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捨てられた令嬢はもう頑張らない!  作者: 九葉(くずは)
第2章

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第17話 暴挙と浄化

 木漏れ日の中で、カイル様とマクシミリアン皇子が仲良く並んで寝息を立てています。

 一人は最強の騎士、もう一人は大国の皇子。

 そんな尊いお方たちが、私の雑草に縛られ、地面で泥のように眠っている。

 これこそが平和の形ではないかしらと、私は満足げに頷きました。


 せっかく静かになったのです。

 私は昨日しつらえたばかりの岩風呂で、足を休めようと考えました。


 ……けれど。


「……何かしら、この臭いは」


 鼻を突くのは、香草の香りをかき消すような、鼻の奥が焦げ付く不快な臭気。

 岩風呂へ歩み寄った私は、その光景に目を疑いました。


 澄み切っていたはずのお湯が、どろりとした黒い(よど)みに染まっているではありませんか。

 上流から流れてくる水は、鉄が腐ったような色をしています。


「フローラ様。上流にて帝国の残党が、魔導の残り滓を密かに遺棄したようですわ」


 背後からエルザさんが、氷のように冷徹な声で告げました。

 彼女の官服の袖には、微かに返り血のような汚れがついています。

 どうやら、既に何人かはお掃除してくださったようです。


「これは帝国が魔法を資源として絞り出した際に出る、呪われた廃液。……植物を根から腐らせ、土地を数十年は不毛にする劇物です」


「……土地を、不毛に?」


 私は、黒く染まった自分のお風呂をじっと見つめました。

 あぁ、いけません。


 私の安眠を妨げるのは、百歩譲って許しましょう。

 カイル様たちが騒ぐのも、三回までは目をつぶりましょう。

 けれど。


「私の……お風呂を、汚したのね?」


 私の中から、ふつふつと静かな、けれど熱い怒りが芽吹きました。

 それは、実家を追放された時よりも、断罪された時よりも、遥かに苛烈な怒りでした。


「エルザさん。……あちらを向いていてくださいな」


「かしこまりました。……少しばかり、森が騒がしくなるようですわね」


 私は黒い水面に、そっと指先を浸しました。

 雑草魔法・深淵展開。


「お食べなさい。……一滴も残さずに」


 ポチャン、と波紋が広がります。

 そこへ、私は一握りの種を投げ入れました。


 シュアアアアアッ!!


 次の瞬間、黒い水面が激しく沸騰しました。

 種から爆発的に増殖したのは、浄魔浮き草という、私の魔力で変異した大食漢の雑草です。

 

 彼らにとって、帝国の廃液は毒ではありません。

 凝縮された魔力の塊、つまりは最高級の肥料なのです。


 ズザザザザッ!!


 浮き草は瞬く間に川を埋め尽くし、上流へと逆流するように広がっていきました。

 黒い水を飲み込み、それを強靭な繊維と、清浄な空気へと変換していく。

 

 あまりに栄養が豊富すぎたのでしょう。

 周囲の樹木までもがその余波を受け、見る見るうちに太く、高く、空を覆わんばかりに成長していきます。


「な、……何だ!? この地響きは!」


 異変に気づき、カイル様と皇子が飛び起きました。

 二人の目の前では、さっきまでよりも数倍は深く、険しく変貌した意志を持つ(いしをもつもり)が、壁のようにそびえ立っています。


「フローラ!? 無事か!」


「……ええ。お風呂の掃浄をしていただけですわ」


 私は、再び透き通ったお湯が満ちた岩風呂(いわぶろ)の前に立っていました。

 上流で投棄を行っていた帝国の者たちは、急成長した森の根に絡め取られ、恐怖のあまり失神していることでしょう。


「マクシミリアン皇子。貴方の国のやり方は、よく分かりましたわ」


 私は振り返り、寝ぼけ眼の皇子を冷たく射抜きました。


「私の(いこ)いの場を汚す者は、たとえ帝国そのものであっても、森の肥料にして差し上げます。……今すぐ、上流のゴミを片付けてきてくださいな」


 皇子は、完全に怪物の住処へと変貌した景色を見て、顔を真っ青にして頷きました。


 怒らせてはいけないものを、彼らは怒らせてしまったのです。

 私の安眠を守るための浄化は、時に破壊よりも恐ろしい結果を招くのですから。

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