ないものは避け、かわし、拳で粉砕していった。
辺りの気温が下がり、動きが鈍る。
これはほとんどルシファーの魔法のせいである。
仲間の精霊たちも、改めて、ルシファーを敵に回すことの恐ろしさを実感した。
戦場から離れた場所にある、明き森の深き場所
その小屋の中では、アリサが戦闘の気配を感じ取っていた。
「森が……」
アリスは今、この場所にいない。
少し町にでて買い物をしている。
だから一人、勝手に決心する。
ツカサに訊いても、きっと、自分の好きにしてと返ってくるから。
エミィの中のエネルギーを一部、亜空間製造装置へ。
部屋の壁にある画面を見ながら光のキーボードをたたく。
時間を切り取らない亜空間── 製造開始……完了
切り取る座標 ── 確認
移す座標 ── 確認
転写 ── 開始……完了
時間軸 ── 固定……停止
「亜空間、製造完了──キープ」
タイミング良く、アリスが帰ってきた。
「ただいまー」
「お帰りなさい、アリスさん」
「お帰り、おに「 ア リ ス 」アリスお姉ちゃん」
画面の近くにいるアリサと緑色の画面を認め、アリスは言った。
「なにしたの、画面変わってるけど。」
「亜空間……つくった。」
「どこに?」
「戦場」
「一からしっかり。」
アリサが単語で説明すると、アリスは確認をとりながら納得していった。
「つまり、戦場付近を全部亜空間の中にコピーして、今は時間を止めてあるんだね?」
「うん。」
「国王様のとこ行こっか。」
──亜空間の中
魔王軍の兵はルシファーの魔法によってほとんどが氷漬けにされている。
精霊の部隊は魔王の魔法によってほとんど魔法が使えない状況になっている。
数では、魔王軍劣勢。
力では、精霊部隊劣勢。
突然辺りの空気が変わった。
なにが起こった?
高い位置にて状況を確認。
なにもおかしなところは……地が切れている。
なにが起こった?
魔法がほぼ無力化された精霊部隊は何もできず、残りの魔王軍の使う科学武器によって数が減っていた。
これも魔王の魔法か?
そう思い、魔王へ弱めの雷を放つ。
魔王が黒こげになるが、あまり効いていないようだった。
こちらの位置がばれた。
まあいい。
魔王の後ろへ着地する。
先ほど見たところによると、リヴァイアサンは怪我をした精霊たちを集めて王城へ戻していた。
呼べば戦闘にも参加するだろうか。
「魔王よ、なぜあんな変態を解放したいのだ」
「儂の親友じゃからだ」
魔王は振り向きざまに短剣を抜いた。
「あんな変態がか?」
ルシファーはそれを避け、高い位置から巨大な氷柱を落とす。
「アレがおらんと暇なんじゃ!!」
短剣で易々と氷柱を砕くと、その欠片を魔法で方向を変えてルシファーへとばした。
ルシファーはそれらを溶かして辺りに霧をつくる。
「ならば永遠にそちらで管理してもらいたいものだ!!」
声の角度を変える。
位置を錯覚してもらえればいいが、魔法に秀でた魔王。それは無理だろうな。
氷剣を手に、魔王へ向けて地をかける。
自分のつくった霧だ。その中の状況くらい把握できる。
「それはできん!」
正確に氷剣をへし折られた。
「なぜだ!?」
新たな氷剣を作り出し、魔王の周辺に突き立てる。
「勇者がそれを望まぬからじゃ!」
魔王は腕をひと振りし、それらを折った。
それによりルシファーの魔法が発動。
滝のように大量の氷柱や霰が降ってくる。
「せめて我が国王に近寄らぬよう躾てもらいたいものだ!!」
アリスとアリサが王城へ行くと、衛兵は居なかった。
中にはいると国王様の姿をしたピクシーがよってきて、「なんか用?」と尋ねてきた。
「アリサが戦争にちょっと手を出しちゃって、それを国王に報告しようかと。」
「ソフィア様は今、お昼寝中です。後で伝えておくので、私に報告してください。」
「アリサが亜空間に戦場を移して、今は時間を止めてるの。」
「時間を?そんなことが……」
ピクシーのつぶやきはこの際無視。
「このうちになんかできることはないかと。」
「──ピクシー、ソフィア様がお呼びです。」
来たのはリヴァイアサン。
悪魔みたいな羽が生えてる!!
「ねえ、リヴァイアサン、ソフィア様、起きたの?」
「はい。」
「じゃあ、行こっか。今きいた分は私がソフィア様に伝えるから、そのほか教えてあげて。」
と言われたとたん周囲の輪郭がゆがんで、裏庭になった。
これは間違いなく魔法だろう。
「ソフィア様ー」
「あ、ピクシー、どこに行ってたのじゃ?」
「アリスさんたちが来たから見に行ってたのですよ
──それより報告が。」
「なんじゃ?」
「今、戦争が止まってるらしいです。」
「どうして?」
「アリサさんがやったみたいです。」
「──地が切れていたのは、そのせいですか。」
リヴァイアサンさんがつぶやく。
戦場から飛んできたから羽があるのだろうか。
「う~ん……リヴァイアサン、戦場はどうなっておる?」
「魔王軍が優勢です。我らはほとんどが手負いで、城へ戻ったものも少なくありません。
現在魔王とルシファーが戦場の中央で言い合いながら遊んでいる模様。
周りの兵は両軍とも戦意喪失、殆ど戦闘は治まっていますが、離れた場所では疲弊した我らが魔族軍の科学武器により負傷しています。」
なんか罪悪感……。
「では、アリスよ。そこへいって武器の無効化を頼んでもよいか」
「了ー解」
お兄ちゃんは風に飲まれて姿を消した。
「リヴァイアサンは、勇者を戦場へ連れていくがよい。さすれば魔王も戦いをやめるであろう。」
「──……御意に。」
「わらわはもっと寝る」
ソフィア国王は草の上に横になって目を閉じた。
ピクシーも横に並ぶ。
「アリサさんも一緒にどうですか、気持ちいいですよ。」
ピクシーに勧められ、僕も横に並ぶ。
お日様があったかい。
──戦争が終わったら、みなさんから時間を吸い取らないと。
魔王とルシファーの第三者からみると壮絶な、本人たちからすると遊びな戦いの脇では、優勢だった魔王軍の科学武器は製作者の兄であり、科学武器を知り尽くした者によって僅かずつではあるが確実に、続々と無効化されていった。
元々武器など無くても強い武闘派の魔族たちは、使えなくなった科学武器は捨て、ひ弱な遠距離専門魔法部隊に突っ込んでいき、キルツ魔法部隊は全滅寸前に追いやられていた。
戦場の中央では、魔王とルシファーが激しい戦いをまだ繰り広げている。
氷の剣は硬く、周囲に水がある限り再生し、ルシファー自身水なので半永久的に保たれる。
魔王の魔力は 底なしというか大地から吸い上げているので、大地が枯れていく。
そんな、終わりのみえない戦いに転機を与えたのは、意外にも勇者だった。
──キルツ王城 地下牢
「勇者よ」
独房の前には、難しい顔をしたリヴァイアサンが立っていた。
「何、リヴァイアさん」
「キルツと魔の国の仲を取り持つ気はないか?」
「なんか良い事あんの?」
「……魔王とソフィア様、どちらにも会えるようになるかもしれん。」
物分かりのいい勇者は少し考えればリヴァイアサンの言おうとしていることが分かった。
「ん~……、まいっか。今の戦争止めてくればいいんだよね?」
「元は、我らが勇者を捕らえたことが原因だからな。」
「わかった。出してくれるの?」
「出したくないがな。」
「じゃあ脱獄してくよ?」
「出そう。そのかわり、これ以上問題を起こすなよ?」
「俺、問題なんか起こした覚えないんだけど。」
「私が魔王の元まで送ってやろうか?」
「え、いいの?」
ひょこっとリヴァイアサンの後ろから顔をのぞかせたのは、リヴァイアサンを鏡写しにした姿のピクシー。
「ああ。一瞬だ。吐くなよ?」
本当に一瞬で視界が牢の中から明き森の付近へと変わった。
気持ち悪い。
少し嘔吐してから魔王ちゃんの元へ急ぐと、ルシファーと戦っていた。
「私のために争わないでくれ!」
勇者が魔王とルシファーの間に割ってはいった。
途端に両者の叫び合いの的は勇者になった。
「貴様がキルツのソフィア何ぞにかまけ、儂の元を訪れんのが悪いのだ!」
魔王はルシファーへ魔法をとばしながら叫ぶ。
「我らが国王様になんと言った魔王?!!」
「そうだそうだー!ソフィアちゃんに謝れー」
その流れに乗ろうとした勇者だったが、国王大好き三銃士が一人、碧の精霊ルシファーはそううまく乗せてはくれなかった。
「調子に乗るなロリコン!!元はといえば、貴様がピクシーの庭に土足で踏み入ったのが悪いのだ!」
ルシファーは氷剣を魔王へ向けて投擲しつつ勇者めがけて今日一番の雷を落としながら叫ぶ。
「それは済まなかった!」
また、新たに生成された氷剣の先端から迸った火花が地面と平行に勇者をねらう。
魔王は氷剣を避けるのではなく空中で軽く力を加えて勇者へと方向を変える。
「儂に詫びはなしか!?」
勇者は魔王でさえ黒こげになった雷を軽く避け、土下座した。
「すまなかった。」
「「許すまじ勇者──!!!!!」」
今日初めて魔王とルシファーの意見が一致した。
そして、互いに魔法を打ち合うのをやめ、頷きあう。
そして、矛先を変える。
互いに力を押さえて互角に渡り合っていた、地上最強の一人と名高い魔王と、キルツに敵対する者は二度と地を踏むことはないと言わせるルシファーが組んだのだ。たとえ魔王と同じく地上最強の一人と言われる勇者だとしても、このタッグ相手に無傷というわけにはいかなかった。
しばらく、今までと比ではない甲高い悲鳴と怒声、愉悦の笑みが交わされた。
対立し、争っていた精霊軍と魔族軍はその音におぞましさを感じ、どちらからともなく武器をおろし、遠巻きに筆頭の伸び伸びとした動きを見ていた。
後には、辺り一帯を巻き込むクレーターの中央に縛られ、逆さまに埋められた男と、血涙を流して男に手を合わせて地に額をこすりつけている魔族と満面の笑みを浮かべた精霊が残ったという。