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捨てられた令嬢はもう頑張らない!  作者: 九葉(くずは)
第2章

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第19話 森の防衛戦

「……あぁ、もう。どうして皆様、こうもお行儀(ぎょうぎ)が悪いのかしら」


 私は、せっかくエルザさんが整えてくれた休息用の寝台(しんだい)の上で、むくりと起き上がりました。

 遠くから響くのは、地響きと、鉄が噛み合う不快な重低音。

 三日の安息の初日だというのに、私の微睡(まどろ)みを妨げる者がまた現れたようです。


「フローラ、外へ出てはなりません! 今度のは、先ほどの皇子の玩具とは規模が違う!」


 カイル様が血相を変えて駆け込んできました。

 その視線の先。

 森の境界線には、山のように巨大な鋼鉄の塊――魔導鉄巨兵が、黒い煙を吐き出しながらそびえ立っていました。


「あちらは帝国の強硬派が差し向けた、古の戦の遺物ですわ」


 エルザさんが眼鏡を拭きながら、冷徹に補足します。


「あらゆる魔法を弾く呪われた鉄で覆われ、行く手の木々をすべて切り刻む回転刃を装備しております。……正攻法では、森ごと更地にされるでしょう」


 ガガガガガッ!!


 凄まじい音と共に、巨兵の腕に取り付けられた巨大な刃が回転し始めました。

 それは、私の大切な雑草たちを、情け容赦なく切り裂きながら進んできます。


「俺が(いかずち)で焼き切ってやる! あんな鉄人形、粉々にして――」


「いけません、カイル様。……そんな派手な真似をしたら、後片付けが大変ですわ」


 私は、カイル様の服の裾を引いて止めました。

 バラバラになった鉄屑が森に散らばれば、土が汚れますし、拾い集めるだけでも私の休日が潰れてしまいます。


「……私の安息は、一瞬たりとも無駄にはさせません」


 私は、大王蔦(だいおうづた)の葉に腰を下ろしたまま、地面にそっと手をかざしました。

 雑草魔法・永劫緑迷宮。


 ズズズ……、ゴワッ!!


 次の瞬間、巨兵の足元から、これまでとは比較にならない規模の緑の奔流(ほんりゅう)が噴き出しました。

 それは巨兵を攻撃するためではなく、巨兵を取り囲むように、一瞬にして広大な植物の壁を作り上げたのです。


「何だ……!? ただの草が、帝国の装甲を避けて、周囲を囲んでいく……?」


 皇子マクシミリアン様が、呆然と呟きました。

 巨兵の中の兵たちは、正面の草をどれほど刈り取っても、次から次へと立ち塞がる無限の壁に、次第に方向感覚を失っていきます。


 右へ進めば、左へ流され。

 左へ進めば、気づけば元の場所に戻っている。

 私の迷宮は、敵意があればあるほど、決して出口へは辿り着けない仕組みなのです。


「さらに、……少しだけ、眠り薬を混ぜましょうか」


 迷宮の壁を成す雑草から、微かな、けれど甘い香りが漂い始めました。

 誘眠草の花粉です。

 巨兵の通気口から入り込んだその香りは、鉄の(よろい)に守られた兵たちの意識を、抗いようもなく刈り取っていきます。


 ギィィィ……。


 不気味な音を立てて、あれほど猛威を振るっていた魔導鉄巨兵が、完全に沈黙しました。

 傷一つ付いていないその巨体は、今や迷宮の奥深くに囚われ、深い眠りに落ちた墓標のように静まり返っています。


一兵(いっぺい)も殺さず、一撃の破壊も(ともな)わず……。帝国が恐れた巨兵を、ただの迷子にしたというのか……」


 皇子が、戦慄したように私を見上げました。


「カイル様、エルザさん。……もう大丈夫ですわ。あの中にいる方々は、三日は目が覚めないはずです」


 私は満足げに、再び柔らかい寝台へと身を沈めました。

 

「さあ、仕切り直しですわ。……私の三日の安息、残り二日と半刻。一瞬たりとも無駄にせず、微睡ませていただきます」


 森の緑は、私の平穏を守るための、最強の盾となりました。

 どれほどの鉄が攻めてこようとも、この安らぎを汚すことはできないのです。

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