第16話 嫉妬の火花
「……素晴らしい。これほどの生命力、これほどの意思。もはやただの魔法ではない、神の業だ」
マクシミリアン皇子が、私の座る大王蔦の葉を見上げて感嘆の声を漏らしました。
先ほどまでの高圧的な態度はどこへやら、その瞳には熱烈なまでの羨望が宿っています。
「フローラ・グリーンフィールド。改めて提案する。帝国へ来い。貴女を帝国筆頭魔導師として迎えよう」
「ひっとう……?」
「左様だ。我が帝国の全魔導師を統べる地位だ。望むままの魔導工房と、一生遊んで暮らせるだけの俸禄を約束しよう。……どうだ、悪くない話だろう?」
一生遊んで暮らせる、という言葉には少しだけ惹かれましたが、筆頭などという肩書きはいけません。
そんな偉いものになったら、毎日会議と儀式で、お昼寝の時間がなくなってしまいますわ。
「お断りいたします。私はこの森で、静かに微睡んでいたいだけですから」
「断るだと!? この私が直々に――」
「――おい。気安く俺の主に触れようとするな」
低く、地を這うような声。
気づけばカイル様が、皇子と私の間に割り込んでいました。
その全身からは、パチパチと青白い火花が散り、森の空気が焦げ付くような重圧に満たされています。
「マクシミリアン。彼女はオーレリア国王から自治区を認められた、この地の主だ。……貴様のような鉄の信奉者に、渡すわけがないだろう」
「カイルか。貴公のような野良犬に、彼女の価値は宝の持ち腐れだ。……彼女の力は、帝国という巨大な仕掛けの中でこそ輝くのだ」
「仕掛けだと? 彼女を道具扱いするつもりか。……これ以上その減らず口を叩くなら、貴様の鉄の玩具ごと、灰にしてやる」
「やってみるがいい。……我が国の全戦力をもってしても、彼女を手に入れる価値はある」
火花が散る。
いいえ、物理的にカイル様の雷鳴と、皇子が懐から取り出した魔導核が共鳴して、空気がビリビリと震えています。
……あぁ、もう。
「…………うるさいですわ」
私がぽつりと呟きましたが、意地を張り合う二人の耳には届きません。
「彼女は俺が見つけたんだ!」
「私の方が、彼女の力を有効に活用できる!」
男の人というものは、どうしてこうも勝手なのでしょう。
活用だの、所有だの。
私は私のために、今この瞬間を快適に過ごしたいだけなのです。
私は溜め息をつき、座っている大王蔦の茎を優しく叩きました。
「……お願い。少し静かにさせて」
私の意思に応え、足元の地面が盛り上がりました。
ズザザザザッ!!
「なっ、何だ!?」
「うわっ!?」
叫び声を上げたのは二人同時でした。
地面から噴き出した捕縛根が、カイル様とマクシミリアン皇子の足首を瞬く間に絡め取り、そのまま地面へと引き倒したのです。
「フローラ!? 何の真似だ!」
「離せ! 私は皇子だぞ!」
「いいえ。今の貴方たちは、お昼寝を妨げる喧騒の種ですわ」
私は大王蔦の上に寝転び、上から二人を見下ろしました。
「カイル様も、皇子様も。そんなに元気が余っているなら、頭を冷やして三刻ほど寝ていなさい。……エルザさん、準備を」
「承知いたしました。……無理やり眠らせるための香草を焚きますわ」
背後で控えていたエルザさんが、事も無げに香炉を用意しました。
強力な鎮静作用のある紫色の煙が、地面に縫い付けられた二人を包み込みます。
「ま、待て……俺は、まだ……」
「フローラ……君……は……」
どれほど強い武力や権力を持っていても、私の雑草の拘束と、エルザさんの手際からは逃れられません。
二人の瞼が、抗いようもなく重くなっていきます。
やがて。
森の広場に、規則正しい二つの寝息が響き始めました。
「……ふぅ。やっと静かになりましたわ」
私は満足げに目を閉じました。
帝国からの勧誘も、カイル様の独占の情も、寝てしまえば同じことです。
争う暇があるなら、寝ればいいのです。
私の森に、不毛な諍いは必要ありません。




