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観察者

 でっぷりとした腹をもてあました、相変わらずのお前は、受話器を耳に押し当てながら背を向けていた。

 出社最後の日、社内での一通りの行事をすませ、長年連れ添った妻に電話をするなんて。お前らしいじゃないか、明日からは肩書のないただの男だから、お前流のけじめということかな。

「明日から……よろしく頼む」

「はい。長い間ご苦労様でした」

「……」

「ありがとう」

 そう言うとゆっくり振り向きながら受話器をもどした。机に置かれた花束を見つめて大きなため息がでた。やり残したことはなかったか? 問いかけるように目を閉じた。

 お前は本当に満足そうな顔をしているよ。

「長い間、世話になったな」

 つぶやきながらも目を合わせることなく俺に頭をさげた。


 俺とお前は入社以来の付き合いだ、お前の行動は、よく見てきたつもりだった。が、今回ばかりは、本当によくやっていた。悔いはないだろう。なあ、そうだろう。

 定年間近のお前は、引き継ぎの大半を終え静かに去って行く日を待っていた。あの日、あの若造に出会わなければ。

 あれから、お前は何かに取りつかれたように動き続けた。残っていた大層な肩書と人脈を活用して。彼の育成にと、心血を注いだ。

 いくら同期の役員の息子であったとしても、あの熱のいれようは、周囲も驚くほどだった。

 若造のために部署を作り、机の位置、上司や先輩社員の配属から植木鉢の数にいたるまでこと細かく指示を出し、日常業務にも口をはさんでいたよな。

 だが、若造の用意した結末は、『退職届』というあっけないものだった。

 誰もが驚き、そしてお前をねぎらっていたが、お前は平然としていた。

 俺は、知っている。お前がすべてを仕組んでいたことを。

 お前は、ただあのころを再現しただけ……。若き日の唯一の汚点。出世を阻んだ、ひと時の休職という事実。

 人間関係と仕事で悩みぬいた当時の職場を、こと細かく再現した。まるでゲーム盤に駒を置くように。そして、その駒が若造を追い詰めていった。ひたすら自分の姿を思い出しながら、過去の行動を検証するために彼を使ってじっと観察していたなんて……。


「部長、机の整理終わったようですね」

「あとは、猫の文鎮だけだが。いるか? 」

「あの大きな目の猫の? 先代の社長から頂いた大事な物でしょう」

「でもなあ、あの目で見られると、見透かされているようで落ち着かんのだ」

 そう言ってお前は、俺を隣の机の上に置いたまま背を向けて出ていった。照れくさそうに花束をかかえて。

 

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