面会の終わり・火種の燻り
次の日、また王城を訪れた。
今度は衛兵の精霊さんにも話がいってたみたいで、同じ部屋に通された。
お兄ちゃんが椅子に座って、向かいにソフィア国王が座って、その隣にモノマーが座って、後ろにルシファーがたっているとこも昨日と同じ。
ピクシーは庭で遊んでいるのだろうとポリマーが教えてくれた。
「昨日の続きだけど、科学武器を作ってるのは妹のアリサで、もう既にどこかの国には売っちゃった後なんだけど。」
そう、お兄ちゃんが切り出した。
「うむ、それは昨日教えてもらったぞ。
して、リヴァイアサンに訊いたところ、えっと、科学武器は作っていいが、魔法をむこう化するのは作ったら許さないと言ってたのじゃ。」
「なら、魔の国にも提供していいのですか?」
モノマーが意外そうに訊ねる。
「うん。だけどね、キルツが危ないときだけたすけてくれるといいな。」
モノマーさん相手だと、ソフィア国王の口調が変わる気がする。
「了解です。」
「えっと、作ってるのは、だれなのじゃ?」
「アリサだよ」
ポリマーと今の時代の世間話をしていたら急に名前がでて驚いた。
お兄ちゃんがこっちを指さしていて、
「……え……と、な……に?」
ソフィア国王が驚いて一瞬で僕の目の前に浮かんでいた。
「え!そなたが作ったのか?」
「え……あ……う──ん」
つい目をそらすと、幼い体からは想像もできないような怪力で顔の向きを強制された。
「弱そうに見えるのじゃが……?」
なんか失礼だ。確かに僕は弱いけれども。
「マホウをツヨくするのもつくれるのか?」
魔法について調べればきっとできるけど、誰か調べさせてくれる精霊さんはいるかな?
「え……と、わから、ない。」
「そうか……」
ソフィア国王は浮かんだまま腕を組んで首を傾げた。
「──ソフィア様」
ソフィア国王がなにかを考え始めると、部屋の開口部──ルシファーの背後から、燕尾服をまとって頭に枯れた花冠を乗せたメガネの青年が現れた。
浮かんでいるようだ。
「なーに、リヴァイアサン」
魔法だろうか?
「魔王が兵を率いてまいりました。」
ルシファーは笑いを必死にこらえている。
リヴァイアサンが一睨みするが、全く意に介さない。
「既に明き森には到達した模様です。」
リヴァイアサンのひきつった顔は、おそらくルシファーの笑いが原因だろう。
「ん~……ならば、みておれ。ツルギの町に入る前に止めるのじゃよ。遠くのぶたいにおねがいするかな!」
腕を元気よくあげる。昨日ルシファーをものすごい効果音でたたいていたとは思えない、かわいらしい仕草だ。
「御意に。」
「わらわも行こーかな?」
「私も、お供いたします。」
ルシファーが顔つきを変えた。
「……リヴァイアサン」
ピクシーが、いつの間にかリヴァイアサンの隣にいた。
おっさんの姿。燕尾服のお腹は丸く、ズボンの上に乗っている。
「この子が、魔王は一旦兵を戻したって。」
両手で抱いていたのは、耳の長い、碧の毛をした生物だ。苔みたいな色だな。でもウサギなんだろうか。
「そうか。
──だそうなので、次に備えて準備をさせておきます。」
「うん、よろしく。」
リヴァイアサンが腰を折ると、ソフィア国王は開口部にたって腕を伸ばして枯れた花冠をとった。
ピクシーはすぐに姿を消した。
「なあ、リヴァイアサン、この子も、そんなに長くいるのはイヤだったとおもうぞ。」
「──は?」
リヴァイアサンは腰を折ったまま顔だけ上げた。
「じゃから、お日様が落ちたら、みんなのところに戻してあげるのじゃ。」
「……──はい。次からはそのように。」
よくわからないが、納得したようだった。
「じゃあ、これで終わり。」
リヴァイアサンは来たときのようにいつの間にか消えていた。
「──戦争になったら、喚ぶやもしれぬ。モノの隣にいてくれるか?」
それはお兄ちゃんに対するものだった。だがお兄ちゃんの前にモノマーが反応した。
「それは無理なのです。」
モノマーの否定に、ソフィア国王は不満顔。
「なんでじゃ~……」
「なので、覚えてあげてほしいのです。」
「だれをじゃ?」
それには答えず、質問を返す。
「喚びたい方は、だれなのですか?」
「ブキをムコウカできるひと。」
二人(?)のやりとりは、まるで親子みたい。
モノマーは、お兄ちゃんの方を向いた。
「武器を無効化できる方は、どなたなのですか?」
「……アタシ。アリサもできるけど、アタシの方が早いよ、絶対。ツカサには無理。」
ツカサが無理という言葉に敏感に反応して、沈んだ。
「では、アリス様を覚えて下さいなのです。
ソフィアなら、きっとできるのです。」
「え~……」
渋るソフィア国王。
その姿は外見年齢相応だ。
だが、モノマーの言葉で態度一変。
「わがままなソフィアは、嫌いなのです。」
「うん、覚える。モノ大好き。ソフィアをキラいにならないで!!」
煽てているのかな、モノマーは。
「良い子のソフィアは、大好きなのです。」
「やったー!」
それからソフィア国王はお兄ちゃんの周りをうろついて、匂いをかいだりペタペタさわったり(主に胸のあたり)し、お兄ちゃんは拳を握って必死に耐えていた。
「おぼえたのじゃ。
ここに喚んでみていいかえ?」
モノマーの隣で笑顔でお兄ちゃんに訊ねる。
「い……いいけど」
お兄ちゃんの許可を得ると、立った。
そして、隣のモノマーの手を握りながら、反対の手を前に突きだし、手のひらを天井に向けた。
「えっと、たかさは良いよね……」などとつぶやきながら、目を瞑った。
『吾、ソフィア
汝──アリス、ここに来たれ』
どこから聞こえているのかわからないような、不思議な声。
風が渦巻き、ソフィア国王の突き出された手のひらの上に集まる。
お兄ちゃんが風にさらわれるように消え、次の瞬間には、ソフィア国王の手のひらに左手を重ねて、彼女の前に立っていた。
瞬間移動……これが、魔法。
エミィでも、こんなに瞬時には移動できない。
まだまだ僕の知らない技術があるんだ。
なんだか、わくわくしてきた。
うつむいて、垂らしたままの両手は強く握ってしまう。
「アリサ様、ご気分が優れないのですか?」
ポリマーの心配そうな声が訊ねてきた。
「……いえ……そ……な」
そんなことはないですと言おうとしたけれど、上手く言えなかった。
僕は、気分が高揚すればするほど表情が悪くなるのだと、お兄ちゃんに言われたことがある。何かを発明しているとき、とっても楽しいのだけど、お兄ちゃんには、なんだか無理をしているような、苦しそうな表情に見えるんだって。
「アリサさん、顔が苦しそうですよ?」
ツカサも心配してくれる。
「スミマセン」
なんだか、申し訳ない。
「では、今日ももう用件は終わったようなので帰るのです。」
モノマーの言葉が、僕を現実に引き戻した。
今は、ソフィア国王との面会の時だった。
「え、モノ帰っちゃうの?」
「帰るのです。ソフィアはキルツを守る準備をしてほしいのです。」
「ヤだ~!!」
「キルツを守ってくれれば、モノはきちんとここにくるのです。」
「……ホント?」
「ホントなのです。モノは今までのように、ソフィアに会いに来るのです。」
「ホントに?」
「ホントなのです。もしこなかったら、喚んでもいいのです。」
「──私が阻止しますが。」
ソフィア国王とモノマーの応酬に口を挟んだのは今まで傍観というか興味なかったポリマーだった。
とたんにソフィア国王からどす黒いオーラ。
「ポリマーは殺すのじゃ」
「……御意に」
少し戸惑った(いつ戻ってきたんだ)リヴァイアサンと、楽しそうなルシファー。
「仰せのままに」
「めんどくさいからパス」
どこかから聞こえてくるピクシーの思念。
それから、裏庭にでてルシファーvsリヴァイアサンの戦いが始まった。
勝者は後日、ポリマーを屠れる権利が与えられたらしい。
だが、ポリマーに瞬殺され、精霊の持てる最高の治癒、回復魔法を用いてもなお、一週間は職務に支障が出たそうな。
意外とチョロくないこの世界。by勇者