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夏休みが明けた

空気が澄んだ田舎町、そこにたたずむ木造立ての校舎。

空は晴れ渡っていて日光が教室をあたたかく照らしている。

その日光に照らされている彼女に僕の視線は釘付けになっていた。とても美しかった。手を伸ばせば届くかもしれない距離。声をかければ僕の声は彼女に届いた。でも、声をかけることはできなかった

それはまるで川のほとりでスッポンが太陽に照らされて儚く輝く月に手を伸ばしているような光景だった。


カイトは自然の豊かな田舎町で暮らしている。車の通りは少なくて、辺り一面が田んぼや畑に囲まれている。アスファルトで舗装されていない砂利道をカイトは一人で歩いている。

近所のおかめばあちゃんが遠くで畑を耕していた。

今は学校の帰り道、カイトは疲れた様子で家へと帰っていった。

「おかえりー!お兄ちゃん!」先に帰っていた妹のミキが出迎えてくれた。

カイトは手を振りかえした。「久しぶりの学校つかれたー。始業式のためだけに学校にいくのってどうかとおもうよ。ね?」ミキの言葉にカイトは苦笑いで返す。

「でも、転校生には驚いたなー、都会から来たみたいだったね」

今日は夏休み明けの最初の登校日だった。カイトとミキは同じ高校に通う兄弟で、カイトは三年、ミキは一年だ。

その高校に三年生の転校生が来たのだった。ミキはとても興味津々だったが、カイトはため息をつくばかりだった。


始業式の朝、カーテンの閉じていない窓から朝日が差し込みそのまぶしさでカイトは目を覚ました。目覚まし時計が鳴るより早く起きてしまったので二度寝してしまおうかとおもったが意識はすでにしっかり覚醒していた。

身支度を終えて時計を見るといつもの登校時間の一時間も前だった。ミキは寝ていて、母親のカズエは仕事で出張していていない。

(やることもないし、とりあえずいくか)

そうしてカイトは学校へと向かった。通学路はとても静かで歩いてるだけなのに心が洗われるようだった。

(たまには朝早くに登校するのも悪くないな)

いつもは登校中に会うおかめばあちゃんとも今日は会わなかった。カイトは一人きりでいつもの通学路を清々しい気持ちで歩いていった。

登校中は高校の生徒に会わなかった。

(さすがに誰もいないか、こんな時間だしな)

そう思いながら校門をくぐると駐輪スペースに見慣れない自転車をみつけた。シンプルなデザインでフレームが新品のようにきれいだ。タイヤの細かい溝にも砂利がひとつも挟まっていなかった。おまけにオートライトだった。

(すげー!こんないいチャリ乗ってるやついたかな・・・?んっ?)

よく見ると高校の生徒が自転車に貼らないといけないステッカーが貼ってなかった。

(なんだ、生徒じゃないのか)

カイトは興味をなくして、自転車から離れて自分の教室へと向かった。

教室の近くまで来るとなぜかカイトの教室の扉だけ開いていた。カイトは不思議に思ってゆっくりと教室をのぞいた。

そこには一人の見知らぬ少女がいた。教室の窓から頬杖をつきながら寂しげに外を眺めていた。穏やかな日光に照らされながらも憂いを帯びた彼女は夜空に浮かぶ儚げに輝く月のイメージだった。そんな彼女とカイトは残念な初対面のあいさつを交わすことになる。

彼女が気になったカイトは扉の近くの床においてあった彼女のかばんを拾って机に乗せようとかばんに手をかけた瞬間、

「ちょっと!!なにやってんの!」

タイミング悪くこっちを向いた彼女が鬼のような形相でこっちを見ていた。突然のことにカイトは驚いて動揺して後ずさってしまった。それがまずかった。

「待ちなさい!逃げるな!」そう言うと彼女はすばやい速さでカイトの腕を掴んできた。

「どうして私のかばんを触っていたの?財布とか入ってるんだけど」

彼女はカイトが盗みを働こうとしていたのだと誤解していた。カイトは彼女の気迫におされてだまったまま目をそらした。今の彼女はさっきの儚げな雰囲気とは違って恐ろしい迫力があった。夜空に浮かぶ赤色が混じった月のような。

「何か悪いことでもしようとしたの?」そう言う彼女の手は少し震えていた。

カイトは必死に首を横に振った。

「それじゃ、何で何もいわないの?」

カイトはその言葉にうつむくことしかできなかった。

「・・・はあ、その制服着てるってことはこの学校の生徒なんだよね?」彼女は困った様子でカイトに問いかけた。

カイトはコクンとうなづきながら彼女の服装を確認した。彼女もカイトと同じ制服を着ていた。しかし、カイトはこの高校で彼女を見たことは無い。カイトが不思議そうな目で彼女を見ていると、彼女は、

「私は今日ここに転校してきたの。だから、先生に自分のクラスを聞いて様子を見に来てたの。あなたもこの教室にきたってことはこのクラスの生徒なのよね?」といった。

その問いかけにうなづいた後、突然学校の放送機器から声がした。

「ツキナミさん、見学が終わったら至急職員室まで」と素っ気無い男の声がした。担任のヒラマツの声だった。

「あ、そろそろもどらないと・・・」ツキナミという少女はそういうと、自分のかばんの中身を確認してから、

「何も盗っていないみたいだから今は見逃すけど次に変なことしてるのみたらゆるさないから覚えておいてね無口君」

と言って去っていった。ツキナミの言葉には棘があり、カイトの胸にザックリと刺さった。

カイトは去っていくツキナミを呼び止めることはできなかった。

朝のホームルームの時間が近づくと教室に生徒の数が増えてきた。ツキナミが去っていった後、カイトは自分の席に座って朝の出来事について考えていた。

(まさか、あんなことになるなんて・・・)

カイトはかばんを触っていたのは悪意をもって触っていたのではない。しかし、カイトはツキナミに誤解されて悪者にされてしまった。たとえ、人のためにやった行動でも行動してもらった人の受け取り方次第では迷惑な行動としてうけとられてしまう。そんなこともあるのだ。

カイトはあの時ツキナミの誤解を解こうとした。しかし、カイトにはそれができなかった。なぜなら、カイトは言葉を発することができないからだ。小学二年生の時に大事故に遭い生死の境をさまよった。その事故でカイトは父親と自分の声を失った。目が覚めて父親の死を知った時、カイトは声をあげて泣くことができなかった。

カイトがツキナミとの出来事で落ち込んでいると、

「おっす、カイト昨日ぶりだな」と親友のユウトが声をかけてきた。カイトは手を軽く上げてそのあいさつにこたえた。ユウトは気さくでヤンチャな性格、人付き合いがうまくてカイトにとってたよりになる友人の一人だ。ユウトはカイトの隣の席に座る。

「何かお前疲れてる?夏休みボケ?」

カイトは元気なく手を振って否定するが、実際精神的にどっと疲れている。

「本当に大丈夫か?まあ、また学校生活が始まるんだしテンション上げていこうぜ。高校生活も残りちょっとだからな。楽しまなきゃ損だぜ。」

カイトはその言葉に深くうなづいた。カイト達は高校三年生なので進路を決めなければならなかった。ユウトは彼の父親の経営する八百屋を継ぐことにしたらしい。カイトはまだ進路は決められずにいた。家の経済状況もあるが、声が出せないというハンデは進路を考える上での障害となった。

(やっぱり苦労するよなぁ・・・)

声を失った時から覚悟はしていたが全てを納得して受け入れるのは容易いことではなかった。

「ユウト、カイト、久しぶり。」

「タケル!久しぶりだな。今日学校に来るとは思わなかったよ。」

「失礼な奴だな。来たくはなかったんだが、出席日数がな。」

声をかけてきたのは、カイトが信頼しているもう一人の親友のタケルだった。カイト、ユウト、タケルの三人は小学生の時からつるんできた仲間だった。カイトが声失ってからもこの二人はカイトから離れずにいてくれた。同情ではなく仲間としてときにやさしく、ときにきびしくカイトを支えてきた。それは今でも変わらずに続いている。

「お前は1学期サボり過ぎ。みんなから隠れ優等生とか呼ばれてるけど、俺はただの馬鹿だとおもってる。」

「みんなからどう呼ばれようとかまわないけど、お前からの馬鹿扱いは俺のプライドが許さない。俺を馬鹿にするなら俺にテストで勝ってからにしろ。」

「自分の有利なテストで勝負しないで、男なら拳で勝負だ。」

「人殴って怪我させたら退学だぞ。」「うっ・・・」

(タケルの勝ちだな)

カイトは二人のやり取りを微笑みながら見ていた。

「・・・腕相撲、で、勝負しようってことだよ。」

(ユウト、苦し紛れだなぁ)

「・・・ふっ・・・」

「おいタケル、今鼻で笑いやがったな。」

「いや・・・あっ、そろそろホームルームだ。腕相撲じゃ勝てないから、ユウトの勝ちでいいよ。」

タケルはニヤニヤ笑いながら、少し離れた自分の席に戻っていった。

「あっ・・・まてよ。チクショー、何か負けた気分だ・・・」

(言い合いではタケルには勝てねえよ。ユウト。)

ユウトとタケルの言い合いを面白く思いながらみていたカイトだが、自分は言い合いに参加できなかったことがカイトにちょっとした無力感をあたえた。仕方ないとおもっていても完全には割り切れない。事故の後、声を失ったけど命は助かった、と割り切ったつもりだったが時間が経ち、声がどれだけ自分の生活を豊かにしてくれたかを思い知ると声を出せる人を羨ましく思った。

タケルは席に戻ると参考書をとりだし勉強を始めていた。タケルはこの学校での頭がいい人ランキングでは確実にトップ3に入るほど頭がいい。しかし、単位を落としそうな人の筆頭でもある。原因は出席日数。タケルは基本的に何でも見下したような考えをしている。学校をサボる理由が、「学校の授業はスピードが遅くてつまらない。」だそうだ。これで単位を落としたら笑いものだが、タケルならなんとかしてしまいそうだ。あだ名は「隠れ優等生」。頭は良いのにあまり学校に来ないことからついたあだ名だ。タケルは変わり者なので教師も手をやいている。どのように教師を困らせているかは後々わかるだろう。

 担任のヒラマツが教室に入ってきた。クラスは生徒が喋っていて落ち着きが無いが、ヒラマツは気にせずホームルームをはじめた。

「今日の連絡はひとつだけ。うちのクラスに転校生が来た。」

「本当?」「どんな子だろう?」「この時期に転校生か!」「男子か?女子か?」

クラスの生徒が一気に盛り上がった。反面、カイトはドキッとした。(嫌な意味で)

「ちなみに東京からきた礼儀正しい女の子だ」

「・・・」「・・・」「・・・」「・・・」

ヒラマツの一言でクラスのわくわく感は一瞬で吹き飛ばされた。

(これは・・・笑えねぇ。転校生の来た楽しみを一瞬で・・・)

シーンとしたクラスの空気を読まずヒラマツは続ける。

「それじゃ、ツキナミさん入って。」

ガラッとドアを開けて入ってきたのは朝に出会ったツキナミだった。

カイトはとりあえず目をそらしておいた。

「ツキナミ トウコといいます。高校生活も残りわずかですが、よろしくお願いします。」

と、自己紹介をすると

「よろしく。」「よろしくねー。」

クラスのみんなはツキナミをあたたかく迎え入れた。

ツキナミの席はカイトの席から離れた前のほうの席だった。その後、始業式を体育館で行い、教室にもどった。

「とりあえず、今日はこれで解散。ツキナミもこのまま解散で良いぞ。」

「わかりました。」

ヒラマツが教室から出て行くと教室はにぎやかになった。ツキナミは何人かの女子と話し始めていた。タケルは荷物ごといなくなっていた。

「タケルはもういないなぁ。スゲー速さだな。」

(あいつ、途中でぬけてないよなぁ?・・・)

ユウトとカイトは呆然とした。

「俺、空手の道場いかないといけないからさきにいくな。じゃあな。」

カイトは手を振ってユウトと別れた。カイトはツキナミのことが気になっていたが、ツキナミは女子に囲まれていて近づけないし、カイト一人では誤解は解けそうになかった。カイトは後ろ髪をひかれる想いで帰りはじめたのだった。

 カイトは帰り道、気分転換のためある場所へと向かった。ある場所とは何の変哲も無い雑木林だった。林の中に入り、木漏れ日の差し込む林道を進んでいくと大きな切り株のある場所へとたどり着いた。そこは小学生の頃、カイト、ユウト、タケル、タケルの幼馴染のナツミの四人が秘密基地としていた場所だった。

カイトは切り株に腰掛け、感覚を研ぎ澄ました。肌の触覚で風の刺激を感じ、鼻の嗅覚で爽やかな自然のにおいを嗅ぎ取り、目の視覚で木漏れ日の差し込む林の景色を切り取った。そして、カイトは持っていたカバンの中からいつも授業で使う筆箱ではなく、絵描きのための筆箱とスケッチブックを取り出した。絵描きのための筆箱のなかには濃さの違う鉛筆が何本も入っていた。カイトはその鉛筆をつかって風景画を描き始めた。カイトは絵を描くのが好きで、絵を描くことで自分を全力で表現することができた。クラスの友達にマンガのキャラクターを描いて欲しいと頼まれれば、キャラクターに自分なりに少しアレンジして描いた絵を渡したりして友達を驚かせた。カイトは絵を描いて自分を表現し、人と繋がることができた。特に好きなのは風景画で風景に集中して絵を描いていると時間をを忘れて絵を描くことができた。

二枚ほど絵を描き終えると夕方になっていた。

(ふー・・・今日もいい感じにかけた)

カイトは荷物をまとめてその場をあとにした。

(今度はもう少し変わった絵でも描こうかな)

カイトは次に描く絵のことを考えながら田んぼ道を歩いていた。

「ねぇ、ちょっとそこの」

突然、後ろから声をかけられた。カイトが振り返るとそこにいたのはツキナミだった。

(うそだろ!こんな人通りの少ない所で・・・)

「やっぱり、朝の君だね。ホームルームの後に何か言ってくるかと思ってたけど、まさか何も言わずに逃げるってどういうつもり?」

ツキナミは明らかに怒っていた。怒気を微塵も隠そうとはしていなかった。

(マジかよ・・・今日は厄日だ。最初見た時は可愛い子で、いい所見せようと思ったのに。俺、この子がいる教室でどう過ごそう。俺が話すことさえできればこんなことには・・・)

カイトはこの場はもうだめだ、と思った。

(もう白を切りとおすしか・・・)

「まただんまりなんだ・・・。もう・・・どうして・・・?」

(ん?)

どうして、とつぶやいたツキナミの表情は困惑のような、哀愁のようなものが混じっていた。しかし、怒った表情に戻ると、

「あんたみたいな奴、社会にでてやっていけるわけないわ!なんでだんまりなの!?」

突然、怒鳴りつけてきた。カイトはその言葉に打ちのめされた。悔しさと無力感がカイトの心を締め付けた。

(それじゃ、俺はどうすればいいんだよ。誰か、教えてくれよ・・・)

そこへ、

「おや、カイト君じゃないかい。こんなところで女の子とどうしたんだい?楽しげな感じじゃないねぇ。」

おかめばあちゃんが心配そうな様子で話しかけてきた。

(おかめばあちゃん・・・)

「すいません、大声出しちゃって。ちょっと揉めてて・・・」

「なにがあったんだい。話してごらん」

ツキナミはカイトを一瞥するとおかめばあちゃんに話し始めた。

「私は今日カイト君の高校に転校してきたツキナミ トウコといいます。朝、校舎の見学中にカイト君が床に置いてあった私のカバンを触ってたので、どうして触ってたのか聞いても話してくれないんです。中身は盗まれてはいなかったのでいいんですけどなんでさわっていたのか・・・?」

「カイト君は人の物を盗るような子じゃないよ。それよりお嬢ちゃん、カイト君のこと先生には聞いてないのかい?」

「何の事ですか?」

「うちのバカ息子はまともに教師やってるのかい!?それより、カイト君はね、昔の事故でお父さんを亡くしてね。カイト君もそのときに話すこともできなくなっちまったのさ・・・」

「え・・・」

おかめばあちゃんに話しを聞いたツキナミの顔から怒気は消え、代わりに動揺がはしっていた。

「あっ・・・えっと、その・・・」

「お嬢ちゃんが悪い訳じゃないよ。うちの息子にはきつく言っておくよ。あとは二人で話しなさい。」

そういっておかめばあちゃんは農具をかついで去っていった

(おかめばあちゃんにはお礼しないとな。)

残された二人は少しの間、戸惑っていたが、カイトは自分のカバンから紙とペンを取り出し、

「床はきたないから机の上に置こうとした」と書いてツキナミにみせた。すると、ツキナミは申し訳なさそうな顔で頭を下げた。

「本当にごめんなさい。私あなたにひどい事いった。私が誤解してただけなのに」

そういって頭を上げたツキナミはなぜか涙目だった。

(えっ!・・・なんで!?)

「今度、私に償いをさせて。お願い・・・じゃないと、私・・・最低だから」

そういって、ツキナミはもう一度頭を下げてそのままどこかへ行ってしまった。

(なんで涙目なんだよ・・・もう、疲れた。帰ろう。それにしても最悪な夏休み明けだ。)

カイトは疲れた様子で家へと帰っていった。

この一日は今後、カイトが過ごす幸せと苦悩が複雑に絡み合った青春のはじまりだったのかもしれない。

読んでいただけたらコメントもらえるとうれしいです。

こうしたら良いとかアドバイスがあればよろしくです。

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