キルツ国王家
「母様ー」
駆け寄るのは、幼い顔たちの少女。
「リョク?」
地面と平行にのばしていた腕をおろしながら振り返った、精霊の中でも類希な美貌の持ち主であるこの人物、名をマリ・セン・キルツといった。
キルツ王国の先代国王にして、現国王ソフィア・リョク・キルツの母である。
「訊きたいことがあるのじゃが、今はよいか?」
今は、日課となっている、魔法の精密制御の鍛錬中だったのだ。
「私の邪魔をするほどの価値のある内容なのよね……?」
押し殺しきれない殺気を滲ませながら問う母に、
「それはわらわには判らぬ。母様が自身で判断してくれ」
そう返した娘。
「そう。まあいいわ。」
頭を左右に振って、怒りを霧散させながら、
「そろそろ休憩にでもしましょう。
一緒にお茶でもどう?」
マリはそう言った。
「頂こうではないか」
顔を輝かせるソフィア。
「──レビア、リヴァイア」
マリがそう言った瞬間、まるで待ち構えていたかのように、虚空から溶けるようにして、一対の光の羽を携えた精霊──レヴィアタンと、上に茶器が乗った白いテーブルと椅子2脚がでてきた。
「お呼びですか、マリ様」
マリが椅子に座ると、ソフィアもそれに倣った。
「休憩にするわ」
その一言で、レヴィアタンはマリの言わんとすることがわかったようで、ポットを手にした。
「お茶ですね。……あれま、国王様まで。珍しい。お菓子でも持ってこようかな」
その呟きが終わるか終わらないかというところで、蒼き精霊──リヴァイアサンも姿を現した。
「お呼びでしょうか。前国王陛下」
「あなたはリョクのお世話をお願い。」
「かしこまりました。」
深々と一礼し、彼はソフィアの背後に移動した。
「それで、何が訊きたいの?」
紅茶を飲み干し、新たに注いでもらいながらマリは尋ねた。
リヴァイアサンに作ってもらったスコーンを両手でつかんでかじっていたソフィアは、紅茶でそれを流し込み、言った。
「母様は、今年は武闘会に出るのか?」
「どうしようかしらね」
現役の国王であった頃、そしてそれより以前は、大陸統一武闘大会に毎回出場し、上位入賞を果たし続けていたマリだが、王位をソフィアに譲ってからというもの、観戦にはいくものの、出場することはなかった。一度だけ、出場しようとしていたこともあったが、結局は出場を辞退した。
「──最近はみんな弱くってつまんないのよ。
あの人の居た頃はおもいっきり躍れたのに……。」
いい年して拗ねている母をみて、娘は察する。
「あの人って、父様?」
「ええ。
あのころはあの人が軍を率いていたから、マルク国軍はあの人の指導で結構いい線いってたのに──」
興奮して生き生きと語り出す母をみて、ソフィアは後で父にも尋ねてみようと思った。
「──今じゃフィンでしょ? リョクとすら対等に戦えないあの子が率いてるのに、強くなるなんて思えないわ。
体術は魔族並だし、魔力は皆無で自然から分けてもらうなんて、まるで魔獣じゃない。その魔力を使って魔法みたいに見せてるけど、あれって結局魔族と同じなのよ。ただ少し貰える魔力が多いってだけで、マルクの王があの子に勤まるかしら。」
「大丈夫だ。
シエラはわらわとは対等に戦えぬが、そんじょそこいらの魔族にはまけぬぞ」
胸を張って断言するソフィアを見、身内贔屓だと、母は思う。
「そうかしら? ……まあいいわ。
今年の武闘会、強そうな子いるの?」
「まだわからぬ。
だが、もしかしたら明き森の者らも参加するやもしれぬぞ?」
今までこの時代にいなかった彼らの戦闘力は未知数。もしかすると、今年の武闘会はおもしろくなるかもしれない。
ソフィアがわざわざ母に尋ねに来たのには、そのような理由もあるのかもしれない。
「そう。おもしろそうな子がいたら参加するわ。
──そういえば、勇者はどうしたの?」
ソフィアに王位を譲ってから一度だけ出場を考えたとき。
勇者がキルツを訪れ、ソフィアに猛アタックしてルシファー始め重臣たちに阻止されていた。
その様を見かけ、初見のものとは挨拶代わりにまず戦いたくなるマリは、自分に勝てばソフィアと話をさせてやるという条件で、試合を申し込んだ。
勇者は快く受け、ピクシーが管理する広場の中央にある長方形のフィールドを周りの生物に傷を付けないことを条件に使用した。長方形の頂点に立つ4本の柱を高さとして直方体の結界が張られ、殆どの魔法、物理攻撃ともに内側へ弾くことになっていた。
試合が始まり、マリはいきなりその反射を利用して魔法を放った。
勇者はそれを剣で受け、引き裂くついでに剣戟をとばす。
そんなこんなで結界の性質を利用しまくるマリは、あまりピクシーの魔力の限界を気にしていなかった。ピクシーの魔力が多いせいでもある。
マリの魔法、勇者の魔力を帯びた剣戟ともに、結界を張っていたピクシーの魔法で弾き続けた結果、フィールド内は滅茶苦茶に抉れ、砂埃が舞い、視界が悪くなっていた。
試合が長引くにつれ、ピクシーの魔力も消費されていく。
もちろん結界の強度も、それに比例するかのように低下していく。
視界の悪い中で勇者の放った剣戟が、マリをかすめる。そしてマリの背後の結界に当たり、ついに結界を壊した。視界の悪さからか、魔力の大量消費による疲れからか、ピクシーはそれを認識できず、反射することができなかったのだ。
結界を壊してもなお勢いを保ち続けた勇者の剣戟は、そのまま真っ直ぐ進み、ピクシーの管理する広場の地を抉り、草花を傷つけた。
このフィールドを使用する条件は、生物に傷を付けないこと。
それに違反したのは、勇者の剣戟。
普段はかなりマイペースで温厚なピクシーの、怒りにふれた。
この程度の魔力消費などあって無いようなものだといわんばかりに、勇者はまともな抵抗もできず、気絶させられ、牢へ放り込まれた。
それで試合の勝敗はうやむやだが、結果は自分の負けだとマリは感じた。殆ど引き分けに近かったが、勝利以外に意味はない。
こんなに弱くては武闘会になど出れぬと思ったマリは、出場を辞退したのだ。
「新しいコロシアムの地下の牢に入れてある。
武闘会にも参加するだろう。」
武闘会の会場は、今年からこの、新たに建設されたコロシアムである。
「なら……、そうね。勇者が最後まで残っていなかったら、参加するわ。
今年もルールは変わっていないわよね?」
「うむ。
精霊は魔法のみ、魔族は体術のみ、ジンの者らはなんでもありだ」
「じゃ、骨のある子が出てくれるのを願って、特訓でもしましょ。」
そういい、前王は立ち上がった。
「あ、ジンのシンが体術のみで出るかもって言っておったぞ?」
「そう。楽しみ。」
マリは微笑をたたえ、離れていった。
リヴァイアサンの作ったどれもおいしいおやつを食べながらしばらく母の魔法を眺め、ソフィアは席を立った。
「父様どこかな?」
父は主に城の端にある塔と呼ばれる場所にいるのだが、そこに姿がないとき居場所を知るのは、多くはレヴィアタンのみだ。
「……存じません」
「レヴィアタンは?」
「暫くすれば塔へ戻るかと」
「今は?」
「知りません」
ソフィアは塔へ向かい、父の部屋へと続く長い階段を上る。
まだ部屋に父はいなかったので、開け放たれた窓から身を乗り出し、城内を見下ろした。
「国王様、危ないですってば」
どこから現れたのか、レヴィアタンがそう言い、中へ押し戻した。
「あら、国王様だったの。魔王様の方かと思ってたんだけれども
──まぁ、どっちでも危ないことに変わりはないから、身を乗り出すのはやめて」
「いいではないか。あまりに城が綺麗だから、みとれてしまうくらい」
部屋に入ってきたのは、肌が浅く緑がかっている、魔族のような──いや、魔族そのものの外見をした、細身の男だ。精霊ではなく、この国には珍しい、純粋な魔族だ。
「よくないです
アンタらが落ちると俺らが責任取らされるんですからね?」
その魔族、名をチャド・セン・マルクといい、先先代マルク国王にして、マリの夫であり、ソフィアたちの父である。
「ふむ。それと、私は魔王ではない。今の魔王は我が娘、シエラレオネ・フィン・マルクである。」
「わかってるけど他に呼び方無いじゃない?」
「チャドと呼べばよい。センでもかまわぬぞ?」
「センだとキルツ前国王様とカブりますからチャド様」
「うむ。それでよい。
──して、リョク。国王のそなたが何用だ?」
リヴァイアサンが目を離した隙に窓に腰掛けていたソフィアは、問うた。
「父様は、今年は武闘会に出るのか?」
「うむ、どうしたものか。」
チャドは椅子に座り、レヴィアタンに紅茶を頼んだ。
「ジンのシンと勇者は出るそうだが」
「マリにも聞いたか?」
「骨のある子がいたら出ようかしら、と言っておった」
「では、私もそうしようか。
うむ、そうしよう。
マリが出場するのならば出よう。
──して、そなたはどうするのだ?」
「迷っておる。」
「フィンは出るのだろうか。」
チャドの何気ない呟きに、レヴィアタンが応えた。
「勇者の雄姿を間近で眺めていたいから出る。だそうです」
「おお、そうか。
では我が娘の雄姿を見に行かなくてはな。」
次はマルク国王城です。




