あるお嬢様と人形
アンドロイドSFと精神世界の物語。
短編『ダ天使』
絵を描く。
それは自己の表現。
筆を持ちキャンバスに色を塗る。
キャンバスは心を写し出す鏡であり筆に心を乗せて思うがままに手が動く。
「お嬢様、何を描いているのですか?」
手が止まる。
赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。…
狂ったように塗りたくった赤色。
アトリエの真ん中に鎮座するキャンバスを置く画架はまるで磔にした罪人のようだった。
キャンバスにぶちまけた赤色を描いていた手は完全に止まり私の右手を静止させたその声の主へと振り返る。
「翼をもがれた天使を描いています」
「その天使は男性に強姦されているように見えますが…」
絵を見たままの感想を言われる。
それはまるで感情のこもっていない冷淡な声。
声の主には実際に感情はなく機械的な反応の一つであった。
「E3さんは仕事が終わたようですね」
「はい、本日の業務を完遂したことを報告します」
彼女は『E3-302・製造番号10002番・少女型アンドロイド』。
この邸宅を彩る庭園のガーデニングは全て彼女が管理している。
完全自立型のドローンとニューロンパルスを直結することで彼女とそのドローンが毎日欠かさずに手入れを行っている。
「ガーデニングの仕事は慣れましたか?」
「慣れるの意味が分かり兼ねます。与えられた命令を完遂出来るようになったと言う意味であるならば慣れたと回答します」
「つまらない答えですね」
E3は何ともロボットらしい冷淡さを見せるがわざとプログラムされた物である。
人間の脳の中枢神経全体の配線図をコピーしてダビングする技術は50年前から確立されている。
つまり人間に近い感性のAIをアンドロイドに搭載することも可能であった。
「申し訳ございません」
「良いのですよ。貴女に人間らしさを期待していませんから」
人間に近い感性を持つアンドロイドが社会にもたらしたのは重度のアンドロイド依存。
西暦2142年の現在では法規制が進み人間に近い感性はロックが掛けられるようなった。
これは重度のアンドロイド依存を防ぐ手立てである。
企業側も定期的に新しいモデルを買ってくれなければ倒産は必定。顧客が一個体のアンドロイドに依存されても困るので法規制の後押しをしたとされている。
「そろそろ新しいアンドロイドを増やそうと考えていますが、E3さんはどんなアンドロイドが増えたら生活に色が出ると思いますか?」
「色、と言うのは分かりませんが当機の次世代であるE4モデルなどはどうでしょうか」
彼女の言う通りE3の次世代モデルである最新のE4モデルは高機能である。
しかし、E3には勝てない要素があった。
E3には着せ替え人形のような需要が有り、モデリングを担当した人物に変態的な天才が存在した。
残念ながらそのモデリング担当は引退してE4にはその意匠が反映されていない。
「あまり気は進みませんね。貴女を購入したのも見た目を第一に考えた結果ですから」
「機能面は重要ではないと言うことですか?」
「絵のモデルになるような機体である事が最重要ですね」
E3にはその『見た目』を最大限活かした私の趣味全開でメイド服を着せていた。
仕事着で使用するようなメイド服ではなくコスプレ用でスカート丈が短く肌を多く露出させたもの。
男性の欲情を煽るような服装だ。
「であるならば、お嬢様の感性に近いものは一般販売されておらず該当しません」
私の絵を見てどのような計算を弾き出した結果なのかは知らないが甚だ失礼なことだ。
自分の残虐性を正しく形に残しただけなのに。
「これでも一般的な感性を持っているつもりなのですがね」
「お嬢様にとっての機械とは何でしょうか? その回答によってオススメ出来るものが何かあるかもしれません」
機械のくせに何とも抽象的な質問が飛んでくる。
「私だけでなく人類にとって機械とは道具ですよ。自己の肉体では成し得ない補助装置です。それ以上でもそれ以下でもありません」
「この場合はお嬢様の絵の感性を刺激する補助装置が欲しい。と言うことでしょうか?」
「えぇ、そうなりますね」
機械とは肉体の機能を拡張する補助装置だ。
肉体とは魂の牢獄であり人間は肉体に囚われた囚人である。
人類の歴史はこれを改善するために歩み続けたと言っても過言ではない。
それは、ネットワークが付属した携帯端末機の普及により距離や時間の壁を無視して他者と繋がることが出来たように。
それは、言語の壁が翻訳機能の普及により解消されたように。
それは、思想の違いがニューロンネットワークを構成する大脳を他者と直接繋げることで相互理解出来るようになったように。
そして、アンドロイドと完全自立型のドローンが登場することでついに人類は肉体労働から解放されたように。
「正式なアンドロイド機である私からは直接オススメ出来ませんが、お嬢様に紹介できるものがあります」
「おや、それは気になりますね」
直接的な提案が出来ない。
それは犯罪的なものや倫理的タブーが絡む場合を示唆していた。
「お嬢様は未成年ですのでメイド長の時崎様とご相談の許可を頂けますでしょうか?」
「…えぇ、良いでしょう」
世話係の時崎。
彼女は肉と骨を持つ立派な人間だ。
肉袋であった母親の代わりであり私を育ててくれた人物でもある。
「きっと良いご提案を提供できるはずです」
「それは楽しみです」
その提案がどのような物かは知り得ないが、つまらないものであっても構わない。
知らないと言うことはこれから起きる未知に妄想を膨らませることが出来ると言うこと。
創作意欲が増すことこの上ない。
「さて、時崎さんに報告する前にE3さんも部屋のお片付けを手伝ってください」
私は散らかったアトリエ部屋の片付けを手伝ってもらうようにE3に指令する。
絵の具が飛び散りだいぶ汚してしまった。
「承知いたしました。いつものようにお嬢様のアート用エプロンを洗濯させて頂きますが、この赤色塗料はいつもの油絵の具と違うようですが何でしょうか?」
E3は油絵の具に含まれる油と塗料を完全に分解する洗剤を使用するつもりだったのだろうが油絵の具とは違う塗料が付着しており疑問に思ったようだ。
「ああ、それは人の血です。53番で落ちますのでそれで洗濯のほどお願いします」
「承知いたしました」
♢
白い肌を晒した裸の女の子。
その柔い肌に刃が通る。
『いやああああああああああああ!!』
ノコギリがギコギコと肉のような物を切り裂いていく。
そのガラクタは耳をつんざく不快な五月蝿い叫び声を上げていた。
同時に赤い血に似たオイルが飛び散る。
「このように人間に非常に似た精巧な人形が顧客に反響を呼んでおります」
機械仕掛けの骨に筋電気神経を使った赤い肉に見立てた物とクローン技術を応用した人口の皮膚で覆われたお人形さん。
本来、一般販売されているアンドロイドは乳首や性器を付けることは禁じられているが、ここに売られているのはそんな無粋な禁止事項は適用されていない。
主に大人な使い方をするものを中心とし売られている。
「断末魔にリアリティがありませんね。本来ならばもっと痙攣や息の乱れがあるはずです」
涙目になり右足を切断された女の子を見て私は冷静に商品のダメ出しを言う。
切断用の四肢がそれぞれ12本セットで付属するとは言えあまり魅力を感じなかった。
「ハハ、そこは誠意改善中ですね」
乾いた笑いのようなものが店員から漏れる。
ガラス張りの向こう側でデモンストレーション用の足を切断された少女の姿をしたアンドロイドが涙を流し嗚咽を漏らしているが、本物のように見える機械的な反応の延長でしかない。
そもそも呼吸を必要としないアンドロイドにこの辺の再現は難しいだろう。
「お嬢様、あちらの内臓までも再現したアンドロイドはどうでしょうか?」
付き添いで来た私の世話係の時崎が店員が薦めるものとは別のアンドロイドを提案をしてくる。
足を切断された少女がいるガラス張りの部屋から2つ隣の部屋にある椅子に鎮座してある商品。
その提案された商品はブロンド少女で見た目は悪くなく、綺麗な身体の中身も再現されているとなると魅力がぐっと上がると言うもの。
「時崎さん、良い慧眼ですね。人体を破壊する趣味が私にないことを除けば完璧です」
「申し訳ありません。ですが創作にはリアルな刺激は必要かと」
私は描いている油絵を売りに出している。
趣味程度のものだが血に染まった天使をモチーフの絵はそこそこ売れていた。
最近は描く絵のバリエーションの幅を増やすために、よりグロテスクな表現を取り入れ始めていた所だった。
「自己の残虐性を表現すると言うのは難しいですね。やはり、こう言ったものは男性の方が得意なようです」
E3から提案されたVIPにのみ招待されるアンドロイド展示会への参加。
中々過激なものをいくつか見れたが、創造性を刺激するアイディアは何も思い浮かばなかった。
何も知らない無知の少女を性的にも物理的にも破壊する。そう言った暴力的な欲望が私には圧倒的に足りていないのだろう。
グロテスクさに社会性テーマを訴えるようなものをプラスしペニスとヴァギナをユーモアに笑い飛ばせる何かが欲しかった。
だが、自己の残虐性を刺激する何かを欲しても暴力的な欲望が産み出されことなく嫌悪感しか生まれない。
自分は残虐性を平気で行えるイカれた人間だと勘違いしていたが、思ったよりも正常なつまらない人間なのかもしれない。
『ようこそ、ギャラクシア工業の裏アンドロイド展示館へ。きっと貴方に合う運命のアンドロイドが待ち受けています』
定期的に流れる店内アナウンス。
可もなく不可もないアンドロイドへの購買意欲を刺激する宣伝音声。
西暦2142年の現代ではアンドロイドは一家に一台はあるような時代。
しかし、セクサロイドのようなものが性欲の捌け口になることで少子化問題が深刻となり、セクサロイドの法規制が異例の速度で制定される。
それにより一般的な家庭用のアンドロイドには乳首と性器(ペニス&ヴァギナ)の取り付けは禁止となってしまった。
セクサロイドを販売するには特別な認可が必要とされ、私のような富裕層にしか手が出せない値段まで釣り上がってしまっている。
「時崎さんはグロテスクに寛容で助かりました。友人には断られてしまいましたから」
唯一の男性の友人からは『グロテスクなものは吐くから無理』と言われ付き添いは断られた。
暴力性にはやはり男性の意見が欲しかったのだが、どうやら彼にはその適正はなかったようだ。
「お嬢様が命令されるならば何処へともお供します」
そもそも、アンドロイドの購入は18歳未満は不可能であり、今から購入するものは違法改造アンドロイドである。
こんな所へ一緒に足を運んで来てる時点で、世話係の時崎が何処へとも着いてくると言う台詞には偽りはないのかもしれない。
「…お嬢様と同じような年齢の少女型のアンドロイドが多いですね。何故、人は年端もいかぬ少女を好むのでしょうか?」
時崎は白い空間にガラス張りの部屋に入れられたアンドロイド達を見渡し、男性であるならば答えられるような疑問を抱く。
「少女とは弱いと言うことの象徴だからですね。簡単に暴力で屈服させられる存在だからです」
少年型のアンドロイドも多数存在するが、やはり少女型の多さに比べれば数は圧倒的である。
男性の顧客が多いと言うことも抜きにしても着せ替え人形に特化したアンドロイドも存在し、女性客であっても少女型のアンドロイドへの需要が存在する。
本来ならばセクサロイドを正規に購入するには暴力性を内包した人物を弾く為に倫理適正検査などを通過する必要がある。
「倫理適正検査でも暴力は非推奨です。しかし、不思議ですよね。少なくとも富裕層からの性犯罪は激減しました」
「何故でしょうか? お金に余裕があるのならばアンドロイドなどで満足するのではなく本物を抱きたい。と思わないのでしょうか?」
「分かっていませんね。ここに商品として並んでいる少女たちをよく見て下さい。少女愛好家が作ったであろう完璧な顔と身体付き。本物と違い彼女達は持ち主に反抗することもなく、設定を変えればどのような性癖にも対応してくれる。まさに芸術作品と言える完璧な少女なのです」
しかし、それだけではない。
自らの残虐性を理解し発散することで罪への啓発となっていたのだ。
自己の残虐性を正しく理解することは正常な侵入思考と似ている。
侵入思考とは「やってはいけない」イメージが浮かんだ時に「危険」「これはおかしい」と重大視して打ち消す行為。
例を挙げると包丁を持った時に他人を刺したらどうなるんだろう。高いビルから飛び降りたらどうなるんだろう。そう言った不道徳、危険、タブーなことを想像や妄想をしてしまうことを指す。
それはやってはいけないことを正常に思考出来ている証拠であり自然なことである。
しかし、『やってはいけないこと』に性欲が絡むとこの正常な侵入思考と現実の境が曖昧になる。
「皮肉なことにこの違法アンドロイド達は犯罪ストッパーなんですよ」
自己の残虐性を正しく理解することでやってはいけないことを再認識する役割を持っていたのだろう。
セクサロイドが規制された直後は性犯罪が急増したとも聞く。
「侵入思考が正常に働かない原因は強い怒りや失望などいくつかありますが、正常性バイアスを狂わす身近な物はやはり性欲です。他者の殺害欲求などの強い怒りは一瞬ですが性欲は持続的に付き纏う欲求です」
私がそこまで話をすると今まで黙っていたアンドロイド販売店員が口を開く。
「ふふ。ではお客様にぴったりの商品があります」
何とも気持ちの悪い笑みを浮かべながら商品の紹介をしてくる。
その言葉に偽りがないことを願うばかりだ。
※
「これは神経細胞のニューロンネットワークをダビングする装置です」
「なるほど、私の人格コピーをアンドロイドの人格端末に植え付けるのですね」
もちろん倫理的にタブーであり違法装置だ。
被り物に電極が何本も通じておりセーブデータであるチップに保存される。
「貴女は自分の残虐性を客観的に見ることにこだわっているようだ。ならば、本当に客観視すれば良いとは思いませんか?」
中々、良い提案である。
自分を作り出し自分を客観視する。
しかし、ニューロンダビング装置は医療系統でしかメーカー発注は行えず、使用するには管理局である『塔』の許可が本来は必要だ。
『塔』の許可なく秘密裏に作成するにはそれなりのリスクがあったはず。
「我々、ギャラクシア工業は貴女様の支援あってのものです。貴女様に良い商品を提供できるのであれば多少の危険は侵す価値のあるものでしょう」
つまらないものを提供するならばこの場で首を刎ねてやろうかと思ったが保留にしても良いだろう。
自分で自分を客観視するとはまさに面白い考え方だ。
「自己の客観視、まるでジュリアン・ジェインズの二分心説ですね」
ジュリアン・ジェインズが説いた自分を含めた世界を客観視する考え方。
『人間の心は2つに分かれ右脳が発する声を『神の命令』として左脳が聞き人はそれに従う』
右脳だとか左脳だとかはさておき、自らを俯瞰して客観視する思考。これを『人間の頭の中には神が住んでいる』と表現することもある。
「これを購入させていただきましょう。アンドロイドは必要ありません。神は自分の頭の中で作ります」
「…お買い上げ、ありがとうございます」
♢
機械とは肉体の機能を拡張する補助装置だ。
私に足りていなかったものは自己の客観性。
自分を正しく理解することが出来れば己の残虐性を正しく表現出来るはずだ。
「お嬢様の考える頭の中にもう一人の自分を作る行為。自身を多重人格化させる人は過去の履歴には存在しません。ニューロンダビング装置の本来の使い方は損傷した脳の修復に使うものです」
E3が危険性を忠告する。
神を頭の中で作り出し、自身を神の視点で捉える。
そんな馬鹿げた話は私も他に知り得ない。
「言ったでしょう?機械は補助装置だと。それに私が2人いたらきっと楽しいでしょうからね」
ピーと音が鳴る。
それは、脳の記憶領域を調べる装置から出た音。
「スキャニングの結果が出ました。脳の記憶領域に余裕があるようです。お嬢様の言う通り他者の記憶を保存出来る容量があります。これならば安全に2人目を増やすことが出来るでしょう」
「ふふっ、それではお願いします」
頭に電極を刺しデータを流し込む。
保存先は私の脳内容量そのものにぶち込む。
………
……
…
『形ある肉体は牢獄。形なき肉塊は無力。死も苦痛も子宮より捻り出せ』
呪文だ。
それは心の中のイメージ。
心のキャンバスに私であって私ではない者が産まれようとしていた。
心の中の風景。それは青空だった。
その風景の天が裂け、空間に割れ目が出来た。
その空間の裂け目からは赤い処女の血が垂れ地面に落ちる。
空間の裂け目は徐々に広がっていき神を産み落とす。
『神の簒奪』
裂け目から捻り出されたのは巨大な『右手』。
その巨大な右手は手首まで裂け目から排出され、手の平を地上の人々へ見せつけるかのように広げる。
その手の平には巨大な目が一つ。
そして、五本の指の先にもそれぞれ目があった。
「オギャア、オギャア!!!」
ソレには口がないにも関わらず赤子の声を発して泣き喚く。同時に五本の指の目から光の涙が漏れ出た。
その光は五本の指先で円を描き回転して天使の輪のようになる。
天使の輪から無数の雷が放たれた。
雷は糸のように伸びて天使の輪に繋がり、その糸に繋がれた存在は神の目線の一部となる。
糸は世界全体を覆うことで今まさに第三者の視点で世界を見下ろしていた。
久しく忘れていた世界が見えることの全能感。
「ああ、良い夢だ」
神と言う名の悪魔が産まれる。
それは機械も他者も自分自身さえも世界を形作る補助装置だった。
ここでは語られることはないが悪夢は世界を飛び出し現実となる。
それはきっと別の物語。
『ダ天使』シリーズの外伝




