変わってしまった世界
吹き荒れる吹雪、建物から延びる氷柱。
広間に荷物を持って集まる人々。
少年は人々を誘導し、それほど大きいとはいえない建物の中へと延びる列を作っていた。
「離れないで下さい!皆さん入れますから、押しあわないで下さい!」
見た目はテープか絆創膏にしか見えない超小型特殊拡声器を頬に貼った少女は、家に入る人々を誘導していた。
「これで最後です。」
最後に入ってきた少年が雪をはらうと、少女も建物の中へ入った。
「家の中もみた?」
「はい。」
全員がソレに入ったのを確認し、少女が中からドアを閉める。
ざわめく室内には、多くの人間と荷物があふれかえっていた。
「アリサ、みんな入ったよ!」
機械の前にたって人間の海に沈んでいる少女はその言葉に頷き、手元のパネルを操作した。
下降するエレベーターに乗ったような軽い浮遊感の後、
「──出て下さい──押さないで!」
ドアを閉めた少女はドアを開いた。
外は、どこかの建物の中だった。
この部屋は、テレポートマシーンだった。
正確にはこの部屋の入り口がテレポートゲートで、いろいろな場所のドアとつながり、接続を切るとこの、本来の建物の中に出られるのだった。
少女は人々を誘導し、荷物を運び出すのを手伝う。
「向こうの部屋に入って下さい」
少年も誘導を手伝う。
しばらくして部屋の中から殆どの者が姿を消すと、機械を操作していた少女は、ドアの外をこっそりとみる。
「どしたの?アリサ」
後ろから誘導を終えた少女に声をかけられ、驚いて部屋の中へ尻餅をついてしまった。
「そんなに驚かなくても。」
「ご……ごめん──おに「アリス」
アリサは差し出された少女の手を取ろうとして、被せられた言葉に一瞬固まった後、「ごめん、アリスお姉ちゃん」と言い直す。
長い白衣の袖(アリサの腕が短いのかもしれない)のなかから手をだして、改めて手を取った。
「こっちはみんなそれぞれの部屋に入ったよ。次いく?」
アリサの姉(?)アリスの質問に応えたのは、
「異常はありません。博士、おと「アリスだってば、ミズキさん」──アリスさん」
今まで部屋の隅にたっていた男ミズキだった。
「報告も済ませてきました~」
小走りによってくるのは誘導してくれていた少年。
「ご苦労様、ツカサ。」
「さっそく次の所にいくんですか?」
ツカサが訊くと、ミズキはアリサの方をみた。
アリサは仕方なくといった感じで言い出した。
「えと……次は、燃料の補給にいくね。その後にそのまま次の所にいくから、乗ったままでいてほしい……よ。」
「わかりました。」
素直に頷いて部屋に入るのはツカサだけ。
アリスは疑問を呈した。
「この機械って、エム何とかで動いてるんだよね?」
「……うん。エミィエネルギーだよ」
「燃料の補給がいるの?」
「えと、エミィは、生き物みたいだから……ずっと使い続けると、疲れちゃって、動かなくなるから、その前に、休ませるの……それで、よく回復する所があるから、そこですぐに回復してもらって、次にいくの……温泉みたいな……」
「そうなんだ。よくわかんない。」
アリスはそう言って中に入った。
その後にアリサが続き、ミズキも続いた。
「じゃあ、……いくね。」
「うん。」
これは、誰の返事だったろうか。
いつものようにエレベーターのような浮遊感を感じた後、ドアを開けてみた。
玄関からでてみると、生まれて初めて浴びる暖かな日光に目を細めながら呟き、辺りを見回した。違和感。なんだか空気が違う。
こんな陽は、寒冷化の一途をたどっているアタシたちの世界にはあり得ないはず。もしかして、まだ調べ終えていない地域があった?
エム何とかエネルギーの充電に適している地域って、ここのこと?
「……ここ……どこ?」
中にいるアリサに訊ねた。
アリサは名のある発明家で、今いるこれも妹が作った。毎回テレポートする度に本拠地にしている研究所から発信している電波を拾って地形と照合し、位置を割り出していた。
すぐに位置を教えてくれるものと思って訊ねたけど、返ってきたのはアリサの形だけの補佐のミズキさんの慌てた声。
「反応がない……!ここ、電波が届いてませんよ!」
「……え?ここって、エミィの回復スポットじゃないの!?」
「……うん。ぼくも、こんな場所は、知らない。」
訊き間違いかと思った。
「え……!?」
あまりにも静まり返っているものだから、「もしかして、異世界とか……?」とツカサが言った。
「そんなはず無いって!……ね?」
異世界なんてものがあって、こんなに簡単にテレポートできて、こんなに環境がいいのなら、アタシたちが今までやってきたことには意味があったのだろうか。
「……ここ……研究所」
慌てて、でもいつもどうりに、アリサが消え入りそうな声で言った。
「え……?」
見間違えてるんじゃないかと思って、自分の目で確かめるためにモニターの前にたって、見間違えなんかじゃないとわかって、愕然とした。
「でも、どうしてそう思うの?」
「……電波の残滓を……発信源は……ここの真下……から。」
モニターをみるだけでは、アタシにはそんなことはわからないけど、アリサが言うのなら事実なんだろう。
「だから、少なくとも寒冷化のすぎた未来……だと思う。」
「じゃあもう帰ろ。」
「……無理。」
「何で?!」
「エミィの回復に、時間がかかるから。」
そうだった。エミィの回復のためにテレポートしようとして、失敗した結果だった。
「一応、外を少し見回りませんか?」
ミズキさんの言葉に頷いて、四人そろって部屋を出た。
ソレをみているものがいるとも知らずに。
「なにも、見知ったものはありませんでした……。」
ツカサがしょんぼりした。
「はい。私もです。」
「アタシたちも。植物はあったけど、見覚えのない種類ばっかだった」
そこであいたままの扉がノックされ、一斉にそちらを向いた。
そこには私たちの世界の、六、七世紀前に使用されていたような服と私たちの世界にもあった服が混ざったような服を身にまとった二人の人間がいた。耳の先がとがっているような気もするが、人間だよね?
とりあえず、ここのこととか訊けるかな。
「誰……?」
「~~~~~~~~」
フードをかぶってない方は、口を動かして声を出してる。
でも、訊いたことのある言葉のどれにも当てはまらない。
訛りがつよかったりするのかな。
「なに……なんて言ってるの?誰か、わかる?」
部屋の中にいるアリサかミズキさんにわからないかと思って訊くけど、首を振られた。アリサは引き出しから何かの機械をとりだしていた。
「ぼくが対応させていただきます。」
!フードをかぶっている方の言葉はわかる。
「~~~~~~。」
「はい。お任せください。」
二人で何か話していたけど、やめてこっちを向いた。
「ぼくはポリマーです。こちらはぼくの兄者であるモノマー様でいらっしゃいます。」
中ではどよめきが広がった。
アタシも同じ気持ちだ。言葉が通じる人間がいた。
驚いてしまって、声が少し掠れた。
「あなたは……ポリマー?」
「そうです。僭越ながら、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
なんだか丁寧な物言いだ。
「え……と、アタシはアリス。」
後ろを見ると、みんな固まって何か話していた。
アタシだけに話を任せんじゃないよ!
「アリス様でいらっしゃいますね。」
アリサがなんか言ってきてくれてる。
でも、ごめんね。──アリサの声って小さいから、少し離れると聞こえないの。
「えっと、ポリマー、質問しても良い?」
ミズキが『今の場所と時を聞き出せ』とどこからか取り出した紙の切れ端に書いているので、とりあえず訊いてみることにした。
「はい。ぼくでよければお答えいたします。」
「えっと……ここは、どこなの?」
ええい後ろ!うるさい!
ミズキだけだが、早く聞き出せと圧力を送ってくる。
「ここは、明き森の深き場所です。」
「えっと……、明き森って言うの?」
「はい。そのとうりでございます。」
チラッと奥を伺うと、その調子だー!とミズキ。
ツカサは黙って不安そうにアリサを見つめていて、アリサはじっと潤んだ瞳でこっちをみてる。
もーう!そんな目で見るな!
「……明き森ってどこよー!!?」と、小さな声で、きっとミズキさんは知らないけどアリサなら知ってるだろうと思って訊くが、無言で首を振られるだけ。
「キルツ王国の下端にあります、ツルギの町の右端に位置します。」
と、ポリマーから返答があった。
……なにやってんのよあんたら!こいつに返答さすなや!
「キ……キルツ王国……ツルギの町……?」
ぶつぶつと呟いた後、頭をかく。
もー!!訳が解らなくなってきた。
「隣の魔の国との国境の森でございます。」
魔の国……?あの、RPGとかの、魔王がいる?
「……ここってホントに異世界なの──?」
もう、なんだかどうでもよくなってきちゃった。
後ろではアリサが何かぶつぶつとつぶやいてる。
「たぶん、未来。……電波が消えていないから、一兆年は越えていないはず。」
腰が抜けたのか、機械を抱えたまま這ってきた。
「──いまは、何年?」
「2012年でございます。」
「西暦?」
「近界暦でございます」
近界暦ってなに?またなんかの世界?
「……西暦じゃない。絶対ここはアタシたちの世界じゃないよ……!」
「兄者。」
なにを思ったのか、ポリマーがモノマーに話しかけた。
「~~~~」
「西暦という言葉をご存じでしょうか?」
モノマーは考える素振りをした後に、応えた。
「~~、~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~。」
相変わらず、なんと言っているのか解らない。
「そうです。古代語の中にありました。ありがとうございます。」
ポリマーは、それで何か納得したようだった。
「すみません」
「な、何……?」
急に声をかけられたら、そりゃあ驚くだろう。
アリサが二の腕を抓ってくるので痛いが、これは我慢するべきものだ。
「西暦というのは、今から約五千億年前に使われておりました言葉です。」
「……え?」
あたしは驚いた。五千億ってどのくらいの昔?恐竜がいたっけ?
「やっぱり、未来……?」
隣ではアリサが納得したように、興味深げにつぶやいた。
「お、お兄……ちゃ……ん──」
隣から聞こえたアリサの声に、そちらを向いた。
「……どうしたの、アリ」
つい流しそうになってしまったじゃないか。何度間違えれば気が済むんだ。
「アタシはアリスだ!こんな時でもそれは譲れない!」
確かに前は男の名を名乗ってたけど、この名前を名乗り始めてから結構たつぞ?十数年。
「アリス、あの……その……。」
「──……?」
アリサが抱えている機械を差し出して口ごもる。
「あ、あの──その……翻訳機、ある──から。」
「ならさっさと出しなよアリサ!」
アリサが奥から出てきた。
「えっと……こ、これ……──」
「それ!?」
こんな四角い翻訳機なんていつの間に作ったんだ。
いつもへばりついていたつもりなのに。
「え、えと、アリスおね……ちゃんが、お風呂のと、き、ひまで、作ったやつ……何だけど……」
こんなにすごかったのかうちの妹は!
ああ褒めてあげたい。でもこんな時だ。我慢しなければ……!
「えと、僕た……ちは、たぶん、昔……えと、過去から来た……あの、その、です。」
突然アリサがまとめた。飲み込みが早いのかなー……?
「アリサ様たちは西暦というものが使用されていた古代からいらっしゃられたのですね。」
お、こっちのポリマーって飲み込みホント早いなー。
「は、はいえと……この、……キル……ツのく、にについて、お、おし……て、ださい。」
つかえすぎて、よく判りませんでした。アリサ緊張しすぎだってば。
「すみません。何と仰られたのか、よく判りませんでした。もう一度、仰っていただけますか?」
あたしにも解らなかったんだ。ポリマーなんかに解られたらちょっと悔しいぞ!
「は……え、と」
というか翻訳機なんて言葉の通じている今の会話では必要ないよね。
「アリサ、しっかり喋れないんだったらアタシが通訳するよ?──えっと、アリサはね、このキルツの国について教えてって言ったの。」
よくわからなかったけど、繰り返し繰り返し頭の中で反芻したら、わかってきた。
「わかりました。ですが、ぼくの知っていることは少ないので、兄者にお願いしてもよろしいでしょうか?」
「いいよね、アリサ。」
翻訳機があるんだから、言葉はこれで通じるはずだ。
アリサは頷いた。
「キルツの国についてよろしくお願いします、兄者。」
「~~~~~~。」
今まで横で静かに立っていたモノマーが何か言った。
『了解なのです。』
すると、翻訳機からモノマーにそっくりな音声が流れた。
お、できてる!のかな。
「兄者の言葉を繰り返しておられますね。」
ポリマーのその発言で、きっと正しくできているだろうと解った。
『まず、キルツ王国にはソフィアというお名前の王がおられます。』
モノマーの話で、この国、世界の概要が分かった。
テレポートマシンのエネルギーであるエミィが回復するまでは、ここで暮らすことに決定した。
誰にも呼んでもらえない、さみしい日々を送っております。
byポリマー。