開戦前
キルツ王国王城──地下牢
暇だな……
静かな暗い石造りの部屋の中で、ぼんやりと思う。
俺はなんか普通に生きていたらこの世界に召還されてしまって、特にやることがないからこの手のファンタジーでは定番の、召還されたら勇者になって魔王を倒します的な展開にしようかと思ってしばらく過ごしていたジンの国の村を出、魔王城へと向かった。順調に魔王に会えたのだが、疲れたから代替わりする。と言われ、代替わりした後の新しい魔王を即位式の日に倒してやった。それから次の魔王の即位式を見届けて魔王と仲良くなって一応ジンの国に帰ろうとしたのだ。
が、途中、このキルツの国に寄ったらなんと!
俺の好みにドストライクな子がいて、一目惚れしてしまった。
それがこのキルツの国の国王ソフィアちゃん!!
猛烈アタックするうちに、国王の三重臣と呼ばれるこの国最強を誇る三本柱の精霊のうちの一柱ルシファーに阻止されまくり、挙げ句の果てにまあ戦って、そのとき近くにいた他の精霊の怒りに触れて地下牢にぶち込まれた。
まあ逃げようと思えば逃げれないこともなかったけど、逃亡犯になりたくなかったし、逃げたところで敵いっぱいだし、ここにいればソフィアちゃんに会えるかもしれないと淡い期待を抱いてあえて捕まった。
ほんとにソフィアちゃんは会いに来てくれて、とっても充実した毎日を送っていた。
でもなんか最近ソフィアちゃん来ないしなー……
ソフィアちゃんに会うためにここにいるのに、つまんないじゃないか。
リヴァイアさんも来ないし、おっさんも来てくんないなー。
地下牢に捕まって少したつけど、そんなのは初めてだ。
外でなんかあったかのな……?
「なあトムさん、なんか知ってるか?」
隣にふよふよと浮いている襤褸布に問う。
布に開いている穴の内のいくつかには光がともっていて、顔のようになっている。
その光は暗い床を薄気味悪く照らしていて、その襤褸布の名前はファントムさん。
敬意を込めて(全くこもってないけど)トムさんと呼ばせてもらってる。
親友の魔王ちゃんが暇してる俺に送ってくれた、魔王ちゃんの一部。
仕組みは不明だけど、意志疎通ができる。
トムさんは首を傾げた──ように見える。
襤褸布の、口のような穴よりも下のところに皺が寄って前に傾いた。
「そっか~、トムさんが知らないんなら、魔王ちゃんも知らないよなー……」
トムさんの口が動いた。
謎の発声器官から声がでる。
「チガウ」
ほんと謎。この世界にきてすぐ、初めてその声を聞いたときにはつい襤褸布をめくってしまって激怒され、(周囲が)大変だった。
このチガウはきっと魔王ちゃんは知ってるってことか。
それにしても暇だ。
もう武器も鎧も眩しいくらい磨いたし、アイテムも百回は並べ直したし、使えそうな呪文も全部唱えたし、脱獄用の穴だって埋めてから何回も堀直したし、ファントムさんの襤褸布をとって遊ぶのももう飽きたし、この独房の中だって誰よりも知ってる自信があるくらい調べ尽くしたし、誰かこないかなー……
あ、王城の中でなんか動いた。
この世界じゃなくてあの世界の人間の気配。
あー、懐かしい。
いま地下牢からでたら会うことができるかな。
そんなことを考えていたとき、真上に誰かの気配。
この世界の人間ではない。
この世界の人間はほとんどがこことは異なる大陸に住んでおり、この大陸では今までに一人しか見かけたことはない。
精霊でもない。
ソフィアちゃんとかリヴァイアさんとかとは違う、今までにこの世界では感じたことのないもの。
だが、どこかで感じた──あの世界だ!
俺がもといた世界。
今さっき、上で動いたものと同じような、違う気配。
そこの、人間以外……?
なんだ?
人間以外、あの世界にいたか?
動物ではもちろんない。
植物でもない。
なら、この気配の正体は……?
トムさんが床の影にしみこんでいって姿を消した。
天井を見ると、小刻みに揺れていた。
また面倒ごとに巻き込まれないといいな。
そう思いながら磨きすぎなくらいに磨いた愛剣の柄に手を触れた。
天井が伸びてきた。色が付いて、質感が変わる。
天井から切り離されると、180度回転して、地に降り立った。
ちょうどトムさんの染み込んだ辺りで、トムさんが邪魔そうにしているのがわかる。
「こんにちは」
降りてきたのはさっきの気配の主。
「アンタ誰?」
鎧は壁に掛けたままだが、剣は手元にあるし、俺は魔法が少し使える。
この得体の知れない侵入者を撃退することくらいはできるはずだ。
「私、魔族が王、魔王様の秘書をしておりますマムリの、使いの者です。」
長ったらしい自己紹介だ。
「何の用だ?」
なんか怪しい。
魔王ちゃんの用ならトムさんを使えば一瞬なのに、なぜこんな得体の知れない者を使わす?
「マムリより伝言を預かって参りました。」
「──なんて?」
「はい──」
マムリの使いと名乗る者はそこで区切り、息を吸った。
「──さっさと帰ってきてくんないと老害がうざい。──」
わざわざ顔まで真似して言う必要はないだろう。とも思う。
「──と」
にこり、と不気味な笑み。
俺はあんまり好きじゃないけど、第三者には好印象そうな笑みだ。
大事なことを忘れていた。
「あんたの名前は?」
トムさんが隠れるのだから、魔王ちゃんの知り合いではないのだろう。
マムリさんの個人的な知り合い?
「申し遅れました。私──……」
そのとき、上ですごい音。
またソフィアちゃんが何かしたかな?
「すみません。そろそろ失礼させていただきます。」
そう言うと、腰を折って、出てきたときと同じような感じで床に同化していった。
「──何だったんだろ。」
トムさんが出てきて、首を傾げる。
「サー──」
まただよこの謎の発声器官。
トムさんになんか返してやろうと思ったら、すぐそこ──牢の格子の外に精霊の気配。
そしてまもなく声がする。
「──こんにちは」
そちらをみると、恰幅のいいデブなおっさんが立ってた。
国王の三重臣が一人ピクシーさんだ。
単体の戦闘力はルシファーより弱い。
よく解らない、おそらく天然と呼ばれる部類の性格だろう。
オレを牢屋にぶち込んだのは実はこの精霊だったりする。
トムさんもよく知っているので、隠れたりはしない。
「──先ほどまでいらしていたのは、どなたですか?」
「俺が訊きたいよ」
間髪入れずに返してやる。
本当のことだから、余計に考える必要はない。
「そうですか。魔王の側近の使いだそうですが、お知り合いですか?」
「ちゃんと聴いてたのかよ。──俺は知らない奴だった。」
聴いてたんならわざわざ確認とんなくてもいいだろうが。
「そうですか。そちらの魔王の使いさんは何か知りませんか」
「シラナイ。アイツ、ウソツキ」
ピクシーの問いにトムさんは主人である魔王ちゃんの国と仲の悪い国の国王の重臣だからといって無視するなどせず、単調に答えた。
「アイツとは誰の事を指すんですか?」
「アイツハ、アイツ」
「勇者さん、通訳できますか?」
「多分あの、さっきいた奴。」
「ソウ。」
「では、そろそろ失礼します。
水やりの時間ですからね。」
ふぉっふぉっふぉと笑いながら姿を消していく。
怒るポイントがいまいちわからない、変人が去った後、やっぱり何もすることがなく、入念に鎧と剣を磨いた。
キルツ王国の隣国──魔の国
「勇者がこん。暇じゃ。」
魔の国の王、第十七代魔王は肘をついてあくびをかみ殺した。
「魔王様」
「何じゃ~?」
全く感心など無いといった風で目もくれない。
「先日勇者様にお出しした手紙の返事が参りました。」
「何っ、それは真か。」
魔王はとたんに上機嫌になり、うきうきして待つ。
部下はかしこまって腰を折る。
「頭を上げよ。して、内容は?」
「は。どうやらキルツの地下牢に囚われているようです。」
「何!?すぐに兵の準備を──」
とたんに沸点に達し、戦争の火蓋を落とそうと手を挙げる魔王。
部下は構わず続きを読み上げる。
「『ファントムくんと遊ぶのが楽しいからもうちょっと遊んでくね~。ちょい待ちー』だそうです。」
「なぬっ」
ファントムは魔王の一部である。
自由に切り離して勇者の元へ飛ばすことが可能である。
いったん考え直す。
「『追伸:ソフィアちゃんに危害を加えたらぶっ殺す by勇者』と。」
「殺す。」
大切な親友の愛する相手に向けてである。
「儂の勇者を引き留めおってぇぇい!!
おのれソフィアぁあ!おのれロリイィィイタァァアアァァ!!!!!」
血涙を流して悔しそうに吼える魔王。その姿はまるで子離れのできない親ばか。
「お待ち下さい魔王様。自分が老害だからと若者に嫉妬するのは見苦しいです。」
「兵の用意を!直ちに貴様を拷問部屋送りにして殺るぞおぃ!!!!!」
自分の漏らした悪意に気付かぬ振りをしてやり過ごす。
「失敬。心の声が漏れました。今挙兵したところでキルツには良質な武器とあの精霊どもがおります故、無謀かと存じます。」
あの精霊どもとは、蒼の精霊リヴァイアサン、碧の精霊ルシファー、花の精霊ピクシーの、通称三銃士である。リヴァイアサンとルシファーは精霊の定説に漏れず美しき姿をしているが、ピクシーは例に漏れて名前に似合わずおっさんである。その三銃士は白き光の羽を携え、一人で一国の兵団を滅ぼすともいわれる能力を秘めており、迂闊にキルツに手が出せない原因の一つである。
「では策を考えろオォオオオォオ!!!」
完全に流れに任せた彷徨。
「魔王様、お怒りをお沈め下さい。」
その一言で一つ咳払いをし、高ぶった気分を落ち着かせる。
「コホン……何じゃ?」
「近頃、明き森に住み着いて動き回っているものがいるとか。」
「それがどうした?」
「その者等が、珍しい武器を生成する技術に長けておりまして、キルツの武器に対抗するにはよいかと思われます。」
「ではそうしろ。兵の用意ができたら呼べ。それまでは寝る。」
そう言って下がった魔王は裏の庭で久しぶりに魔法の練習をしていた。
重臣マムリは、それを見届け、その足で武器の調達へと向かった。
「この辺りのはずなのですが……。」
キルツの国と魔の国、それにジンの国の境にある明き森の深き場所へ踏みいると、どれも太い幹をした似たような形の大樹ばかりで迷いそうなものだが、マムリは迷わず進んでいった。
小屋を見つけだし、近づいていく。
小屋の扉をノックする。
中で生者の気配。
少しして、中から声が返ってきた。
「誰?」
機械的なものだったが、会話にはなる。
「こちらに、よい武器職人がいると訊いて参りました。」
なるべく友好的な気持ちを表しておく。
「名乗って。」
礼儀がなってないな。だが、不審がられているというのもよくわかる。
こんな夜分に事前の連絡もなくこんなところに現れたのだから。
「私、国王の秘書をしておりますマムリです。」
どこの国かは、伏せておく。キルツだと勘違いしてくれればいいが、別に気づかれてもいい。
「用は?」
少し間をおいて、中から声が返ってきた。
なにも伏すべきことなどないので、正直に言っておく。
「はい。この度、我らが王は無実の罪で捕らえている親友を助け出すため、戦争を仕掛けることにいたしました。その際、我らに強い武器があれば心強いと思い、よい職人がいると訊いたので是非武器を提供していただきたく」
まあ、捕まったのは勇者がルシファーの同族で、気にさわったからだけど。まあ無実に近いからこれは嘘じゃないってことで。
中で何かを言っている。
「いくらで買ってくれるの?」
考えるまでもない。
いくらだろうと、キルツを倒せるのならば安いものだ。
「言い値で。」
「少し待って。信用できればそのドアを開けるよ」
そんなに信用できないだろうか。
しばらく待つ。
まあ、用心に越したことはないのかもしれないが。
中からでてきたのは、ジンの国で一部の者に人気の古代ファッションをした、手に紙を持った女だった。背が高い。奥には毛布にくるまった同じ顔たちの少女も居た。
「信用していただけましたか?」
何を言っているのかわからない。
横から機械的な音声で聞こえる言葉で、それが通訳代わりではないかと見当がついた。
「は、はい──えと、用途と、必要な量を教えてもらえますか?」
妙なつっかえかたをしたしゃべり方だ。
「魔法を無効化できるものがあればそれがいいですが、無ければなるべく射程の長いものを望みます。」
これでもう私が魔の国の者だとばれただろう。
魔法を使う種族など、精霊以外にはいないし、精霊の国はキルツのみ。それを敵に回すことがあるのは魔の国のみだ。
「量は、どうしますか?」
「量は、できるだけ多く。
──必要な材料で、揃わないものがありましたら私どもの方でもご協力いたします。価格は問いません。
先ほど申し上げましたとうり、言い値で買います。
たとえ相場の倍であっても構いません。」
ぼったくられたって構いやしない。私の金ではありませんから。
「いつ頃までに、必要なんですか?」
「なるべく早く。長い時間をかけて性能のいいものを少量作るくらいなら、短い時間で性能の悪いものを大量に作っていただきたい。」
あの数だけの精霊たちを無効化するには、やはり数が必要だ。
「わ、わかりました。では、二日後でいいですか?」
「商品の受け渡しですか?」
「はい。」
「構いません。」
二日後に受け渡しがすめば、翌日には開戦できますね。
「ではそれまでに用意します。
生産できたものだけ売ります。
足りなければ後日。
値段もそのときに伝えます。
現品と交換でお金も現金でお願いします。」
女が笑う。
いけ好かない笑みだ。
まるで、鏡を見ているよう。
「承知いたしました。では、二日後のこの時間、またここを訪れます故、それまでにお願いいたします。」
「はい、わかりました。」
交渉成立。
「何か不都合がございましたら、私をお呼びください。地に円を描き、中央に寄り代を置いて名を呼べば喚べます。」
まあ、来るのは私じゃないんだけど。
「わかりました。」
「では。」
背を向けて立ち去る。
後ろでは扉の閉まった音がかすかにした。
二日後──明き森の深き場所
小屋の中
「アリサさん、大丈夫ですか?
顔色が悪いですよ?」
睡眠時間が足りてないだけだから、大丈夫。
でもそう言うと、きっとツカサは僕を眠らせようとする。
「大丈夫だって。ちょっと疲れてるだけで、体調は悪くないから。」
うん。そのとうりだよお兄ちゃん。
扉がノックされる。
きたかな?
「誰?」
「マムリでございます。」
「ちょっと待って。今外に転送するから」
お兄ちゃんの合図で、僕が亜空間製造マシーンを操作する。
亜空間に入っていた科学武器が、強制的に亜空間を消滅させられて対応するこの世界の座標に出現する。
「それでいい?」
マムリは確認した。
「いいです。」
「全部で、三千ミル」
お金も用意来ている。
「そこにおいといて。
──外に、はこがあるでしょ?」
言われたとうり、箱に入れる。
「足りなかったら、また来て。」
「十分です。多分足りますよ。」
「そう。じゃあね。それ持っていって。どう使おうがあなたたちの勝手にして。」
突如出現した見慣れない武器は、なぜか不思議と使い方がわかった。
魔法陣を描いて、軍の武器庫へ送る。
さすがに大量に送ると魔力を消耗する。
自分はその足で軍へと赴いた。
「マムリ様、何のご用で?」
軍にいる部下が声をかけてきた。
「武器が手に入った。武器庫に送ってある。
じきに開戦だ。用意をしておきなさい」
「は。」
戦闘描写は苦手なので
一気に戦いを終わらせたいです。