第9話 雑草vs造花
王都の中央広場は、熱気と殺気、そして好奇の視線で埋め尽くされていた。
石畳の上に設けられた演壇。
その向こう側には、数千人の市民と、バルコニーから見下ろす貴族たちが詰めかけている。
これは裁判ではない。「公聴会」という名の、王家お墨付きの公開処刑ショーだ。
「――被告、前グリーンフィールド公爵、ならびにロゼッタ嬢、エドワード殿下。前へ」
進行役の宰相が告げる。
地下牢から引き出された三人が、よろよろと姿を現した。
数日前まで煌びやかだった衣装は薄汚れ、髪は乱れ、目の下には濃い隈がある。
対して、私。
カイルにエスコートされ、悠々と馬車から降り立つ。
服装は森での作業着――ではなく、ベルナルド氏が用意したシンプルだが上質なリネンのドレスだ。
森の野菜と良質な睡眠で培った健康的な肌艶。
どちらが「勝者」かは、見ただけで明らかだった。
「フローラ……ッ!」
私を見るなり、ロゼッタが金切り声を上げた。
「よくも……よくも私をこんな目に! この魔女! 泥棒!」
「静粛に」
宰相が制止するが、ロゼッタは止まらない。彼女は観衆に向かって叫んだ。
「聞いてください! 私は悪くありません! 全部、このお姉様がやったんです! 公爵領の土に呪いをかけて、作物を枯らしたんです! 私が咲かせた美しい花も、お姉様が嫉妬して枯らせたのよ!」
わあっと群衆がざわめく。
「やはり呪いか?」「いや、でもあの薬草の聖女様だぞ?」
まだ半信半疑の声が混じる。
父もそれに便乗した。
「そうだ! フローラは家を追放された恨みで、国の資産である土地を破壊した! これは国家反逆罪だ! 今すぐ彼女を拘束し、魔法を強制的に解除させろ!」
醜い。
自分たちの無能を棚に上げ、すべての責任を他者に押し付ける。
かつては、その威圧感に怯えていたこともあったけれど。
今の私には、彼らがただの「根のない枯れ草」に見える。
「……反論はありますか、フローラ嬢」
宰相が私に問う。
私は一歩前に出た。
「言葉で説明するより、見ていただいた方が早いでしょう」
私はカイルに合図を送る。
彼が運んできたのは、二つの大きな植木鉢だった。
中には、公爵領から持ってきた「死んだ土」が入っている。カチカチに乾き、栄養分が抜けきって白っぽくなった土だ。
念のため、神官が「種も仕掛けもない、ただの荒れた土である」と鑑定済みだ。
「ロゼッタ。貴女の魔法で、ここに花を咲かせてみて」
「は、はぁ? 馬鹿にしないで! そんなの簡単よ!」
ロゼッタは勝ち誇ったように笑い、片方の植木鉢に手をかざした。
「見てなさい! これが公爵家の力よ! 『麗しの薔薇』、咲き誇んなさい!」
彼女の魔力が迸る。
一瞬で、土から茎が伸び、真っ赤な大輪の薔薇が咲いた。
「おおっ」と歓声が上がる。
確かに、派手で美しい。
……けれど。
「あっ……?」
わずか数秒。
歓声が悲鳴に変わる。
咲いたはずの薔薇が、見る見るうちに黒ずみ、首を垂れ、パラパラと崩れ落ちたのだ。
それだけではない。
薔薇が養分を吸い尽くしたせいで、土がサラサラの砂になり、鉢から溢れ出した。
完全な不毛化。砂漠化だ。
「な、なんで!? もう一度! 咲きなさい! 咲きなさいよぉ!」
ロゼッタは必死に魔力を注ぐ。
けれど、二度と芽は出なかった。
「これが貴女の魔法の正体よ、ロゼッタ」
私は静かに告げた。
「貴女の魔法は『搾取』。土の中にわずかに残った命を、見栄えのために吸い上げて殺しているだけ。根のない花は、土を殺し、自分もすぐに枯れる」
「う、嘘よ……! 今までずっと綺麗に咲いていたじゃない!」
「それは、私が毎晩、貴女が寝た後に土を回復させていたからよ」
私はもう一つの植木鉢――まだ何も生えていない「死んだ土」の前に立った。
跪き、そっと土に触れる。
(起きて。ご飯だよ)
魔力を糸のように細くし、土の粒子一つ一つに行き渡らせる。
微生物を活性化させ、空気を含ませ、水分を呼び込む。
ボウッ、と。
土が温かい光を放ち始めた。
カサカサだった白い土が、瞬く間に黒々とした、湿り気のある肥沃な土へと変わっていく。
雨上がりの森のような、懐かしい土の香りが広場に漂った。
「芽吹きなさい」
私が囁くと、土の中から力強い緑色の芽が顔を出した。
それは薔薇ではない。
太い茎と、青々とした葉を持つ、ただの「クローバー(雑草)」だ。
けれど、その緑は瑞々しく、生命力に溢れていた。
さらに、そのクローバーの足元から、小さな白い花がぽつりと咲く。
枯れない。
風に揺れ、しっかりと根を張って、そこに在り続けている。
「私の魔法は『共生』と『循環』。土を育て、根を張り、その余力で花を咲かせる。……地味だけれど、これが本当の豊かさよ」
広場が静まり返る。
誰の目にも明らかだった。
砂になって崩れたロゼッタの鉢と、今も生き生きと緑を湛える私の鉢。
どちらが国を支える力なのか。
「……おおお!」
誰かが拍手をした。
それを皮切りに、広場全体が割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。
「すげぇ! 死んだ土が蘇ったぞ!」
「聖霊草の主様だ! 本物の聖女様はあっちだったんだ!」
「偽物の花に騙されてたまるか!」
民衆の手のひら返しは早かった。
罵声は一転して、ロゼッタと父へ向けられる。
「嘘……いやぁぁぁ!」
ロゼッタが頭を抱えて座り込んだ。
父もガクリと膝をつき、灰のように真っ白になっている。
彼らの「価値」である見せかけの魔法が否定された瞬間、彼らの貴族としての命脈も尽きたのだ。
「フ、フローラ!」
その時、エドワード王子が私に駆け寄ってきた。
彼は必死な形相で、私の手を取ろうとした。
「僕が悪かった! 騙されていたんだ! 君こそが真の聖女だったんだね! さあ、やり直そう! 今なら特別に、僕の正妻にしてあげるから!」
愛ではない。ただの保身。
廃嫡を免れるための道具として、私を見ているだけだ。
ヒュンッ。
風を切る音がして、王子の足元に銀色の光が突き刺さった。
カイルの剣だ。
鞘ごと地面に突き立てられ、王子の進行を阻んでいる。
「……近づくな」
カイルが私の前に立った。
氷のような視線で王子を見下ろす。
「その薄汚い手で、俺の主に触れるな」
「カイル! 貴様、王族に向かって……!」
「陛下からの伝言だ。『恥の上塗りはやめておけ。これ以上フローラ嬢を不快にさせるなら、王位継承権どころか、王族籍も剥奪する』とな」
王子がヒッと息を呑み、腰を抜かした。
もう、彼に従う者は誰もいない。
近衛兵たちが無言で彼らを取り囲み、連行していく。
「待って! お姉様! 私、畑仕事でもなんでもするから!」
「フローラ! わしを見捨てるのか! わしは公爵だぞ!」
父と妹の絶叫が遠ざかっていく。
私は一度も振り返らなかった。
「……行きましょう、カイル様」
「ああ」
カイルが懐から、青く輝く『転移の宝珠』を取り出した。
王城のバルコニーにいる国王陛下が、満足げに手を振っているのが見えた。
私は小さく会釈を返す。
「転移、発動」
カイルの言葉と共に、私たちの体が光に包まれる。
騒がしい王都の喧騒が、遠ざかっていく。
視界が白く染まり、次に目を開けた時。
そこには、懐かしい森の匂いと、小鳥のさえずりがあった。
「……ただいま」
私はログハウスの前で、大きく伸びをした。
肩の荷が完全に降りた。
もう、私を縛るものは何もない。
私は完全に自由だ。
「フローラ」
カイルが私を呼んだ。
見ると、彼は少しそわそわしている。
「あの王子が言っていたことだが……」
「復縁の話ですか? あり得ませんよ。あんなのと結婚するくらいなら、一生独身で雑草を愛でて暮らします」
「そうか。……なら、いい」
カイルは露骨にホッとした顔をして、それから私の手を取った。
不器用な指先が、私の指に絡む。
「……俺との契約は、まだ有効か?」
「ええ。貴方が飽きるまで」
「一生飽きない自信がある」
カイルは真顔で、とんでもないことを言った。
私は顔が熱くなるのを感じながら、精一杯の強がりで返した。
「……働かざる者食うべからず、ですよ」
「望むところだ。薪割りでも魔獣討伐でも、一生やってやる」
私たちは顔を見合わせ、初めて声を上げて笑い合った。
森の木々がざわめき、祝福するように葉を揺らしている。
さあ、夕食の準備をしなくては。
今日は特別に、ベルナルド氏から届いた最高級のワインを開けよう。




