表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

三題噺 「油然」「牛蛙」「躍動」

作者: コウ

うぇ・・・

目の前のあまりの光景に史子フミコ)の口から小さな悲鳴が漏れた。

未だ現実と受け入れることができないこの卓上の惨劇に

目は細まり、口が歪んでしまう、きっと頬は引きつっていると思います。

自分がどんな顔をしているのか手に取るよう分かるのはこれが初めてかもしれません。

などと自分の身を客観的に観察して現実からの逃避行に勤しむ。

しかし、そんな努力も虚しく目の前の光景は史子を現実に引きずり込む。

目の前の異質を質が異なると判断する価値観の持ち主はどうやらこの場において自分だけらしい。

向かい合うようにして座っている母はそこになんの疑問も微塵の嫌悪もなくそれを食している。

そう、ここは我が家である。付け加えるならば食卓である。

4人が囲むことができるテーブル、

木目調で見るものを穏やかにしてくれる特徴的なつやは電灯の明かりを優しく反射している。

が、この場においては逆にそれが溢れ出る拒否感を色濃く史子の中を染め上げる。

母が食事をしている。

これはいい、人間に生まれたものであるなら生活していく上で絶対に、

絶対になんて言い切れるものなんてほぼないこのご時勢でも言い切れるほど必須な行動だ。

では、何が問題なのか?

簡単であると説明したいところだが

目の前の母にとっては簡単ではないのだろう。

しかし、私にとっては永遠に受け入れることができない問題も

母にとってはなんでもない生活の一部に過ぎないとでもいうのでしょうか。

母よちょっとかっこいいぞ。

しかし母よそれは違う、他の人に成せないことを成せるのは確かにすごい。

だが、真に称賛されるべく行動とは誰もが当たり前にできていることを

当たり前に行うことだと思う。

話は脱線してしまったが母よそのおかずはおかしい!


 ここでこの食卓に乗っているスター達を紹介させてほしい。

ご飯・・お米を炊いたあれである。

日本の食卓においてこれがなくては始まらないと言っても過言ではない。

まさに食卓を支える大黒柱である。

二番手には鮭フレーク。

言わずもがなわかるとは思うが

鮭の身をほぐした白米のベストフレンド。

そのあり方についてはあの執事と坊ちゃんの仲すら凌ぐであろう。

悪魔で私の憶測に過ぎないので異論は受け付ける。

生卵、残念ながら私の語学力では生卵とご飯の組み合わせについて

表現する術を持ち合わせてはいない。

しかし私は内で湧き上がるホンモノの感動は言葉にできないと自負しています。

そして最後にキムチ。

ご飯と食べてよし、焼肉と食べてよし鍋にしてよし。

彼の守備範囲の広さと打撃力には脱帽するしかない。

これだけです。

別におかずの数に不満があるわけではありません。

これだけの間違いのないスターばかり選抜しているというのに

なぜこんな形で終焉を迎えたのか私にはわかりません。

先ほども説明しましたが、これらは乗っているのです。

どこに?それはもうご飯の上しかありません。

一つご飯の上に鮭フレークと生卵とキムチが同居しています。

失礼しました。同居なんて表現は不適切です。

絡み合ってます。お互いを求め合っています。

これがそれぞれご飯とのデュオであれば問題も間違いもないのですが

カルテットになった瞬間に正解が見つけられない。

しかし私は娘として一人の人間として目の前の答えに対し確かめなければならない。

なぜ、なぜそんな食べ方をしているのかを。

もしふざけてやったのであれば親であれ叱咤する覚悟です。

唾を飲み込み、口を開けようとするが乾いた唇がお互いを離すまいと抵抗する。

それでも私は止まらない、ストレートに愚直に質問を投げつける。

「お母さん、な、何食べてるの?」

あれだけ固く深く志したのに途中で一瞬目を逸らしてしまった。

ん?とだけ言って私のほうを何でもないかのように見ている。

どうやら口の中の物を飲み込むまで喋るのを待っているようだ。

そこまでの理解がありながらなぜそのような晩餐をしているのだ。

「ご飯だけど?」

そうじゃない。

「おかず、何たべてんの?」

「んあぁ、生卵とキムチと鮭フレ。ほら」

言って器の中を見せてくる。

そういうことでもない。

「そう・・じゃなくて、なんでそのこたちを混ぜてご飯にかけてんの?」

「え、なんでって・・・美味しいから?」

私に疑問形で返さないでほしい。

「ふつうその辺のメニューを混ぜようとは考えないと思うよ。」

「青いね、いや、古い!」

どっちだ!?

「いい?こいつらはご飯だけと食べてもおいしいんだよ?

ならそれを混ぜたらもっと美味しくなるに決まってるじゃない。」

そんな決まりがあるのなら今すぐ廃れてくれ。

「あたしは今鮭もキムチもたまごかけご飯もたべたかったの。

あ、ボンドカーって知ってる?」

唐突すぎる

知らないが知っていたとしても母と分かり合うことはないと思う。

「地上も早く走りたい、けど水中も攻めたい、だけど敵も殲滅したい

そういう想いを一片に引き受けてできた車がボンドカーなの。」

母はちょっとすっきりした顔をしているが

やっぱり私の中のモヤモヤが晴れる兆しは一向にない。

しかし母の中ではこのカルテットを奏でている異物は

食卓界のボンドカーということらしい。

ボンドカーとはさぞや世間から怪訝されているものなのだろう。

ハイブリットカーの上を行くのだろうか。

「あっ史子、ちょっと綿棒買ってきてちょうだいよ。」

あれ?おかずの話題については解決してしまったの?

納得がいかない。

しかし自分も綿棒愛用者なのでこのクエストを無視するわけにはいかない。


 そうして史子は今綿棒の買い出しという

快適なお風呂上がりの生活が懸かった任務を遂行中である。

しかし先ほどの議題は今も史子の頭の中を占領したままである。

ご飯だけと食べても美味しい。ここはわかる

ならそれを混ぜたらもっと美味しくなる。全っ然わからない。

ならって何よならって。

この脈絡のなさは数学の証明問題だったら減点ものだと思う。

その理論を前提に話を進めると

美味しいご飯のおかずを全て混ぜ合わせたら

それはもう人間の言語では言い表せないほどの絶品になるのだろう。

だけどそれはもう人間の食べ物などではないと思う。

好きなものと好きなものを掛け合わせて

より好きなものが生み出されるなんてことはどれくらいあるんだろう。

たとえば今自分が歩いているこの「田舎道」

両脇には田んぼが広がりコオロギや鈴虫の響きが

この場から溢れるほどに埋め尽くしている。

私の足を受け止めてくれている砂利は歩くたびに小気味のよい音を

耳と足の裏に伝えてくれる。

わだちの真ん中から少し伸びている雑草たちは時々私の足を撫でていく。

うん、「田舎道」は好きだな。

じゃあ次は・・・「夏」

夏は暑い。暑いのは汗をかいてしまうから嫌だ。

けれども麦わら帽子を被った弟がオデコと鼻の下に

水玉を抱えて必死に麦茶を飲んでいる姿はなんというか、すきだと思う。

8月下旬にもなると走り去る風は

昼のものとは違いひやりとして気持ちがいい。

目をつぶるとどこか知らないところに行けそうでワクワクしてくる。

「夏」も好き。

自分の好きなものが二つも増えてしまった。

しかも今はその二つとも満喫中である。

自然と足は軽くなり頬はほころんでいた。

そうなると歩いて20分という道のりもあっという間で

気が付くと目的地の大滝商店についていた。


「はーい、気を付けて帰るんだよ。はい、飴ちゃん。」

目的のものを見つけ会計を済ませた私に

お店のおばあちゃんはポケットから取り出した飴をくれた。

「ありがとうございます。」

首から上だけを下げて簡単にお礼をして飴を受け取ると

飴をもらったのは自分のほうなのにおばあちゃんの方が嬉しそうな顔をしていた。

なんでおばあちゃんっていつも飴持ってんだろ?

などと考えながら店の外に出るとポツリポツリと雨が降ってきていた。

「飴」は好きだけど「雨」は・・

学校行くときとかは嫌だけど

今なら濡れてもいいし、むしろちょっと気持ちいいかも。

雨も状況によるけど結構好き。

これはもうずぶ濡れになったアーティストに成り切りながら帰るしかないなと考えていた矢先、

先ほどまで好きだったものが全て音を立てて崩されていった。

「田舎道」、「夏」、「雨」。

一つ一つは好きなものだがこれらを掛け合わせた時に

大嫌いなものがでてきてしまう。

ゲーコ

早速出てきてしまった。蛙め。

今はまだいいがもうすぐ道を埋め尽くさんばかりに現れ始めるだろう。

次いでいうなら史子は本日サンダルでお使い中だ。

文字通り躍んで動く彼らの躍動を全て避けるのはさすがに無理だろう。

そうすれば史子の足にペタペタとしたカエルの体が被弾してしまう。

それだけは避けたい。なんとしても。

ということで道のわきにある廃れた屋根付きのバス停に避難した。

ここからバスに乗ってしまうと家からはもっと遠のいてしまうためバスでの帰宅はない。

あきらめて携帯で父に助けを呼んだ。

これだけ田舎なのだから猫バスくらいいてくれてもいいと思う。

しかし少し濡れてしまったこの足であのフカフカな車内を汚してしまうのは忍びない。

おとなしく父を待つか。

しかしそうしている間にも油然とカエル達は増え続ける。

彼らの鳴き声は最早合唱やゴスペルのレベルを明らかに超えている。

ライブである。彼ら一つ一つがスピーカーだとしたら何chになるのだろう。

そんなことを考えていると一際低く

合唱であるならアルト担当に間違いない鳴き声が響いた。

もうこれ以上の合唱団員には会いたくなかったがそちらを見ると

私の手の甲くらいはあるカエルがいた。

もしかして殿様カエルというやつでしょうか?

すごく大きくて、睨まれている気すらします。

一歩も動けません。動いたらやられる。

熊に出会ったら目を合わせたままゆっくり下がれと聞いたことがありますが

今はベンチに腰掛けているため下がるなどできません。

父よ、晴彦はるひこよ早く、晴彦よ来い。

もうちょっとで歌になりそうな勢いです。

そんなことを考えていると天道に車のライトが映し出されました。

っていうか殿様そこにいたら危ない。

潰されちゃう!別に潰される分にはいいけどそんなの見たくない。

しかしそのカエルは潰されることはありませんでした。

カエルの2,3cm手前で車のタイヤが止まったからです。

これには少しため息が出てしまいました。

窓を開け早く乗るように父が促すので急いで助手席側に乗ります。

車の前を小走りで過ぎようとしたとき時間が止まりました。

とまったのは時間だけではありませんでしたが。

足の甲に水風船を落としたような感触が広がりました。

水風船なら割れてしまってなくなりますが無くなりません。

自分の身に危険が迫っても微動だにしなかった彼が動くはずがない

そんな薄っぺらく儚い願いを胸に足元を見るとしっかりと目があいました。

どうしていいかわからず足を全力で振り上げました。

ガン!

前には父の運転する軽トラがあるのに。

思い切りスネを強打しました。

間違いないです、これは雨なんかじゃありません。涙です。

足を引きずりながら助手席に乗ると泣いていた私をみて父は驚いていました。

何かを聞かれた気がしますが覚えていません。

とりあえず家に帰ってからバス停に綿棒を忘れたことに気が付いてまた泣きました。

今日から私は綿棒を卒業します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ