朝
飛ばしても、たぶん内容分かります。
キルツの王族について長々と語ってもらえた。
どうやらこのキジマ大陸の人々、種族分けには厳しいが、魔族は超実力主義、精霊は魔法さえ使えればよく、ジンは何でもありといった、種族差別はない、平和で、寛容な場所らしい。
戦争が起こるといったらキルツとマルクの間で勇者を巡るものと王の後継者争いくらいで、どちらもポッと始まって一日もたたずに収束する、気まぐれ程度のものだけだった。
辺りが暗くなってきたので、今日はカナデの家に泊めてもらい、明日、帰り道を探そうと思う。
貸してくれた部屋には大きな窓があり、どうやらここは高い位置にあるらしく、懐かしい夜景が見れた。
本当に、ここは未来なのかもしれない。
そう、思ってしまった。
私たちがいたあの凍える時代は、もう、過去のことなのだと、少し前にその場所にいたにも関わらず、思ってしまった。
両親もファーザーも死に、仲間も死んだ。
あの施設はもう無く、帰る場所は、どこにもない。
外は吹雪で、凍える寒さが肌を切る。
そのはずなのに、ここは、暖かい。
目を開けると、今までのことを思い出した。
今まで見ていたのは、短い間の夢だったのだ。
ここはカナデの家。
外は陽が昇りそうで、辺りは白み始めていた。
こんなに暖かいところで、すっきりと眠ったのはいつ以来だろう。
今まではアリサとその兄の住んでいた研究所に、アリサの助手として住み込んでいた。
助手とは名だけで、アリサの作った機械のシステムに異常がないか検査するだけだった。機械の仕組みはわからないし、操作はマニュアルを見ながら行っていたから、それほど役に立ててはいなかったと思う。
兄の方が機械の仕組みについては理解していたと思うが、ほとんどアリサが気分で作っていくので、本人でさえ完全に理解していたかは怪しい。
その研究所は、機械の動作に最適な温度に保たれていて、少し寒かった。外が寒いのだから、その環境で稼働しなければ売れないため、温度は低め。
研究所の整備は兄がすべて取り仕切っていた。その兄がふざけた奴で、マンガなんて読まないはずなのにコスプレ好きで、暇を持て余しては妹の好きなキャラクターの服を自分で作っては試着していた。
収入の二割はその服を売った物だったが、機械を売っただけでも充分研究所の維持とこの時代の水準で裕福な暮らしができていた。
あ~、考えたらムカついてきた。
あいつ名前で呼ばれると怒るけどなんて呼べってんだよ。
女のコスしてるときはアリスって呼べって言うし……アレ変態だろ。
まあ、その変態のおかげで今まで生きてこれたのだからそこは感謝だが。あいつ等のせいでこんな訳わからんトコにとばされるし……まあそこはいっか。ここは言葉が通じるみたいだし。戻らないとな、あそこに。
とりあえずカナデには感謝だ。
見ず知らずの私を家に泊めてくれたのだから。
ベッドからおりる頃には、外は陽が昇り、眩しいほどに明るかった。
窓を開けると、カーテンがなびく。
あの時代、窓を開ければ、熱を逃がさないため、その向こうにも窓があるのが普通だった。そうしなければ、外の冷たい空気が入ってきて、部屋はあっというまに冷たくなってしまう。
だから、窓を開ければ暖かい風が吹き込んでくるなんて、初めての経験だ。
どれくらいそうしていただろう。
暖かな空気に身をゆだねていたら、部屋のドアがノックされ、そのまま開いた。鍵はかかっていなかったし、ここはカナデの家だから、勝手に入られても文句はない。
「朝飯食うかぁ?」
「いただきます。」
食事は、私たちの元居た時代で言う、洋風な物だった。
パンにバターを塗って、ポタージュとともに食べる。
その間も、カナデは左手をテーブル脇の機械に添えたままだった。
「なにをしているのですか?」
「メンテナンスだぁ。」
カナデの口の中にはパンがある。
「手を添えるだけで?」
「操作……操作してるぞぉ?」
飲み込んでから、続きを言った。
とても、操作しているようには見えない。
「どうやって?」
「こうやって」
ふざけているようには見えないが、操作しているようにも見えない。
パネルを覗くと、確かに画面は動いていた。
「どういう仕組みなのですか?」
「ん?どうって……言われてもなぁ」
カナデは言うのを渋る。
「企業秘密、ですか?」
隠しておきたいことの一つや二つ、あるだろう。
アリサにはとてもあった。
ほとんどの装置の設計から組立までを一人で行っており、アシスタントにも自作のロボットを使っていた。仕組みを訊いても「どうせ、わからないでしょ……」と、しょんぼりとして教えてくれなかった。
ところでこの機械、作ったのは誰だろうか。
「いや?そういう訳じゃないんだがなぁ」
「では、どういう訳ですか?」
カナデは腕組みをして、唸る。
「……説明出来ん。」
仕組みがわからず扱えるのか。まあ、私は扱っているが。
「……あの」
「なんだぁ?」
「その機械を作っている方は、どなたかわかりますか?」
「ん?……これは、俺だが?」
「……え?」
自分で作った機械の仕組みがわからないとは……アリサと似たような奴もいるものだ。
アリサも、自分で作った装置の仕組みを、完全には理解していないようだった。本人曰く、感覚らしい。その兄は彼女よりはよほど仕組みがわかってはいるが、難しく、複製などはできず、分解するのが精一杯だそうだ。
朝食を終え、片づけを手伝おうと思ったら、食器を丸い機械の中に入れて終わりだった。
食洗機のようなものらしい。
次に使うときは、またここから取り出して、戻すらしい。
「さぁて、何すっかぁ~」
カナデが伸びをしながら首をならした。
この時代、仕事はないのだろうか。
それともこの人物が特別なのか。
今日が休日という線もあるな。
私たちのいた時代、仕事は主に自宅で行っていた。
屋外へ出ることは極力避け、ほとんどの必要な設備は空調の効いた地下にあった。外に長く出ていると凍死しかねないためだ。
金のある家は自宅から直通の入り口を整備していたが、大多数の一般市民は、地上に点在している公共の入り口を利用していた。
より地下鉄の利用が増え、地上の鉄道各線は寂れていき、私が生まれた頃には、最後の路線が廃線になった。
まだ寒さに耐え難い子供が通う学校という制度も見直され、自宅でデジタル端末を介しての授業が主流となった。端末が進歩し、より速く、ほぼリアルタイムでの会話が実現できるため、不自由はない。だが、貧乏人は端末を買うことができず、環境を整えることもできなかったため、家族に学ぶことが多かった。
それにより人々が幼い頃にコミュニケーションを学ぶ機会が減少し、協調性というものが重要視され、充分なお金があれば、集団教育の場──塾へ通うものが多かった。
それでも家が地上にあるのは、地下に作れるだけのスペースがないためだ。
金のない者から死んでいった。
もちろん、地下にもホームレスはいる。
住み込みで働く従業員も多い。
店と店の間に、人の影を見ない日はない。
だがやはり、スペースには限界がある。
家がなく、充分な暖房がなく、毛布の一枚さえもなく、助けを求める手をとってもらえることもなく。
私はとても、恵まれていたのだ。
母は私を捨てても、寒空の下に放り出すことをしなかった。
マザーは拒絶せずに、快く迎えてくれた。
ファーザーは、自分だけでも大変だろうに、広い自宅に、多くの孤児を住まわせ、衣食住の面倒をみた。成長すれば、僅かな働き先も、必死に探してくれた。
とても、恵まれていたのだ。
少しでもどこかが違えば、あの寒空の下、雪だるまになっていたのは、あの名も知らぬ者たちではなく、私だったのだ。
分厚い二重の窓越しの空を見上げても、曇ってばかりで、蒼は見えない。あの暖かな陽をみたのは、いつが最後だろうか。
人々はいつからか、地上を放棄してしまったように思う。
……脱線したな。
とにかく、仕事は地下で、安定した休日というものはなかった。いつ作物が切れるかも、家畜が全滅するとも知れず、常に怯えながら、仕事が手に入らなくなった日が、休日だった。
「仕事は、何をされてるのですか?」
「ん?頼まれたことだなぁ」
「頼まれたこと?」
「何でも屋かぁ?」
なんか、テキトーな人に思えてきた。
昨日会ったときは、何をしていたのだろうか。
「昨日はキルツから材料の調達だったかぁ?」
担いでいた大きな荷物は、何かの材料だったのか。
「あ~……、違ったなぁ。品物を届けにいってたんだったなぁ」
「何を届けに?」
この問いに、特に深い意味はない。
ただ、科学の発展してそうなこの時代に、徒歩でわざわざ届けるのはなぜだろうかと、少し思ったくらいだった。
「服だぁ。
キルツの国王さん方が着る服を、いつも知り合いが作ってんでぇ、運びを頼まれてんだぁ。」
「どんな服なんですか?」
やはり、昨日会ったモノマーとポリマーのような変わった形なのだろうか。それとも、いまカナデが着ているような、私たちの居た時代とほとんど変わらない形だろうか。
「見に行くかぁ?」
「是非。」




